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2017年11月27日18:55

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我が母の作り給ひし弁当

今日は亡母の94回目の誕生日
死んだ親の歳を数えるのも詮無いことながら、かつての日記には
母の好物のビーフステーキを食したと書きましたが、本日は母の
味を思い出さんとて、小学校から中学、高校と毎日作ってくれた
弁当を再現してみました

子供の頃のワタシは偏食が激しく、野菜が食べられない、ハンバーグも
コロッケも家族とは別に玉ねぎ抜き、まことに手数のかかる我儘息子でした

そんなワタシですから、給食が食べられないので、給食のなかった
教育大(旧学芸大)付属に通うことになったわけです
小学校一年坊主の時は、授業は午前中のみだったと思いますので、小2
から高校を卒業するまでの11年間、母の弁当のお世話になりました

当時の弁当を再現といっても50年以上前のことですからね、しかも制約
条件が厳しく、唯一鉄板ネタであったと記憶するのが、油揚げを甘辛く
煮て卵でとじたものと、サンマの水煮缶をフライパンで炒めたものです

ということでその二品を作ってみました(たくあんは思い付きで添えました)

晩年の母は台所に立つこともなく、それでも朝食は作ってくれましたが、
ある年から野菜サラダが添えられなくなった
「どうして?」と訊くと「あんたは野菜が食べられない人だからね」との答え
どうやら老化が進んだ母の頭の中ではワタシが子供に返ってしまっている
らしいです

母の遺影を前に置いて、思い出弁当を食べていると鼻水が出てきます
こうして大きくしてもらったのだなぁ

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