▲これが英語で言う deadlock。 ▲シェリダン。
〓アッシのワードプロセッサ上の原稿には、「一席」 にならなかった “文章のハシキレ” が転がっています。どうも、書き始めたんだが手に余るテーマだった、とか、途中から自分でもナニがナンダカわからなくなる、とか、単純に時間切れとか、そんな感じなんですが……
〓意外に多いのがですね、“このネタはベタだろう” ってヤツです。言語関係の本には、お題目みたいに書かれているネタです。
〓でですね、このあいだ 「アンカー」 について書いたとき、
デッドロック
についても書こうかと思ったんですね。「いや、よすべえ」、「いやいや、書いたがよかろう」、「いや、よすべえよ」 ってんで、アッシの中にいる、ズンズロベエとヨゼエモンがもめて、やめちゃったんですが……
〓がですよ、意外な抱き合わせを見つけたんで……
【 デッドロック 】
〓どういうんですが、アタシは、やたらに言語関係の本ばかり読んでいるので、「こんなのはみんな知ってるだろう」 と思うと、あんがい、知られていなかったりもするんで、よくわからないんですが、
「デッドロック」 とは何か?
ということですよ。日本語に置き換えてみてください。
“暗礁”
と答えてくれたヒトは、いいヒトです。
【 deadlock 】 [ ' デッド , ろック ]
(1) 2つの相対する力・勢力が拮抗しあって結果を見ない状態。
(2) [スポーツ] 同点。
(3) [コンピュータ] 2つのプログラムもしくはデバイスが、
互いに互いの応答を待って、オペレーションが完了できなく
なっている状態。
〓英和辞典ではなく、英英辞典の語釈を訳してみました。確かに、deadlock というのは、“モノゴトが進行しなくなっている状態” を言うんですが、英和辞典が、しばしば、記すように、
「行き詰まり、手詰まり、“暗礁”」
を言うんじゃないんですね。そうではなくて、“2つの力が互角で動けない状態” を言うんです。
「膠着状態」
という感じですか。日本語で近い表現を探すなら、
「ヘビとカエルとナメクジのにらみ合い」
すなわち、“三すくみ” というヤツです。あるいは、いつまでたっても、「グーとパーとチョキ」 で決着のつかないジャンケンにたとえてもよい。
〓“dead lock” というコトバが初めて記されたのは、アイルランドの劇作家 リチャード・ブリンズリー・シェリダン Richard Brinsley Sheridan の 1779年の戯曲 “The Critic” 『批評家』 においてです。この三幕ものの戯曲のほぼ終わりあたりに dead lock と2語にわけた語形で現れます。
─You see the ladies can't stab Whiskerandos─he durst not strike
them, for fear of their uncles─the uncles durst not kill him,
because of their nieces. ─I have them all at a dead lock! ─for
every one of them is afraid to let go first.
──ご婦人がたはウィスケランドウズを (短剣で) 刺すことができないだろう?
──ウィスケランドウズはご婦人がたを刺すことができない。彼女たちの
叔父に剣を突きつけられているからだ──その叔父たちもウィスケランドウズを
殺すことはできない。姪たちが短剣を突きつけられているからだ。
── 僕は全員を dead lock にしたのさ! ── なぜなら、誰もが
口火を切るのを恐れているからだ。
〓ちょいとわかりにくいですが、Mr. Puff パフ氏という劇作家が自分の戯曲について語っているんです。この場面は、
ウィスケランドウズ
両手に持った短剣を2人の婦人の胸もとに突きつけている
2人の婦人の叔父にあたる2人の人物
それぞれに剣を抜いて、ウィスケランドウズに突きつけている
〓どうです。“暗礁” というのじゃなく、“膠着状態” なのですね。もっとも、ここで、シェリダンが、突然、造語したのではなく、もともと、レスリングで使われていたと言います。
dead 完全な、絶対の
lock 動けない状態
〓おそらく、レスリングで両者の力が拮抗して、完全に動けない状態を言ったんでしょう。
〓日本語において 「デッドロック」 が最初に文字になったのは昭和3年です。ただし、最初から正しく理解されていなかったようで、
「デッド ロック Dead lock 英 死工場。即ち罷工その他の関係で
今まで活動してゐた工場が閉鎖されて静まりかへってゐる場合に云ふ」
『音引正解近代新用語辞典』
などというケッタイナ解釈がなされています。
〓さらに、lock が rock とカン違いされ、いわゆる “暗礁” の意味に誤用されたのは、昭和25年ころです。
「かういふエラーが一度ならず二度三度となれば、
経理上のデッドロックに、のり上げるのも当然よ」
『雪夫人絵図』 舟橋聖一 (ふなはし せいいち)
〓英語には 「暗礁」 を言い表す固有の単語はなく、
sunken reef, sunken rock(s)
「水の下に隠れた岩礁・砂州、岩」
という表現をします。
【 タックスヘブン 】
〓日本国語大辞典で調べてみると、
【 タックスヘブン 】
外国企業に対して、税制上の優遇措置を
とっている地域や国。租税避難地。
と出ています。
〓そうか 「税金天国」 のことか、と思いきや、そうではないんですね。
【 tax haven 】
税金を低く設定している国や独立した地域。
〓どうです。天国は heaven ですよね。しかし、タックスヘブンは tax haven です。しかし、日本以外でまったく使われないというものでもありません。
Google UK tax heaven 627件
〓イヤミの意味で、わかって使っているものも多いようです。
〓 haven というのはナンでしょう?
【 haven 】 [ ' h e i v n ] [ ' ヘイヴン ]
避難所、安全な場所、嵐を避けるための入江 (避難港)
〓まあ、「税金対策のために逃げ込む場所」 という意味なんですね。たまたま、heaven に音が似ていた。
〓この haven という単語、普通に英語の文章を読んでいても、さほど出会う単語ではありません。しかし、古英語では、「港」 という意味の重要な単語だったんです。13世紀ごろに、それまで、「避難所」 の意味だった harbo(u)r に 「港」 の語義をブン取られてしまったんです。
1200年まで
haven 「港」
harbor 「避難所」
1200年ころから
haven 「避難所」
harbor 「港」
〓フシギですね。こんなことってあるんですよ。また、ラテン語から借用した port も古英語の時代からありました。
〓ドイツ語を習ったヒトなら、「港」 は
der Hafen [ ' ハーフェン ]
ってご存じですよね。ドイツ語は、英語で廃れてしまった haven が、現役の単語として生き残っているわけです。英語でも、古英語時代の語形は、
hæfen [ ' ハフェン ] 「港」。古英語
でした。
〓日本では、デンマークの首都は、「コペンハーゲン」 として知られています。しかし、これは、ドイツ語名なんです。
Kopenhagen [ コプン ' ハーグン ] ドイツ語名
〓デンマーク語では、
København [ ケブン ' ハウン ]
と言うんですね。ここに出てくる havn が、デンマーク語の 「港」 です。古い時代のデンマーク語では、
Køpmannæhafn 「ケプマンナハフン」?
と言いました。Køpmann 「ケプマン」 というのは、ドイツ語の Kaufmann 「カウフマン」、つまり、“商人” です。つまり、
「コペンハーゲン」 = 「商人の港」
なんですね。
〓ハナシはどんどん逸れてっちゃうけど、まあ、ええでしょう。
〓ドイツ語の
kaufen [ ' カオフェン ] 「買う」
Kauf [ ' カオフ ] 「買うこと」
なんて単語は、まるでゲルマン語起源のような顔をして納まりかえっていますが、これ、ラテン語からの借用語なんです。
caupō [ ' カウポー ] ラテン語
小商売人 (小あきんど)、宿屋の主人、居酒屋の主人
〓どうやら、ゲルマン人の 「買う」 という概念は、ローマ人のそれとは性質が異なっていたんでしょうか。英語の buy に残るゲルマン語の 「買う」 を駆逐して、ドイツ語ではラテン語からの借用語が定着してしまいました。
〓ゲルマン人がローマ人から借用した 「買う」 *kaupjan [ カウピヤン ] は、単に 「買う」 ではなく、「商売する」 というニュアンスだったようです。
〓同じようにスラヴ人も 「買う」 にラテン語を借用しています。実際には、ラテン語を借用したゲルマン人から 「又借り」 しています。
купить kupit' [ ク ' ピーッチ ] 「買う」。ロシア語
〓ロシア語の基本語中の基本語ですね。その他の言語も見てみましょうか。
【 ゲルマン語 】
kopen [ ' コーペン ] オランダ語
köpa スウェーデン語
købe デンマーク語
kjøpe ノルウェー語
【 スラヴ語 】
zakupić [ ザ ' クピチ ] ポーランド語
koupit チェコ語
kúpiť スロヴァキア語
kupovati スロヴェニア語
〓英語はどうなってるんだ? と思うでしょ。これが意外な単語になっているんです。
cheap [ ' チープ ] 「安い」。英語
〓ケッタイですね。
〓ラテン語の caupō 「カウポー」 は、西ゲルマン語では、
*kaupaz [ カウパズ ] 西ゲルマン語
という語形だったと考えられます。これが、ドイツ語の Kauf になるワケです。
〓この西ゲルマン語の *kaupaz は、古英語の段階で、すでに “口蓋化” を起こし、奇妙な語形に変じていました。
ċēap [ チェーアップ ] 「値段、取引、市場」。古英語
〓二重母音 au が、なぜか ēa に変じたんですね。そのため、子音 [ k ] が [ t∫ ] になってしまった。
〓意味のほうは、good cheap 「いい値段、いい買い物」 に引きずられて、
「安い」
に転じてしまいました。1509年の初出から 「安い」 の意味で使われています。
〓ならば、記録もないのに、なぜ、それ以前に 「安い」 とは異なる語義があったことがわかるのか、というと、固有名詞から知れるのです。
Cheapside 「チープサイド」。ロンドンの通りの名前。
現代語で言えば、“market place” という名前。
Chapman 「チャップマン」。英語の姓。古英語 ċēapmann
「チェーアプマン」 “取引する人”、すなわち、「商人」。
ドイツ語の Kaufmann に相当する。
〓ということで、今日は、とてつもない変化球で、ホームベース前でツーバウンドくらいしちゃったなあ……
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