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2022年05月04日08:37

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金曜は……

 金曜日。この日は会社の有給休暇取得促進日となっていたので、連休にくっつけて休暇にした。(どうせ会社に行っても同じ部署の人間は殆ど出社していないのだ)
 で、天気も生憎の雨模様だし、映画を観に行く――まぁ、雨でなくとも映画は観るのだが。

 今日の1本目は、シネマジャック&ベティで、
 「杜人 〜環境再生医 矢野智徳の挑戦」

 これは、“地球の医者”と呼ばれる風変わりな造園家・矢野智徳の活動を取り上げたドキュメンタリー。
 監督は、本作が初の長編ドキュメンタリーとなる前田せつ子。

 “杜”という字は、「この場所を傷めず穢さず大事に使わせてください」と紐を張った場所を指す。
 だが、現代社会において、人は、国土開発という名の元に、舗装道路や擁壁、コンクリート側溝によって、空気と水の循環を堰き止め、大地を窒息させる方向へ進んできた。
 造園家で、環境再生医の矢野智徳は、かつての“杜”では当たり前だった“結(ゆい)”作業で環境改善を実践してきた。それは“大地の再生”と呼ばれ、東日本大震災をきっかけに共鳴する人が増えている。

 矢野智徳の取り組みだが、そんな特別な事はやっていないように思える。
 水はけの悪い土地には、竹や木炭を埋めた暗渠を築いて排水を促し、コンクリート側溝には所々穴を穿って、大地に水を吸わせる。
 木は下枝を刈り、下草も適当な長さに刈り込んで、人造の獣道のような風の通り道を作って行く……造園でこれをやるのは確かに珍しい(造園業では、草木が適度に枯れるのはやむを得ない)が、里山のある山間の農家では当たり前の作業のように思える。
 まぁ、そうした里山の維持・管理のノウハウが失われつつある中で、それをあらためて伝え、広めて行く、と言うのは重要な役割ではあると思うが……

 気になったのは、人と自然の係わりに、”結”と言うようなスピリチュアルな概念を持ち込む事。環境再生とは、農林業における科学であり、技術であって、決して精神的・神秘的なものではないと思うのだが……

 映画としては、前田監督初のドキュメンリーと言う事で、これは、明らかにまとまりを欠く。様々な取り組みを紹介するだけで、その結果をはっきりと示していない為、どうにも活動の成果が見えないのだ。ここは、多くの時間を割いている福島の玄侑宗久が住職を務める慧日山福聚寺の取り組みに絞り込み、取り組みのビフォーアフターをきちんと見せた方がよかったのではないだろうか?


 2本目も引き続きシネマジャック&ベティで、こちらが本命となる、
 「英雄の証明」。

 これは、「別離」、「セールスマン」で、2度の米アカデミー賞外国語映画賞に輝くイランの巨匠アスガー・ファルハディ監督の最新作。

 元看板職人のラヒムは借金を返せず、詐欺で告発されて投獄されている服役囚。そんな彼の婚約者ファルコンデが、偶然、金貨が入ったバッグを拾う。これで借金を返済出来れば刑期を短縮、結婚できる、とファルコンデはラヒムに持ちかける。
 だが、金貨は借金の額に足らず、貸主のバーラムとの示談交渉は失敗。一方、姉から金貨の出所を問われ、罪悪感を持ち始めたラヒムは、金貨を落とし主に返すことを決意する。
 そのささやかな善行は、メディアに報じられ大反響を呼び、ラヒムは“正直者の囚人”という美談の英雄に祭り上げられていくが……

 この映画、主人公ラヒムのキャラクターが絶妙――悪人ではないけれど、善人でもない……友人に誘われるまま高利貸しで借金をし、婚約者の勧めで拾った金貨での借金返済を目論み、姉に咎められて金貨の返却を考える……優柔不断と言うか、言われるまま流されるままの人物。
 だからこそ、ラヒムは“英雄”にもなれば“詐欺師”にも”悪党”にもなるし、それを決めるのは周囲の人――現代社会では、「金の斧」の童話は最早成立しない。SNSと監視カメラの蔓延る現代、人は、正直者になる事は出来ず、なりたい自分にもなる事は出来ないのだ。それを決めるのは、周りの人々、そして社会なのだ。

 映画は、図らずも“英雄”となってしまったラヒムが、正に、そのイメージに縛られて、絡め取られて行く様を描いて行く――そして、それまで流されるままだったラヒムが、最後に自ら決断したのが、父親であると言う矜持であり、婚約者ファルコンデが守ったのは彼の名誉――考えさせられるし、世界的にもSNS社会となっている現代を風刺するドラマになっていると思う。そして、縁や人情よりも、誇りを重んじる辺りがペルシャ帝国の末裔たるイランの男の意地だろうか。
 ただ、そのラヒムの決断と、その後まで描く辺り、イラン映画も判り易くなったものだ、と思います。まぁ、イラン国外でも高く評価されるアスガー・ファルハディ監督作品だからかも知れませんが……

 
 その後、伊勢佐木町のマクドナルドで、時間調整&遅めの昼食とし、お次は横浜シネマリンで、
 「20世紀ノスタルジア」。

 これは、ふたりの高校生男女の映画作りを通して、未来への希望とふたりの間に芽生える愛情を描いた青春ロマンス。1997年度の日本映画監督協会新人賞作品になっている。
 監督は、自主映画の世界では70年代から注目を集め、これが初の商業映画となる原將人。主演は、これが映画初出演となる広末涼子と、新人の圓島努。
 今回、「焼け跡クロニクル」の公開に合わせて特別上映された。

 桜木高校2年で放送部員の遠山杏は、夏休みの間に同じ学年の片岡徹と撮影したビデオ映像を、映画として完成させるように顧問の北村先生から言われた。
 突然オーストラリアに旅立ってしまった徹の残した膨大なテープの編集を始めた杏は、そこに写る自分と徹を見ながら夏休みを回想していく――杏が徹と初めて会ったのは清洲橋の上。宇宙人・チュンセにボディジャックされていると言う徹の不可思議さに惹かれた杏は、チュンセから分離したポウセという宇宙人に体を貸すことになり、ふたりは翌日から滅びゆく地球の現状をカメラに収める為、カメラを手に東京中を巡ったのだ……
 
 これは、何とも奇妙な印象を与える映画だ。映像としては、高校生の自主映画と大差ない――実際、広末涼子と圓島努が撮ったビデオ映像も多く使われている――映画製作は1997年であり、ビデオの画像は粗く、アフレコされた台詞音声もぎこちなく、違和感丸出し。
 商業映画としたら、とんでもなく低品質の映像だが、自主映画作家の原將人監督にしてみれば、これが彼の映画世界なのだ。
 大がかりな機材を必要としないからこそ撮れる自由な映像、自在に動くカメラ、正に人の目が観ているものがそこにある……こうした部分が高く評価されたのだろうし、その映像は、21世紀になって発展するビデオ、そして今やスマホで作られた映像作品を先取りしたものと言えるだろう。

 また、この映画で注目されるのは、やはり広末涼子。粗い映像でも判るその魅力、かわいらしさは映画史上屈指ではないだろうか。
 この映画が、その広末涼子映画デビュー作として話題に上がるのも当然と思えた。  
 

 続いて、こちらが本命の、
 「焼け跡クロニクル」。

 これは、映画監督・原將人の自宅火災と、被災からの再起を、原將人自身と、妻の原まおりが記録したセルフ・ドキュメンタリー。

 2018年、京都・西陣の原將人の自宅が全焼。家族5人は無事だったものの、家屋は焼け落ち、原將人は新作が入ったPCを持ち出す為に火の中へ戻り、やけどを負って入院。
 そんな中、妻のまおりは、家族の様子をスマートフォンで撮影する――慌てて買った炊飯器で作ったほかほかのおにぎり。家族揃ってのラジオ体操。双子の妹をあやす兄。
 カメラ=母の眼差しは、非日常のなかの家族の風景を写し、記録して行く……そんな日々の中、焼け跡から原が撮り溜めたフィルムが見つかって……

 この映画、火災で損傷した原將人監督のフィルムライブラリーの復元を通して彼の映画歴を辿るもの……と漠然と予想していたのだけど、予想外のものを観せられた感があって唖然――これが映像作家の性と言うものか。自宅火災現場に駆けつけ、我が子の無事を確認しながらも、その様子をiPhonで撮影してしまう、と言うのは……
 その後も、原まおりは、地元公民館への避難生活、その後の生活再建を、逐一、撮影して行くのだ。自宅火事と言うのは、誰しも遭遇する可能性のある災害であり、火事に遭ったらどうなる、その後はどうなる?と言う疑問に答えるものにもなっている記録映像には普遍的な価値もあるだろう。
 そして、それ以上に、フィルム撮影に拘る原將人、まるでメモを撮るようにiPhonで片端から撮影して行く原まおり、と世代がはっきりと違う映像作家(しかも夫婦)の姿から、映画と、そして映像記録となるホームムービーのあり方の変化を読み取れるのが意義ある事だと思う。

 また、それ以上に気になったのが、原將人・68歳、妻まおり・45歳、長男・19歳、そして双子の長女姉妹5歳、と言う年齢差の過大な家族の姿で、これはどうしてこうなっているのだろう、と言う興味が湧いてしまったりもした。

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