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2007年12月20日17:42

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「バリウム」 は重い。

  ▲ハンフリー・デイヴィー。 ▲「砂漠のバラ」 と呼ばれる硫化バリウムの一種。
                     ワーディー (涸れ川) ナトルーンのオアシス▲



〓ええ、これは先週の 「雑学王」 から。

   「“バリウム” のもともとの意味は?」
   ── 答え、「重い」

〓“バリウム” を発見したのは、英国の化学者

   ハンフリー・デイヴィー Sir Humphry Davy
     1778年 (コーンウォル、ペンザンス)〜1829年 (スイス、ジュネーヴ)

です。彼は、化学史上、もっとも多くの元素を発見した化学者で、

   1807年 カリウム
   1807年 ナトリウム
   1808年 マグネシウム
   1808年 カルシウム
   1808年 ストロンチウム
   1808年 バリウム

の6つを発見しています。1808年に発見した4つの元素は、周期表の第2族元素に属する6つの元素のうちの4つにものぼります。
〓同族のベリリウムは、1797年に、フランスの化学者 ルイ=ニコラ・ヴォークラン Louis-Nicolas Vauquelin によって、すでに発見されていました。
〓また、ラジウムの発見は、まだ、90年を待たねばなりませんでした。みなさん、ご存じの 「ピエール・キュリー」、「マリー・キュリー」 Pierre & Marie Curie のキュリー夫妻が発見したんですね。

〓なぜに、デイヴィーが、第2族元素ばかり発見したか、というと、そのころ 「アルカリ土」 (あるかりど) の電気分解が、彼の中で流行っていたらしいんです。

   アルカリ土 alkaline earth [ ' アるカ , らイン ' アーす ]

“earth” は 「地球」 のことじゃないの? という疑問はごもっともです。しかし、古英語では、これは 「大地」 という意味でした。その後、「世界」、「土壌」 などの意味が加わり、天体としての 「地球」 に earth を当てたのは、13世紀末のことです。

〓初期の化学者は、また、“earth” 「土」 というコトバで、


   酸化アルミニウム (アルミナ) など
   還元が困難な酸化物を指し、これを
   “元素” だと考えていた

のでした。
〓そののち、“earth” は周期表の第3族元素を指すコトバに転用されました。つまり、

   スカンジウム、イットリウム、ランタン、アクチニウム

が “earths” 「土類」 (どるい) です。
〓また、スカンジウム、イットリウムに、ランタンを含む 「ランタノイド」 15元素を加えた 17元素を 「希土類」 (きどるい) rare earths と言います。これらは、金・銀などの貴金属にくらべて、地殻に含まれる割合は多いにもかかわらず、単独の元素として分離するのが困難なため rare 「珍しい」 と表現されます。

〓「アルカリ土」 alkaline earth というのは、天然水や乾燥した土壌に見つかる、水に溶ける 「鉱塩」 のことを言いました。それらは、

   ベリリア (酸化ベリリウム) beryllia
   マグネシア (酸化マグネシウム) magnesia
   石灰 (酸化カルシウム) lime
   ストロンチア (酸化ストロンチウム) strontia
   バリタ (酸化バリウム) baryta

です。つまり、“アルカリである酸化物” ということのようです。
〓そこから、第2族元素を総称して “alkaline earths” 「アルカリ土類」 と呼びました。もちろん、周期律が発見され、周期表が提唱されるのは、これらのコトバがつくられた、ずっとのちのことです。

〓現在では、「アルカリ土類金属」 “alkaline earth metals” と呼び名が変わっています。
〓フシギなことに、日本では、「アルカリ土類金属」 から、

   ベリリウムとマグネシウムをはずすことになっている

そうです。ナニがフシギかというと、英語圏では、この2つの元素は 「アルカリ土類金属」 からはずされていないからです。それどころか、フランス語圏、ドイツ語圏でもはずされていません。なぜ、日本だけ、「アルカリ土類金属」 からベリリウムとマグネシウムをはずしているんでしょうかね。


〓デイヴィーは、バリウムの比重が、他のアルカリ土類に比べて、きわめて重いことに注目しました。

   ベリリウム  1.85
   マグネシウム 1.74
   カルシウム  1.55
   ストロンチウム 2.63
   バリウム   3.50

〓とりわけ、バリウムの化合物は比重が重いのが特徴です。バリウムの原料となる鉱物 「重晶石」 (じゅうしょうせき) は硫酸バリウムが結晶したもので、

   比重は 4.5

です。水の 4.5倍の重さということです。鉛が 11.34ですから、その半分弱ですね。
〓みなさんオナジミのX線造影剤の “バリウム” は、この

   硫酸バリウム

です。そうです。水の 4.5倍です。

   胃液・腸液に溶解しない。
   消化管から吸収されない。
   毒性がない。
   X線をよく吸収する。


という特徴から、“硫酸バリウム” が使われるんだそうです。


〓ギリシャ語で、「重さ、重荷」 という名詞を

   βαρός baros [ バ ' ロス ] 「重い」。古典ギリシャ語

と言います。英語の weight, burden にあたる、ごく普通の形容詞です。語幹は βαρ- bar- ですね。
〓これに、「塩 (えん) をつくり得る金属・非金属」 をあらわす接尾辞 -ium を付けたのが、

   barium [ ' バリウム ] 「近代ラテン語」 (学術ラテン語)

です。
〓実は、この -ium という接尾辞を使い始めたのも、ハンフリー・デイヴィーでした。

〓最初は、1807年の

   Potassium [ ポ ' タッスィウム ] 「カリウム」。近代ラテン語
     potash [ ' ポタッシュ ] <英語> 灰汁 (あく) + -ium
   Sodium [ ' ソディウム ] 「ナトリウム」。近代ラテン語
     soda [ ' ソウダ ] <英語> (苛性)ソーダ + -ium

から始まりました。
〓現在、この2つの元素が、K (Kalium)、Na (Natrium) として知られているのには、ややこしい事情があるようです。デイヴィーの業績をドイツに紹介したのは、ドイツの物理学者・化学者のルートヴィヒ・ヴィルヘルム・ギルベルト Ludwig Wilhelm Gilbert でした。1809年に発表されたデイヴィーの論文の翻訳は、ギルベルトが手を加えており、

   Potassium → Kalium
   Sodium  → Natronium


となっていました。これは、デイヴィーの命名法が英語を使っており、ドイツ式の命名法に即していなかったからでした。
〓1813年、スウェーデンの化学者 イェンス・ヤーコブ・ベルゼリウス Jöns Jakob Berzelius が、独自の 「元素記号」 のシステムを発表します。

   元素のラテン語名から1文字ないし2文字を抜き出して略表記にする

という、現在の表記法です。
〓当初、ベルゼリウスは、デイヴィーに従って、カリウムを Po、ナトリウムを So と表記していましたが、1年と経たないうちに、

   K Kalium
   Na Natrium

という表記法に転換しました。そのため、現在の元素記号になっていますが、英語では、デイヴィーの元素名をそのまま使っています。おそらく、英語圏のヒトたちは、「 Potassium が、ナンで K なんだ?」、「 Sodium が Na はおかしいだろ!」 と言っているに違いないですね。

   K
     カリウム ── 日本語
     Potassium [ パ ' タスィアム ] 英語
     Kalium [ ' カーりオム ] ドイツ語
     Potassium [ ポタスィ ' ヨンム ] フランス語

    【 語源 】
      القلى al-qilī [ アる くィ ' りー ] アラビア語
       原義は 「塩性植物を焼いた灰」、「ソーダ灰」。
       現代アラビア語では 「アルカリ、塩基、灰汁」。
         ※ ال 「アル」 は、定冠詞 (英語の the) であり、
         単語の一部ではない。
       ↓
      Kali [ ' カーりー ] 「カリ岩塩」。ドイツ語

   Na
     ナトリウム ── 日本語
     Sodium [ ' ソウディアム ] 英語
     Natrium [ ' ナートリオム ] ドイツ語
     Sodium [ ソディ ' ヨンム ] フランス語

    【 語源 】
      نطرون nat.rūn [ ナと ' ルーン ] アラビア語
       ナトロン natron。カイロの北西に位置する塩湖
       「ワーディー・ナトルーン」 で採れる “天然炭酸ソーダ”。
       ↓
      Natron [ ' ナートロン ] ドイツ語

〓ま、そんなワケで、potassium と sodium は元素名から消えてしまったんですけど、-ium を元素名に使う、という慣例は残りました。

-ium 「イウム」 というのは、本来、 -ius 「イウス」 という形容詞語尾の中性形です。ラテン語では、語幹に -ius を付けると、その名詞の形容詞をつくることができました。
〓デイヴィーの命名になる 「カルシウム」 がちょうどよい例なので説明してみましょう。もとになった名詞は、ラテン語の 「石灰」 です。

   calx [ ' カるクス ] 「石灰、石灰石」。古典ラテン語

〓ちょいと見ると、ダマされるんですが、この主格は、calc- に主格の語尾である -s が付いてるんですね。

   calcs [ ' カるクス ]

なんですけど、ラテン語では、-cs- と音が続いたら、これを -x- で綴るという約束になっているんです。ですから、「石灰」 を意味するのは calc- です。
〓余談ですが、このラテン語の calc- は、オランダ語で kalk、ドイツ語で Kalk となります。それを採り入れたのが、日本語の 「カルキ」 です。「この水はカルキ臭い」 と言うときの “カルキ” ですね。正確には、ドイツ語の

   Chlorkalk [ ク ' ろールカるク ] さらし粉、漂白粉

から来ています。

〓ええ、もとい。calc- に形容詞をつくる接尾辞 -ius を付けると 「石灰の」 という意味になります。

   calcius [ ' カるキウス ] 男性形
   calcia [ ' カるキア ] 女性形
   calcium [ ' カるキウム ] 中性形

〓さらに、ラテン語は、形容詞を名詞として使うことができます。つまり、「石灰のもの」、「石灰からできるもの」、「石灰に関するもの」 などの意味で名詞化できます。その際に、デイヴィーが -ium という中性形を選んだのは、

   ラテン語が金属名に中性を当てていた

ことに従ったのだろうと思います。

   ferrum [ ' フェッルム ] 鉄
   cuprum [ ' クプルム ] 銅
   argentum [ アル ' ゲントゥム ] 銀
   stannum [ ス ' タンヌム ] スズ
   aurum [ ' アウルム ] 金
   hydrargyrum [ ヒュド ' ラルギュルム ] 水銀
   plumbum [ プ ' るンブム ] 鉛
   arsenicum [ アル ' セニクム ] ヒ素

〓キレイに中性で揃っていますね。男性でもない、女性でもない、「生きていないもの」 と考えたんでしょう。
〓それゆえに、現代語では、元素の名前の多くが 「〜イウム」 と言うんですね。

〓ウィキペディアでは、日本語版・英語版とも、「バリウム」 の語源を、

   ギリシャ語の βαρύς barys [ バ ' リュス ]
   「重い」 という形容詞からの造


としていますが、この説明は正しくありません。18世紀後半に生まれた科学者が、

   ギリシャ語の
       名詞と形容詞の区別もつかない


ということは有り得ません。語源は、断じて βαρύς 「重い」 ではなく、βαρός 「重さ」 です。

〓もっとも、デイヴィーが 「バリウム」 の命名を行う以前に、スウェーデンの化学者 カール・ヴィルヘルム・シェーレ Karl Wilhelm Scheele が、1774年に、硫酸バリウムが結晶した鉱物 「重晶石」 (じゅうしょうせき) を発見して、

   barytes [ ' バリュテース ] 「重晶石」。近代ラテン語

と名付けています。これは、

   βαρύτης barytēs [ バ ' リュテース ] 「重み、重いこと」。ギリシャ語

という名詞を、そのままいただいたものです。英語では、

   barytes [ バ ' ライティーズ ] 「重晶石」。英語

と言います。barytes なんて綴りだと、「バライツ」 と読みたくなりますが、

   ラテン語、ギリシャ語に由来する -es は [ - i : z ] と読みます。

〓デイヴィーが、「バリウム」 という命名を行ったのは、シェーレに対する敬意の表れとも言えますね。


〓昔から写真が好きで、暗室作業もしたことがあるヒトならご存じだと思いますが、

   バライタ紙

という印画紙があります。今では、ほとんど使われないんでしょうが。これは、印画紙のもとになる紙に、白さを増すための硫酸バリウムを混ぜた感光乳剤を塗った、ひと昔前の印画紙です。

   baryta [ バ ' ライタ ] 「酸化バリウム」。英語
   baryta paper 「バライタ紙」。英語

〓この単語は、barytes からの造語です。

〓またまたですね、声楽の音域を言い表すコトバに、

   baritone [ ' バリ , トウン ] 「バリトン」。英語

がありますね。これは、イタリア語の

   baritono [ バ ' リートノ ] 「バリトン」。イタリア語

を借用したものです。

   βαρύ-ς [ バ ' リュス ] 「重い」。ギリシャ語
    +
   τόνος [ ' トノス ] 「声の調子」。ギリシャ語
    ↓
   βαρύτονος [ バ ' リュトノス ] 「重い声の調子」。ギリシャ語
    ↓
   barytonos [ バ ' リュトノス ] 後期ラテン語

〓ま、そんなこんなで、バリウムの語源は終わりです。次に、バリウムを飲むときは、

   “バリ” は “バリトン” の “バリ” と思い出してみましょう

〓ナニカの足しになるだろうか……
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