今日は、クルマ購入に必要な書類の準備。
委任状には実印を押し、区役所に行って印鑑証明を貰い、車庫証明の申請の為に不動産屋に書類貰わねばならないのだけど……15日まで夏休みか、残念。これは先送りか。
とりあえず、出来る事はやった後で、午後、ジャック&ベティで映画2本。
1本目は、「2重螺旋の恋人」。
これは、ジョイス・キャロル・オーツの短編小説をフランソワ・オゾン監督が大胆に翻案したサスペンス。
主演は、フランソワ・オゾン監督の「17歳」でも主演を務めたマリーヌ・ヴァクト。
精神分析医ポールと恋に落ち、同居を始めたクロエ。ある日、クロエは街でポールそっくりの男と出会うが、彼はポールと双子で同じ精神分析医だった……
この映画、「強迫症状」、「転移」、「分身」と言った精神分析のモチーフを取り入れて描く、エロティック・サスペンス。
人の「心」に潜む闇を引き出す為に、人の持つ、感情や本性が曝け出されるセックスを描くと言うのも面白い。
勿論、中性的で、時に倒錯的でもあるマリーヌ・ヴァクトの美貌とヌードも見物だ(しかし、「17歳」の時には豊かだったマリーヌ・ヴァクトの胸がぺったんこ……「17歳」の時に盛ってなければ減乳したか?)し、同性愛者のフランソワ・オゾン監督だけに、セックスシーンがエロティックと言うよりも、サスペンスであり、時にバイオレンスであるのも興味深い。
物足りなかったのは最後のオチで、ここは最後まで精神分析的に分類をして欲しかった所。
ドンデン返しをして、後の解釈は観客に委ねるとした終わり方には拍子抜けだった。
(ただ、最後のアレにはドキリとさせられたが)
2本目は「沖縄スパイ戦史」。
これは、第二次大戦末期の沖縄戦で、日本軍の特務機関・陸軍中野学校が関わった“秘密戦”に迫るドキュメンタリー。
監督は「標的の村」の三上智恵と、学生時代から八重山諸島の戦争被害の取材を続けてきた大矢英代。
この映画は大注目らしく、立ち見が出る程の盛況だった。
1945年の沖縄戦では、民間人を含む24万人余りが死亡した。沖縄戦は1945年6月23日に帝国陸軍第32軍の牛島満司令官が自決し、組織的戦闘は終了したが、それ以降も北部ではゲリラ戦やスパイ活動など“裏の戦争”が続いていた。
それは、1944年夏より身分を伏せて沖縄に潜伏していた陸軍中野学校出身者、42名によるものだった。彼らは、10代の少年を「護郷隊」として組織し、情報収集や破壊工作を行っていたのだ……
映画は大きく分けて3つの題材を取り上げている。
ひとつめは、10代の少年たちで編成された「護郷隊」。
少年らの戦力化は「鉄血勤皇隊」や「ひめゆり部隊」が知られているが、本作では沖縄北部の知られざる戦いを取り上げている。
(子供を徴用するのは、人質を取るようなものでもあり、住民を協力させるための方策であったと言うのが……)
ふたつめは、沖縄列島最南端の波照間島のエピソード。
この島は、戦場にはならず米軍による死者は出なかったのだが、中野学校の工作員により、マラリアの有病地である西表島のジャングル地域に「疎開」と称して強制移住させられ、1500名の島民の1/3がマラリアで病死した。
(移住の目的は、住民の家畜である牛馬を徴発し、軍の食料とする為であった)
みっつめは、沖縄戦で作成された「スパイ容疑の住民リスト」と、それにより殺された人々のエピソード。これが明るみに出なかったのは、殺害をしたのが島民である為、名前を出す事が出来なかったのだと言う。
そこから浮かび上がるのは、戦時中の軍にとって、いざ戦場となった地域の住民とは、利用し、監視し、必要に応じて処置すべきものであり、「守るべきもの」ではない、と言うこと。
そして、それは現在でも変わらない、とこの映画は描く。
(実際に自衛隊法に書かれている内容は、帝国陸軍が中野学校で教えていた内容と大差ない)
その意味では、この映画は現在に通じる部分を持っている。
国が、そして軍(現在の日本では自衛隊、だが)が守るもの、それは国であり、そして国体を保持する為政者であって、国民ではない。(この国では国土も違うらしい)
国が、自衛隊が国民を守ってくれる、と言う脳天気に思う人々を殴りつけるようなインパクトがあると共に、太平洋戦争では捨て石とされ、今また南西諸島を国土防衛の為の拠点化にされようとしている、沖縄の怒りの原因を知らしめるものとなっているように思う。
帰宅後、日記を書こうとするも、夏バテのせいか、8時前に寝入ってしまう始末で……やれやれ。
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