mixiユーザー(id:16012523)

2022年11月03日09:28

302 view

作品を読む 西村京太郎『二つの首相暗殺計画』に驚愕す!

 ブックオフに入ると入り口付近のワゴンに、ズラッと西村京太郎の本が並んでいた。さもあらん、と、いつもなら通り過ぎるのだが、ふと一冊の本が目に留まる。『二つの(ダブル)首相暗殺計画』。帯には十津川警部の名前が出ている。

 十津川警部に暗殺計画? いや、十津川警部ってアレでしょ、なんか特に特徴のないオッサンキャラで、時刻表とにらめっこする類の話じゃないの? それが「首相暗殺計画」? いやいやいや、西村京太郎、何する者ぞ?

 そう思って即買いし、読んでみた。衝撃である。面白い……

 1人の看護婦の死に不信感を抱いた十津川は、その事件を調べ始める。その病院には時の首相が入院しており、十津川はなんのヒントもなしに、この事件が首相動向と関係があると睨む。この辺の合理的な推理過程のなさに驚くが、これが人気作家のスピードかと逆に感心した。

 で、『二つの』首相暗殺計画、一つはもちろん時の首相である。もう一つは? もう一つは、東條英機の暗殺計画なのである。これは実は「計画」では終わらず、実行されたのではないか? というのが十津川の推理だ。そしてこの東條英機暗殺計画に関わった者たちの孫たちが、時の首相暗殺計画との関わりを持っている、というのが主たる筋だ。

 殺された看護婦がその一人であり、そしてその中に十津川の親友の刑事・野崎がいる。野崎はしかし既に警察を退官しており、そのタイミングが首相動向と一致しているのだ。十津川はそこで野崎が首相暗殺を計画してるのでは、と推理するのである。

 いや、正直に言おう。この小説、筋はある意味飾りである。興味深かったのは、戦時中の東條英機の実歴。そしてこの暗殺計画をたてられる時の首相の描写である。

 僕の印象では戦争を推進したA級戦犯の人たちは7人で、皆が皆が戦争推進を東京裁判で否定した。実際、「なんとなく」周囲の空気でもって日本は戦争に突入し、後戻りできなくなったのだろう…そんな風に思っていた。が、それはちょっと違ったかもしれない。

 というのも、東條英機は首相の他に、陸軍大臣、軍需大臣、大本営参謀総長も兼ねていた。そして憲兵隊という、ほとんど東條秀樹の私兵に近い軍隊を持ち、自分の批判者を次々と逮捕していった。これほどまでに権力を集中させていたとなれば、これは完全なる独裁体制である。言ってみればプーチンとか習近平とかと同類だ。

 ちなみにだが、人気の内田康夫の人気シリーズ、浅見光彦の原作をマンガ化したものを見たのだが、そこには『殉国七士』を悼む石碑を見て、国のために尽くした彼らが評価されないのはおかしいと憤慨する老人が出てくる。無論、その殉国七士の筆頭が東條英機なのだが、評価できるかっ、とか思って嫌になった。内田康夫はそういう作家である。

 が、西村京太郎は一味違った。時の首相は入院してるが、その後釜を狙う政治家・後藤副総理の設定が凄い。祖父の代から続く政治家一族で、祖父の悲願である憲法改正を自分が総理になって実現しようと考えている。普通の政治家は総理になるのがゴールだが、後藤にとっては目標実現のためのスタートでしかない……

 いや、これ明らかにアベでしょ? そして時の首相暗殺計画は、この後藤が主導する日本の軍事体制化に危機感をもったメンバーが企む、軍事国家化を阻止するための計画なのだ。そして実のところ、十津川警部は心情的には暗殺計画側にかなり肩入れしているのだ。十津川は考える。

『後藤首相は、新たに、国民の眼を、別の方向に向けさせることを考えた。
 憲法改正と、強い国日本である。
 都合のいいことに、世界は、今、動乱の予感で揺れている。
 強い日本が、必要なのだ。
 憲法改正しても、強い国になろう。
 国防予算を増やして、強い国になろう。
 戦争できる国にするという。
 (中略)
 後藤首相たちが、やたらに張り切って、集団的自衛権があるから、戦争ができるというだけなら、子供が、戦争ごっこができると、はしゃいでいるのと同じで、太平洋戦争の時と同じように、隊員の犠牲を増やすだけだろう。
 (中略)
 後藤首相は、どう思っているのだろうか。
 後藤首相が、典型的な日本人だとすれば、彼の与党の政治家たちも、よく似ていて、精神主義者たちの集まりである。どの顔も、戦争を避けるより、戦うことが、生き抜くことより、死を選ぶことが、立派だと考えているようで、怖いのだ。 』

 しかし十津川は刑事の立場として、暗殺計画の阻止を図る。しかしこれは明らかに、暗殺する側の物語だ。現在の明らかな右傾化に対する危機意識をはっきりと書いていて、西村京太郎とは、こういう作家だったか、と評価を新たにした。

 しかし小説の暗殺計画は半ば阻止されるが、現実の暗殺は実行されたわけである。まさに事実は小説より奇なり。しかしこの一冊、今こそ読まれるべき一冊である。出版は2017年。2012年から2020年まで続いた、アベ政権の真っ最中の出版である。

 
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2022年11月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930