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2017年06月24日00:16

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「怪物はささやく」映画

『怪物はささやく』
<ストーリー>
 重病の母親と暮す13歳のコナーは夜毎悪夢に悩まされていた。そしてある夜、コナーの前に墓地のイチイの樹から現れた怪物がコナーの元を訪れ、3つの物語を語り、その後4つ目の物語をコナーに語るように強いる・・・
<コメント>
 “作った物語と実際の人生の関わり”というテーマは一番好きな、というよりも自分にとって重要なテーマである。この作品はその主人公を不安定な少年としてまさに悪夢と判っている物語が自身に反映してくる様をじっくり見せてくれる。
 なんと言っても舞台が常にどんよりと雲に覆われたイギリスの町で、しかも誰よりも愛する母親は(おそらく)癌で闘病中で家事もままならない。常に上から目線の祖母には反発を覚え、離婚してアメリカで既に家族を持ちながらも自分を引き取ろうとはしない父親には距離を感じている。学校でも家でも無反応なコナーはクラスメートに虐められている。
 そんなコナーの前に現れた怪物が語る物語は爽快感どころか、いずれも寓話めいてはいけれども結末は暗澹たる気分にさせる。
 とにかく主人公の内面をきちんと描くために全編を通じてどんよりとした演出と画面で構成されていて、実は僕が一番苦手とするタイプの作品である。しかし、それでも画面に引き付けられるのは母親は入院してクラスメートには敬遠され、いじめっ子の標的となって暴力を振るわれ、祖母や父親とは心通じずそのために怪物を悪夢と割り切ったうえでそれを唯一の友とせざるを得ない少年の張り詰めた心理が痛いほどに伝わってくるのである。
 怪物が語る物語は水彩画と影絵っぽいCGで表現され、まさにダークな寓話めいた話として語られる。しかし、そこには寓話お得意の教訓めいたことは全く出てこないでいずれもまるで人生の側面を見せ付けられるような救いのない話ばかりである。
 そして、やがて見ているとその寓話の意味するものが判ってきて物語のテーマをより一層締め付けるような哀しみで伝えてくるのだ。
 しかし、驚いたのはエピローグのシーンで怪物の正体というか、存在が全く別の顔を見せたとき。最初は壁に貼られた母親の父(つまり祖父)が怪物を演じたリーアム・ニーソンであるのを見て「ああ、そういうことか」(つまり母系でもなく、自分を理解して一緒に感情を爆発させてくれるような頼りになる父親像としての祖父)と思ったのだけれどもその後に出てきた衝撃的なものを見てまったく別の物だと思い知らされた。
 母親の最期の微笑みと、そしてコナーの最後にめくったページを見ての笑みによって怪物が語った物語はたしかに別の側面を見せてくれたのである。

怪物はささやく
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