吉行和子さんに続いて、ロバート・レッドフォードも。
89歳はきっと十分な年齢で . . . でも、やっぱり淋しいな。
その日、レッドフォードのことを考えていた。
映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』を思い出しながら。
それは、医学生だった若き日のチェ・ゲバラを描いた青春ロード・ムービー。
先週、生前の吉行和子さんが、ガルシア=マルケスの『エレンディラ』の映画版を見て、無情でいかれた祖母の役を演じたがっていた、と聞いて感激した。
その逸話から派生して、ガルシア=マルケスの”美しい水死人”は、チェ・ゲバラへのオマージュとして書かれた小説らしい、と聞いた。むべなるかな、むべなるかな。
チェ・ゲバラは、わたしには『モーターサイクル・ダイアリーズ』のエルネストで、だから、レッドフォードを思わずにいられなくて。
ちょうどそのとき訃報が流れて、もちろんただの偶然だけど、深呼吸した。
ロバート・レッドフォード。
俳優としては言うまでもなく、映画監督としても大好きだった。
『普通の人々』(1980年)
『ミラグロ/奇跡の地』(1988年)
『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992年)
『クイズ・ショウ』(1994年)
『モンタナの風に抱かれて』(1998年)
『ミラグロ』や『リバー・ランズ・スルー・イット』の、やさしい光が降りそそぐような映像のとりこになった。
そのレッドフォードが、何年もかけて作りあげた映画が2003年の『モーターサイクル・ダイアリーズ』。
『普通の人々』でアカデミー賞をとっていたし、すでに名監督とうたわれていた。だから、自身が監督することだってできた。でも、しなかった。
チェ・ゲバラの青春を描く映画は、すべて、監督もキャストも音楽も、中南米の人たちによって創られるべきだと考えて。
サンダンス映画祭の創設もだけど、そういうところが、レッドフォード、ほんとうに素晴らしくて、めっちゃ心酔、リスペクト。
吉行和子さんとガルシア=マルケスと、チェ・ゲバラとアルベルト・グラナード、そして、ロバート・レッドフォードに、とびきりのお礼が言いたくて、日記にしておきます。
◆ 写真は、庭のバラ。飾りました . . . 花言葉に「感謝」とあったから。
+*+-+*+ 付録♪
(レッドフォード・インタビュー『モーターサイクル・ダイアリーズ』についての箇所)
以下、
堀田佳男さんの週刊文春, 2004年10月14日号の記事から引用します.
彼はプロデューサーとしてサポート役に徹する。現場はすべて「スペイン語の世界」。それでも現場でカギをにぎる監督を選ばなくてはいけない。レッドフォードの脳裏に真っ先に浮かんだのが九九年アカデミー賞二部門にノミネートされたブラジル映画『セントラル・ステーション』を撮ったウォルター・サレス監督だった。
その映画はレッドフォードが主催するサンダンス映画祭国際賞も取った作品で、サレス監督とは知己の仲だった。
「いい監督だからね。でも彼は最初からウンと言わなかった。『Do this movie!(この映画を撮ってくれ)』と何度頼んだことだろう。さんざん言ったから、最後にはウンと頷いてくれました」
サレス監督が軽く引き受けられなかったのは、「ゲバラ」というテーマだからだった。中南米の人間にとってゲバラは神に近い存在ですらある。キューバ革命を知らない世界中の若者からもヒーローとして崇められ、顔写真がプリントされたT‐シャツは根強い人気がある。だが原作を読み終えて、心が動く。
サレス監督が言う。
「一個人のアイデンティティを描いてもいるが、ラテン・アメリカのアイデンティティを模索している点で深く感銘しました。日記を読み終えると、本当に世界を変えていけるという気持ちになります。また、この旅が素晴らしいのは、彼の世界認識が変わるところです」
実際にゲバラが旅に出るのは一九五一年十二月。七歳年上の友人、アルベルト・グラナードとアルゼンチンからベネズエラまで一万キロ以上の旅をする。その過程で、資本家と労働者との貧富の差や社会の不条理を目の当たりにする。さらにペルーではインカ帝国の遺跡に分け入り、「なぜこれほどの文明が滅ぼされたのか」を自答する。
サレス監督と脚本家のホセ・リベロ氏はリサーチに二年以上の歳月をかけた。そして実際にゲバラが旅した行程をたどり、撮影場所の選定を行った。実際の撮影はアルゼンチン、チリ、ペルーなど、三十ヵ所以上。CGを駆使した最近のハリウッド映画を観慣れた観客には、アンデス山脈やアマゾンといった南米の自然な映像はスピードと動きに欠けるように映るかもしれない。だが、それは自然派と言われてきたレッドフォード「らしさ」でもある。
彼は今年一月、キューバに飛んでゲバラの未亡人、アレイダさんや娘のセリアさんに映画を観せた。セリアさんは「実際の日記にたいへん忠実に製作されている」と賞賛。
その時、レッドフォードは夫人からゲバラ直筆の日記をみせられ、そのコピーを手渡されている。
「まだ誰も見たことのない日記です。そこにはキューバで革命を達成させた時の思いやコンゴに行った時の思索、またボリビアで支援が足りずに殺害されいく過程が克明に描かれていました。ゲバラは自分が死ぬことをすでに知っていたのでしょう。しかし、革命に対する強固なまでのこだわりがあった」
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