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2007年12月28日21:14

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「セーター」 コトを仕損ずる。

   ▲1885年、Jean-François Raffaelli の 『ジャージー島の漁師』。
   まさに、1891年に撮影された、最初の 「米国陸軍フットボール・チーム」▲



〓先週の 「雑学王」 のネタでございます。

   「セーター」 は、1891年、アメリカンフットボールの
   選手が減量するためにつくられた

というヤツですね。日本語版ウィキペディアの “セーター” の項にもそっくり同じことが書かれています。

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セーターという名前は、英語の sweat (汗をかく)に由来する。1891年にアイビーリーグのフットボール選手がトレーニングする際、汗をかいて減量するために編物の上着をユニフォームとして用いたのが元とされ、その他のスポーツでも着用されるようになって一般化していった。
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1891年という年号が揃っているので、どちらかが、どちらかを参照したか、両方ともに、同じ資料を引用したか、ですね。
sweater という単語は、1891年以前にありました。

   【 sweater 】 発汗を促して、減量するための衣服。1828年初出。

〓残念ながら、どんなヒトたちが、ナンの目的で使ったのか、資料が見つかりませんでした。

   【 sweater 】 起源的には、ボートを漕ぐときに着た、
     ウールの 「ベスト」 もしくは 「セーター」。1882年初出。


〓説明文の中に “セーター” が出てきて申し訳ありません。原文では、jersey となっていますが、日本語では “セーター” とする以外、訳しようがないんです。理由は追々わかります。
〓つまりですね、「雑学王」 や 「日本語版ウィキペディア」 が、フットボール選手の逸話としてあげる 1891年の9年も前に、

   すでに、ボート選手に着られている

のがわかります。1891年のフットボール選手の逸話が、実際にあったことなのか、作り話なのか、それはわかりませんが、これによって sweater というコトバができた、というのは、あきらかな誤りですね。流行ったキッカケではあったかもしれない。

〓英語の to sweat [ ' s w e t ] 「汗を流す」 は、直接、印欧祖語にさかのぼるコトバで、ヨーロッパからインドのサンスクリットに至るまで、同源のコトバが存在します。

   *sweid-, *swoid- [ スウェイド、スウォイド ] 印欧祖語
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   *swaitjan [ スワイティヤン ] ゲルマン祖語
     swǣtan [ ス ' ワータン ] 古英語
     schwitzen [ シュ ' ヴィッツェン ] ドイツ語
     zweten オランダ語
   sūdāre [ スー ' ダーレ ] ラテン語。不定詞
     sudare [ ス ' ダーレ ] イタリア語
     sudar [ ス ' ダール ] スペイン語
     suer [ スュ ' エ ] フランス語
     suar [ ス ' アール ] ポルトガル語
   ἱδρόω hidróō [ ヒド ' ロオー ] 古典ギリシャ語。「わたしは汗をかく」
   स्विद् svid- [ スヴィド〜 ] サンスクリット。語根

〓 sweater という行為者をあらわす語形は、少なくとも 1529年には存在していました。

   【 sweater 】 汗を流して働く人。1529年以前。

〓また、「汗をかかせる物」 という意味でも使われていました。それが、1828年に、「減量のための衣服」 の意味を、あらたに持ったわけですね。

〓1890年代に、米国のスポーツマンたちが、sweater を 「汗をかくため」 に着るようになったのは確かなようです。しかし、“減量” とはナンの関係もありませんでした。というのも、スポーツをするときに着た、単なる “スポーツウェア” であったからです。
〓どうでしょう。この 1890年代のスポーツマンたちの 「汗をかこう!」 というのは、1828年の 「減量のために汗をかこう……」 とは意味がちがうんじゃないでしょうか。

   sweater 「汗をかかせるもの」

という “字面” は同じでも、それを用いるニンゲンの心理は正反対と言ってもいい。

〓この sweater ブーム初期の衿 (えり) は “トックリ” だったそうです。1894年 (明治27年)、ゴルフ用に、ポロシャツ式の衿が登場し、“トックリ” は時代遅れになったようです。
〓 1900年 (明治33年) あたりまでの sweater がどんな衣服だったかというと、

  男性が着るもので、スポーツウェアであった

ということです。

〓日本語に、いつごろから 「セーター」 というコトバが入ってきたか、日本国語大辞典にあたると、次の5つの例があがっています。日本語化したころには、すでに、「スポーツウェア」 であった痕跡が残っていません。

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   「スエッターSwetter (英)毛糸製の『襯衣』 (シャツ)」
      『外来語辞典』 1914年 (大正3年) 勝屋英造

   「朝子は〈略〉小さいスウェターの一段を編み終った」
      『一本の花』 1927年 (昭和2年) 宮本百合子

   「彼女は薄萠黄 (うすもえぎ) の毛糸のスウェータアに純白のスカート」
      『落葉日記』 1936〜37年 (昭和11〜12年) 岸田國士 (くにお)

   「シャツの上に毛のセーターを着込んでいった彼が」
      『生活の探求』 1937〜38年 (昭和12〜13年) 島木健作 (しまき けんさく)

   「スエータのボタン大きくおとなしき子」
      『松籟』 (しょうらい) 1940年 (昭和15年) 富安風生 (とみやす ふうせい)

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〓愉快なのは、年代に関係なく、それぞれの個人によりカタカナ表記がマチマチであることです。それと、「男のスポーツ」 とは、まるでエンのない感じで使われていることですね。わずか、20、30年前まで、米国では

   汗臭い男の衣服

だったのに、昭和10年代の日本では、「スウェータアに純白のスカート」 ときている。

〓米国で、sweater が “おしゃれ着” に転向したのは、1925年 (大正14年) ごろのことです。「汗臭い男の服」 が “おしゃれ着” に脱皮するために、さまざまな言い換えが生まれたようです。

   jersey [ ' ヂャァズィ ] 1836年ごろ
   jumper [ ' ヂャンパァ ] 1853年
   ────────────────────
   pullover [ ' プる , オウヴァ ] 1907年 (明治40年)

jersey というのは、フランスのブルターニュ半島の北に浮かぶ、英領のジャージー島 Jersey の漁師が着ていた、羊毛で編んだセーターのような衣服です。つまり、「セーター」 に類する衣服は、名前こそ sweater ではなかったものの、昔から存在したんですね。
〓このジャージー島の漁師風の衣服を英語で jersey と言っていた。sweater の言い換え語として、jersey が再動員されたわけです。

〓日本語の 「ジャージー」 は、1930年 (昭和5年) 初出で、当時の辞書には、

   “運動用に着る毛糸の厚手のシャツ”

と説明されています。まさに、1890年代から米国で流行した sweater のことですね。なぜか、1930年に 「ジャージー」 で日本語に入ってきています。これは、どうやら英語における意味の横スベリを反映したもののようです。つまり、sweater の言い換え語として引っ張り出された jersey に、「スポーツウェアとしての sweater 」 の語義が転移してしまった。現在の英語でも、ニットのスポーツ用ユニホームを jersey と言います。
〓いわゆる、現代日本語の

   ジャージ

は、この昭和初期の 「ジャージー」 に、まっすぐにさかのぼります。しかし、英語の jersey は、肌にぴったりした “アクティブなスポーツウェア” の印象のものであり、日本で言うような、

   休日に家でダラダラするときに着る服

みたいなニュアンスはありません。
〓ツール・ド・フランスのチャンピオンが着る

   マイヨ・ジョーヌ Maillot Jaune [ マイヨ ' ジョンヌ ]
      「黄色いジャージー」

のフランス語の maillot 「マイヨ」 は、まさに、英語の jersey ですね。

jumper は、日本語の “ジャンパー”、“ジャンバー” の語源となった語です。日本では、

   主に、前がジッパーで閉じるようになっている、
   男女兼用の、防寒用の厚手の上着


を指しています。アタシは東京の下町の育ちなので、周囲では誰もが 「ジャンバー」 と言っていました。「ジャンバー」 が jumper の訛りであることに気がついたのは成人してからです。それくらい、昔の子どもが冬に着るものといえば、ジャンバーであり、生活の一部のようなコトバでした。
〓しかし、この日本語でいうところの “ジャンパー”、“ジャンバー” は、

   英語でいう blouson 「ブルゾン」

のことなんですね。
〓「ジャンパー」 も日本語には、昭和初期の 1928年 (昭和3年) に入ってきています。

   “水夫用のゆるいジャケツ”

と説明されています。現代日本語の 「ジャンパー」 (つまり、blouson ) の語義としての用例は、昭和10年代からあるようです。

〓現代英語で jumper の指すものは、英国と米国でマルッキリちがいます。

   jumper [ 米語 ] ジャンパードレス
     女性が、ブラウスやセーターの上から着る、袖のないワンピース。
     ※英国語では、“ジャンパードレス” を
      pinafore dress [ ' ピナ , フォァ ド , レス ] という。
      「エプロン・ドレス」 の意味。

   jumper [ 英国語 ] セーター (= sweater )

〓英米で、まったく意味のことなる単語の例です。つまり、英国では、sweater の言い換え語として jumper も採用されたが、米国では採用されなかった、ということです。

〓 1907年から用例のある pullover は、sweater の言い換え語として新たにつくられたコトバです。「頭にかぶって引っぱるもの」 という意味ですね。英国では、ネットで単純に比較を取ると、jumper, sweater, pullover の使用頻度の対比は次のようになります。

   jumper : sweater : pullover
       = 5.0 : 2.8 : 1.0


〓米国では通じない jumper が圧倒的に強い。
〓米国の場合は、

   sweater : pullover = 1.3 : 1.0

です。jersey は別義で用いられる可能性が高いので比較対象に入れられません。また、現在の英米語では、フリースやスエット (sweatshirt) など、同じように 「頭からかぶる服」 のことも pullover と言うので、そのあたり、割り引いてください。

〓他のヨーロッパ諸語で sweater をナンと言うか見回してみると、英語内部での混乱が反映していて面白い。

 【 pullover 派 】
   Pullover [ プ ' ろーヴァ ] ドイツ語
     → Puli [ ' プり ] ドイツ語省略形
   pullover [ プる ' ろーヴェル ] エストニア語
   pullóver [ ' プるろーヴェル ] ハンガリー語
   pulover [ プ ' ろーヴェル ] ルーマニア語
   пуловер pulover  ウクライナ語
    ※ドイツおよび、かつてのその影響圈に多い。
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 【 sweater 派 】
   suéter [ ス ' ウェテル ] スペイン語、ポルトガル語、ガリシア語
   свитер svitjer [ ス ' ヴィーチェル ] ロシア語
   svetr [ ス ' ヴェットル ] チェコ語
   sweter [ ス ' ウェテル ] ポーランド語
   sweater [ ス ' ウェダァ ] デンマーク語
   sweta [ スウェタ ] スワヒリ語
   セーター  日本語
    ※イベリア半島、東欧で強い。
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 【 jumper 派 】
   џемпер dzhemper [ ヂェンペル ] マケドニア語
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 【 jersey 派 】
   jertse [ へルツェ、ジェルツェ、イェルツェ ] バスク語
   ────────────────────
 【 なぜか blouse 派 】
   μπλούζα blúza [ ブ ' るーザ ] 現代ギリシャ語

〓なんだか、「セーター講座」 みたいになっちゃった。要するにですね、

   1891年 (明治24年) に、米国のフットボール選手が
   減量のために着用し始めたものを sweater という


というウンチクは、間違いといっていいでしょう。だいたい、

   なんで、フットボール選手が減量するの?

〓ボクサーならわかりますけどね。コトバの語源なんてえのは、こういうふうに、回り道、回り道で調べないと、たいていガケを踏みはずすんですよ。

   せえたあ事を仕損ずる

って言いますけん……
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