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2020年11月17日05:54

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はるか信州より  奥さんの理解する僕

 奥さんが洗いものをする横で、僕が珈琲豆を挽いていた時のことである。不意に奥さんが、「諸星大二郎先生が、うちの父親に似ているって気が付いたのよ」と言い出した。

 NHKでやってる『漫勉NEO』という番組があって、これは浦沢直樹(『20世紀少年』とかの)が、他の漫画家の仕事ぶりを観察し、対談するという番組である。相手の漫画家は仕事場に定点カメラを据えて、その執筆模様が明らかにされる。とても面白い番組である。

 で、その番組で、この前相手が諸星大二郎だったわけだ。風貌的には冴えない感じの老人で、とにかく浦沢直樹が「これは〜ですよね?」とか訊いても、「え、いや、はあ……」とか言って、照れ笑いみたいのを浮かべるばかりで、あまり喋らない。話し下手で、人見知りなんだろうな、と思った。

 その諸星大二郎に、父親が似てるという。「どんなとこが?」と聞くと、「およそ現実でうまくやる感じがなく、異界に惹かれてる感じとか」と答える奥さん。ちなみにだが、奥さんの父親は僕らが大学四年の時に亡くなっており、僕は生前、彼女のお父さんには会えずじまいだった。

 その義父さんだが、例えばテレビのドキュメンタリー番組が好きで、未開地の現地人が蟻を食べるのを見ると、「あれはな、甘くて美味しいんだ」と嬉しそうに話したり、芋虫を焼いて食べたりしてると、「あれは、トローっとして美味いんだ」と話したりしてたという。

「けどね、絶対、本人食べたことないんだって! あれはそういう『異世界』が好きだったのよ」と奥さんは言う。まあ、他にも色々話を聞いていて、どこかふんわりとした浮世離れした感じがあるので、そうなのだろう。
 
 そこで、ふと僕は思ったのだ。そういう父親のイメージは、奥さんの好みに投影されていてもいいはずである。ちょっと考えてみて、僕と似てるところあるか? と思ったが、なさそうなので言ってみた。

「全然、僕と似てないね」と言うと、奥さんはちょっと考えて、「いや、そんな事ないよ。ちょっと似てる」
「どこが?」
「う…んとね、根っこが朴訥な善人で、現実に不適応なとこ」
「えーっ!」

 僕は驚いたので、言ってみた。
「いや、僕といえばイケメンで知的能力高くて、作業早くて、どういう場所でも適応力高い人でしょ」(我ながら、よく言う)
「それは見せかけでしょ。本当は、そんなに現実に関心がないの」

 はっ! とか思う。まったくだ、と。

「能力高くても出世しようとか、稼ごうとか思わないでしょ。しばらくしたら、嫌になるでしょ? 適応できることと、適応しようとすることは別なの」
「………」

 言われてみれば、その通りだと思った。大体、東京で新築の一軒家買ってるのに、わざわざそれを売っ払って、年収落としてまで信州に来てるわけである。それで全然満足だし、よかったとつくづく思ってる。

 営業職やってた頃もあるが、成績は良かったけど営業はすっかり嫌になった。もうやりたくない。大体、一生懸命働いて、そんなに金稼いでどうすんの? みたいな気持ちがある。それより、のんびり生活したい。

 そうか。僕は不適応な人だったのか。知らなかった。けど、奥さんは知ってたのか、驚きだ。

「それで、よかったわけ?」
「いいわけよ」
「そう」

 そんな事で、僕は珈琲豆を挽いて、珈琲を淹れた。洗いものを終えた奥さんと、二人で飲んだ。いつもの食後のひと時である。

 

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