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2019年05月07日21:55

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翻案 結婚申込の害について 2/

ナターリヤ 牛ヶ原はうちのものよ、ゆずるもんですか、ゆずるもんですか、ゆずるもんですか!
アンドレイ いまにわかるさ! あそこがうちのものだってことを、裁判にかけて目にもの見せてやる。
ステパン 裁判だって? どうぞ、訴えるがいいさ、とかなんとかね! やってもらおうじゃないか! お見とおしなんだからな、あんたはただ、いやまったく、裁判沙汰にするチャンスをねらってただけなんだってことで…。訴訟気違いなんだよ! 一族そろって裁判気違いさ! そろいもそろって!
アンドレイ わたしの一族にけちをつけるのはよしてもらいたい! ブローゾロフ家の者は残らず正直者で、あなたのおじいさんみたいに、公金を使いこんで裁判にかけられたりしたものなんぞ、ひとりとしていませんよだ!
ステパン ブローゾロフ一族はみんな、そろいもそろって気違いさ!
ナターリヤ みんな、みんな、みんなだわ!
ステパン あんたのじいさんは飲んだくれだったし、下のおばさんの、ほらあの、ナスターシャ・ミハイロヴナだって、建築技師なんぞと駆けおちしたってとこで…。
アンドレイ あんたのおっかさんはできそこないだった。(心臓を押さえる)おなかがさしこむ…。頭ががんがんする…。助けてくれ! 水を!
ステパン あんたの親父は博奕打ちで大飯食らいだったしさ。
ナターリヤ おばさんは金棒引き、めったにないほどのね!
アンドレイ 左の足が吊った…。あんたは寝わざ師で…。ああ、心臓が!…。だれひとり知らぬものはない、あんたが選挙のまえに…。眼がちかちかする…。帽子はどこなんだ。
ナターリヤ いやらしいわ! ずるいわ! けがらわしいわ!
ステパン あんた自身は、いやまったく、悪がしこい、裏おもてのある、食えない男さ! そうだとも!
アンドレイ あったぞ、帽子が…。心臓が…。出口はどっちだ。戸口は? ああ!…。死にそうだ…。足が動かんぞ…。(戸口のほうへ行く)
ステパン (そのうしろから)二度と敷居をまたがせんぞ!
ナターリヤ 訴えるなら訴えるがいいわ! いまにわかるから!

アンドレイ、よろめきながら去る。

ステパン ちくしょうめ!(興奮して歩きまわる)
ナターリヤ なんてろくでなしなんだろう! こんなことがあったからには、近所の人だからって気が許せないわね!
ステパン ならず者め! 案山子野郎が!
ナターリヤ なんてできそこないなんだろう! ひとの地所を横取りしようとした上に、悪態までつくなんて!
ステパン あんな化けものづらしてさ、あんな、いやまったく、鳥目野郎が、よくもまあ申しこみなんぞできるものだってとこで! え? 申しこみだってよ!
ナターリヤ 申しこみって、なんの。
ステパン きまってるじゃないか! おまえに結婚の申しこみに来やがったのさ。
ナターリヤ 結婚の申しこみ? わたしに? どうしてそれを早く言ってくれなかったの。
ステパン だからこそモーニングなんて着こんでやがったのさ! あのへなちょこめ! ひょろひょろめが!
ナターリヤ わたしに? 結婚の申しこみですって。ああ!(肘掛椅子に倒れて、うめく)あの人をつれもどしてよ! つれもどしてよ! ああ! つれもどしてよ!
ステパン だれをつれもどすんだって?
ナターリヤ 早く、早く! 気分が悪いわ! つれもどしてよ!(ヒステリーを起こす)
ステパン なんだって。どうしたって言うんだ。(頭をかかえる)わしはなんて不幸な人間なんだ! いっそピストルでズドンとやるか! 首をくくるか! みんながわしを苦しめるんだ!
ナターリヤ 死にそうよ! つれもどしてったら!
ステパン ちぇっ! いまつれもどしてくれるわ! 泣きわめくんじゃないってば!(駆けだして行く)
ナターリヤ (ひとりになって、うめいている)なんてことをしでかしたんだろう! つれもどしてよ! つれもどしてったら!
ステパン (駆けこんでくる)すぐ来るってことで、ちくしょうめ! ふう! 自分で話をつけるんだな、わしは、いやまったく、ごめんだぞ…。
ナターリヤ (うめく)つれもどしてよ!
ステパン (どなりつける)来るって言ってるじゃないか。いやはや、なんてつらいんだ、年ごろの娘の父親の役ってのは! こののどをかき切ってやるからな! ほんとだぞ! 人をさんざんののしって、恥をかかせて、追いだしといて。みんなおまえのしわざだぞ…おまえの!
ナターリヤ ちがうわ、パパよ!
ステパン わしのせいだと、いやまったく!(戸口にアンドレイが姿をあらわす)さあ、自分で話をつけるんだな!(去る)
アンドレイ (へとへとになってはいってくる)恐ろしいほどの動悸だ…。足はこちこち…おなかはさしこむ…。
ナターリヤ ごめんなさいね、ついかっとなって、アンドレイ・セルゲーエヴィチ…。わたし今になって思いだしましたわ、牛ヶ原はたしかにおたくのものでしたわ。
アンドレイ ひどい動悸だ…。牛ヶ原はうちのですよ…。両のまぶたがぴくぴくする…。
ナターリヤ おたくのですよ、おたくのですよ、牛ヶ原は…。お掛けになって…。(ふたり腰をおろす)わたしたちがまちがってましたわ。
アンドレイ わたしは主義として申したまでで…。わたしにはあんな土地はなんてこともありませんが、主義が大事ですからね…。
ナターリヤ そうですとも、主義がね…。さあ、なにか別の話をしましょうよ。
アンドレイ ましてやわたしのほうには、れっきとした証拠があるんですからね。わたしのおばのおばあさんが、あなたのおとうさまのおじいさんの百姓たちに貸して…。
ナターリヤ もうたくさん、その話ならたくさんだわ…。(傍白)どう切りだしたらいいか、わかりゃしない…。(彼に)近いうちに猟にいらっしゃいます?
アンドレイ えぞやまどりのね、ナターリヤ・ステパーノヴナ、刈りいれがすんだらね。ああ、そうそう。とんだことになりましてね。あなたもご存じのウガダーイがね、びっこになっちまったんですよ。
ナターリヤ まあ、かわいそうに! どうしたんですの。
アンドレイ さあね…。脱臼したのか、それともよその犬に咬まれたんでしょう…。(ため息をつく)あんないい犬はいませんからね、値段のことはさておきね! あの犬のために百二十五ルーブルもミローソフに払ったんですからね。
ナターリヤ 吹っかけられたんですよ、アンドレイ・セルゲーエヴィチ!
アンドレイ いいえ、わたしに言わせりゃ、それでもえらく安いくらいですよ。すばらしい犬ですからね。
ナターリヤ パパはあのオトカターイを手に入れるのに八十五ルーブルしか払いませんでしたけど、オトカターイのほうがおたくのウガダーイよりもはるかにいい犬ですわ!
アンドレイ オトカターイのほうが、ウガダーイよりもいい犬ですって? なにをまた!(笑う)オトカターイがウガダーイよりいいんですって!
ナターリヤ もちろん、いいにきまってますよ! そりゃ、オトカターイは、若くて、まだ一人まえじゃありませんが、体つきや身軽な点では、ヴォルチャネーツキーさんのところにだって、あれよりいいのはいませんよ。
アンドレイ 失礼ですが、ナターリヤ・ステパーノヴナ、あの犬の下顎が上顎より短いのを忘れてらっしゃりはしませんか、下顎の短い犬は獲物をとらえるのは下手ときまってるんですよ!
ナターリヤ 下顎が短いですって? 初耳だわ!
アンドレイ まちがいありません、下顎が上顎より短いんですよ。
ナターリヤ あなた、測ったんですか。
アンドレイ 測りましたとも。獲物を追いかけるのには差しつかえありませんが、口でとらえるのには、ちょっとね…。
ナターリヤ だいいち、うちのオトカターイは血統書つきのボルゾイ犬で、ザブリャガーイとスタメースカの子どもなんですよ。ところがおたくのぶち犬なんぞはどこの馬の骨だかわかったもんじゃない…。おまけによぼよぼで、片輪で、まるで駄馬だわ…。
アンドレイ 年はとってますがね、おたくのオトカターイ五頭とだって取りかえっこはしませんよ…。そんなことができるもんですか。ウガダーイが犬だとしたら、オトカターイなんぞ…とやかく言うのさえ滑稽なくらいですよ…。おたくのオトカターイ程度の犬なら、どんな猟師のところにだって、ざらにいますよ。まあ、二十五ルーブルってとこですね。
ナターリヤ あなたは、アンドレイ・セルゲーエヴィチ、きょうは妙にあまのじゃくなのね。牛ヶ原がおたくのものだと言ったり、ウガダーイがオトカターイよりいいと言ったり。心にもないことを言う人は大っきらい。だって、オトカターイがおたくの…あの馬鹿犬のウガダーイより百倍もいいってことは、ようくご存じなんですからね。どうして心にもないことをおっしゃるの。
アンドレイ あなたは、ナターリヤ・ステパーノヴナ、わたしが目が見えないか、阿呆くらいに思ってらっしゃるんですね。でもいいですか、おたくのオトカターイはたしかに下顎が短いんですよ!
ナターリヤ うそですよ。
アンドレイ 短いんです!
ナターリヤ (叫ぶ)うそです!
アンドレイ どうしてどなるんです、お嬢さん。
ナターリヤ じゃ、なんだってそんなでたらめをおっしゃるの。あんまりひどいんじゃありませんか! おたくのウガダーイなんか、射ちころしてもいい時分なのに、それをオトカターイとくらべるなんて!
アンドレイ すみませんがね、こんな議論はつづけるわけにはいきませんよ。動悸がして。
ナターリヤ わかりましたわ、議論好きな猟師ほど、ろくに物も知らないってことが。
アンドレイ お嬢さん、もう黙ってください…心臓が破裂しそうですから…(どなる)黙ってください!
ナターリヤ 黙るもんですか、オトカターイのほうがおたくのウガダーイより百倍もいいってことを認めるまでは!
アンドレイ 百倍も劣ってますよ! オトカターイなんて、くたばりゃいいんだ! ああ、こめかみが…眼が.…肩が…。
ナターリヤ おたくのウガダーイなんて馬鹿犬は、くたばることもいらないんだわ、どうせくたばりぞこないなんだから!
アンドレイ (泣く)黙ってください! 心臓が破裂する!!
ナターリヤ 黙るもんですか!
ステパン (はいってくる)なんだね、また。
ナターリヤ パパ、正直にほんとのことを言ってちょうだい、どっちの犬がいいか、うちのオトカターイと、この人のウガダーイと。
アンドレイ ステパン・ステパーヌイチ、お願いです、ひと言だけおっしゃってください、おたくのオトカターイは、下顎が上顎より短いでしょう? そうでしょう?
ステパン そうだとしたって、かまわないじゃないかね。たいしたことじゃないさ! そのかわり、郡内ひろしといえども、あれほどの犬はいないってことで。
アンドレイ でも、うちのウガダーイのほうがいいでしょう? 正直なところ!
ステパン そう興奮なさらんで、あなた…。失礼ながら…。おたくのウガダーイは、いやまったく、いろいろいい点を持っている…。純血種だし、足はしっかりしてるし、腰だってがっしりしてるとかなんとかね。だがね、あの犬には、なんなら申しますがね、あなた、致命的な点が二つある。年を取っていることと、鼻づらの短いことだ。
アンドレイ 失礼…動悸がして…。事実をあげましょう…。おぼえてらっしゃるでしょう、マルーシキンの原で、うちのウガダーイは伯爵家のラズマハーイにひけをとらなかったのに、おたくのオトカターイはたっぷり一キロも遅れちまって。
ステパン 遅れたさ、伯爵家の猟犬係があれを鞭でなぐったからね。
アンドレイ 当然ですよ。どの犬も狐を追っかけてるってのに、オトカターイは羊をいじめようとしてたんですからね。
ステパン うそですよ!…。あなた、わしゃ癇癪持ちだからね、いやまったく、お願いだから、こんな話はもうよそう。なぐったのはだね、よその犬を見るとねたましくなるものだからさ…。そうだとも! 憎悪のかたまりだからな、みんな! あなただって、やっぱりね! おたくの、いやまったく、ウガダーイよりもいい犬が目につくと、すぐになんだかんだとね…その…とかなんとかね…。わしゃなんでもおぼえてるんだから!
アンドレイ わたしだっておぼえてますよ!
ステパン (口まねしてからかう)わたしだっておぼえてますよ…。なにをおぼえてるってんだい。
アンドレイ 動悸が…。足が吊った…。もうだめだ。
ナターリヤ (口まねする)動悸が…。それでも狩猟家なの? あなたなんか台所のペチカの上に寝そべって、ごきぶりでもつぶしてるほうが似合ってるわ、狐なんか追いかけるよりはね! 動悸が…。
ステパン そのとおりだ。それでも狩猟家かね。そう動悸がするんじゃ、いやまったく、家(うち)でじっとしてるほうがましだぜ、鞍で揺られるよりはね。猟に行くならまだしも、けんかをしたり、よその犬をじゃましに行くようなもんだからなってとこで。わしは癇癪持ちだから、こんな話はもうやめだ。あんたは、いやまったく、狩猟家って柄じゃないよ!
アンドレイ じゃ、あなたは狩猟家ってわけですか。あなたはただ伯爵にごまをすって、悪だくみするために出かけるんだ…。心臓が!…。あなたは策士だ!
ステパン なんだと? わしが策士だと?(どなる)黙れ!
アンドレイ 策士だとも!
ステパン 小わっぱめが! 青二才!
アンドレイ 古だぬき! 偽善者!
ステパン 黙れ、でないと錆びた鉄砲で射ち殺すぞ、鷓鴣みたいに! ほらふきめが!
アンドレイ 誰もが知ってるんだ――あ、心臓が!――死んだ奥さんに叩かれどおしだったってことは…。足が…こめかみが…眼がちかちかする…。倒れる、倒れる!…。
ステパン そう言うおまえだって女中の尻に敷かれてるじゃないか!
アンドレイ あ、あ、あ…心臓が破裂した! 肩がもげちまった…。肩はどこへ行ったんだ…。死にそうだ!(肘掛椅子に倒れる)医者を!(気絶する)
ステパン 小わっぱめ! くちばしの黄いろいくせして! ほらふきめが! 気分がわるい!(水を飲む)気分がわるい!
ナターリヤ それでも狩猟家なの? 馬にも乗れないくせに!(父親に)パパ! この人どうしたのかしら。パパ! 見てよ、パパ!(金切り声をあげる)アンドレイ・セルゲーエヴィチ! この人、死んじゃったわ!
ステパン 気分がわるい!…。息がつまりそうだ! 苦しい!
ナターリヤ 死んじゃったわ!(アンドレイの袖を引っぱる)アンドレイ・セルゲーエヴィチ! アンドレイ・セルゲーエヴィチ! なんてことをしてしまったんだろう! この人、死んでしまったわ!(肘掛椅子に倒れる)お医者さんを、お医者さんを!(ヒステリーを起こす)
ステパン ああ…。どうしたんだ。どうしたっていうんだ!
ナターリヤ (うめくように)死んだのよ、この人!…。死んでしまったわ!
ステパン だれが死んだって。(アンドレイを見る)ほんとに死んでる! たいへんだ! 水だ! 医者だ!(アンドレイの口もとへ水を持って行く)飲みたまえ!…。だめだ、飲まんぞ…。してみると、死んじまったんだ、とかなんとかね…。わしはなんて運のわるい人間なんだ! どうしてわしはこの額に弾丸(たま)をぶちこまないんだ。どうして今まで喉をかき切らないんだ。なにをのそのそしてるんだ。ナイフをくれ! ピストルをよこせ!
アンドレイ (身うごきする)
ステパン 生きかえりそうだぞ…。さ、飲みたまえ!…。そうそう…。
アンドレイ 眼がちかちかする…。霞がかって…。おれはどこにいるんだ。
ステパン さっさと結婚して――ふん、どうとでもするがいい! 娘は承知なんだ!(アンドレイに娘の手を握らせる)承知なんだ、とかなんとかね。ふたりを祝福するってとこで。ただね、わしはそっとしといてもらいたい!
アンドレイ え? なんですって。(起きあがりながら)だれをですって。
ステパン 娘は承知なんだ! ええ? 口づけしたまえ、ちくしょうめ!
ナターリヤ (うめく)この人、生きてたのね…。そうよ、そうよ、わたし、承知なんだわ…。
ステパン くちづけしたまえ!
アンドレイ え、だれとです。(ナターリヤ・ステパーノヴナと口づけする)こんな嬉しいことはありません…。だけど、どうしたんです。あ、そうだ、わかった…。心臓が…眼がちかちかして…。わたしは幸せですよ、ナターリヤ・ステパーノヴナ…。(手に口づけする)足が吊った…。
ナターリヤ わたし…わたしだって幸せよ…。
ステパン これでやっと肩の荷がおりたよ…。やれやれ!
ナターリヤ でも…やっぱり、いまだけでも認めてちょうだい、ウガダーイがオトカターイよりもよくないってことを。
アンドレイ ウガダーイの方がいいです!
ナターリヤ よくないわ!
ステパン やあ、もう当てられるってわけか! シャンパンを持ってくるんだ!
アンドレイ いいですってば!
ナターリヤ よくないわ! よくないわ! よくないわ!
ステパン (声をかき消そうとして)シャンパンだ! シャンパンだ!







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