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2022年01月30日14:36

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『オケアノスさんちの家族旅行』第3話

『オケアノスさんちの家族旅行』第3話

 翌日、カノンは苦い敗北感を抱えて朝食会場のレストランに現れた。
「よう、カノン。昨夜の首尾はどうだった?」
 アケローオス河神がにやにやと意地悪気な笑みを浮かべてカノンに問う。
「うるせー!分かってるくせに、聞くな!」
 バイキング形式の朝食の中から、アケローオス河神が白米だの味噌汁だの焼き魚だの、和風の食事を選んでトレイの上に乗せていく。カノンはロールパンやオレンジジュースといった、洋風のメニューを選んで取り分けた。
「あー、もう、なんなんだよ、あの夫婦は!なんなんだよ、あの奥さんはー!」
 スクランブルエッグをぐちゃぐちゃにかき混ぜて、カノンが苛立ちを八つ当たりする。ちなみにオケアノス神とテーテュス女神は部屋で朝食を取ることになっていて、彼らとは別行動だった。
「ははは…、やっぱりお前でも無理だったか。まあ、あの二人相手じゃ仕方ない」
「あ〜…天然って最強だぜ…」
 カノンは悔しさを朝食とともに飲み込んだ。テーテュス女神の容貌に「オケアノス神のロリコン疑惑」は深まったが、奥方の無邪気で天然な言動に下心を完全に無効化されて、一晩を無為に過ごしてしまったカノンであった。
「言っとくけどな、これまで親父に浮気の機会がなかったわけじゃないぞ?辺境の視察とかに行くとな、現地の部族長あたりが『夜伽にどうぞ』って自分の娘とか妹とかを差し出してくるわけ。でもそういうのを、ずーっと断り続けて、追い返し続けて、お袋一筋なの、あの親父は。何万年もずーっとそうなの。ま、お前には悪いが、その点についてはこちらも抜群の信頼と実績があるんでな」
 笑いながらアケローオス河神が白米を箸でかっ込む。
「…そうやって父上が追い返した娘たちに、大兄上が横から手を出してたのも、知ってますけどね、こちらは」
 口を挟んできたのはアルペイオス河神だった。彼もトレイの上に和食を盛りつけていた。アルペイオス河神の暴露に、アケローオス河神に向けるカノンの視線が険しくなる。河神の女性関係のだらしなさを咎める視線だった。
「へー、ほー、ふ〜ん…なるほどねぇ〜…」
「…いや、だってさ。向こうだって下心があって娘を差し出すんだぞ?それを全然無視とか、相手に悪いだろ?面子も潰れるし」
 アケローオス河神が弁解するが、視線は泳ぎまくっていて、後ろめたさを全開にしていた。
「そこまで父王(バシレウス)のフォローをしなくてもいいと思いますが」
「大兄上の場合は単に趣味と実益が一致しただけですよね」
 別のテーブルに座っている弟たちが長兄を評する。とはいえ、彼らも長兄のアケローオス河神を敬慕しているし、彼の判断を信頼もしてはいるのである。
「カ〜ノ〜ン〜」
 そこに幽霊のような顔をしたサガが現れた。二日酔いで顔色は蒼白になっていた。
「聞いたぞ〜?昨夜はバシレウスと一緒に寝たそうだな〜!?」
 真っ青な顔でサガが双子の弟に詰め寄る。冒険者にねっとりとまとわりつくスライムを思わせる動きだった。
「…まあ、寝たと言えば、寝たけどさ…」
 不貞腐れたような顔でカノンが兄に答えた。期待していた「寝る」とは全然違ったわけだが。
「大丈夫か、サガ?」
 あまりにサガの顔色が悪かったので、アケローオス河神が気遣いを見せる。
「うう…二日酔いで頭が痛いです…。食欲がない…」
「ほら、サガ、お粥があるぞ?」
「温泉卵、食うか?」
 河の神々(ポタモイ)がサガの周りに集まって世話を焼いてくれた。彼らにとってはサガは末の弟のようなもので、双子たちが子供の頃には皆で彼らのもとを訪ねて可愛がったものだ。エウリュノメ女神などは「そうやって皆が寄ってたかって甘やかすから、『ウワーッハハハハ!おれが神になるのだ!』と高笑いするような変な子に育つの!」と兄弟たちに苦言を呈している。
 お粥を口に運びながら、サガが不機嫌そうに話す。
「ずるい!カノンだけバシレウスと寝て…。今夜は私も行く!バシレウスと一緒に寝る!」
 むきになった子供のようなサガの主張にアケローオス河神が呆れた顔になる。
「…いや、親父にもお袋にも迷惑だからやめろよ。二人きりにさせてやれよ」
「でも〜…。カノンばかり、ずるい!」
 相手の都合など考慮せずに、「ずるい、ずるい」とそこで思考停止しているサガに、アケローオス河神が妥協案を示した。
「あー、分かった、分かった。その代わり、一晩だけにしろよ。で、明日、親父たちのお供にお前をつけてやるから、荷物持ちをするように」
「はい」
 サガの機嫌がぽんと直る。オケアノス神の側にいられれば、彼はそれで満足なのである。お手軽な男であった。
「あ、サガが行くなら、おれも行く!」
 カノンもお供に立候補する。
「あ〜、もう、面倒くさい双子だな、お前らは」
 ため息交とともに、とうとうアケローオス河神はさじを投げた。
「一人で寝るのが寂しいなら、私が添い寝してあげるわよ?」
 サガの背後に一人の女性が立った。大洋の娘たち(オケアニデス)の一人、ポリュドラである。ブルネットの巻き毛に紺黒色の瞳をした、妖艶な感じの美女だった。「多くの贈り物」を意味する名を持つ彼女は、豊満な胸をサガの頭上にずしりと乗せて、サガの頭を抱きしめた。
「…え?」
 ぼよんと彼女の胸がサガの頭の上で弾む。多くの男性にとっては羨むような光景だったが、サガにとっては困惑の種だった。
「どう、今夜さっそく…」
 ポリュドラがサガの顔を上げさせて艶のある瞳でのぞき込む。
「え、いや…あの…」
 サガの戸惑いの声に、他の大洋の娘たち(オケアニデス)の声が重なった
「あー、ポリュドラ姉様、ずるい!」
「抜け駆けはなしよ!」
「私も!私も!」
 他のテーブルにいた大洋の娘たち(オケアニデス)が手を上げて立候補する。
「私は弟の方がいいわ!」
「私は兄の方!」
「じゃあ、私は両方もらっちゃう〜!」
 女性たちの嬌声に、サガとカノンは自分の身に降りかかりかけている危険に気付いた。女神様たちは実に肉食系であった。
「え、いや、私はそんなつもりは…!」
「おれも…そういうのはちょっと…」
 困惑してる双子たちの様子に、アケローオス河神が妹たちをたしなめる。
「お前たちなぁ…。ほどほどにしておけよ」
「何を言ってるの、大兄様。人間の良い時は短いのよ!」
「そうよ。若いうちに味わっておかないと!」
「だから、ね、サガ。今晩、私と星の秘密について語らない?私はウラニアよ」
 真っ直ぐな黒髪に、深い青色に金が混じった不可思議な色の瞳を持つ清楚そうな女性がサガに声をかける。彼女は「天空」を意味する名を持つ女神だった。その名の通り、星の散らばる夜空を具現化したような深遠な美しさがある。
「カノン、私はロデイアよ。赤毛の女は嫌い?」
 負けじとカノンに声をかけてきたのは、「薔薇の」を意味する名を持つ女神だ。彼女もまた名前の通りに、薔薇の花のような真紅の巻き毛と真紅の瞳を持つ、華麗な美女だった。
 周りを囲むかしましい女性たちの声に、サガとカノンは自分たちが店先に並ぶ旬のフルーツにでもなった気がした。しかも切り分けされて「試食をどうぞ」と差し出されている感じである。
「いや…ちょっと…。アケローオス様、助けて…」
 サガがアケローオス河神に視線で助けを求める。アケローオス河神は、妹たちのまとめ役であるエウリュノメ女神に問題を丸投げした。
「おい、エウリュノメ、何とかしろ。女たちのまとめ役はお前の仕事だ」
「ん〜?」
 長兄に呼ばれたエウリュノメ女神は食事を中断し、顔を上げた。そしてサガとカノンを取り囲んでいる妹たちを見渡した。エウリュノメ女神は「権力のある男が好き」なタイプで、そんなわけなのでいくら美男子でも双子たちは眼中にない。だいたいゼウス神の愛人になったのも、あわよくばかつて自分が住居にしていて、そしてクロノス神とレア女神に追い出されたというオリンポスに復帰できるかも…と下心があったからという、何ともたくましい女神である。
 エウリュノメ女神はサガとカノンを囲んでいる妹たちを一通り眺めると、問題の解決策を提示した。
「は〜い、はい、はい。じゃあ、後で双子たちの寝室に行く順番をくじで決めるから、希望者は手を上げてー。あと六晩×二人でチャンスは十二回あるからねー。焦らない、焦らない」
「違う!そうじゃない!」
 エウリュノメ女神が提示した問題の解決法に、思わずカノンが叫ぶ。
「そ、そういえば…。神話では女神と交わった人間の男は不能になると…」
 サガが女神アフロディテと交わった英雄アンキセスが「自分を不能にしないでくれ」と女神に頼む逸話を思い出す。双子たちは蒼白になって互いの顔を見合わせた。
「いーやー!犯されるー!精気を吸いつくされるー!」
「うわーん!アケローオス様、助けてーっ!役立たずにされるー!」
 サガとカノンは半泣きになって叫ぶと、アケローオス河神にすがった。
「うん。じゃあ、襲われたくない夜はおれの部屋に泊まれ、二人とも」
 アケローオス河神が示した逃げ道に、ごくごくとすごい勢いで双子が首を縦に振った。どうやらこの旅行中は二人ともアケローオス河神の部屋に連泊することになりそうである。
 事態が一段落したところで、アケローオス河神に声をかけてきた者がいた。スカマンドロス河神である。彼はトロイア近辺を流れる河の神で、その土地柄、トロイア王家と縁が深い。このためホメロスの叙事詩『イリアス』にも何度か登場し、英雄アキレウスが暴れて死体で河の流れがせき止められそうになった時には、怒ってアキレウスを洪水で押し流そうとしている。この時は、ギリシャ勢に味方する女神ヘラが火と鍛冶の神ヘファイストスを援軍によこしたため、スカマンドロス河神は引き下がらざるを得なかったのだった。
「そういえば、大兄上。フロントで仕入れた話なんですが、ここの旅館、芸者が呼べるそうですよ」
「「な、なんだってーっ!」」
 スカマンドロス河神の話に叫んだのはアケローオス河神とアルペイオス河神だった。
「くっ…!不覚…!昨夜は酒盛りとかしてる場合じゃなかった…!」
「大兄上、ゲイシャさんを呼びましょう!」
 前のめりになっているアルペイオス河神に、カノンが意外そうな顔をした。
「いや…。あんた、芸者とか興味あるんだ…」
 カノンが意外な顔になる。アルペイオス河神は気のいいあんちゃんではあるが、「好みの女性のタイプはアルテミス女神、神話では二回のストーカー歴あり、趣味は狩猟」という男で、アケローオス河神のように女好きなタイプとは思ってはいなかったのだ。
「何を言う!日本に来たなら、ゲイシャ遊びはしとかにゃならんだろう!おれは『お座敷遊び』がしたい!」
「…どこ情報ですか、その日本情報は…」
 「ゲイシャ!フジヤマ!ニンジャー!」という感じで興奮しているアルペイオス河神に、サガも呆れた顔になる。
「よーし、クサントス!今夜さっそく、芸者を呼ぶぞ!」
 アケローオス河神も興奮気味に弟に指示する。スカマンドロス河神は神々の間では「黄色の」を意味する「クサントス」の名前で呼ばれていた。その名の通り、スカマンドロス河神は黄金色の髪と黄玉の瞳が目を引く容貌をしていた。
「あー、ではフロントに頼んでおきますね」
 兄にそう答えて、スカマンドロス河神は自分のトレイを持って別のテーブルに着いた。
「で、あんたたちの今日の予定は?」
 食事を終えたカノンがコーヒーを飲みながら尋ねる。
「おれたちは市内観光に行く。親父たちは、今日はこの近辺でゆっくりしてもらう。ここの温泉旅館と提携先にある旅館の温泉は、無料で入れるそうでな。多分、二人で温泉巡りをすると思うぞ」
「…いいなぁ、私も温泉巡りについて行きたい…」
 サガがオレンジジュースを飲みながら呟く。
「まあ、サガ、お前は気分が良くなるまで、今日はちょっと休んでろ。カノン、お前が看病してやれよ」
「了解」
「滞在日数はまだあるんだ。ま、のんびりやろうや」
 アケローオス河神がそうまとめて食後の緑茶をすすった。

 こんな感じでオケアノス一家の家族旅行に同行したサガとカノンは、芸者遊びをしたり、市内観光をしたり、買い物をしたり、食べ歩きをしたり、温泉巡りをしたり、皆でかまくらを作って雪国体験を楽しんでみたり、旅館にある昔ながらの卓球台で卓球をしてみたり、これまた旅館にある古びたゲーム機でゲームをしてみたり、男兄弟を集めてアダルトビデオの鑑賞会をやってみたり…と、七泊八日の日本滞在を満喫して過ごしたのだった。

<FIN>

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