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2022年01月29日14:52

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『オケアノスさんちの家族旅行』第2話

『オケアノスさんちの家族旅行』第2話

 長風呂なことでこれまた聖域でも有名なサガと、ついでにサガと一緒に入浴したカノンが旅館の大浴場で温泉を堪能し終わるころには、空は暗くなって夕食の時間になっていた。その頃には、大洋の娘たち(オケアニデス)の面々も大量の荷物とともに旅館に到着していた。
 彼女たちはブランド物のバッグや衣類、化粧品やアクセサリー、さらには呉服の反物まで買い込んでいた。「水天宮に戻った後にこの反物で新しい衣装を作る」のだそうだ。織物を織ったり、衣類を作るのは、古代ギリシャでは代表的な「女の手の仕事」だった。エキゾチックな柄の美しい絹織物で作る衣装の数々を想像して、大洋の娘たち(オケアニデス)は一様にはしゃいでいた。
 ちなみに河の神々(ポタモイ)の雪合戦はアケローオス河神のチームが勝ったらしい。
 そして夕食とあいなったわけだが、何しろサガとカノンを入れると総勢四十二名(オケアノス神とテーテュス女神を入れると四十四名)という団体客なので、夕食は全員で広間で取ることになっていた。入浴をすませて旅館が用意した浴衣姿になった外国人の美男美女の団体が広間を占拠している光景は、なかなかに壮観だった。
「あれ?バシレウスは?」
 オケアノス神の姿が見えず、サガが尋ねる。
「親父とお袋は、アテナが紹介してくれた料亭で食事をして帰ることになってる。出迎えはいいから、おれたちはおれたちで好きにくつろいでろってさ」 
 アケローオス河神がそう説明した。
 こうして和風の畳敷きの広間に、お膳にセットされた料理が並んだ。サガもカノンも神々たちも、新鮮な日本海の魚介類や和牛の網焼きに大いに舌鼓を打った。寒い海で取れる魚は脂がたっぷりと乗っており、網の上で焼いた和牛の肉も舌の上でとろけそうだった。一同は予想以上に美味な料理の数々にご満悦だった。さらにはこの季節のこの地域の特産ということで、大ぶりの蟹もついていた。これには皆、無言になって、蟹の身をほじくって黙々と食した。
 そして食事が終わった後は、各々が地元の酒店を巡って購入したり持参した酒を合わせての酒盛りとなった。
「ジャパニーズウイスキー、おいしいです〜」
「冷やの日本酒もいけるな〜」
 サガとカノンは用意された調子よく酒を飲み進め、食事時に飲んだ酒と相まってかなりの量を過ごして、あっという間に酔っぱらった。
「父上と母上が部屋に入られましたよ」
「おう、そうか。ご苦労」
 両親が旅館に到着して指定の部屋に入ったのを見届けたアルペイオス河神が、長兄のアケローオス河神に報告する。
「ん〜?蛇の王様が帰ってきたってぇ〜?」
 酩酊状態になっていたカノンがその報告にすっくと立ち上がる。
「よーし!おれ、王様の部屋に行く!」
 おー!と、カノンが片腕を上げて気合を入れる。
「…いや、何しに行くんだ?」
「決まってるんだろ!夜這いをかけるんだよ!今日こそあの堅物を落としてやるー!」
 堂々と胸を張ったカノンの宣言に、周りにいた河の神々(ポタモイ)は呆れた顔をしたり、互いに目配せをしたりした。
「…酔ってるな」
「ああ、しかもかなり面倒くさい酔い方をしてる」
「こいつ、こんな酔い方をする奴だったのか…。今度から気をつけよう」
「おーい、誰かチェイサーに水を持って来いよ」
 カノンの周りの河の神々(ポタモイ)が酔っぱらいを介助する態勢に入る。
 だがカノンは周りの平静な反応に自分が馬鹿にされたと感じたようで、今度はアケローオス河神に絡み始めた。
「あー、今、馬鹿にしただろ?」
「いや、だって、なぁ…?」
 アケローオス河神の目が泳ぐ。露骨には馬鹿にはしていないが、絶対に無理な案件に挑戦する人間を見る目である。
「馬鹿にするなー。おれは今夜こそやってやるからな!王様の部屋を教えろー!」
「やめろって、カノン…」
「教えてくれないなら、ここであんたを襲うからなー!」
 と言って、カノンはアケローオス河神を押し倒して馬乗りになって、彼の着ている浴衣をはぐろうとした。とことん迷惑な酔っ払いである。
「ああ、もう、うるさーい!」
 アケローオス河神も酒の酔いが回って、色々とカノンの相手をするのが面倒くさくなっていたのだろう。彼は唐突にカノンに強制テレポートをかけた。アケローオス河神の上からカノンの姿がふっと消える。
「どこに送ったんです、大兄上?」
「面倒くさいから、親父の部屋に送ってやった」
 やれやれ、と体を起こしたアケローオス河神が着乱れた浴衣を直す。そしてウイスキーの水割りを自分で作って飲み直す体勢に入った。
「え?いいんですか?」
「大丈夫だろ。だってあの親父だぜ?」
「…ですね」
 短い会話で弟たちは納得した。彼らの父親に対する信頼感は万全であった。
「え!?カノンがバシレウスの部屋に行った?」
 そこでがばっと起き上がって会話に割り込んできたのは、サガだった。今まで酔いが回ってうたた寝をしていたのだ。
「ずーるーいー!私も行く!」
 また面倒くさいことに、今度はサガが主張してわめきだす。しかしその様子は駄々をこねる子供と変わりはなかった。
「うわ…、こいつも面倒くさかった…」
「おい、どうするよ」
 サガは「行く、行く、行くー」と畳の上で騒いでいたが、突然、足を取られて転倒した。
「うわっ…え、なに…?」
 畳の上にごろんと転がったサガは、そのまま何かに巻き取られて宙に浮いた。改めてサガが自分の体を見ると、胴体に大蛇が巻き付いていた。蛇がぐねぐねとうねるのに合わせてサガの体が上下する。
「うわ、な、なに…!?蛇!?」
『酒は飲んでも、飲まれるなー!』
 サガに巻きついていた大蛇が周りにテレパシーを発する。大蛇が体をうねらせるのに合わせて、サガの体がねじられたり、宙にぶら下がったりする。まるでバチカン美術館にある「ラオコーン」の彫像を思わせる光景だった。トロイア戦争の最後、「木馬の計」でトロイア陥落を狙ったギリシャ軍の企てを見抜いて、彼らが残していった木馬を焼き払うように主張したため、ギリシャ勢に味方するアテナ女神の怒りを買って海から送られた大蛇によって息子たちとともに絞め殺されたというトロイアの神官ラオコーンの最期を描いたヘレニズム期の傑作である。その彫像を再現したような光景に慌てたのは、周りにいた河の神々(ポタモイ)だった。
「げ…!イストロス兄上が蛇の姿になってる!」
「やべー…。相当に酔ってやがる!」
「こら、イストロス!変化はまずい、変化は!」
「ここの従業員たちに見られる前に、早く人間の姿に戻ってください!」
「水持ってこい、水!」
 ギリシャ神話の神々の中でも「水」や「海」に属する神々は変身術を得意としている。イストロス河神は古代ギリシャ語ではその名で呼ばれた現在のドナウ河の神だが、本来の姿は上半身が人間で下半身が蛇という異形の姿だった。これまでは変身術で見た目を普通の人間の姿に整えていたのだが、酔っぱらって元の姿になり、ついでに上半身も蛇の形にと変化してしまったらしい。彼ら兄弟の飲み会ではよくある光景なので普通はスルーするのだが、場所が地上の旅館とあっては勝手が違う。
 河の神々(ポタモイ)がサガに巻きつく兄弟神を引きはがそうとした。だが蛇に変化したイストロス河神はご機嫌で酔っ払い、サガを巻き込んでとぐろを巻くばかりだった。
『ういー…っく…』
「イストロス!いいから、さっさと人間形態に戻りなさい!でないと、酒に漬け込んでマムシ酒にするわよ!」
 とうとうエウリュノメ女神が蛇になった弟神の口にミネラルウォーターのペットボトルを突っ込んだ。若々しく可憐な見た目に反して、性格は豪快な女神であった。愛人であるゼウス神の前では「猫をかぶっているのでゼウスがすっかり騙されている」(弟たち談)らしいのだが。
「ふええ〜。目が回る〜」
 大蛇になったイストロス河神に巻きつかれて上下に揺さぶられたサガは、騒ぎが収まるころには酔いとめまいで完全にダウンしていた。
 そんなわけで、サガは弟に続いてオケアノス神の部屋に行くのは断念せざるを得なかったのだった。

 一方、オケアノス神の泊まる部屋に強制テレポートで送り込まれたカノンは。
「い…てぇ…!」
 どてっと宙から畳の上に落下した。
「カノン…?」
 常夜灯の薄暗い明りの中で、布団の中から起き上がる者がいた。蛍光灯が点灯し、室内が明るくなる。
 カノンが体を起こすと、目の前には布団の上に座ったオケアノス神がいて、カノンは自分の思惑通り、彼の部屋に到着したことが分かった。
「カノン、どうした?」
 オケアノス神の静かな灰色の瞳がカノンを見据えた。青色を帯びた長い銀髪が真っ直ぐに背から流れ落ちて布団の上にたまり、まるで滝の流れのようだった。着ているものは旅館の用意した質素な浴衣だったが、大柄な体躯と端正な容貌がカノンにも自然に威厳を与えて威圧する。一瞬、その雰囲気にひるんだカノンだったが、ここに来た目的を思い出して、初志を貫徹することにした。
「王様!今晩、おれと〜…」
 カノンがしなを作ってオケアノス神に迫る。だがその時、彼はオケアノス神の隣に小柄な女性が座っていることに気付いた。
 その女性の面差しは、アケローオス河神やエウリュノメ女神によく似ていた。紺青色の長い巻き毛に、大きくて丸い青緑色の瞳が愛らしい。彫りが深くて朗らかな雰囲気を持つ、南欧風の明るい顔立ちだ。見た目の年齢はとても若く、まだ十代の中ごろに見えた。着ているものはオケアノス神と同様、旅館が用意した浴衣だった。
「…だれ?」
 カノンが見覚えのない女性の姿に首をひねる。
「妻だ」
 真面目な顔でオケアノス神がカノンに答えた。
「つ…!」
 その返事にカノンの背筋が伸びた。
「あー…、そういや、そうか…」
 一瞬だけ驚いて、カノンがすぐに納得した。
 そもそも旅行の目的が「オケアノス神とテーテュス女神に夫婦二人でゆっくりしてもらう」ことなのだし、寝室に夫婦で泊っているのは、当たり前といえば当たり前だった。ちなみにカノンがテーテュス女神と会うのはこれが初めてである。初対面の場面としては、少々難ありであったが。
 カノンと目の合ったテーテュス女神が、にこりと彼に微笑んだ。
「あ、ども…」
 思わずカノンは頭を下げた。それから彼はテーテュス女神の顔をじーっと見た。
「どうした、カノン?」
「………」
 カノンは礼儀も忘れて、テーテュス女神の顔をガン見した。「妹たちよりお袋の方が若く見える」とアケローオス河神が常々言っていたのは知っているし、「ティターン神族の末妹」という立場をその若々しい容貌に残しているのだとも聞いているけど、しかしこれは…。
「王様…。あんたって、やっぱりロリ…」
 失礼な突っ込みを入れかけたところで、カノンはぶるぶると首を振った。ここに来た当初の目的を思い出したのだ。妻の容姿にオケアノス神の性癖を深読みしている場合ではない。
「で、何の用だ、カノン?」
「そうだ、王様!今晩おれと…」
 この際、妻が隣にいようが構うものかと、カノンが再びオケアノス神に迫ろうとした時、テーテュス女神が手をぱんと軽く叩いた。
「きっと、一人で寝るのが寂しかったのよ。だって、まだ子供ですもの」
「…え?」
 にこにこと明るく無邪気に笑っているテーテュス女神に、カノンの毒気は完全に抜かれた。
「そうなのか、カノン?」
 オケアノス神が隣に座る妻からカノンに目を向ける。灰色の瞳には明らかな不信の光が浮かんでいた。
「え、いや、その…」
「押し入れにお布団がまだあったわよね。もう一つ、敷いてあげる。今夜は私たちと一緒に寝ましょうね、カノン」
 これまたにこにこと楽しそうにテーテュス女神は立ち上がった。彼女は押し入れから布団を一組取り出して、自分たちの布団に並べてもう一つ、敷き始めた。
「はい、真ん中があなたの分ね。じゃあ、良い子で寝ましょうね」
「………」
 当初の勢いを失ってやる気がそがれたカノンが、勧められるままに素直に横になる。テーテュス女神は、カノンの頭をぽんぽんと軽く撫でた。完全に子供を寝かしつける体勢である。
 カノンが布団に入って大人しく横になっていると、やがてテーテュス女神も常夜灯だけつけて布団に入って寝始めた。オケアノス神も妻に続いて布団に入る。
「…ナニコレ?」
 仰向けになったまま、布団の中で木張りの天井を見つめる羽目になったカノンが呟く。
「こちらが聞きたい」
 ため息交じりに、オケアノス神が答えた。
 こうしてその夜、カノンはオケアノス神とテーテュス女神と一緒に、いびつな「川」の字を書いて寝たのだった。

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