日曜は、午後、Kinoシネマみなとみらいで、映画2本。
1本目は、「ポーカーフェイス 裏切りのカード」。
これは、ラッセル・クロウが、監督×主演を務めたサスペンス。
ギャンブラーだったジェイクは、オンライン・ポーカーゲームの開発により莫大な富を得て億万長者となった。ある日、彼は疎遠だった幼なじみたちを自身の邸宅に招待し、高額のポーカーゲームを開催しようと持ち掛ける。
最初は昔話に花を咲かせていた参加者たちだったが、いつしか冷や汗が流れ出し、やがて発熱と吐き気に襲われる。そこでジェイクは彼らに「毒を盛った」と告げるのだった。
そこに、邸宅の美術品を狙う侵入者まで現れ、事態は思わぬ方向へ……
これはダメだ。
独りよがりな物語に、冗長な展開、リアリティのないディティール……そうして描くのは自信が演じる大富豪で人格者の主人公が全ての問題を解決して、みなを幸せにする、と言うもの。
確かに、俳優が自ら監督を手がけると、己ばかりを引き立てる”俺様映画”となる事は珍しくないが、ここまで極端なものはそうはない。
まるで、ラッセル・クロウが自画自賛する自慢話に付き合うような映画だった。
そして、もう1本は、
「FEAST 狂宴」。
これは、「ローサは密告された」などで社会の暗部を抉ってきたフィリピンの鬼才ブリランテ・メンドーサが描く、2つの家族の物語。
裕福なレストラン経営者のアルフレッドが、息子・ラファエルの運転する車で交通事故を起こす。被害者の男性は瀕死の重体だったが、パニック状態となったラファエルは、思わずその場から逃げてしまう。やがて、警察の捜査が親子に及び、アルフレッドはラファエルを庇って罪を被り、刑務所に収監される事になる。
一方、一家の主を亡くした貧しい被害者の妻・ニータに、加害者・アルフッドの妻は救いの手を差し伸べ、使用人として雇い入れるのだった。
やがて、刑期を終えたアルフレッドが家に戻り、それを祝う宴の準備がニータにより進められ……
交通事故を起こした富豪の加害者と貧しい被害者という構図から、貧しき者による復讐劇となる……と思いきや、これが全く予想外の展開を見せる。
4章からなるそれぞれのパートに聖書の一文をつける、と言う事からも判るように、これはキリスト教的倫理観に裏打ちされた、赦しの物語なのだ――が、そうした宗教的・社会文化的な差異はあれど、これはなかなか受け入れがたいものではないか、と思う。
確かに、人を死なせ、更に、その罪を父親に負わせたラファエルの罪悪感と苦悩は、映画を通して描かれ、それが告解し、そしてニータに赦しを乞う事で救済を得る、と言う流れは納得出来るものなのだが、富裕層であるアルフレッドとその一家、貧しいニータと子供たち、と言う社会的な格差が埋まる事はない。
最後の祝宴、その準備をし、給仕をするニータに、アルフレッドは一言も詫びる事はなく、ニータ親子に祝宴への参加は認めるが、ニータは給仕をするだけで、子供たちは席に座ることも許されずに立っているだけだ。
その立場の違いこそが、ひき逃げの要因であり、それをあらためるつもりも問題視するつもりもない、と言うのが判る構図にはもやもやするが、それこそが監督の狙いなのかも知れない。
理解は出来ないが、正にそのことが興味深い……不思議な味わいの映画だと思う。
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