mixiユーザー(id:12410478)

2018年05月12日07:59

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難しい問題だが、フリースクールは、最後の手段とするべし。

十年以上前のことですが、大検コースを別の予備校で持ったことがあります。

人間の原型を思い知らされました。
怠惰も自分勝手も、好色も屁理屈も哀しみも、偽らざるむき出しの人間の原型ならば、不正や陳腐な日常への嫌悪や自己犠牲も人間の原型です。

九割にも上る多数は、
イ カバンからテキストを出すのも面倒くさい人。
ロ 「先生、家に下宿してぼくのためだけに教えてください。家賃はタダでいいです。給料は出しませんが、いい条件でしょ。」などというとんでもないことを言う人。
ハ 「ガンつけた」と初日に暴力沙汰を起こして退学した男。
ニ 大金持ちの娘のクセに、SM雑誌を愛読し、趣味で中学生のころから売春していた、妖気が漂うような女性。
ホ 問題が解けないと泣く18歳の男。
ヘ 「漢字憶えるのは、何の意味があるのですか。」などという人。
…
でした。

一割は、キラキラしています。
学校に批判的であり、やってられないと辞めた人も多くいました。
中でも、いい女子高に合格したものの、お母さんが急死し、産まれたばかりの幼い弟を保母さんに任せるのはかわいそうと中退して、弟を育てていた女性のことは、忘れられません。

これはあくまでも、大多数がどうだ…という話です。
大まかにいうと、学校に通った方がいいです。
九割のどうしようもない人は、歯を食いしばっても学校に通うべきです。

同僚に、
「我が子がああなるなら、××商業(当時、どうしようもない高校で有名だった学校)に入れる。」と言ったら、彼も笑いながら同意しました。

学校で孤立するくらいで、命の危険やPTSDになる程度でなければ、そちらの方がいいです。
もっとも、その見極めが、難しいです。
親としたら、「自殺でもされたら、元も子もない。」と考えるのは当然です。
だから、この問題は、非常に難しいです。

では、キラキラしているタイプは、うまく行っているかというと、非常に疑問です。
アメリカンスクール出身者と同様、偉人が出ていません。

よく「代案」と言います。
しかし、その「代案」は、往々にして、やむを得ざる最後の手段だったりします。安易に行くのは絶対に勧められません。

学校の課程はどんな下らないものでも、案外、足枷にはならない。いや課程などによる制約が人間には必要だと思います。
恥かしながら、ぼくは大学一年のころ、ほとんど大学に出てきませんでした。では読書できて自分の向上につながる有意義な時間が過ごせたかというと、そうではありません。
自分の勉強にはならない仕事をこなしている今の方が、成果が上がっています。

一番読書したのは、落ちたらヤバい高校入試のころでした。
(ちなみに、田舎では、大学よりも高校。地元の低い高校から旧帝大に行くより、長岡高校から三流私立大学に行く方が評価されます。)



■「学校に行くのが当たり前」はもはや常識ではない! フリースクールの今
(AERA dot. - 05月11日 11:31)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=5106176
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