大ユピタルの映像機器は未だにブラウン管が主流だ。製造レベルとコストがこの世界ではそれが限界なのだ。
しかもやや粗製乱造品なのか、走査線が時々ブツ切れする。若しくは電力供給が不安定なのかもしれない…テレビの有る兵舎の食堂を見渡して、ぼんやりとノラは思った。
画面には総司令部（G.H.Q）のパレスに立った純白のドレスのライラ王女と、それを歓声で迎える多くの民衆が映っていた。
「なるほど、凱旋パレードならぬ、凱旋演説って訳ですか」と、遅れて来たメメット中尉がウムウムと一人合点でしている。
「とにかく、内容をよっく聴いて下せえ！」
そこじゃないとばかりに、デカが口を挟んだ。
＜〜先ほども言ったが、もう一度繰り返す。わらわはヴ帝国で父祖・ザヒール・シャー２世国王に謁見叶った。王は健在じゃ。そして我々、パンジール・ウルケーこそは誰よりもシャー王朝に忠実たる守護者であったのは歴史的な事実じゃ！＞
オオオ！ と、轟にも似た歓声が上がる。
＜諸君らに問う。我々はなんのために戦っているのか？ アトゥンの火への憎しみの為か？ ではその目的が果たされた時、またかつての様に群雄割拠して争いを繰り返すのか？＞
民衆の反応を見るため、敢えて言葉を切る王女。８歳にしてなんていう胆力だ。
＜そうではない。我々はシャー王朝を推戴するため、『北部同盟』を結成した…今一度、シャー王朝の復活。ひいては大ユピタルヌスの復活！ そのために辛苦を舐め、骨身を削ってきた…そうであろう？＞
ワアアア！ と、大観衆が湧く。
…え、あのボケたミイラみたいなのをもう一度王家に据えるの？
実際にシャー２世を見たノラは愕然とした。そんな事をしたら寧ろ国が乱れるんじゃ？
そしてやっと、デカが駆け付けた理由を思い知った。
＜だが、『北部同盟』も一枚岩ではない。シャー王朝の復活では無く、野心を燃やす輩が存在する。我々、忠実なる王権の守護者であるパンジール・ウルケーはシャー王朝のため、全てを平らかにする労苦を惜しまぬ！ コレは所謂…『親喰い外交』である！＞
うおおおお！ 大衆が怒りに燃えて怒号が飛び散る。なんていうアジテーターだ。
＜これまでは幼少の為、わらわ自身の近衛隊はもっておらなんだ。だが、父・マスーラ司令官より正式に発足の承認が得られた。そこで、わらわは……＞
勿体ぶって、また一区切り入れるライラ王女。う…嫌な予感がする。
＜救国の英雄、『カーラマン』ノラ・シアンを隊長とする独立近衛師団を立ち上げ、『北部同盟』で志を同じくせん不届きな輩を平らげる事業を行う。近衛隊長権限を持っていないノラの為、特別に昇格を許し、少佐とする！＞
そしてノラが見ているのを知っているかのように、王女がカメラに向かってウィンクした。それを見たノラの背中からサーッと血の気が引いた。
冗談じゃない…内部粛清の先兵になれって事か。いや…もうこういう言い方をされたら、だいたいの同盟諸国はパンジール・ウルケーの言いなりになるしかないではないか。大義名分はパンジールにある。これでは北部同盟に逆らうのはバカで、人でなしだと言われるのに等しい。しかも、ライラ王女はシャー王のボケ老人ぷりを知っている。
…つまり『親喰い外交』と称して、パンジール・ウルケーの元、中央に集権国家を築き、アトゥンの火を殲滅させる。その上、シャー王を呼び寄せて観衆の元でその無能ぷりを曝（さら）す。これでは政務が出来ないとかなんとかという理由で結局はパンジール・ウルケーが実権を握る…これこそが『親喰い外交』の全容だろう。
―そして多くの秘密を知ってしまった我等イズミル隊は、手元に飼って置いて、一蓮托生という訳か。
「チキショーメ、…コイツぁ一大事ですわ」
意図を汲み取ったのか、デカがツァッと舌打ちした。
「生きてると、“不実”ばっかり見る羽目になるな…デカ」
「ビルだってこんな羽目になるとは、思いもしなかったでしょうぜ？」
事の重大さを理解してないオンが呑気にやって来て、デカとノラの背中をバシバシ叩いた。
「ノラ隊長、昇進おめでとッス〜！ 今夜もパーリィっすね〜！」
「いや…そうじゃねえだろ、オン。これからはなぁ……」
説明しようとするデカを引き寄せるノラ。
「最初から全部知っているのは、オレとお前とドブロクだけだ。ヘンに教えて疑心暗鬼にさせても仕方ない。この事は胸に仕舞って置け」
…そう、毒を食らわば皿まで。どころか、全部飲み切ってやる。そして血反吐吐いてでも絶対に生き残ってやるんだ。
「諸君、観ての通りだ。我々イズミル隊は本日より独立近衛師団として、王女の剣となり、盾となる。一層の鍛錬を怠るな！」
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