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2026年02月25日22:58

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月曜は……「シン・エヴァンゲリオン劇場版」感想

 祝日の月曜、会社を早めに上がり、「月イチエヴァ」で、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」。

 ……実は、この映画、先週水曜も観に行っている。その時は運悪く花粉症のせいで鼻が詰まっていて口呼吸になっていたせいだと思うのだけど、映画中盤で、隣の席から「静かにしろ」とかなりキツく怒られて、それ以降、映画に集中出来なかったのだ。
 で、それがひょっとしたら最後になるかもしれない「エヴァ」完結編の劇場鑑賞の思い出になるのも後味悪いので、もう1度、観に行った次第……今度はプレムアムシートだ、隣席とも距離があり、これならば、怒られる心配はないだろう。

 これは社会現象とさえ言えるブームを巻き起こした庵野秀明によるアニメシリーズ「新世紀エヴァンゲリオン」を、庵野秀明自身がリメイクして2007年から始まった「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズの最終巻。
 ただし、今回は「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」ではなく、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」となっている……つまり、仕切り直し、と言う事だろうか。

 ヴィレの旗艦ヴンダーはパリの凱旋門上空に陣取り、ユーロNERVの施設の復旧作業を開始しようとしていた。それを妨害しようとするNERVの攻撃型エヴァの攻撃を、マリは暫定修理された8号機で迎え撃つ――
 一方、カヲルの死によってフォースインパクトは食い止められ、シンジはアスカに救出された。目の前でカヲルを失ったショックで茫然自失状態のシンジと、戦いでエヴァを失った“もうひとりの綾波”を連れ、アスカは、徒歩でヴンダーとの合流地点を目指すのだが……

 本作は、TVシリーズ最終2話と、旧劇場版のラスト1時間を合わせて再構築をし、物語を完結させている。
 「新世紀エヴァンゲリオン」自体が、庵野秀明の“自分語り”であり、その、社会への、そして父親への鬱屈を吐き出した内容は難解でもあり、そして堂々巡りの内容にもやもやしたりもしたけれど、それから四半世紀を過ぎ、遂に父との対話を成し遂げたのだ。
 「息子が父親に出来るのは、肩を叩く事か、殺す事だけ」と言う物騒な事を言われて送り出されたシンジだが、“親殺し”をする事もなく、結果、和解をするに至るのだから、庵野秀明も、大人になったのだ、と納得をするしかない――自分と他者の境界をなくす事を拒んだのは旧劇場版も同じだが、自分だけではなく、エヴァに取り込まれた子供たちに、それぞれの救済を描く展開には……これまた随分優しくなったもの、と思うと共に、「エヴァンゲリオン」が最早、庵野秀明ひとりのものではない、と言う事か、とも思った。

 また、アニメーションとして相当凄い事もやっているのもエヴァらしい部分。
 「第三村」での日常描写、これを凝ったアングルと撮影手法で見せる、この尖り具合もまた庵野秀明らしい部分だろうか。
 ただ、冒頭のパリでの戦い、これは改めて観ると、電源型のエヴァに「天国と地獄」でカンカンを踊らせるくらいの事はやってもよかったのでは、と思ってしまった……

 ラストシーンの開放感もよく、完結編として正にすっきり終わらせた感じだ。
 しかし、やはりエヴァは情報量が余りに多すぎて、疲れるな……それだけ脳疲労した、と言う事でもあるのだが。 

 そんな状態での帰り道も眠い状態が続き、悪い事に、月曜は戸塚警察署前からのだらだら渋滞が長く続いて、その中にいるうちに低知覚状態となり、渋滞抜けた後、1回意識飛んだ――やばいやばい、これはさすがにヒヤリとした。

 帰宅後、明日の朝食の準備を終えた所で限界を迎え、着替えもせず、灯も点けたまま、椅子に座った状態で爆睡、気が付いたら午前4時、と言う有様……さすがにここまで来るともうヤケで、後はその格好のまま寝てしまったけど。
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