題名:空気の読み方、教えてください カナダ人落語家修業記
著者:桂 三輝(Katsura Sunshine)
出版:小学館よしもと新書
価格:780円+税(2017年10月 初版第1刷発行)
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新聞の書評で紹介されていた、外国人落語家の修業記です。
表紙裏の惹句を引用します。
“歌舞伎や能の勉強のために来日したカナダ人劇作家が、初めて聴いた落語に魅了され、落語家になることを決意。
生涯の師と決めた桂文枝に土下座で弟子入りを志願する。
しかし、待っていたのは「食事は師匠の3分前に終える」「弟子は目立たず気配を消せ」など、欧米の常識とは違う落語修業の厳しい教えだった。
上方で最初の外国人落語家として活躍する著者が初めて明かす、笑いと涙の異文化修業記”
全部で5章の構成です。目次を紹介します。
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はじめに
第1章 カナダの劇作家、日本に恋をする
第2章 落語との運命的な出会い
第3章 弟子入り
第4章 落語家修業
第5章 英語で落語を演じること
おわりに
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日本という異文化を学ぶ過程のエピソードを3つ紹介します。
1.
【第1章 カナダの劇作家、日本に恋をする】から、英語には無い「渋い」という言葉について。
“難波(最初の下宿で知り合った日本人の友人)は私に日本の文化を理解させようと、一生懸命、いろいろな日本語を教えてくれました。
たとえば「渋い」という言葉もそうです。(略)
「渋い」をひとことで表す言葉は英語にはありません。「austere」(飾り気のない)という単語がちょっと近いけれど、これはどちらかというとマイナスの意味。「渋い」のような褒め言葉ではありません。
「austere」と「elegant」(優雅な)、ふたつの形容詞を重ねて、ようやく「渋い」のイメージに近づいてくるのです”(38p)
2.
【第4章 落語家修業】の《常に全体のことを考える》から、「空気を読む」意味について。
“落語家が「空気を読む」ことを大切にするのは、それが落語の上演システムにも深く関わっているからです。
寄席では、お客さんは最後に出演する「大トリ」の落語を聴きに来ます。大トリ以外の出演者は、後の大トリがやりやすいように、配慮しなければなりません。
もしも前座が自分の演目のころだけを考え、時間をたっぷり使って派手な一席を演じたら、お客さんは途中で疲れてしまう”(120p)
3.
【第5章 英語で落語を演じること】の《日本にはお礼の言葉が四十七ある?》から、最上級のお礼の言葉について。
“私の敬語のひどさを見かねた師匠は「これで勉強しなさい」と一冊の本をプレゼントしてくれました。それが『敬語マニュアル』(浅田秀子著、南雲堂)です。
この本には、丁寧な言い方からぞんざいな言い方まで、日本語のさまざまな例文がリストアップされています。(略)
この『敬語マニュアル』には、日本語のお礼の言葉が非常にたくさん載っていました。「とても」「まことに」などの修飾語の使い分けも含めると、実に四十七通りの言い回しがありました。(略)
その本によると、日本語で最も丁寧なお礼の言葉は「なんとお礼を申し上げてよいやら、言葉もございません」だそうです。
私は拍子抜けしてしまいました。いや、どれだけ素敵な言い方をするのかと思ったら、言葉がないんかい(笑)”(154p)
日本人の私が知らなかった知識もいくつか披露されていますが、そのうちの一つを引用します。
【第3章 弟子入り】の《上方落語の不思議な魅力》から。
“江戸落語と上方落語の違いはチラシのつくりにも見て取れます。
伝統的に、江戸落語ではその日の演目をチラシに載せません。それはなぜか。もともと江戸落語には、当時の支配者である武士を皮肉る演目がたくさんありました。
もしお客さんの中にお侍さんがいたら、大変なことになります。そこで、江戸の落語家はまくらを喋りながら、さりげなく客席を見回し、侍がいるかどうかで、その日の演目を変えたそうです。
未だに演目をチラシに載せないのには、そういった背景があるからだと言われています”(67p)
異文化の中で修業する大変さと、それを成し遂げた著者の落語愛が伝わってくる好著でした。
それにしても、(本書の内容とは関係ないのですが)吉本興業って、小学館が「よしもと」の名が付く新書を発刊するほどの大きな存在だったんですね(笑)。
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桂 三輝(Katsura Sunshine)
本名グレッグ・ロービック。
1970年、カナダ・トロントでスロベニア系移民の二世として生まれる。
トロント大学で古典ギリシャ喜劇を専攻。1999年来日。日本で初めて聴いた落語に強く惹かれ、落語家を志す。
2008年、桂三枝(現・六代桂文枝)に弟子入り。戦後日本で初めての外国人落語家となる。
2013年以降は、カナダやアメリカ、イギリスなど世界各国で英語やフランス語を駆使した落語講演を行い、日本文化を発信している。
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