"The Alcoholic Blues"
お酒をやめて3ヶ月半。からだが少しずつ元に戻ってきたのか、去年は一切受けつけなかった甘いものも、口にできるようになってきました。
でも、それと同時に、ひどい鬱(うつ)状態。──能動的なことができません。電話をもらうのは嬉しいけれど、こちらからはする気になれない。メールも読むことはできても、返事を書くのはすごくつらい、というような……。
とはいっても、わたしは鬱持ちではないから、これくらいのブルーで済んでいるのかもしれません。乳癌のホルモン療法で、むりやり「更年期障害」を起こしたときにも、同じ治療を選択した仲間のうちでは、眠れない・気分がふさぐといった精神的な症状はとても軽いほうでした。
うつ病の人はお酒を避けるべきだとか、自殺者の9割が うつ病やアルコール/薬物依存症だと言われるわけが、(今さらですが)身に染みます。
じつは、わたしが、お酒をやめる決心をしたのも、「死んじゃおうかな」という気持ちがふっとわいてきたから……。それまでも、決して積極的に「生きたい」と願うタイプではなかったし、大好きな人たちが亡くなったときには、「一緒に連れていってほしい」とか「わたしが代われたらよかったのに」とは思いました。でも、自分のことを「どうでもいい」と思ったり「死にたい」と願ったことは一度もなかったのです。にもかかわらず、自暴自棄というか、投げやりになっていた。
──誰か別の人格の"希死念慮"。 ゾッとしました。
そんな風に心が壊れていく感じは、癌よりずっと怖かった。
「わたし、アルコール依存症だ……」
夏の終わり頃から続いていた不調(*1)も、お酒のせいだったことに気がつきました。考えた末に、家中のアルコール類を(みりんやリステリンも)かき集め、流しに捨てました。「お酒では、死にたくない」──それだけを願いました。
うつ病の人がアルコール依存症を合併するケースと、アルコール依存症の人が鬱を抱えるケース……どちらがどのくらい多いのでしょうか。
いずれにしても、飲めば飲むほど鬱は悪化していくわけで、マリリン・モンローをはじめ、自殺をした俳優、映画監督、ミュージシャン、作家、漫画家、落語家、作曲家……その多くがアルコール依存症(少なくとも大量/習慣飲酒者)だったという事実を、(これも今さらですけど)悲しく了解します。そして、アルコール依存症がもとになった病死や事故死が、「緩慢な自殺」と呼ばれるわけも……。
アルコールの依存性は、薬物の中でもモルヒネに次いで強く、離脱症状(退薬症状)のつらさもアンフェタミン等覚醒剤など比較にならない程だそう。(*2)
だから、一定量以上の飲酒を長期にわたって続けたら、誰でもアルコール依存症になる可能性があるのだとか。一方、依存症になりやすい人として、完璧主義、自信がない、繊細、素直に甘えられないetc. 性格的な特徴があげられることも。
ただ、調べた限り、「依存症になりやすい"体質"はあっても、"性格"はない」というのが現代の医学的コンセンサスのようです。
それにしても、同じアルコール依存症でも、わたしも含めて、ごく少量・短期間の飲酒で、一気に身体依存まで形成し壊れていく人と(ティーンエイジャーの患者数、驚くほどです)、臓器や人間関係を完全に壊すまで30年、40年と飲み続ける人との違いはどこにあるのでしょう? アルコール分解酵素の多寡? 孤独やストレスの深浅? それとも、基礎体力や抵抗力の差?
もしかしたら──
単に「生化学」の問題と考えるほうが、わかりやすい……?
近ごろ、日に日にそんな思いが強くなっています。
もちろん、わたしの症例一つとっても、鎮痛剤との併用、エストロゲンの影響、心理的・社会的な要因(e.g. 飲酒を友人達に歓迎された、お酒の飲める大人の女性に憧れた、適切な飲み方を知らなかった)など、さまざまな要素が合わさっているので……安易に単純化などできないけれど。
ただ、半年ぐらいの間に、わたしの体内に、アルコールを薬物として使うショートカットが作られたことだけは、確かです。
そして、その薬物が入った状態を数年のあいだ「ノーマル」と認識してきたわたしの脳は、断薬という新しいノーマルに慣れるのにかなり必死。きっと、わたしの脳内ではいま、ドーパミンだのノルアドレナリンといった神経伝達物質が、ゴチャゴチャ困っているのでしょう。
なんとなく、そんな感じの「病気」というがします♪
◇ アルコール依存症になりやすい人の身体的特徴として、比較的よく目にするのが──
1. アルコール依存症の遺伝子(GABA-G3?)を持っている
2. 糖分や炭水化物消化に関して、生化学的な問題がある
3. うつ病やパニック障害、またはその経験がある
4. 摂食障害や神経症、またはその経験がある
5. 機能不全家庭で育った etc. 生育歴に問題がある
6. ADHD/LD(注意欠陥・多動性障害/学習障害)がある
1, 2 の遺伝子や消化能力については、調べないとわからないけれど、わたしには、3以外の4, 5, 6が当てはまります。(もともと「高リスク群」に入っていたわけなのかも。免疫系も弱いし^^)
気になるのは、上記のいずれも、遺伝学や脳科学の研究課題でもあること。そういえば、うつ病とセロトニンの関連は取りあげられて久しいし、幼児期に安全な環境になかった動物はセロトニンの分泌能力が低いこともわかっているのだとか……。
アンド、1〜6のそれぞれの特徴が単独ではなく、重なることが多いのだとか。
それで、シロウト考えだけれど……
お酒は、「飲めたとしても、"飲んではいけない人"がいる」と、言ったほうがいいんじゃないかな。──少なくとも、わたしのように、脳内の感受性だか回路だかに少々難がある(かもしれない)人にとっては、危険な飲み物で、アレルギー物質みたいに考えるほうがわかりやすいのかもしれない。
わたしは、依存症者のすべてを悲しいとは思わないし、すべての自殺がいけないとも考えません。『酒とバラの日々』のカースティンのような愛し方(滅び方?)も、たぶんあっていい。
だけど、患者がそんな態度だったら、家族や友達はたまったものではない。
世界には、変えようのない仕方のないことが多いのだから、せめて「仕方のあること」はなんとかしよう。
というわけで、さしあたり、次の世代の人たちに伝えたいと思います。
──「百薬の長」「社会の潤滑油」と呼ばれるお酒だけれども、恋愛と同じ、楽しくつきあうためにはコツがいるよ。中には「片想い」のまま終わったほうがいい相手もいたりするよね、とか♪
なーんて、鬱状態とは思えない書き方をしていますが……
じつは、こと「アルコール依存症」に関してはできるだけ陽気に、と考えています。現在、断酒を続ける以外に治療法がない以上、「やめられる」という現実的なイメージのインプットが、とても大事だと思うから。
「やめられる」というイメージ。
そう……わたしの背中を押してくれたのは、スティーヴン・キングのエッセイでした。
◇ 『小説作法』(池 央耿 訳 / アーティストハウス刊 / 2001年)
キング流・「書くこと」についてのこの本を読んだのは、まだ、「(お酒って)おいしい・たのしい・大好き〜♪」と、ドリカムの替え歌なんかしていた昨年の夏。
創作するために生まれてきたようなキングの文章に圧倒されながら、彼がアルコール(+コカイン)依存から抜け出していく壮絶にも、なぜかしら、涙があふれました。
(以下、ちょっぴり引用します)
・ 周囲は私に、酒を控えるように言うだろう。だが、アル中患者に酒を控えろと言うのは、激しい下痢を起こしている人間に排泄を制御しろと言うに等しい。
・ 酒浸りだった最後の五年間、私は夜毎の儀式を欠かせなかった。寝る前に、冷蔵庫のビールを残らず流しに捨てるのである。それをしないと、ベッドに入ってからもビールが眼間〈まなかい〉にちらついてはなれない。
・ ヘミングウェイも、フィッツジェラルドも、創造力に富み、疎外され、精神的に弱かったから飲んだのではない。アル中はひたすら飲まずにはいられないというだけの話である。創造的な人種は、なるほど、ほかの仕事に携わっている人間にくらべて酒や麻薬に耽溺する危険が多いかもしれない。だといって、そのことに何の意味があろう? 側溝に嘔吐する姿はみな同じではないか。
・ 浴室に常備している大瓶のリステリンがあまりにも早くなくなるのを訝って、タビー(*3)は私が飲んでいるのではないかと問い詰めた。私は、とんでもない、と肩をそびやかした。嘘ではない。飲んだのはスコープである。この方がハッカの味がして、リステリンより口当たりがよかった。
・ 専門医のもとでリハビリテーションに励むか、家族と縁を切るか、タビーは私に選択を迫った。彼女も子供たちも、私を愛していればこそ、自殺の現場は目撃したくないという理屈だった。
・ 私は考えた。混乱した頭で、必死に考えた。……酒と麻薬を断ったら書けなくなるのではないかと恐れたが、私は重ねて考えた。常軌を逸してよれよれの精神状態で、何はともあれ態度を決めなくてはならなかった。この先、タビーと別れず、子供たちの成長を見守っていくためなら、書くのを止めてもいい。
・ 世の中から追い立てを食っている気持だった。時間をかければきっといい結果になるという周囲の言葉をひたすら信じて、私は道を折り返した。
・ 我は五十三歳。目が悪く、片脚は不自由だが、二日酔いではない。
・ 人生は文学の支援組織ではない。事実はその逆である。
・ ・ ・ ・ ・
ふう。
昨夏、偶然に読んだ一冊が、依存症から再生へと向かう、(風変わりだけれど、どこかとても健全な)スティーヴン・キングのものでなかったら? たとえば、美しい滅亡へといざなうようなメッセージだったとしたら?
依存症の患者に美しく滅亡することが可能かどうかは置くとして、好きになった人の言動を(無意識にも)まねたがるわたしのこと、ほんとうにどうなっていたか……。
今はまだ、コンビニエンスストアに一人で入るのも怖い。意識をシャンとしていないと、ついサワーの缶など手にしてしまいそうで……。
だけど、わたしも、あちこち痛むけど、二日酔いではない。
"The Alcoholic Blues" ──禁酒法時代の妙に明るいメロディーを聴きながら、ぼんやりと「神様、ありがとう」と思ったりしています。
・ ・ ・ ・ ・
注1) 「からだの不調」──わたしの場合は、離脱症状とアルコール性多発神経炎が混在。不眠、手指のしびれ、耳鳴り、めまい、多量の汗、吐き気、下痢、足指のつり・こむら返り、四肢の痛み、ブラックアウト、など。
注2) 「アルコールの依存性」──↓関西医科大学、法医学講座・講義ノートより。
http://www3.kmu.ac.jp/legalmed/lect/drug.html
注3) 「タビー」──S.キングの妻、タビサ・キングの愛称。やはり作家で、わたしは彼女の小説も大好きです。
★ Life isn't a support-system for art. It's the other way around.
〜Stephen King 〜
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