本日は、休暇取得し、朝イチでかかりつけのクリニックへ。
半年に一度の定期健診だが、今回は胃カメラとその他の検査を別の日に受ける事になった。
今回が、諸々の検査で、来週が胃カメラ。
検診の後、免許更新の為、試験場へ……で、ちゃんと準備していたのに、免許更新の案内はがきを忘れる……何をやっているんだか。
(もっとも、自動化が進んだ今の免許更新でははがきを使用する事はなかったのだが)
かつては、長い行列に並んだ免許更新も、今やスムーズな流れ作業、せいぜい2〜3人の順番待ちをするだけで、手続き自体は20分で終了、その後、1時間の講習を受けているうちに免許が出来上がり、受領して終わり……昼前には済んでしまった。
午後の映画は15:00にKinoシネマ。
大分時間があるので、せっかくだから、献血をしてから行くことにした。
午後は映画2本。
まずは、Kinoシネマみなとみらいで、
「マンティコア 怪物」
これは、「マジカル・ガール」で注目された、カルロス・ベルムト監督の最新作。
ゲーム会社で、モンスターデザインを担当するフリアンは、社交性に欠ける部分があるものの、才能は確かで、会社の機材を自宅に持ち込んで作業する事を認められていた。そんなフリアンは、隣人の少年を火事から救って以来、原因不明のパニック発作に苦しんでいた。
ある日、同僚の誕生パーティーで美術史を学ぶ学生のディアナに出会ったフリアンは、聡明でボーイッシュな彼女に魅かれていくが……
この映画だが、テーマとなるのは、アブノーマルな性嗜好となる。その点で、昨年公開の「正欲」と同じテーマを扱うものとなる。
フリアンの嗜好は、少年愛であり、決して許されないその欲望を、その技術と才能を活かして、仮想空間で満たしていたのだ、
これは、二次元のロリコン嗜好者が、「被害者がいる訳ではない。絵に欲情を解消する事が、何故咎められるのか?」と開き直るのと似ており、この辺り、「マジカル・ガール」でも見せた、カルロス・ベルムト監督の日本のアニメ・マンガ文化への理解が活かされたもの、と言えるのではないだろうか、
映画は、終盤、フリアンの性嗜好が会社にバレて、機材を取り上げられたフリアンが、欲望を満たす事が出来なくなった結果、実際に少年を性対象にしようとするサスペンスを描くが、この展開には考えさせられる……マンガで、ゲームで、アニメで、欲望を満たしている者が、それを取り上げられた時にどうなるか、と……
そして、映画は更にもうひとひねり。ディアナの隠された欲望を明らかにするラスト……蛇足とも思える、このトリッキーさがカルロス・ベルムト監督らしさであるのだろうけど。
その後、ブルク13で、
「ザ・タワー」
これは、謎の“闇”によって外界と隔絶された団地の住人たちが見せる人間模様を描く、シチュエーション・スリラー。
監督は「この世の果て、数多の終焉」のギョーム・ニクルー。
様々な人種が暮らすフランスの団地。住民らが、ある朝目覚めると、窓の外が“闇”で覆われていることに気づく。その“闇”に物を投げ入れると物体は、鋭利な刃物で切られたように消えてなくなってしまう。テレビやラジオの電波は途絶え、携帯電話も圏外だが、なぜか電気と水道は使用可能。
外の世界と遮断され、閉じ込められたままの彼らは、やがて、世代や、人種ごとにグループを形成し、小競り合いを繰り返すようになって行く……
この映画、ホラーと言うよりも、閉鎖空間内での人間ドラマであり、内容としては、キム・ギドク監督の「人間の時間」に近いものを感じた。
ただし、ギョーム・ニクルーは、キム・ギドクほどエグくもないし、リアリティの煮詰めも甘い。閉鎖空間で起きるのが、食料の奪い合いに、主導権を誰が握るかの争い――そして、セックスだ、と、人間の欲望を赤裸々に描くキム・ギドクの「人間の時間」に対し、本作はどうにもインパクトに欠ける。また、外部から(何故か)水と電力しか供給されないアパートの一棟で、数十人が数か月、いや数年に渡り、何を食って生きているのかがさっぱり判らないのだ。これはさすがに白けてしまう。
しかし、そんな中でも、白人、アラブ系、アフリカ系と人種や宗教ごとにグループが出来て、状況が悪くなればなるほど、グループ内の結束と、グループ間の対立が高まる、と言うのは、他民族・移民国家となってしまったフランスの“リアル”だろうか……そうした、リアルさを軸に、無理をせず、数日のドラマとして描けば、もっと面白くなりそうだったのだが……残念。
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