「お初にお目にかかります、開発部のギリム・スダック少尉です」
「スィベル・ジャン少尉だ。査察部である、これからは勝手気ままが通ると思うな」
執務室に入って来た二人を見て、ノラは驚く。２人ともノラよりやや年上の２０歳前後の女性だったからだ。
個人的にマッドサイエンティストの爺さんみたいなのを思い浮かべていたノラは、やや面食らう。
ギリム・スダックは小柄で細身。ショートボブの赤身がかった髪で、瞳は挙動不審だ。軍帽には開発部を意味するフラスコの象徴が施された刺繍が施されている。
スィベル・ジャンの方も小柄だが、引き締まった筋肉を思わせる精悍な顔つきで、珍しく白い髪はおかっぱを左に流したような変な髪型だ。そして査察の象徴であろうか、全身黒尽くめで、軍帽にはドクロが刺繍されている。
「…や、やあ。歓迎するよ。ウチは型破りで自由な気風が信条だ、好きにやってくれたまえ」
ぎこちないノラの挨拶に、さっそくスィベルが噛みついた。
「隊長、“型破り”なんていうのはワンマンが過ぎます。過去の行動を見ても看過出来ない点が多々ありますので、これからは決済の前に我が『ドンドルマ団』の承認を取ってください」
「『ドンドルマ団』？」
「…査察部が強化された思想憲兵団です。お気を付けください……」
キョトンとするノラの背後で、メメットがそっと呟く。
「…わ、分かった。そのようにするよ。それと科学者の……」
「は、はひっ！？」
こちらはこっちでなかなかにディスコミュニケーションな感じだ。その時、すっとスィベルがギリムを庇う動作を見せたのをノラは発見した。
「あの〜、“ナザーウ・ボンジュー”の機関についてだけど……」
途端に目の色が変わって、自信と虚栄に満ちた笑みを浮かべるギリム技師。
「ああ、あのクラッチシフトの絶妙と来たら最高でしょう？ オタクの機関長の泣きっ面が目に浮かびますよ、へヒヒ」
「いや、あの…もっと単純なシステムに出来なかった……」
ノラの声は怒号でかき消された。
「何言ってるんですか、隊長！ ポルシェ博士の夢、今一たびですよ！」
そこからポルシェティーガーがどうたらとか、ハイブリッド機関がどうとか、滔々と熱弁を始めたので聞き流す。
内燃機関の欠点や核燃料機関のメンテの煩雑さ、それに比べてガスタービン機関の素晴らしさから反重力物質である「飛行石」の機関の可能性について話が及んだ時、徐（おもむろ）にメメット中尉が口を開いた。
「あ〜、時に。ギリム技官は『飛行石』について最新の研究結果をお持ちだとか？」
「そうです、よくぞ聞いてくれました！」
―なるほどね、ギリムへの御し方はこういう感じなのか…とメメットに小さくウィンクをする。メメットもシレッと明後日の方を向きながら軽く頷いた。
「そうなんですよ！ 元素数で言えばかなり高いこの物質、かつては自然界にあり得ないと言われてましたが、こうして現にある！ という事は質量が高いんですよ」
ウンウン、と頷いて促す。
「未だにすべてが解明された訳ではないですが、天然磁石の磁力が弱まる様に、『飛行石』も段々反重力が薄まります。で、今まではこれらは廃棄されてました」
「廃棄『飛行石』問題はユピタル全体の問題でもあるからな」
深刻そうにスィベルが眉を顰める。
「加工するには余りに堅く、これまではネコも跨いで通るような代物だったのですが…特殊な加工技術を以てすれば、世界一堅くて貫通力の高い弾頭に成り得るのです！」
おおお…と、自然に拍手が湧いた。かつて『テラ』にあった強国が“劣化ウラン”を弾頭にした例を聞いた事がある。これもその応用なのだろう。
「ただし、今は加工技術が脆弱なため、スナイパーライフルの弾頭のみの支給が可能となっております。ですが資金さえ供給出来るのならば、いつかは戦車砲の１４０ｍｍ弾頭すら！」
―そう、兵器に関しては『テラ』からの試供品で成り立っているので、ミリメートル法が批准されている。
「…或いはタングステン鋼等よりもよっぽどの高展性物質として装甲に欠かせないものになるは必定！」
目の色が大分怪しくなってきたので、取り敢えず牽制する。
「あー…ギリム技官の研究成果には目を見張るものがある。今以上の貫通能力があれば、スナイパー小隊でプラトゥーン（機械化師団）を相手する事も可能になるだろう。期待している」
「はいッ、必ず期待に添えるよう鋭意努力しますッ！」
大袈裟な敬礼をして、スィベルを引き吊りながらギリム技官は退出した。
やれやれ…マッドサイエンティストと言うのはああいう感じなのか……
ソファに深く座り直したノラの一瞬の静寂を、ノックもせずにデカが物理的に打ち破った。
「ちきちょーめ、大変でさあ！ テレビを見て下せえ！！」
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