これは、イスラエル・ガザ地区の難民キャンプ出身のパレスチナ人医師、イブラーシュ・アブラエーシュ博士の生きざまを描くドキュメンタリー。
監督は、エルサレムで生まれ育ったフランス系アメリカ人のドキュメンタリー作家タル・バルダ。
故郷を追われ、ガザ地区のジャバリア難民キャンプで成長したイブラーシュは、状況を変えるのは「教育」だとして、猛勉強して医師になり、パレスチナ人として初めて、イスラエルの病院で働く勤務医となった。
そんなイブラーシュを悲劇が襲ったのは2009年。ガザ紛争で侵攻して来たイスラエル軍戦車がイブラーシュ医師の自宅を至近距離から砲撃。これで娘3人が死亡、更に第二撃で、弟一家が壊滅した。
その悲劇は、テレビ局の生放送で伝えられ、イスラエル国内に衝撃を与えた。だが、その翌日、涙が乾いたイブラーシュは、なんと「私は憎まない。イスラエルとの平和共存を望む」と、共存について語った……
イブラーシュ・アブラエーシュの、復讐心や憎しみを持たない、彼の赦しと和解の精神は人々に感動を与え、“中東のガンジー、マンデラ、キング牧師”とも呼ばれる存在となり、著書の「それでも、私は憎まない」はベストセラーとなった。
その一方で、それでも、少女が白旗を掲げる住居を砲撃した責任は追及しないといけない……映画は、そんな彼の「正義」を貫く戦いを描くのだが、地方裁判所は「屋上に狙撃兵がいた」、高等裁判所では「室内にハマスのロケット弾があり、住民はその誘爆で死んだ。イスラエル軍の攻撃によるものではない」、最高裁判所は「戦争に死者はつきものだ。国はその責任を負わない」と責任を認めなかった。
21世紀の現代、国や権力者が、その責任を認めない、と言う場面を目にする事は珍しくなくなったけれど、この現実にはやるせない思いを抱かされる。
そして、映画には強烈なエピローグがある。
「教育が状況を変える」と言う信念通り、イブラーシュ博士は、医学者としてカナダ亡命が認められたが、親族はそうはいかない。
2024年10月のガザ紛争において、一族の住む住居をイスラエル軍が爆撃、近くのモスクで祈祷していたイブラーシュ博士の母を除く親族22名全員が死亡した。
それでも、イブラーシュ博士がイスラエルを憎む事はないのだろう。だが、その目指す「平和共存」は、更に遠いものになったように思えてならない。
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