これは、スティーヴン・キングの短篇小説をトム・ヒドルストン主演で映画化したもので、スティーヴン・キング自身が製作総指揮を務めている。
監督は「ジェラルドのゲーム」、「ドクター・スリープ」に続いてキング作品の映画化を手掛けるマイク・フラナガン。
世界は終焉を迎えようとしているようだった……60もの災害が同時に発生、ネット通信は途絶え、人々は絶望して消えて行く……そんな街には、「チャールズ・クランツ 素晴らしい39年間をありがとう!」の広告が掲げられる――
この映画、非常に説明が難しい――自分は、(かなりネタバレを含む)予告編を幾度も観ており、町山智浩氏による解説をラジオで聴いていたせいもあって、序盤で仕掛けに気づいたのだが……
まず、本作は全3章から成る章立てがされており、物語の結末の第三章から始まって、第二章、第一章と逆戻りしていく展開だ。
尚、邦題は、第三章のタイトルを流用しており、これには違和感を覚えた――邦題、そして予告編からは、第一章で描かれるカタストロフの謎解きを前面に押し出している感じだが、この物語、それが主題ではないのだから……ここは原題の「The Life of Chuck」の方がよかったのではないか、と思う。
物語は、最後に語られる第一章で全ての要素を結び付け、収斂させて行く――世界崩壊の謎を解き、それを回避する、と言うようなヒロイックな物語(それを期待している人もいそうだが)ではなく、崩壊と終焉は決して避けられないものとして描かれる……そう、それは「死」なのだ。封印された尖がり屋根の下の部屋の中にあるものは、次に訪れる「死」の光景だったのだ。
前述の解説の中で、町山智浩氏は、封印された部屋の中にあるものを(ネタバレを避けつつ)「逃れられないもの」と説明し、本作をスティーヴン・キングらしい「ホラー」だと評した。恐らく、町山氏は「死」が恐ろしいのだろう……だが、その解釈は異なるように思う。「死」は誰にでも必ず訪れる、逃れられないもので、それは恐怖でもなんでもない、「現実」だ。それを、多くの人は見ないようにしているだけに過ぎない。
スティーヴン・キングは判ってしまったのだろう。数多の作品を生み出した“世界”は、己の死によって消えるのだ、と……でも、それを絶望する事はない、と言うのが本作だ。どんなに楽しい時間も、いずれ終わる……でも、終わるから無意味だ、と言うのは間違いだ。それと同じで、人生には、苦悩の決断もあれば、偶然の出会いもある、失敗も時にはあるだろうが、最後には「いい人生だった、ありがとう」と言えるように、いずれは消えてしまう、この限りある人生を輝かせて行きたい――そんな人生賛歌が、この映画の本当の姿なのだろう、と思う。
ログインしてコメントを確認・投稿する