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2024年05月22日19:58
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緊迫する中東情勢 イランのライーシ大統領とアブドラヒアン外相の歩み 2023年ノーベル平和賞イラン人のモハンマディ氏の功績 イランとタリバーンが接近
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＜イランのライーシ大統領とアブドラヒアン外相の歩み＞
今回は、5月20日（月）に搭乗していたヘリの墜落事故により、命を落としたイランのライーシ大統領とアブドラヒアン外相について紹介する。
関連日記 2024年4月21日付 イスラエルへの報復について
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関連日記 2024年5月16日付 ガザ情勢 4月20日から5月15日付
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現在のイラン・イスラム共和国の形になったのは、1979年のホメイニによるイラン・イスラム革命以降である。コーランの教えを厳格に解釈し、ユダヤ教国家のイスラエルを「聖地エルサレムの侵略者」と決め付けた。ホメイニの権力奪取は、他のアラブ諸国から反感をかった。 1980年から88年にかけて続いた「イラン・イラク戦争」において、中東に影響力を持つアメリカはイラクの支援に回った。戦争の発端は、隣り合う両国のアルヴァンド川（シャットル・アラブ川）沿いの石油埋蔵地の使用権を巡る衝突、もう一つはイスラム教においての宗派対立にあった。国境に関しては、1970年代に両国間で緊張状態に陥り、散発的に軍事衝突が起きていた。1975年にアルジェ（アルジェリアの首都）合意に基づき、正式に和解をしたのである。イラン・イラク戦争においても、8年間両軍消耗の末に、国境は全く動かなかった。89年に革命を成し遂げたホメイニの死去をきっかけに、イランもイラクも戦いを諦め、国連の仲介により、停戦が成立した。国際社会は、一連のイラン・イラク戦争により、イスラム原理主義の拡大が阻止できたと分析している。イラン側は、王政からイスラム共和国に変わり、コーランの教えを重んじ、人権無視と批判された。欧米との関係についても考察する。
第1章 核武装に踏み切る
イランは、親密だったアメリカに対して敵対姿勢を貫き、他のアラブ諸国とも同調されなかった。核保有に踏み切った分けは、大国に対抗するためともいえる。実のところ1970年のパフレヴィー王政時代には、核拡散防止条約（NPT）発足当初に加盟申請していた。1990年代に首都テヘランの原子力施設にて、少量のプルトニウムの抽出に成功する。 兼ねてから米欧と距離を置いていたイランに対して、国際社会から警戒感が高まった。2013年に国際原子力機関（IAEA）定例理事会にて、イランに対する非難決議案を全会一致で採択した。イラン側は、安定的に電力供給するべく、原子力発電所を稼動していると訴える。西欧の国々は、イランが核を持つことにより、対抗姿勢を貫いていると、疑念を抱いていた。第6代マフムード・アフマディーネジャード（1956年10月28日生まれ）時代の2006年には、イランへの経済制裁が始まった。石油以外の産業がない同国において、必要な物が入ってこない恐れが高まる。黙って制裁を受け入れず、地理的な特徴を生かして、西欧諸国に脅しをかけていた。原油の輸送路であるホルムズ海峡を封鎖すると、宣言したのである。水深75mから100m、最も狭い箇所で33km、軍を投入されると、輸送網に大きな影響が出る。
写真＝ホルムズ海峡の位置 掲載元 clicccar13th https:/
資本主義国を代表するアメリカは、封鎖をすれば軍事作戦に出ると、対抗姿勢を明確にした。イランとアメリカの間で一触即発の事態に陥る危険が高まった。緊張緩和へ向けて動き出したのは、西欧諸国とロシア、中国だった。西欧諸国からアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの4カ国が代表する。一方旧東側からロシアと中国が加わり、6カ国でイランの安全保障について協議する。核開発を巡って、イランに肩を持つロシアと中国が、西欧諸国へ、安全な運用を働きかけることを訴えたのである。2015年イラン核合意に基づき、経済制裁が解除された。イランは、代わりに、武力目的で使用しないことを誓約したのである。
写真＝2015年7月18日日経新聞より https:/
当時のアメリカのオバマ政権は、平和的な解決を求め、イランとの緊張緩和へ向けて、前進した。一方でイランのロウハーニ氏（1948年11月13日生まれ）も、穏健的な姿勢が、高く評価された。2013年8月3日から2021年8月3日まで2期8年にわたって大統領を務め、対話路線を歩んだ。就任早々の2013年9月27日には、イスラーム革命後初となる米国大統領のオバマ氏と電話会談を行っていた。2014年9月24日には、革命後初となるイギリスの首脳のキャメロン首相と会談している。
2016年に大統領の座がトランプに代わると、再度にらみあう関係に変わった。2018年に一方的にイラン核合意から離脱する。2019年4月に、イラン革命防衛隊をテロ組織に指定し、イラン産原油禁輸免除を完全撤廃した。中東地域では、アメリカのトランプが、強硬姿勢に出ることにより、反米組織による事件が相次ぐ。2019年9月に、サウジアラビアの石油施設が、武装勢力によって攻撃を受けた。サウジアラビアとイランは、当時国交が断絶状態だった。サウジアラビアに肩を持つアメリカは、イラン中央銀行との取引を停止した。翌2020年1月に、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官が率いる部隊の基地を米軍が空爆して、殺害する。
写真＝2020年2月3日 毎日新聞より https:/
オバマ政権時代には、イスラム革命後イランと最も接近し、和解へのプロセスを踏んでいた。続くトランプ大統領時代、イランとの溝が深まるばかりだった。
イランの政権も、アメリカの報復により、神経質になる。ただしロウハニ時代は、対外関係の悪化は最小限にとどまった。イランの大統領は、三選禁止により、2期8年勤めたロウハニ氏は、役目を終えた。2021年8月に新たに就任したのは、強硬派のライーシー氏だった。ホメイニーの薫陶を受けるハメネイ師の弟子で、イスラム法学者である。2019年にハメネイ師から司法の代表に任命され、数千人の政治犯を処刑したとされる。トランプ政権から、制裁の対象に指定され、大統領就任において、厳しい目でみられていた。前回2017年の選挙では、現職のロウハニ氏に敗れていた。2021年、ロウハニ氏が勇退する中、コロナ禍による苦境が相まって、反米姿勢を貫き、経済再生を掲げるライーシーに、国民の支持が集った。一方で西欧メディアは、ハメネイ師が、裏で選挙に絡んでいるのではないかとみている。つまりは、選挙の公平性を疑問視したのである。
反米のライーシーに代わり、国の方も近代化から大きく遅れ、イスラーム主義に回帰した。実のところ、選挙前の2021年4月から、2015年のイラン核合意体制を元に戻すべく、オーストリアの首都ウィーンにて、協議が進められてきた。最大の争点は、アメリカの復帰だった。オバマ政権時代の副大統領職を8年務めたバイデン大統領は、当初前向きな姿勢を示していた。ただし両国に隔たりがあり、交渉は難航した。ロウハに政権時代では決着がつかず、交渉の続きは、次期大統領のライーシー政権へ持ち越されたのである。
詳細 解説委員室 2021年6月25日付
第2章 2021年以降 ライーシー大統領は、アフガニスタンで復権したタリバンと接近する
ライーシー政権になり、一気に核合意の再生は頓挫した。ライーシー政権は、近隣のイスラム国家とは、関係改善に努める。2021年8月16日、隣国アフガニスタンで、新米のガニ政権の崩壊に伴い、イスラム教スンニー派のタリバン政権が復権した。ライシ大統領はこの日、ザリフ外相と協議し、「米軍の敗退が、アフガニスタンに平和を取り戻す機会に変化しなければならない」と述べた。
イランは東部で約900キロにわたってアフガニスタンと国境を接する。タリバンの動向や難民の流入を注視している。
イランの外務報道官は15日、アフガニスタン国内にある大使館など計5カ所の公館のうち3カ所で職員を退避させたと明らかにした。国境沿いの3州では、アフガニスタンから難民が入国した場合に受け入れる態勢を整えたという。
一方、イラン内務省は16日、アフガニスタンの政府や州、軍の関係者の航空機での入国を拒否した。理由は明らかにしていない。
イランメディアによると、中部の宗教都市コムでは16日、タリバンの復権に対する抗議活動が起きた。タリバンの過去の抑圧政策について、イランでも警戒する声が高まっている。
イランは、核合意の再開が間々ならない中で、制裁の対象となった石油を、タリバンの要請で、隣国アフガニスタンに輸出を再開した。2022年1月9日、イスラム主義組織タリバン暫定政権は、ムッタキ外相率いる代表団がイランでアブドラヒアン外相と会談し「貿易や石油、治安などに関し、前向きで建設的な協議を行った」と発表した。
イスラム教シーア派大国のイランと、スンニ派のタリバンは、共にコーランの教えを重んじるとはいえ、宗派の違いから対立関係にあった。1998年にはアフガニスタン北部バルフ州のマザリシャリフ市を制圧したタリバンは、イラン人外交官9人を殺害する事件を起こしていた。国内の親イランの少数民族ハザラ人を弾圧した経緯もある。過去の歴史にこだわっていると、変わりゆく国際情勢に対応できない。共通の敵は、アメリカとイスラエルで一致する。経済制裁を解かれる目処が立っていない以上、イランは貿易相手を増やして、国内経済を立て直す必要に迫られた。互いに1998年の襲撃事件のことには触れず、歩み寄りの姿勢を示した。
なおタリバンは、イランとも関係が深い中国とも接近する。2023年1月5日、同国北部の油田開発を巡って、中国企業と契約を締結した。2021年8月に首都カブールを制圧して以降、初めて外国企業を呼び込んだのである。ウクライナに侵攻するロシアとは燃料や小麦の輸入で合意した。相手は中国企業の「新疆中亜石油天然気（CAPEIC）」で、期間は25年。中国側の投資額は初年度が1億5000万ドル（約200億円）を見込み、3年間で計5億4000万ドルに積み上げる方針だ。
タリバン暫定政権の出資比率は20%で始め、75%まで引き上げることができる。タリバン側は、この事業で3000人の新規雇用を創出できると考えている。
アフガンには石油のほか、金、リチウムなど、合わせて1兆�傍�模の地下資源が埋蔵されているとされる。貴金属が眠っているとはいえ、取引国は限られていた。タリバンによる制圧後米欧の制裁を受け、海外からの援助資金の流入が事実上停止した。
イランとタリバンの外交関係は、危うさを指摘する声もあった。2023年に、両者の関係に亀裂が生じる事件が起こった。2023年5月中旬、両国の国境沿いのイランのサスリ検問所の警備隊の間で、銃撃戦が発生したのである。少なくとも両軍兵士3名が死亡したことが分かった。
写真 掲載元 航空万能論 2023年5月28日付
きっかけは、水利問題である。国土の大半が砂漠地帯の両国は、慢性的に水不足に悩まされていた。数少ない資源は、アフガニスタンからイラン東部へかけて流れる全長約1000ｋｍのヘルマンド川だった。1973年に署名された二国間条約に基づくと、互いの領土を侵害しないとの、取り決めが交わされていた。タリバン復権前の政権が発電と農地の灌漑のためにダム建設を決定したことにより、イラン領内での水が不足することが懸念されていた。5月22日に、タリバンのムッタッキー外務大臣代行とイランのアブドラヒアン外相との会談で、1973年の二国間条約を尊重することが確認された。政治家の間では解決したとはいえ、一般民衆の間では、旱魃で苦しむ現状から、水資源を求める声はやまない。両国の外相会談から数日以内に、アフガニスタンのニームルーズ州とイランのシースターン・バ・バルチスターン州の間で、銃撃戦が発生したのだった。イラン側が、最初の発砲はタリバン側だと非難する声明を出した。タリバン側も認め、対話による解決を掲げ、警備隊には自制するように求めた。イラン側も争う姿勢はなく、穏便に解決することを願った。
写真＝2023年12月25日 イランの首都テヘランにて 左側ムッタキ外相（タリバーン）右側アブドラヒアン外相（イラン）掲載元 Pars today
国連難民高等弁務官事務所の2022年のデータによると、イランでは、アフガニスタンのパスポートを持った60万近くの人々が生活している。78万のアフガニスタン人が難民として登録されており、210万のアフガニスタン人が不法滞在しているという。アフガン難民に対して、イラン当局から不当な扱いを受けていることが指摘されていた。人権監視団体のアムネスティ・インターナショナルが2022年8月に発表した報告書には、イランの治安部隊は少なくとも11人のアフガン人を不法に殺害していると記載されていた。同報告書には、イランによるアフガニスタン人の強制送還や拷問についての記述もある。
両国宗派は違えど、共通の敵はイスラエルと米国である限り、協力姿勢を明確にする。タリバン政権も、国力の発展のためには、イラン産石油の調達は欠かせない。イラン側も、西欧からの経済制裁の抜け穴として、中国との通り道にある、アフガニスタンとの関係維持により、恩恵を受けられる。
歴史的に対立関係にありながら、今共に争いを避けて、良好な外交関係を築き上げている。
第3章 市民を監視するライーシー政権
イスラム色を鮮明にするライーシー時代、コロナ禍から再生途上の中、大きな混乱に陥る。その一つが、風紀警察の権限の強化である。2022年9月13日、世界でも大きく報じられる事件が起こった。首都テヘランでのこと、旅行中の２２歳の女性が、スカーフから髪がはみ出ていることを理由に、風紀警察から身柄を拘束された。女性は帰ってくることなく、３日後に急死した。
写真＝犠牲になったアミニさん 掲載元 TBS NEWS DIG 2023年2月25日付
警察は、「心臓発作が原因」と遺族に説明する。警察への不信感から女性の家族は、原因を究明するように要求した。一連の22歳の女性の不審死について、警察の暴行が原因とする見方が、SNSで広まった。横暴な警察の振る舞いを黙って見過ごす政府に対して、国民が牙を剥く。国内各地で連鎖反応的にデモが起きた。警察の治安維持部隊が出動し、わずか2週間の間で、４０人以上が犠牲になった。逮捕・投獄者は数知れない。
与論を無視できず、政府の命令があったのか、同年12月に首都テヘランから風紀警察の姿は消えた。2023年1月に、ヒジャブ未着用で、通りを歩く女性の姿を見かけるようになった。今なお政府は強硬姿勢を崩さず、目抜き通りでは、重装備の治安維持部隊が、目を光らせていた。西欧のメディアは、一人の女性の不審死を巡る、抗議デモが、連鎖反応で起こった件について、経済の悪化にあると分析している。数カ月前に日本円換算で1キロ約920円だった人気商品のクルミは、約1010円に値上がりしていた。イラン核合意再開も頓挫し、欧米からの経済制裁が緩和される気配はない。将来の先行きを見通せず、ヒジャブの着用を義務付けるイスラム厳格主義に抗議の声がやまなかったのである。
欧米の人権団体も、イランのライーシー政権の行方を注視する。一旦は治安回復のため、風紀警察の取り締まりがゆるやかになったとみていた。2023年7月頃から、再び街中で風紀警察が、女性のスカーフの被り方について、監視するようになった。国営メディアが、7月16日付けで一斉に報じた。強硬保守派のタスニム通信は、警察のサイード・モンタゼロルマフディ報道官の話として、パトロールではまず、規則を守らない女性に警告をする。命令に従わない場合は警察が「法的措置」をとる可能性もあると伝えた。パトロール再開の背景には、イスラム強硬派の要請にあるといわれている。一般市民は、西欧のような自由な社会を求める声が根強い。一方で政権を支えるのはイスラム主義の学者や企業家だとみられている。シャリア（イスラム法）の解釈に基づく法律では、女性はヒジャブで髪を覆いつくさなければならない。肌の露出をタブーとすることから、体型を隠すためにゆったりとした、丈の長い服の着用が義務付けられる。
2022年9月、ヒジャブの被り方を巡り、警官による22歳の女性の暴行死の噂が立ち上って以降、抗議の意味をこめて、市民たちが一致団結して、政府に立ち向かった。女性たちは、ヒジャブを外して、街中に繰り出したのである。例え一人であれば、警官から取締りの対象になる。一致団結して同じことを行えば、警官の目を掻い潜れる。
さすがにイラン政府は、国内の治安の悪化と共に、西欧の人権団体からの非難を受けて、強引な手段には出られなかった。いったんは様子を見たものの、イスラム厳格主義者の声も無視できず、処罰を行う。
BBC NEWS 2023年7月17日付 https:/
法律を順守しない事業所に対して、厳しい罰則を導入した。2023年10月、昨年に続き、ヒジャブの着用を巡り、警官への暴行事件が明るみに出た。イラン国営通信(IRNA)が脳の昏睡状態に陥って死亡したとされる16歳の少女が、警官の暴行被害にあった可能性が高いのである。ノルウェーに拠点を置く少数民族クルド系の人権団体「ヘンガウ」は、同月風紀警察による暴行死との見方を示した。イラン国内でもSNSを通して、ただちに広まった。ヘンガウのスタッフがＣＮＮに語ったところによると、16歳の被害者ゲラバンドさんは地下鉄駅で風紀警察の女性警官にヒジャブを整えるよう注意された。被り方の自由を訴えたのか、口論になった末に、暴行を受けて倒れたという。イラン当局は報告の内容を否定し、ゲラバンドさんは低血圧で倒れて負傷したと説明している。国連当局者や人権活動家らはこれまで、イラン当局が抗議デモでの死者の遺族らに対し、政府側の説明に沿った発言を強要していると指摘している。
詳細 16歳の少女の死の真相 CNN.co.jp 2023年10月29日付 https:/
SNSによって、人々は海外メディアの情報を入手し、若者を中心にシェアすることで、自国の政府の言動に対して不信感を持つ場合もある。ロシアや中国では、西欧メディアの動向に神経を尖らせていた。中国では、政権に不都合な情報は、検索に引っかからないようにフィルタリングをかける。2022年の秋、コロナ禍による強い規制に、人々は窮屈を感じて、町へ出て、デモを行った。警官との衝突を避けて、無言で白いカードを掲げたことから「白紙革命」という。周近平主席を中心とした共産党指導部は、デモの連鎖反応を避けるべく、ネットの監視体制を強化した。デモ関連の言葉をフィルタリングにかけることにより、国内からアクセスできなくなる。政策に不満を持つ人々が、自発的に町へ繰り出すことにより、ネットの監視のみで、抗議活動を100％抑えられるわけではない。治安の悪化を懸念して、2022年12月には、事実上ゼロコロナ政策を解除した。経済活動優先に舵を切ったのである。イラン政府は、情報統制に苦慮している。2023年10月7日以降、イスラエルと軍事衝突したハマスへの対応に追われている。イラン政府自身も、国民と対話できない以上、戦争への参加を避けたい。今外交関係でもゆれている。
写真 左 16歳少女の暴行死現場 テレ朝NEWS 2023年10月23日付
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写真 右 被害者ニカ・シャカラミさん 掲載元 BBC NEWS WEB 2024年4月1日付 https:/
第4章 イランの女性の活動家が、2023年にノーベル平和賞を受賞する。
イランに対する欧米の見方は以前として厳しい。イランの人権侵害を否定するかのように、同国で収監されている活動家が、2023年の秋にスポットライトを浴びた。ノルウェー・ノーベル委員会は、2023年10月6日に、ノーベル平和賞の受賞者を発表した。イランの人権活動家ナルゲス・モハンマディ氏（51）が選ばれた。同氏は、2003年にイランから平和賞を受賞したシリン・エバディ氏らが設立した人権団体「人権擁護センター」の副代表を務めている。女性やマイノリティー、死刑囚の人権擁護などのために活動してきた。2016年にイラン当局に拘束され「社会体制を脅かすプロパガンダ」を理由に禁固16年を宣告されている。2020年には一時釈放されたものの、2022年に再び拘束され、エヴィーン刑務所に収監された。
イラン外務省は受賞について、敵対行為と認識している。受賞決定後に、次の内容の声明を出した。「一部の欧州諸国の介入主義者と反イラン的政策に沿った偏ったものである」
民主主義と人権を重んじる西欧諸国は、一転して、ノーベル平和賞の委員会の決定を賞賛している。アメリカのジョー・バイデン大統領は、イラン政府にモハンマディ氏の解放を求めるとともに、同氏の「揺るぎない勇気」をたたえた。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、モハンマディ氏は「自由の戦士」だとエールを送った。
モハンマディ氏は、強権的な政府に恐れることなく、自説を貫き通した。過去に3回逮捕され、有罪判決を5回受け、命じられた量刑は計31年に及ぶ。
ノルウェー・ノーベル委員会のライスアンデシェン委員長は、モハンマディ氏が授賞式に出席できるよう、イランに釈放するよう求めた。
詳細 ノーベル平和賞 2023年10月7日付 https:/
モハンマディ氏の釈放は実現しなかった。人権活動家の夫と、双子の男女の子供は、身の安全のため、フランスへと亡命している。12月10日、ノルウェーの首都オスロで行われた授賞式には、17歳の双子の男女の兄弟が出席した。2016年に母親が身柄を拘束されて以降、顔を合わせていないという。刑務所に収監されている母親からのメッセージを代読した。
詳細 写真掲載元 ノーベル平和賞授賞式 BBC NEWS 2023年12月11日付 https:/
「イラン国民は忍耐強く、抑圧と権威主義に打ち勝つでしょう」、
「そうなることを疑いなく、確信しています」
授賞式に出席した双子の子供の間に、一つ空席が用意されていた。本来は、受賞者である母親のモハンマディ氏が座るはずだった。夫のラフマニ氏は、授賞式の前日となる12月9日、英BBCのインタビューにて、妻モハンマディ氏が、二人の子供たちに母親らしいことをしてあげられないことを後悔していたと、語った。子供たちが、母親として認めてくれるのか、常に気にしているという。
それもそのはず、最後に子供たちに会ったのは7年前、当時は10歳だった。成長期を迎える子供は、一年ごとに背が伸びて、筋肉もつく。靴のサイズも大きくなり、洋服と共に買い返えなければならない。精神的にも肉体的にも成長し、わが子との再会は不思議な感覚を持つはずである。イラン政府は、ノーベル平和賞を受賞したモハンマディ氏に対して、新たに制裁を課した。2024年1月15日付け、モハンマディ氏の家族によると、新たにイランの裁判所から禁錮1年3ヶ月を言い渡されたことを明らかにした。罪状は「イスラム共和国体制に対するプロパガンダを獄中から流布した件」である。
モハンマディ氏は、成長期のわが子と接することもなく、自由を奪われながらも、人権尊重を訴え続けていた。イランに暮らしている人々の男女平等、服装に制限がない社会を目指して、逮捕を恐れずに活動を行った。ノーベル平和賞の受賞により、モハンマディ氏の功績に、西欧諸国の人々が関心を持ち、外から現イランの政権に圧力を加えることになる。またSNSを通して、イラン国民にも事実が伝わり、より自由な社会を目指して、声をあげやすくなる。21世紀、自由で開かれ、選挙の透明性が確保された民主主義陣営と、イランやロシア、中国のような人々の行動を縛る独裁国家の構図となった。世界は再び緊張状態に陥っている。
今回は、5月20日（月）に搭乗していたヘリの墜落事故により、命を落としたイランのライーシ大統領とアブドラヒアン外相について紹介する。
関連日記 2024年4月21日付 イスラエルへの報復について
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関連日記 2024年5月16日付 ガザ情勢 4月20日から5月15日付
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現在のイラン・イスラム共和国の形になったのは、1979年のホメイニによるイラン・イスラム革命以降である。コーランの教えを厳格に解釈し、ユダヤ教国家のイスラエルを「聖地エルサレムの侵略者」と決め付けた。ホメイニの権力奪取は、他のアラブ諸国から反感をかった。 1980年から88年にかけて続いた「イラン・イラク戦争」において、中東に影響力を持つアメリカはイラクの支援に回った。戦争の発端は、隣り合う両国のアルヴァンド川（シャットル・アラブ川）沿いの石油埋蔵地の使用権を巡る衝突、もう一つはイスラム教においての宗派対立にあった。国境に関しては、1970年代に両国間で緊張状態に陥り、散発的に軍事衝突が起きていた。1975年にアルジェ（アルジェリアの首都）合意に基づき、正式に和解をしたのである。イラン・イラク戦争においても、8年間両軍消耗の末に、国境は全く動かなかった。89年に革命を成し遂げたホメイニの死去をきっかけに、イランもイラクも戦いを諦め、国連の仲介により、停戦が成立した。国際社会は、一連のイラン・イラク戦争により、イスラム原理主義の拡大が阻止できたと分析している。イラン側は、王政からイスラム共和国に変わり、コーランの教えを重んじ、人権無視と批判された。欧米との関係についても考察する。
第1章 核武装に踏み切る
イランは、親密だったアメリカに対して敵対姿勢を貫き、他のアラブ諸国とも同調されなかった。核保有に踏み切った分けは、大国に対抗するためともいえる。実のところ1970年のパフレヴィー王政時代には、核拡散防止条約（NPT）発足当初に加盟申請していた。1990年代に首都テヘランの原子力施設にて、少量のプルトニウムの抽出に成功する。 兼ねてから米欧と距離を置いていたイランに対して、国際社会から警戒感が高まった。2013年に国際原子力機関（IAEA）定例理事会にて、イランに対する非難決議案を全会一致で採択した。イラン側は、安定的に電力供給するべく、原子力発電所を稼動していると訴える。西欧の国々は、イランが核を持つことにより、対抗姿勢を貫いていると、疑念を抱いていた。第6代マフムード・アフマディーネジャード（1956年10月28日生まれ）時代の2006年には、イランへの経済制裁が始まった。石油以外の産業がない同国において、必要な物が入ってこない恐れが高まる。黙って制裁を受け入れず、地理的な特徴を生かして、西欧諸国に脅しをかけていた。原油の輸送路であるホルムズ海峡を封鎖すると、宣言したのである。水深75mから100m、最も狭い箇所で33km、軍を投入されると、輸送網に大きな影響が出る。
写真＝ホルムズ海峡の位置 掲載元 clicccar13th https:/
資本主義国を代表するアメリカは、封鎖をすれば軍事作戦に出ると、対抗姿勢を明確にした。イランとアメリカの間で一触即発の事態に陥る危険が高まった。緊張緩和へ向けて動き出したのは、西欧諸国とロシア、中国だった。西欧諸国からアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの4カ国が代表する。一方旧東側からロシアと中国が加わり、6カ国でイランの安全保障について協議する。核開発を巡って、イランに肩を持つロシアと中国が、西欧諸国へ、安全な運用を働きかけることを訴えたのである。2015年イラン核合意に基づき、経済制裁が解除された。イランは、代わりに、武力目的で使用しないことを誓約したのである。
写真＝2015年7月18日日経新聞より https:/
当時のアメリカのオバマ政権は、平和的な解決を求め、イランとの緊張緩和へ向けて、前進した。一方でイランのロウハーニ氏（1948年11月13日生まれ）も、穏健的な姿勢が、高く評価された。2013年8月3日から2021年8月3日まで2期8年にわたって大統領を務め、対話路線を歩んだ。就任早々の2013年9月27日には、イスラーム革命後初となる米国大統領のオバマ氏と電話会談を行っていた。2014年9月24日には、革命後初となるイギリスの首脳のキャメロン首相と会談している。
2016年に大統領の座がトランプに代わると、再度にらみあう関係に変わった。2018年に一方的にイラン核合意から離脱する。2019年4月に、イラン革命防衛隊をテロ組織に指定し、イラン産原油禁輸免除を完全撤廃した。中東地域では、アメリカのトランプが、強硬姿勢に出ることにより、反米組織による事件が相次ぐ。2019年9月に、サウジアラビアの石油施設が、武装勢力によって攻撃を受けた。サウジアラビアとイランは、当時国交が断絶状態だった。サウジアラビアに肩を持つアメリカは、イラン中央銀行との取引を停止した。翌2020年1月に、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官が率いる部隊の基地を米軍が空爆して、殺害する。
写真＝2020年2月3日 毎日新聞より https:/
オバマ政権時代には、イスラム革命後イランと最も接近し、和解へのプロセスを踏んでいた。続くトランプ大統領時代、イランとの溝が深まるばかりだった。
イランの政権も、アメリカの報復により、神経質になる。ただしロウハニ時代は、対外関係の悪化は最小限にとどまった。イランの大統領は、三選禁止により、2期8年勤めたロウハニ氏は、役目を終えた。2021年8月に新たに就任したのは、強硬派のライーシー氏だった。ホメイニーの薫陶を受けるハメネイ師の弟子で、イスラム法学者である。2019年にハメネイ師から司法の代表に任命され、数千人の政治犯を処刑したとされる。トランプ政権から、制裁の対象に指定され、大統領就任において、厳しい目でみられていた。前回2017年の選挙では、現職のロウハニ氏に敗れていた。2021年、ロウハニ氏が勇退する中、コロナ禍による苦境が相まって、反米姿勢を貫き、経済再生を掲げるライーシーに、国民の支持が集った。一方で西欧メディアは、ハメネイ師が、裏で選挙に絡んでいるのではないかとみている。つまりは、選挙の公平性を疑問視したのである。
反米のライーシーに代わり、国の方も近代化から大きく遅れ、イスラーム主義に回帰した。実のところ、選挙前の2021年4月から、2015年のイラン核合意体制を元に戻すべく、オーストリアの首都ウィーンにて、協議が進められてきた。最大の争点は、アメリカの復帰だった。オバマ政権時代の副大統領職を8年務めたバイデン大統領は、当初前向きな姿勢を示していた。ただし両国に隔たりがあり、交渉は難航した。ロウハに政権時代では決着がつかず、交渉の続きは、次期大統領のライーシー政権へ持ち越されたのである。
詳細 解説委員室 2021年6月25日付
第2章 2021年以降 ライーシー大統領は、アフガニスタンで復権したタリバンと接近する
ライーシー政権になり、一気に核合意の再生は頓挫した。ライーシー政権は、近隣のイスラム国家とは、関係改善に努める。2021年8月16日、隣国アフガニスタンで、新米のガニ政権の崩壊に伴い、イスラム教スンニー派のタリバン政権が復権した。ライシ大統領はこの日、ザリフ外相と協議し、「米軍の敗退が、アフガニスタンに平和を取り戻す機会に変化しなければならない」と述べた。
イランは東部で約900キロにわたってアフガニスタンと国境を接する。タリバンの動向や難民の流入を注視している。
イランの外務報道官は15日、アフガニスタン国内にある大使館など計5カ所の公館のうち3カ所で職員を退避させたと明らかにした。国境沿いの3州では、アフガニスタンから難民が入国した場合に受け入れる態勢を整えたという。
一方、イラン内務省は16日、アフガニスタンの政府や州、軍の関係者の航空機での入国を拒否した。理由は明らかにしていない。
イランメディアによると、中部の宗教都市コムでは16日、タリバンの復権に対する抗議活動が起きた。タリバンの過去の抑圧政策について、イランでも警戒する声が高まっている。
イランは、核合意の再開が間々ならない中で、制裁の対象となった石油を、タリバンの要請で、隣国アフガニスタンに輸出を再開した。2022年1月9日、イスラム主義組織タリバン暫定政権は、ムッタキ外相率いる代表団がイランでアブドラヒアン外相と会談し「貿易や石油、治安などに関し、前向きで建設的な協議を行った」と発表した。
イスラム教シーア派大国のイランと、スンニ派のタリバンは、共にコーランの教えを重んじるとはいえ、宗派の違いから対立関係にあった。1998年にはアフガニスタン北部バルフ州のマザリシャリフ市を制圧したタリバンは、イラン人外交官9人を殺害する事件を起こしていた。国内の親イランの少数民族ハザラ人を弾圧した経緯もある。過去の歴史にこだわっていると、変わりゆく国際情勢に対応できない。共通の敵は、アメリカとイスラエルで一致する。経済制裁を解かれる目処が立っていない以上、イランは貿易相手を増やして、国内経済を立て直す必要に迫られた。互いに1998年の襲撃事件のことには触れず、歩み寄りの姿勢を示した。
なおタリバンは、イランとも関係が深い中国とも接近する。2023年1月5日、同国北部の油田開発を巡って、中国企業と契約を締結した。2021年8月に首都カブールを制圧して以降、初めて外国企業を呼び込んだのである。ウクライナに侵攻するロシアとは燃料や小麦の輸入で合意した。相手は中国企業の「新疆中亜石油天然気（CAPEIC）」で、期間は25年。中国側の投資額は初年度が1億5000万ドル（約200億円）を見込み、3年間で計5億4000万ドルに積み上げる方針だ。
タリバン暫定政権の出資比率は20%で始め、75%まで引き上げることができる。タリバン側は、この事業で3000人の新規雇用を創出できると考えている。
アフガンには石油のほか、金、リチウムなど、合わせて1兆�傍�模の地下資源が埋蔵されているとされる。貴金属が眠っているとはいえ、取引国は限られていた。タリバンによる制圧後米欧の制裁を受け、海外からの援助資金の流入が事実上停止した。
イランとタリバンの外交関係は、危うさを指摘する声もあった。2023年に、両者の関係に亀裂が生じる事件が起こった。2023年5月中旬、両国の国境沿いのイランのサスリ検問所の警備隊の間で、銃撃戦が発生したのである。少なくとも両軍兵士3名が死亡したことが分かった。
写真 掲載元 航空万能論 2023年5月28日付
きっかけは、水利問題である。国土の大半が砂漠地帯の両国は、慢性的に水不足に悩まされていた。数少ない資源は、アフガニスタンからイラン東部へかけて流れる全長約1000ｋｍのヘルマンド川だった。1973年に署名された二国間条約に基づくと、互いの領土を侵害しないとの、取り決めが交わされていた。タリバン復権前の政権が発電と農地の灌漑のためにダム建設を決定したことにより、イラン領内での水が不足することが懸念されていた。5月22日に、タリバンのムッタッキー外務大臣代行とイランのアブドラヒアン外相との会談で、1973年の二国間条約を尊重することが確認された。政治家の間では解決したとはいえ、一般民衆の間では、旱魃で苦しむ現状から、水資源を求める声はやまない。両国の外相会談から数日以内に、アフガニスタンのニームルーズ州とイランのシースターン・バ・バルチスターン州の間で、銃撃戦が発生したのだった。イラン側が、最初の発砲はタリバン側だと非難する声明を出した。タリバン側も認め、対話による解決を掲げ、警備隊には自制するように求めた。イラン側も争う姿勢はなく、穏便に解決することを願った。
写真＝2023年12月25日 イランの首都テヘランにて 左側ムッタキ外相（タリバーン）右側アブドラヒアン外相（イラン）掲載元 Pars today
国連難民高等弁務官事務所の2022年のデータによると、イランでは、アフガニスタンのパスポートを持った60万近くの人々が生活している。78万のアフガニスタン人が難民として登録されており、210万のアフガニスタン人が不法滞在しているという。アフガン難民に対して、イラン当局から不当な扱いを受けていることが指摘されていた。人権監視団体のアムネスティ・インターナショナルが2022年8月に発表した報告書には、イランの治安部隊は少なくとも11人のアフガン人を不法に殺害していると記載されていた。同報告書には、イランによるアフガニスタン人の強制送還や拷問についての記述もある。
両国宗派は違えど、共通の敵はイスラエルと米国である限り、協力姿勢を明確にする。タリバン政権も、国力の発展のためには、イラン産石油の調達は欠かせない。イラン側も、西欧からの経済制裁の抜け穴として、中国との通り道にある、アフガニスタンとの関係維持により、恩恵を受けられる。
歴史的に対立関係にありながら、今共に争いを避けて、良好な外交関係を築き上げている。
第3章 市民を監視するライーシー政権
イスラム色を鮮明にするライーシー時代、コロナ禍から再生途上の中、大きな混乱に陥る。その一つが、風紀警察の権限の強化である。2022年9月13日、世界でも大きく報じられる事件が起こった。首都テヘランでのこと、旅行中の２２歳の女性が、スカーフから髪がはみ出ていることを理由に、風紀警察から身柄を拘束された。女性は帰ってくることなく、３日後に急死した。
写真＝犠牲になったアミニさん 掲載元 TBS NEWS DIG 2023年2月25日付
警察は、「心臓発作が原因」と遺族に説明する。警察への不信感から女性の家族は、原因を究明するように要求した。一連の22歳の女性の不審死について、警察の暴行が原因とする見方が、SNSで広まった。横暴な警察の振る舞いを黙って見過ごす政府に対して、国民が牙を剥く。国内各地で連鎖反応的にデモが起きた。警察の治安維持部隊が出動し、わずか2週間の間で、４０人以上が犠牲になった。逮捕・投獄者は数知れない。
与論を無視できず、政府の命令があったのか、同年12月に首都テヘランから風紀警察の姿は消えた。2023年1月に、ヒジャブ未着用で、通りを歩く女性の姿を見かけるようになった。今なお政府は強硬姿勢を崩さず、目抜き通りでは、重装備の治安維持部隊が、目を光らせていた。西欧のメディアは、一人の女性の不審死を巡る、抗議デモが、連鎖反応で起こった件について、経済の悪化にあると分析している。数カ月前に日本円換算で1キロ約920円だった人気商品のクルミは、約1010円に値上がりしていた。イラン核合意再開も頓挫し、欧米からの経済制裁が緩和される気配はない。将来の先行きを見通せず、ヒジャブの着用を義務付けるイスラム厳格主義に抗議の声がやまなかったのである。
欧米の人権団体も、イランのライーシー政権の行方を注視する。一旦は治安回復のため、風紀警察の取り締まりがゆるやかになったとみていた。2023年7月頃から、再び街中で風紀警察が、女性のスカーフの被り方について、監視するようになった。国営メディアが、7月16日付けで一斉に報じた。強硬保守派のタスニム通信は、警察のサイード・モンタゼロルマフディ報道官の話として、パトロールではまず、規則を守らない女性に警告をする。命令に従わない場合は警察が「法的措置」をとる可能性もあると伝えた。パトロール再開の背景には、イスラム強硬派の要請にあるといわれている。一般市民は、西欧のような自由な社会を求める声が根強い。一方で政権を支えるのはイスラム主義の学者や企業家だとみられている。シャリア（イスラム法）の解釈に基づく法律では、女性はヒジャブで髪を覆いつくさなければならない。肌の露出をタブーとすることから、体型を隠すためにゆったりとした、丈の長い服の着用が義務付けられる。
2022年9月、ヒジャブの被り方を巡り、警官による22歳の女性の暴行死の噂が立ち上って以降、抗議の意味をこめて、市民たちが一致団結して、政府に立ち向かった。女性たちは、ヒジャブを外して、街中に繰り出したのである。例え一人であれば、警官から取締りの対象になる。一致団結して同じことを行えば、警官の目を掻い潜れる。
さすがにイラン政府は、国内の治安の悪化と共に、西欧の人権団体からの非難を受けて、強引な手段には出られなかった。いったんは様子を見たものの、イスラム厳格主義者の声も無視できず、処罰を行う。
BBC NEWS 2023年7月17日付 https:/
法律を順守しない事業所に対して、厳しい罰則を導入した。2023年10月、昨年に続き、ヒジャブの着用を巡り、警官への暴行事件が明るみに出た。イラン国営通信(IRNA)が脳の昏睡状態に陥って死亡したとされる16歳の少女が、警官の暴行被害にあった可能性が高いのである。ノルウェーに拠点を置く少数民族クルド系の人権団体「ヘンガウ」は、同月風紀警察による暴行死との見方を示した。イラン国内でもSNSを通して、ただちに広まった。ヘンガウのスタッフがＣＮＮに語ったところによると、16歳の被害者ゲラバンドさんは地下鉄駅で風紀警察の女性警官にヒジャブを整えるよう注意された。被り方の自由を訴えたのか、口論になった末に、暴行を受けて倒れたという。イラン当局は報告の内容を否定し、ゲラバンドさんは低血圧で倒れて負傷したと説明している。国連当局者や人権活動家らはこれまで、イラン当局が抗議デモでの死者の遺族らに対し、政府側の説明に沿った発言を強要していると指摘している。
詳細 16歳の少女の死の真相 CNN.co.jp 2023年10月29日付 https:/
SNSによって、人々は海外メディアの情報を入手し、若者を中心にシェアすることで、自国の政府の言動に対して不信感を持つ場合もある。ロシアや中国では、西欧メディアの動向に神経を尖らせていた。中国では、政権に不都合な情報は、検索に引っかからないようにフィルタリングをかける。2022年の秋、コロナ禍による強い規制に、人々は窮屈を感じて、町へ出て、デモを行った。警官との衝突を避けて、無言で白いカードを掲げたことから「白紙革命」という。周近平主席を中心とした共産党指導部は、デモの連鎖反応を避けるべく、ネットの監視体制を強化した。デモ関連の言葉をフィルタリングにかけることにより、国内からアクセスできなくなる。政策に不満を持つ人々が、自発的に町へ繰り出すことにより、ネットの監視のみで、抗議活動を100％抑えられるわけではない。治安の悪化を懸念して、2022年12月には、事実上ゼロコロナ政策を解除した。経済活動優先に舵を切ったのである。イラン政府は、情報統制に苦慮している。2023年10月7日以降、イスラエルと軍事衝突したハマスへの対応に追われている。イラン政府自身も、国民と対話できない以上、戦争への参加を避けたい。今外交関係でもゆれている。
写真 左 16歳少女の暴行死現場 テレ朝NEWS 2023年10月23日付
https:/
写真 右 被害者ニカ・シャカラミさん 掲載元 BBC NEWS WEB 2024年4月1日付 https:/
第4章 イランの女性の活動家が、2023年にノーベル平和賞を受賞する。
イランに対する欧米の見方は以前として厳しい。イランの人権侵害を否定するかのように、同国で収監されている活動家が、2023年の秋にスポットライトを浴びた。ノルウェー・ノーベル委員会は、2023年10月6日に、ノーベル平和賞の受賞者を発表した。イランの人権活動家ナルゲス・モハンマディ氏（51）が選ばれた。同氏は、2003年にイランから平和賞を受賞したシリン・エバディ氏らが設立した人権団体「人権擁護センター」の副代表を務めている。女性やマイノリティー、死刑囚の人権擁護などのために活動してきた。2016年にイラン当局に拘束され「社会体制を脅かすプロパガンダ」を理由に禁固16年を宣告されている。2020年には一時釈放されたものの、2022年に再び拘束され、エヴィーン刑務所に収監された。
イラン外務省は受賞について、敵対行為と認識している。受賞決定後に、次の内容の声明を出した。「一部の欧州諸国の介入主義者と反イラン的政策に沿った偏ったものである」
民主主義と人権を重んじる西欧諸国は、一転して、ノーベル平和賞の委員会の決定を賞賛している。アメリカのジョー・バイデン大統領は、イラン政府にモハンマディ氏の解放を求めるとともに、同氏の「揺るぎない勇気」をたたえた。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、モハンマディ氏は「自由の戦士」だとエールを送った。
モハンマディ氏は、強権的な政府に恐れることなく、自説を貫き通した。過去に3回逮捕され、有罪判決を5回受け、命じられた量刑は計31年に及ぶ。
ノルウェー・ノーベル委員会のライスアンデシェン委員長は、モハンマディ氏が授賞式に出席できるよう、イランに釈放するよう求めた。
詳細 ノーベル平和賞 2023年10月7日付 https:/
モハンマディ氏の釈放は実現しなかった。人権活動家の夫と、双子の男女の子供は、身の安全のため、フランスへと亡命している。12月10日、ノルウェーの首都オスロで行われた授賞式には、17歳の双子の男女の兄弟が出席した。2016年に母親が身柄を拘束されて以降、顔を合わせていないという。刑務所に収監されている母親からのメッセージを代読した。
詳細 写真掲載元 ノーベル平和賞授賞式 BBC NEWS 2023年12月11日付 https:/
「イラン国民は忍耐強く、抑圧と権威主義に打ち勝つでしょう」、
「そうなることを疑いなく、確信しています」
授賞式に出席した双子の子供の間に、一つ空席が用意されていた。本来は、受賞者である母親のモハンマディ氏が座るはずだった。夫のラフマニ氏は、授賞式の前日となる12月9日、英BBCのインタビューにて、妻モハンマディ氏が、二人の子供たちに母親らしいことをしてあげられないことを後悔していたと、語った。子供たちが、母親として認めてくれるのか、常に気にしているという。
それもそのはず、最後に子供たちに会ったのは7年前、当時は10歳だった。成長期を迎える子供は、一年ごとに背が伸びて、筋肉もつく。靴のサイズも大きくなり、洋服と共に買い返えなければならない。精神的にも肉体的にも成長し、わが子との再会は不思議な感覚を持つはずである。イラン政府は、ノーベル平和賞を受賞したモハンマディ氏に対して、新たに制裁を課した。2024年1月15日付け、モハンマディ氏の家族によると、新たにイランの裁判所から禁錮1年3ヶ月を言い渡されたことを明らかにした。罪状は「イスラム共和国体制に対するプロパガンダを獄中から流布した件」である。
モハンマディ氏は、成長期のわが子と接することもなく、自由を奪われながらも、人権尊重を訴え続けていた。イランに暮らしている人々の男女平等、服装に制限がない社会を目指して、逮捕を恐れずに活動を行った。ノーベル平和賞の受賞により、モハンマディ氏の功績に、西欧諸国の人々が関心を持ち、外から現イランの政権に圧力を加えることになる。またSNSを通して、イラン国民にも事実が伝わり、より自由な社会を目指して、声をあげやすくなる。21世紀、自由で開かれ、選挙の透明性が確保された民主主義陣営と、イランやロシア、中国のような人々の行動を縛る独裁国家の構図となった。世界は再び緊張状態に陥っている。
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