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2008年12月30日09:35

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『 椿三十郎 』リメイク版

 待は全くしていなかった。どう考えたって、面白いはずがない。観るつもりは毛頭無かったのだが、家人が気を利かせて録画しておいてくれたので、「せっかくだから・・・」と観た。織田裕二主演の『椿三十郎』、言わずと知れた黒澤明監督の名作のリメイクだ。私は黒澤監督作品の中でこの『椿三十郎』が最も好きで、年に必ず一、二度観ている。物語の精緻さ、骨太さでは『用心棒』には及ばないが、面白さ、爽快さでは『椿三十郎』が上だと思う。

 さて、織田裕二の『椿三十郎』である。オリジナル脚本を継承し、カメラアングルまでオリジナルに忠実になぞったとのことだったが、正直、驚いた。冒頭の5分を観ただけで、大いに驚愕した。・・・・・実に、酷い。酷すぎる。まさか、ここまで無残なリメイクだとは想像もしなかった。ここからはネタバレ全開なので、オリジナル版『椿三十郎』未見の方はご遠慮願いたい。

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 何が酷いと言って、主演の織田祐二の演技、台詞まわしの酷さは目を覆いたくなる。信じられないことに、彼はオリジナルの主演三船敏郎を真似ているのだ。これは演技ではなく、モノマネとしかいえない。織田のキャラと三船はまるで違うのだから、織田がいかに声を作って、重々しい喋りを真似ても違和感を覚えるのみ。しかも、名作リメイクの主演ということで相当気合が入っていたのだろう、全ての芝居、全ての台詞で力んでしまっている。捕り方に囲まれている神社や、身を潜めている馬小屋の中であれほど大声で喋るなど、不自然だ。当然、三十郎の飄々とした自然人ぶりは微塵も感じられないし、物語に緩急が生まれるはずもない。演技の巧拙ではない。自分なりの解釈で、新しい椿三十郎を演じることができない織田をキャスティングしたことが間違いなのだ。織田が、自分のキャラのままに三十郎を演じていれば、ここまで酷いリメイクにはならなかったろう。これは織田に限ったことではない。出演者はオリジナル版で自分が演じる役柄を何度も観たようで、ほとんどの出演者がその演技、口調を大袈裟に真似ているのがわかる。身振り、手振り、表情の作り方、見得の切り方など、全ての動きがオリジナル版を上回って大きく、しかも声を張り上げて台詞を喋るので、まるで学芸会だ。キャスティングは「まるで強そうに見えない」豊川悦司の室戸半兵衛はじめ、どれも感心しない。・・・軽すぎるのだ。唯一の例外は、これもいささか大袈裟ながら、三人の首魁の一人、竹林を演じた風間杜夫だろう。音楽もいけない。あらゆるシーンで堂々たる大作風の、重厚な音楽をつけるという間違いを犯している。

  オリジナル脚本を忠実に映像化したのかと思っていたが、ところどころアレンジされていた。これがまた、酷い。ファーストシーンがなんと、伊織達若侍が集まっている古ぼけた神社に押し寄せる捕り方の集団なのだ。これでスリリングな展開を演出したつもりだとしたら、呆れるしかない。

 若侍の危機を助けた三十郎が、伊織に小銭を要求するシーンでは、織田の三十郎は明らかにバツの悪そうな表情をしているが、あれはNGである。型破りな三十郎だからこそ、平然と小銭をねだるのだ。それを観客に伝える重大なシーンであれはなかろう。 
 伊織達を救出した後、口封じに菊井の手の者20名を斬殺するシーンでは、織田の三十郎は自分の強さを見せつけると同時に、人斬りを楽しんでいるかのような見得を切るが、あれもNGだ。若侍を助けるため止む無く斬ったのであって、あそこはアクションを盛り上げるシーンではない。オリジナルの三船三十郎は無表情に素早く、確実に始末することを目的に一人に二太刀ずつ浴びせている。圧倒的に強く、スピーディーだ。だからこそ、「お前達のおかげで無駄な殺生をしたぜ」という怒りが理解できる。織田三十郎では楽しんで斬殺したように見えるので、この台詞が素直に入ってこない。演出が間違っている。

 一番驚いたのは、ラストの室戸との対決シーンだ。オリジナル版では、三十郎が必殺の逆手居合いで辛くも室戸を倒す名場面。これは劇場で観た時は座席で飛び上がるほどの衝撃だった。多少剣道を知っている者なら、三十郎と室戸の間合いは近過ぎ、あれでは斬り結ぶことができないとわかる。当然、抜刀しつつ間合いをとって斬撃というのが常識であり、当時の時代劇の定石からすればお互いゆっくりと後方に下がりながら、静かに抜刀、緊張感ある殺陣を見せるところだ。しかし、黒澤演出は違った。三十郎と室戸の対決は一瞬で終わったのだ。当然、リメイク版『椿三十郎』もそこは忠実に踏襲するだろうと思ったし、踏襲すべきであった。しかし、無残にも、くだらないアレンジを加えてしまったのだ。なんと、わずかに抜刀したままで鍔競り合いとなり、そのまま相手の太刀の柄頭を押さえ合い、ついには相手の太刀を奪って近間での三十郎逆手斬り。ここでやめておけば、まだ救われたのだが、あろうことか、別角度のスロー映像を再度観せたのである。こりゃ、ダメだ・・・。まだ、ある。敵自身の太刀で敵を斬ることさえ非道であるのに、室戸を斬った太刀を懐紙で拭った三十郎は、なんと、室戸の鞘に納めるという信じ難い「暴挙」に出た。これでは、斬死した室戸は抜刀しないまま、無為に斬られたように見えるではないか。敵と遭遇し、立派に切り結んでの死は決して恥ではない。しかし、抜刀する間もなく、斬り殺されるのは不名誉だ。心ある侍は、刀を抜く間もなく敵に斬り殺された侍の亡骸を発見した場合、彼の太刀を抜いて手に持たせてやるのが心得だと聞く。森田芳光演出は、おそらく「良い刀は鞘に入っているものだ」「お前達もちゃんと鞘に入っていろよ」という台詞に繋げるために織田三十郎に室戸の太刀を鞘に納めさせたに違いない。なんとも、拙いアレンジをしたものだ・・・。

 最後に、織田版『椿三十郎』を観て「面白い!」と評価しているのはオリジナル版未見の若い層だけではないかと思う。今回、何故、このように無残なリメイクを制作する必要があったのかと不思議だったが、往年の映画ファンにオリジナル版の偉大さをあらためて痛感させる以外に、オリジナル未見の層に時代劇を観てもらうという効果があったのは確かだろう。
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