演出 ディートリッヒ・W・ヒルスドルフ、共同演出者 ドーリアン・ドレーアー、舞台美術 ディーター・リヒター、衣装 レナーテ・シュミッツァー、照明 フォルカー・ヴァインハルト、ドラマトゥルギー ベルンハルト・F・ローゲス。指揮 アクセル・コーバー。配役 ジークムント ミヒャエル・ヴァイニウス、フンディング サミ・ルッティネンSami Luttinen、ヴォータン ジェームス・ラザフォード、ジークリンデ サラ・フェレーデ、ブリュンヒルデ リンダ・ワトソン、フリッカ Katarzyna Kuncho、ヘルムヴィーゲ アンケ・クラッベ、ゲルヒルデ ジェシカ・スタヴロス、オルトリンデ カーチャ・レヴィン、ヴァルトラウテ ロマーナ・ノアク、ジークルーネ Zuzana Švada、ロスヴァイセ マリア・ヒルメス、グリムゲルデ カタリーナ・フォン・ビュロー、シュヴェルトライテ ウタ・クリスティナ・ゲオルク。デュイスブルガー・フィルハーモニカー。
6時開演。席はパルケット右3列目60番。€66.00。昨日より一つ右側。このプロダクションは昨年の3月25日にデュッセルドルフですでに観ている。
第1幕。フンディングの館。舞台右手にはキッチン。ジークリンデが火をつけると炎がゆらゆらと燃える。そのすぐ後ろに突き出したような寝室への入り口。後ろの壁にはガラス窓が並ぶ。その左には外部へ通ずるドア。左手前にはちょっと大きなテーブル。その手前に2脚の椅子。後ろには赤い2人掛けのソファーと椅子1脚。その後ろには四角で彫刻の施してあるトネリコの木。その右上方にはノートゥングが下から上に突き刺してある。舞台正面手前には2つの木箱。
幕が開くと左手にフンディングとジークリンデ。フンディングが彼女にキスをしようとすると彼女は嫌がり、右のドアから立ち去る。2人の関係を象徴している情景だ。昨年はこのシーンが無かったようだ。やがてフンディングも消えると素手のジークムントが駆けこんできて右側に倒れる。そこにやってきたジークリンデが多少こわごわ水を飲ませると、二人は急速に接近する。そこに銃を手にしたフンディングが戻ってきて、外套をノートゥングに掛け、2人を胡散臭そうに見る。このフィンディングを演じるフィンランド人のサミ・ルッティネンが強烈だ。フィンディングが怒るのも当然で、ジークリンデとジークムントはすぐに引っ付き、2人掛けのソファーでいちゃついたりする。彼女はフンディングに寝室に行っていろと言われ、彼に眠り薬の入った酒を飲ませる。
第3場。ジークフリートは何も武器を持っておらず、明朝にはフンディングと戦わねばならない。武器はないか、逃げられないかとうろうろした挙句「Wälse! Wälse! Wo ist dein Schwert?」と叫ぶ。ヴァイニウスのこの場面は素晴らしい。やがてジークリンデが寝室から出てきて「Schläfst du, Gast?」と尋ねる。そして武器のありかを教えますと言って、フンディングの婚礼を祝う宴席に白髪の老人がやってきてトネリコの木に一振りの剣を柄まで突き刺した話をする。二人が抱き合うと後方の扉がバタッと開く。ジークリンデが彼をジークムントと名付けると、彼は「ノートゥング」と剣に呼びかけ、柄を引くとノートゥングはトネリコの木からするりと抜ける。そして二人は倒れこむ。(幕)この幕は圧倒的だった。特にフンディングとジークムントが全力投球で実に素晴らしかった。
第2幕。「6か月後」と字幕に表示されている。前回はこの表示はなかったと思う。この表示は実に重要。なおこのリングの字幕はドイツ語のみ。
第1場。第1幕と同じ舞台。ただし天井にヘリコプターのローターがある。ト書きには「荒涼とした岩山」とあるが、舞台左手のテーブルにはワイン・ボトルとグラス。テーブル左側の赤いソファーにお腹の大きいジークリンデとジークムント、右側手前に軍服姿のヴォータンとその向こうにフンディング。ブリュンヒルデと赤いドレスの若い女性2人もいる。ワトソンのブリュンヒルデが一通り気勢を上げるとフンディングが後方ドアから出てゆく。そしてフリッカと一緒に入ってくると彼女のコートを脱がす。彼女はフンディングのかたをもってジークリンデとジークムントの非行をヴォータンに食って掛かる。彼は防戦一方だ。そしてヴォータンがフリッカに屈するとジークムントはフリッカに向かってゆくがヴォータンに制止される。ジークリンデは静かにこの場所を立ち去り、次いでジークムントもいなくなる。このようにフンディングがフリッカに泣きついていることを明確に示した演出はこれが初めてではないだろうか。それにヴォータン、ジークムント、ジークリンデそしてブリュンヒルデまでが一堂に会した演出も他に無いのではなかろうか。そして今回のジークリンデの大きなおなか。これは何を意味するのだろう。単純に考えると第3幕(ブリュンヒルデにジークムントとの子供が宿っていると言われ、彼女は生きることにする。)と大きく矛盾する。と言うことはこの演出ではジークリンデはこの時点ではジークムントの子供であるという確信を持てないでいるのではあるまいか。
第2場。第1場と全く同じ。ブリュンヒルデはフリッカに負けて悲しげな表情のヴォータンを慰めると、彼は「わしは誰よりも不幸だ。」と言う。そして誰に語るともなく、自分が今までにやってきたこと、アルベリッヒが再度指輪を手に入れた時に対する危惧を語り、自分は契約によって支配者になったので契約を破れないこと、それゆえジークムントにかける期待(彼に指輪を奪ってほしい)について話す。愛を捨てたアルベリッヒが財力で女の歓心をかい、その女が身ごもったことも話す。ブリュンヒルデの問いに「お前はフンディングのために戦うのだ。」と言うので、彼女は「お父様のために私はヴェルズングのために戦います。」と言う。と、「何だと、生意気な。俺に逆らうのか。」と怒りだし、ジークムントを倒すことを命じて去って行く。
第3場。舞台は前の場と同じ。ジークムントとジークリンデが逃げてくる。休もうと言うジークムントに対し、ジークリンデは「Weiter! Weiter!」と言って、さらに遠くまで逃げようと主張する。しかしそのうちに疲労から彼女は座り込んでしまう。そしてジークムントに「Hinweg! Hinweg! Flieh' die Entweihte!(あっちへ行って、不浄の女から逃げて!)」と言う。ヒルスドルフはこの言葉を強調するため第2幕冒頭を6か月後とし、その時点で誰の子を身ごもったのか判っていないジークリンデを登場させたのではないだろうか。ジークムントが彼女をやさしくなだめていると彼女は眠り込んでしまう。
第4場。そこにブリュンヒルデがやってきて「Siegmund! Sieh auf mich!」と言って自分の方に目を向けさせる。そしてヴァルハラへ連れてゆくことを話す。ジークリンデを連れてゆくことが出来ないと知ったジークムントはヴァルハラへ行くことを拒否するが、ブリュンヒルデは死ねば無理にでも連れ去られること、そしてフンディングに斃されることを告げる。彼は思いあまってジークリンデを刺し殺そうとノートゥングを振り上げる。彼の彼女に対する思いに感じ入ったブリュンヒルデは二人を生かせることに決め、ジークムントを思いとどまらせる。
第5場。フンディングがやって来る。彼は銃口をジークムントに向け、ジークムントはノートゥングを振りかざし二人は接近。ジークムントがノートゥングを振り下ろそうとするその瞬間に槍が天から降ってきてテーブルの上に突き刺さる。その槍にノートゥングは強く打ちつけられてしまったので砕けてしまう。そこにフンディングが発砲するものだからジークムントは撃ち抜かれてしまう。ブリュンヒルデはすばやくノートゥングの破片を拾い、ジークリンデの手を引いて逃げる。フンディングはジークムントのとどめをさし、ふらふらと赤いソファーに倒れこむ。一瞬ジークムントの死に呆然としていたヴォータンはフンディングに向かって大きな声ではないが悲痛な声で「Geh'! - Geh'!」と言うとフンディングも死ぬ。気がつくと天井のプロペラが回っている。ヴォータンはショックから立ち直るとすごい形相で「Doch Brünnhilde! Weh' der Verbrecherin!....」と言ってブリュンヒルデを追いかける。(幕)
第3幕前奏曲と第1場。舞台はほぼ第2幕と同じだが右手に撃墜されたヘリコプター。主ローターは前場と同様上方で回っている。テーブルの上には勇者を悼むためかたくさんのろうそくが灯っている。上半身をはだけズボン吊でズボンを吊っている戦死した勇者たちと胸から斜めに銀色の鎖帷子が見える赤いドレスをまとったワルキューレ達(彼女たちの歌にはもう少し力があると完璧なのだが)。そこにブリュンヒルデがジークリンデを引っ張ってやってきて皆の助けを求める。ところが彼女たちはブリュンヒルデが父(Heervater)から逃げていると聞き、尻込みをする。ブリュンヒルデはこうなった事情を説明するが、6人のワルキューレたちが「お父様の神聖な命令に背いたの?」と責め立て、またヴァルトラウテやオルトリンデがヴォータンの接近を報告。さらにブリュンヒルデが馬を貸してくれと頼んでも皆貸そうとしないものだから、ジークリンデは絶望し「Nicht sehre dich Sorge um mich: einzig taugt mir der Tod!(私の心配をして自分を傷つけないで。私なんか死んだ方が良いのよ)」と彼女もブリュンヒルデに当たり散らす。そこでブリュンヒルデは「Lebe, o Weib, um der Liebe willen! Rette das Pfand, das von ihm du empfingst(生きるのよ、愛の証のために!彼から授かった証を救うのよ)」と言ってジークリンデのおなかにはジークムントとの間にできた子供が宿っていることをほのめかす(ただ「ihm」と言っているのでフンディンクと言うこともあり得るのか?)。すると彼女の態度が激変し、「私を助けて、子供を助けて!」と言い出す。これがワルキューレたちの母性本能をくすぐったのか、彼女たちはジークリンデの逃げてゆくべき方向を教える。そしてブリュンヒルデは彼女に生まれる子には「ジークフリート」と名付けるように言い、ノートゥングの破片を持たせ東の方向に落ち延びさせる。
第2場。ヴォータンがすごい形相でやってきて「Wo ist Brünnhild', wo die Verbrecherin?」と言ってワルキューレたちにブリュンヒルデを出せと迫る。ワルキューレ達も抵抗するが、結果は見えている。ブリュンヒルデはおずおずと「Hier bin ich, Vater: gebiete die Strafe!」と言って出てくる。するとヴォータンは「わしが先に罰するのではない。お前が自分で罰すればいいのだ。」と、ちょっと理解に苦しむことを言う。結局は「わしの前に二度と姿を見せるな。」と言うことだ。ワルキューレたちは「Wehe! Weh'!」と言って抗議するが彼はさらに、「わしはおまえを無防備に眠らせてここに置き去りにする。そしてお前を見つけた男の餌食となるのだ。」と彼の与える罰はエスカレートする。さらに抗議するワルキューレたちはヴォータンに脅され散り散りに逃げ去る。
第3場。二人だけになるとヴォータンは次第に落ち着きを取り戻し、ブリュンヒルデの言葉に耳を傾けるようになる。彼女はヴォータンがヴェルズングのジークムントをこよなく愛していることを知っていたから、命令に逆らったのだと言う。そして自分が学んだことは愛であると言い、私を辱めないでください、私を手に入れる男が無価値な男でないようにしてくださいと懇願する。それに対しヴォータンはおまえと縁を切るのだから、わしには選ぶことが出来ないと言う。ブリュンヒルデはジークリンデが産む子供を通してヴェルズングの血脈は続くことを話し、何か恐ろしいもので眠っている私を守ってくださいと頼む。一度は「望みが高すぎるぞ。」とヴォータンは一蹴するが、ブリュンヒルデがこの岩山の周りに炎を燃え上がらせてほしい、そうすれば弱い男は近づいて来ないわと追い打ちをかける。次第に愛情深い声になってゆくヴォータンはブリュンヒルデを左手の椅子に座らせる。そして彼女が眠り始めると彼女を取り囲むように岩山に恐ろしい炎を燃え立たせるようローゲに命ずる。(幕)
第1幕の3人がいずれも素晴らしく、非常に緊張感のある幕であったが、第3幕後半のラザフォードも怒りに燃える声から慈しみの声に変わってゆくところなど素晴らしく感動的だった。この「ワルキューレ」もまれにみる好演であった。
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