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2007年12月14日16:20

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「ザナドゥ」 から 「ザビエル」 へ──2。

   ▲『聖フランシスコ・ザビエルの死』 ゴヤ。 ▲ザビエル城。すなわち、「新城」 ▲



〓「ザビエル」 というのはナンなのか、知ってますか?

   「城の名前」

です。
〓「ザビエル」 のフルネームは、スペイン語で、

   Francisco de Javier [ フラン ' すぃスコ デ はビ ' エル ]

とされています。なぜ、スペイン語なのか。
〓彼はバスク人でした。バスク人の国であるナバラ王国の貴族の子でした。しかし、彼が9歳の折り、ナバラ王国はスペイン王国に滅ぼされます。
〓当時の情勢としては、1479年に、カスティーリャ王国とアラゴン王国が合併して、スペイン王国となり、1492年には、イベリア半島におけるイスラームの最後の砦たるグラナダを落とし、いわゆる、「レコンキスタ」 (領土回復) を完成していました。
〓イベリア半島での支配権を固めたのちの、16世紀から17世紀は、スペイン王国の 「黄金の世紀」 と呼ばれる時代であり、ナポリ王国を獲得し、フィリピンを植民地とし、また、アステカを滅ぼして北米を、インカを滅ぼして南米を植民地としました。
〓そういう運の悪い時代に、ザビエルという人は生まれたワケです。

〓ですから、スペイン人は、当然のごとく、バスク人であるザビエルをスペイン人として扱い、スペイン語により Francisco de Javier と呼ぶわけです。

〓ということは、ザビエルにはバスク語による名前もあるわけですね。

   Frantzisko Xabierkoa [ フランツィスコ シャビエルコア ]

〓スペイン語で Francisco、バスク語で Frantzisko という名前は、アッシジの聖フランチェスコに範を取る名前で、

   Franciscus [ フラン ' ツィスクス ] 中世ラテン語形

というラテン語形で、ヨーロッパに広まりました。スペイン語形の Francisco も、当時の発音は 「フランツィスコ」 であり、現在のバスク語の発音と変わりませんでした。

〓スペイン語の de Javier、バスク語の Xabierkoa はナニか? というと、

   「姓のようなもの」

としか言いようがありません。
〓スペイン語の de 〜 には、フランス語のような 「貴族」 の意味はなく、単純に 「出身地」 を示します。ですから、

   Juan de Jaso 「フアン・デ・ハーソ」 ザビエルの父親
   María de Azpilicueta 「マリーア・デ・アスピリクエータ」 母親

のように、親子でテンデンバラバラの 「姓」 になります。キリスト教世界では、名前のバリエーションが少なかったために、このような 「出身地」 を添えたり、あるいは、アダ名などを添えて、個人の識別としていたもので、それが徐々に固定化して、現代の 「姓」 になります。
〓つまりですね、de Javier 「デ・ハビエル」 ── 日本を訪れた当時は、de Xavier 「デ・シャビエル」 ── は、「出身地をあらわす “姓の前身” のようなもの」 と言うのがよいでしょう。なので、「個人名」 ではありません。
〓バスク語の Xabierkoa は、

   Xabier 「シャビエル」 出身地
    +
   -ko 「〜の」 “属格語尾”
    +
   -a “the” “定冠詞”

という語構成です。つまり、「かのシャビエルの人」 という語であり、やはり、個人名ではありません。

〓しかし、ザビエルが聖人となったことで、キリスト教世界では、Xavier をもとにした名前が男子名として採用されるようになりました。標準となるラテン語形は、

   Xaverius [ クサ ' ヴェリウス ]

です。

   Javier (← Xavier)
       
[ はビ ' エル ] (←[ シャビ ' エル ]) スペイン語
   Xavier [ グザヴィ ' エ ] フランス語
   Xavier [ ' ゼイヴィア ] 英語
   Xavier, Xaver [ シャヴィ ' エル、シャ ' ヴェール ] ポルトガル語
   Xaver [ ク ' サーヴァァ ] ドイツ語
   Saverio [ サ ' ヴェーリオ ] イタリア語
   Xabier [ シャビエル ] バスク語

〓バスク語にさえ、Xabier という名前が逆輸入されています。あきらかに、「バスク語→スペイン語→バスク語」 という経路をたどっています。
〓というのも、Xavier には、もとになったバスク語形があります。

   Etxeberri [ エチェベッリ ]
    ↑
   etxe [ エチェ ] 家、建造物
    +
   berri [ ベッリ ] 新しい

〓この 「エチェベッリ」 は、ザビエルが生まれた城の名前です。つまり、言うなれば 「新城 (あらしろ)」 という名前の城であり、地名であったワケです。バスク語の etxe には、「普通の家」 から 「集合住宅」、「ビル」 まで、すべての建造物が入ります。

   Etxe Zuria [ エチェ スリア ] ホワイトハウス

というぐあいですね。zuri は 「白い」、-a は定冠詞です。

〓ところで、Etxeberri という語形は、冠詞のついていない状態であり、正しくは、定冠詞を付けて、

   Etxeberria [ エチェベッリア ]

とする必要があります。現代バスク人にも多い姓で、「城」 だけでなく、新しい 「農場」 を拓いた場合などにも使われることが多いようです。

   Etcheverry [ エチェ ' ベッリ ] スペイン語形
   Etcheverría [ エチェベッ ' リーア ] スペイン語形
   Echevarría [ エチェバッ ' リーア ] スペイン語形
   Etchebarría [ エチェバッ ' リーア ] スペイン語形
   ──────────
   Etcheberry [ エチュベ ' リ ] フランス語形
   Etcheverry [ エチュヴェ ' リ ] フランス語形

〓フランソワ・トリュフォー亡きあと、フランスのヌーヴェル・ヴァーグ2大巨頭として、ゴダールのむこうを張ってきたエリック・ロメール Éric Rohmer の映画を見ていると、プロデューサーの名前として、

   Françoise Etchegaray 「フランソワーズ・エチュガレー」

という名前が目につきます。この女性プロデューサーの姓もバスク系です。

   etxe [ エチェ ] 家
    +
   garai [ ガライ ] 高い、丈のある
    ↓
   etxegarai [ エチェガライ ]
     「高みにある家、あるいは、背の高い家」

〓さて、そろそろ、本題に入りやしょうか。

〓実は、バスク語の Etxeberri 「エチェベッリ」 の他言語圏での表記は一定したものではありませんでした。

   Escabierre [ エシャ(?)ビ ' エッレ ] 948年
     ※ sca は 「シャ」 のつもりだろうか。
   Xabierre [ シャビ ' エッレ ] 1081年
   Exavierre [ エシャビ ' エッレ ] 1093年
   Isavier [ イサビ ' エル ] 13世紀
   Xavier [ シャビ ' エル ] 13世紀
   Exavierre [ エシャビ ' エッレ ] 1217年
   Chavier [ チャビ ' エル ] 1516年
   Xabierre [ シャビ ' エッレ ] 1523年
   Xavierre (Xabierre) [ シャビ ' エッレ ] 1560年

〓これらは、出典が明らかではないのですが、おそらく、ナバラで話されていたスペイン語か、カスティーリャのスペイン語なのでしょう。たとえ、ポルトガル語であったとしても、ザビエルの時代までは、v [ v ] 音に変える以外、発音のちがいはほとんどありません。
〓一見してわかることは、b と v の交替が激しいことで、これは、スペイン語話者によって書かれたことを示唆しています。スペイン語では、ラテン語の v [ w ] [ v ] 音になったことが一度もなく、

   v [ w ] → [ β ]

と、直接、現代音と同じ音に移行しており、語中で摩擦音化した b [ β ] と合流してしまいました。

〓上のさまざまな語形を見てわかることは、「ザビエル」 のごとく [ z- ] で始まる音で発音されたことが一度もない、ということです。それどころか、スペイン語には [ z- ] で始まる単語そのものがなく、ポルトガル語の語頭の [ z- ] 音は、外来語に当てるために用意されたものです。
〓それに、そもそも、[ z ] という子音じたいが、ラテン語の音素ではなく、ギリシャ語などに由来する場合に現れる音でした。

〓ならば、「ザビエル」 という日本名は、どこから、来たのか?

〓たとえばですね、「ペリー」 は、今でこそ、「ペリー」 と書くのが当たり前になっていますが、黒船来航当時は、

   ペルリ
   ペリー
   ペリ
   ヘルツ (「ペルツ」 のことだろうが、「ツ」 は?)

などと書かれ、「ペルリ」 というのが多かったようです。六代目 三遊亭圓生という人は、「ペリー」 のことを 「ペロリ」 なんて言ってましたが、江戸の庶民のあいだでは、そういう言い方もあったのかもしれません。

〓さすればですね、「ザビエル」 だって怪しいもんです。実際調べてみると、次のような異形が見つかるんですね。残念ながら出典がわからない。

   シヤヒエル
   シヤビエル
   ザビエル
   ザベリヨ ── B
   サベイリウス (「サベーリウス」 と読むのだろう) ── A

   フライシイツクエ 【 仏来釈古者 】 ── C

   フランシクスク-サベイリウス ── A
   フランシスコシヤヒエル
   フランシスコ-ザビエル
   フツライスイツクチエ ザビエル ── C

〓Aの 「フランシスクス・サベイリウス」 というのは、

   Franciscus Saverius ラテン語綴り

というラテン語を 「英仏風な片寄り」 のもとに “正しく” 読んだものです。当時のものとは思えない。
〓Bの 「ザベリヨ」 は、日本のカトリック教会の伝統的な語形だそうです。意外なことに、カトリック教会では 「ザビエル」 とは呼んでこなかった。これは、

   Saverio [ サ ' ヴェーリオ ] イタリア語形

というイタリア語形に由来するのはまちがいないんですが、語頭の 「ザ」 は、やはり、オカシイのですね。イタリア語で、Saverio を 「ザヴェーリオ」 と発音したことは、歴史上、一度もありません。
〓イタリア語では、ラテン語の x は、[ ss ] もしくは [ ∫ ] に変化しています。

〓Cに現れるケッタイナ 「フライシイツクエ」、「フツライスイツクチエ」 は、中国語表記の

   仏来釈古者 fóláishìgŭzhě [ フォーらイしークーちぇ ]

を 「日本語の音読み」、「中国語音」 ゴタマゼのチャンプルーで読んだものでしょう。特に、注目に価するものではありません。

〓すると、残るのは、「シヤヒエル」、「シヤビエル」、「ザビエル」 です。ただし、「シヤヒエル」 も 「シヤビエル」 も 「シャビエル」 のことでしょう。“拗音を小さく書かない”、“濁点を打たない” という明治以前の表記の特徴です。するってえと、

   シャビエル
   ザビエル

という2形のみが残ります。
〓ここからは、推測の域を出ないのですが、ザビエル来日当時には、彼の名前は、

   シャビエル

と呼ばれていたんではないでしょうか。だとすると、スペイン語形、ポルトガル語形どちらとも一致し、ナンの問題もありません。

〓そして、「ザビエル」 という語形は、後世に、英語を参照して逆構成されたものか、あるいは、単純に、Xavier という綴りの X- をどう読むのかわからず、“あてずっぽう” で [ z ] に読んでみただけ、のものではないでしょうか。
〓日本のカトリック教会の 「ザベリオ」 が、いつから使われているのか、アッシにはわかりませんが、おそらく、「ザビエル」 という表記に引きずられたに違いありません。単純に、イタリア語名の Saverio を写すなら、「ザベリオ」、「ザベリヨ」 という発音は生まれません。
〓日本人の語頭の 「ザ行音」 は、ただでさえ [ dz- ] という閉鎖の強い破擦音なので、むしろ、

   西洋語の語頭の [ z- ] は
          “サ行音” に聞こえる


と言っていいくらいです。そういった例はドイツ語に多くみられ、Siemens 「シーメンス」 などとなります。


〓アッシの結論としては、「ザビエル」 という、現在、固定化している呼び名には、何ら根拠がなく、むしろ、「シャビエル」 とすべきものである、ということです。
〓もっとも、現代スペイン語では Javier と綴り、「ハビエル」 と読むのが正式です。
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