7月3日、日曜は、映画2本。
1本目、T−JOY横浜のドルビーシネマで、
「エルヴィス」
これは、「ムーラン・ルージュ」のバズ・ラーマン監督が、“キング・オブ・ロック”、エルヴィス・プレスリーの生涯を映画化したもの。
エルヴィスを、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のオースティン・バトラーが演じている。共演は、名優、トム・ハンクス。
エルヴィス・プレスリー……彼が“ロック”を生んだステージから、音楽の世界は一変した。センセーショナルすぎるパフォーマンスで女性から熱狂的に愛される一方、黒人音楽をルーツとするそれは、政府や、良識ある市民からの非難の的ともなった。
逆境を打ち破る伝説と、裏側の危ない実話――世界一売れたスターの影には、強欲なマネージャー、トム・パーカー大佐の存在があった……
この映画だが、エルヴィスの生涯を垣間見るだけでなく、”ロックンロール”の誕生を知る意味でも有意義なものだろう。
貧困さ故に、黒人街に育ち、ブルースに魅了され、ゴスペルに何かを見た少年は、青年となって啓示を下すのだ――なるほど、教会がロックを“悪魔の音楽”と言う訳だ。
この1950年代、正に神がかっていたエルヴィスと、全く音楽のセンスを欠きながら、それでも、そこに人々を魅了するものを見出し、それを独り占めしようとするパーカー大佐……その物語を、パーカー大佐を語り手に進める物語には一筋縄には行かないものがある。
バズ・ラーマンの映画は、そのケレン味ある演出、史実とかけ離れた自由な展開が特色ではあるが、本作は、さすがにアメリカ人ならば誰もが知るエルヴィスが相手なだけに、展開については、史実に沿ったものとしており、有名なエピソードもそつなく拾い上げてフォローしている。
それでも、使用楽曲にヒップホップ的なアレンジを加えたりする辺り、らしい部分ではあるが。
オースティン・バトラーによるエルヴィスの再現度はかなり高く、1950年代の歌曲については、実際にオースティン・バトラーが歌ったものが使用されている。まぁ、後半、復活後のエルヴィスは声が低く、太いものになっており、これについては、オースティン・バトラーの歌に、エルヴィスの声を合成したものが使用されていると言う。
音楽はビッグ・ビジネスであり、才能あるアーティストに、周囲の人間が群がって食い物にしまうのは、ホイットニー・ヒューストンを始め例に暇がない。だが、ひとりの人間が(それも史上最も売れたソロ・アーティストを)食い物にしてしまった、と言うのは、これまた空前絶後ではないだろうか。
見応えのある映画だ。
そして、もう1本は、ブルク13で、
「わたしは最悪。」
これは、第74回カンヌ国際映画祭で主演のレナーテ・レインスヴェが女優賞を受賞した人間ドラマ。
ヨアキム・トリアー監督の「リプライズ」「オスロ、8月31日」に続くオスロトリロジー3作目となる。
医大生だったユリヤは、あれこれ道を変えてばかり。何をやっても自分の目指す方向とは違うように感じ、30歳の節目を迎えたものの未だ人生の方向性が定まらない。コミック作家である年上の恋人アクセルからは、家庭を持ちたいとアピールされるが気乗りせず、むしろそんな彼を疎ましく思ってしまう。
そんなある夜、アクセルと共に参加したパーティーからひとり帰り、招待されていないパーティーに紛れ込んだユリヤは、カフェ店員のアイヴィンと出会う。妙にウマが合うアイヴィンが忘れられず、ユリヤはアクセルと別れ、アイヴィンと共に新たな道を見つけようとするが……
この映画、なるほど、レナーテ・レインスヴェ演じるユリアがいい。真面目で真剣なのだけど、それが行き過ぎてふしだらでいい加減に見えてしまう、そんな女性を好演している。「これって浮気じゃないよね?」と念押ししつつ、パーティー会場でアイヴィンと一夜、他愛なく戯れながら過ごすシーンにはやられてしまう。
それにしても、30歳過ぎて“自分探し”なんて、とは思うが、それを肯定してしまう、それが現代と言うものなのか……
ログインしてコメントを確認・投稿する