「いないねーピカチュウ」
「草むらにいるわけがないだろう。真希(まき)、大丈夫か?」
頭が、と思いつつ俺は彼女の行方を見守る。幼馴染でありながら抜けている彼女に俺の頭の方が悪くなりそうだ。
「ゲームなんだから、待ってればいいんだよ。ルアーもお香も焚いたし、後はベンチに座っとけばいいの」
「そうなんだ」彼女は満面の笑みで俺を見る。「でもよかった、サトシに教えて貰って。電気屋さんだったらお金が掛かるんだよ」
「サトルだよっ! 俺はポケモンマスターじゃねぇ!」強めに突っ込む。「電気屋は応対したくないから、そういう風に表記してるだけだよ。手間取られることを嫌がってるだけ。お前こそボケモンかよ」
俺が突っ込むと、彼女はへへ、と歯を見せて笑う。
「そりゃそうか。インストールボタンを押すだけだもんね」
「お前、わかってて俺を頼ったのかよ」
「まあね。久しぶりにサトルと話したかったのもあるし」
そういって彼女は生地の薄い制服のスカートをパタパタと仰ぐ。
「よくいうよ。こういう時だけ甘えるのがうまいよな」
俺達は小学生の時から同じ学校で、同じ高校にいながらも、違うクラスになり疎遠になっていった。部活もクラスも離れ、俺達の接点はなくなったのだが、先週彼女が唐突にポケモンGOをやりたいとLINEでメッセージを送ってきたのがきっかけだ。
「お、コラッタ発見。かわいー」
彼女はそういって屈み込んで太陽の光を遮りながらモンスターボールを構える。ミニスカートがゆっくりと上がり、絶対領域が狭くなっていく。
「今、見える、と思ったでしょ」
「思ってねーし」俺が慌てた表情で横を振り向くと、彼女はにやりと笑った。
「じゃあさ、捕まえてよ」
そういって渡された画面を見ると、モンスターボールが残り十七個と表示されていた。ちなみに最初五十個は支給されている。
「……どんだけ失敗してるんだよ」
「投げ方がわからなくてさ」
「こうやるんだよ」
俺はいつも通り、カーブをつけてボールを投げた。しかし画面にはボールは表示されておらず、コラッタがきょとんとしている。
「超受けるんだけど。捕まえてないじゃん」
「受けねーよ。ちょっと待ってろ」
再度、設定を確認しボールを飛ばすと、コラッタはみるみる小さくなりゲットできた。俺の携帯と違いパネルの反応が鈍いようだ。
彼女のスマホの機種は相当に古く、画面にも傷が入っており年季を感じさせる。
「お、コラッタゲットだぜっ、何かサトルの弟に似てない?」
そういって真希は俺の手を掴んだまま、満面の笑みと携帯を見せつける。
「似てないし、俺の弟はザブングル加藤似だよ。どちらかといったらお前の妹の方が似てるだろ」冷静に告げて時計を見る。「後15分だな。ルアーが切れる前にピカチュウ出てくれたらいんだけどな」
「……そうだね」
真希(まき)と約束してしまったのだ、ピカチュウを必ずゲットすると。
彼女との久しぶりの接点に心は高鳴っていく。
できることなら、このまま彼女の心までゲットしたい、と俺の心臓がいっている。
「あー涼しい。ここも最近人、増えたね。ポケモンがいるからかな?」
「そうかもな」
炎天下の帰り道、俺達は近所のマックで昼飯を頼むことにした。真希は俺の注文で頼んだビッグマックセットをつまみお腹を満たしている。
「そんなに食べると太るぞ」
「太らないし。ちゃんと運動してるから。サトルがガリガリなだけでしょ」
真希は剣道部に所属しており、俺は弓道部だ。俺も、もちろん筋トレをしてそれなりに筋肉がついているのだが、いかんせん元が細いため見た目には効果がない。
彼女の健康的な体が少しだけ羨ましい。
「……デブよりマシだろう」
「ひどい、デブとかいうなっ。超グラマラスなんだけど」
……その年でグラマラスはないだろう。
心の中で突っ込む。花の十代でありながら彼女の体は肉付きはよく、出る所はきちんと出ており女性らしく魅力的だ。
学校でも真希は人気がある方で、快活に何でもこなすため近寄りがたい。そのためか、妙なギャル語まで覚えてしまっている。
代わって俺は狭く深い付き合いを好むタイプなので、部活動の連中とつるむことが多く彼女との接点が少なくなっていた。
「で、どうやってピカチュウゲットするの?」
彼女は目を光らせながら携帯を覗く。彼女のスマートフォンにポケモンGOをダウンロードしたのだが、未だゲームは進めていない。
「とりあえず御三家から一体選んでよ」
目を反らしながらいう。最初に水、火、草から一体ポケモンを選べるのだが、この段階で実はピカチュウをゲットする方法はある。だが真希と一緒にいる時間を増やしたいため、敢えてそれはやらないつもりだ。
「……どれでもいいの?」上目遣いで見つめられる。
「ああ」
「じゃあ、フシギダネ」
そういって彼女は草ポケモンを選んだ。
「えー真希、可愛くないっていってたじゃん」小学校の思い出が唐突に蘇る。「せっかく貸したのに、嫌がってたじゃん」
「小学校の頃はね。今みると愛嬌あるじゃん」
当時、俺達の間で流行っていたのはポケモンブラック・ホワイトだったのだが、うちの両親が使っていたゲームボーイカラーが余っていたため、俺達はそれで初期型のポケモンをプレイした。
真希の家は厳しく、ゲーム禁止だったため、俺達は秘密を共有して仲良しになった。
「懐かしいよねー、やっぱりヒトカゲも可愛いけど、フシギダネが今は一番好き。超やばい」
「よくいうよ。トレードまでしてヒトカゲを選んだくせに」
俺が手塩に掛けたポケモンを彼女と交換した記憶が蘇る。子供の頃は彼女のいいなりだったので、何でもわがままを許していたのだ。
「……ねえ、このゲーム。サトルが好きなコイキングもいるの?」
「好きじゃねえよっ! 似てるだけだよ!」強めに突っ込む。「真希があんまりいうから、俺のあだ名、キングだったんだぞ。おかげで小学校時代、黒歴史だよ」
十歳のあだ名でキング。特技はコイキングの『跳ねる』しかできない。俺は教室でやけになってピチピチと魚の跳ねる真似をして笑いを取っていた。
消したい過去でしかない。
「そうだったね。超受けるっ」彼女は声を上げて笑う。「でもあんたが私にピカチュウってあだ名つけるから、おあいこでしょ。顔が赤くなる度に恥ずかしかったんだから」
「おあいこにならないだろ、ピカチュウは可愛いからいいんだよ」
そういって後悔する。彼女に対して好意を告げているように感じたからだ。だが彼女はきょとんとした顔で俺を見る。
「まあ、いいや。とりあえずさっさと飯を食おう」
彼女を促して話題を変える。今ここで俺の好意がばれたら、ピカチュウどころか、彼女と話す機会すら失ってしまう。
……今回はそう、やすやすと乗る気はないぜ、真希。
心の中で再度誓う。彼女に自分の価値を認めさせるまでは、ピカチュウをゲットするまいと決めているのだ。
「よし、飯も食ったしポケストップのある公園に行こうか」
「えー暑いじゃん。ここじゃ駄目なの?」
「ここを見ろ」そういってスマホ(スマートフォン)の右下を指差す。「ここにゲットできるモンスターが表示されている。だからここでピカチュウは捕まえられない」
「な、なるほど」真希が目を丸くする。「じゃあ移動しないとね。ピカチュウがいる公園に行かないと、ゲットできないね」
「あー暑い。やばい、本当にここにいるの?」
「ああ。この影はピカチュウだ。間違いない」
俺は何度も画面を確認する。
無数にあるポケストップを彷徨いながらようやく発見したのだ。川も近くにあるので水ポケモンもゲットできそうだ。
「よかったぁ。暑さでどうかなるよ。やばい」
……お前の言葉遣いもやばいよ。
心の中で突っ込みながら汗を拭う。夏休みを満喫する子供にはちょうどいいのかもしれないが、課外授業を終えてくたくたになった俺達には地獄の業火にしか思えない。
彼女の体を見ると、汗で制服が張り付いていた。白い制服が余計に肌色を強調させ、俺の頭までヤバイ状況に陥っていく。
「とりあえず、あのベンチに座ろう」
屋根付のベンチに腰掛けて、ルアーとお香を一緒に焚く。
今から三十分間、薬の効果でこの地域はポケモンが群がりやすくなる。ルアー効果はポケストップでしか得られないが、使用していない彼女にも効果が得られるのだ。
「お、結構いるね。この地域」
そういって彼女は見つけていない影になったポケモン達を吟味する。だがシルエットで大体、何のポケモンかわかる。初代ポケモンをやってきた俺達にとってはお手のものだ。
「せっかくだし、コラッタにあだ名つけよっと」
彼女の画面を見ると、子ねずみポケモンにチュータとついていた。意外に可愛い。
……こういう所が可愛いんだよな。
目の端で真希を捉えながら安堵する。ギャル語を使い目まぐるしく変わっていく彼女に怯え、話しかけることができなかった。大人になる彼女に俺の心が追いついていないと思っていたからだ。
古い携帯に愛着を持って接する彼女を見ると、心が安らいでいく。だが唐突に不安も沸く。
……あ、やばい。
そう思いながら俺は自分の画面を即座に隠した。自分で捕まえたピカチュウに彼女のあだ名をつけていたのを思い出したのだ。
「サトルのも見せてよ。あだ名つけてあげる」
「え、何が?」必死に取り繕うがこれで逃げ切れる訳がない。
「いるんでしょ、ピカチュウ」
……これは、マジでやばい。
彼女のお気に入りのピカチュウをゲットしていることは伝えてある。だからこそ俺はここにいるのだが、それを見せる訳にはいかない。
……何かいい方法はないか。
彼女に画面を見せながらピカチュウの名前を変更する方法を即座に決めなければ。しかし変更する時間はないし、変更したとばれたら好意はばれてしまう。
……そうだ、これで乗り切るしかない。
一瞬の間に、俺の頭に名案が浮かんだ。
「よし、見せてやるよ」
俺はそういって捕まえているポケモンの名前を変更して彼女に見せた。
「何これ、超受けるんだけどっ」
真希は大笑いしながら腹を抱える。
「確かにそっくりだけど、こんな顔じゃないでしょ」
……すまん、母さん。
俺はそういって自宅にいる母を思った。
そこに提示したのはクサイハナというポケモンに『実家の母』というあだ名にしたのだ。
「真希が見ているのは表向きだよ。いつもの母さんは大体、こんな感じだ」
そういって描写を説明する。よだれを垂らしながら眠そうにしているポケモンに俺の母親を繋ぎ合わせる。
「次はこれだ」
そういって俺は次々にポケモンを見せ付ける。
見た目重視で、そのインスピレーションであだ名をつけていき、彼女の笑いを誘っていく。
「確かに似てるっ」
クラブに『悔しい弟』と名づけ、コダックに『アメリカ人の父』、最後にコイキングに『俺』と名づけて見せる。
これでピカチュウに彼女の名前がついていても違和感はないだろう。
「じゃあピカチュウには……私のあだ名がついているの?」
そういいながら真希は俺の方を見る。
……なんだよ、これはこれで恥ずかしいじゃないか。
自分自身に突っ込みを入れる。ピカチュウを見せるために工作した自分が馬鹿らしい。最初に見せておけばこんな気持ちは生まれなかったかもしれない。
「……そうだよ」
俺は目を伏せながらいった。そこにはマキっぺと書かれたあだ名がある。
「……つい懐かしくてつけちゃったよ。嫌なら変えるけど」
「いやじゃないよ、嬉しい」
彼女は俺の携帯を見ながら微笑む。
「あ、ピカチュウ」
「そりゃピカチュウだろ。それ以外、何があるんだよ」
俺がそういって覗き込むと、彼女の画面に野生のピカチュウが写っていた。
「お願い、絶対取ってね」
「はいはい」
……これを取れば彼女と一緒にいる時間がなくなってしまう。
不意に空しい気持ちを覚える。当たり前だが、これが目標で集まったのだから、ゲットすればお別れだ。接点も少ないし、彼女と話す機会はなくなるだろう。
……外すこともできるけど、やっぱり可哀想だな。
野生のピカチュウが目の前の真希とダブる。彼女と一緒にいる時間よりも、彼女の笑顔を見たいという気持ちに負け、俺はピカチュウをボールの中に納めることにした。
難なくゲットすると、真希はニヤニヤしながらスマホを天に掲げながら飛び跳ねた。
「ありがとう。超可愛い、やばい」
……ああ、俺の心もやばいよ。
彼女の跳ねる姿を見る度に俺の心も浮き立っていく。久々に話すことで懐かしくなり、やっぱり彼女が好きだと再燃していく。何だか小学校時代に戻ったようだ。あの頃の秘密を共有していた俺の心が返ってくる。
……よし、いおう。
心の中で決めたセリフを何度も繰り返す。接点がなくなるのであれば、新しく接点を作ればいい。今日みたいにまた、会える日を作ればいいのだ。
「なあ、真希。もし、だけど、またこうやって会ってくれない、っていったらどうする?」
俺はもじもじしながら言葉を選んだが、納得がいかず言い直した。
「付き合って欲しい。昔からお前が好きだったんだ」
目を合わせると、彼女は満面の笑みで俺を見ていった。
「超受けるっ」
そういって彼女の表情は太陽のように輝く。
……そうだよな。俺なんかが告白したらギャグだよな。
真希の表情とは裏腹に再び心が沈んでいく。だがきちんといえたことに意味がある。告白は失敗したが、よしとしよう。
「ああ、ごめんな。受けてくれてありがとう。じゃあ今日はもう帰ろうか」
「え、終わってないんだけど。これからよろしくね」
「え?」
意味がわからず彼女の顔を見ると、彼女はピカチュウのように頬を赤くしていた。
「だから返事したじゃん。受けるって」
「え、どういうこと? 意味がわからないんだけど」
「……だからさ」彼女は顔を真っ赤にしていう。
「告白、超受けますよってこと。いわせんな、恥ずかしい」
「超わかりにくいんですけどっ!」
俺は渾身の力を込めていった。
「ギャグと取られたのかと思ったんですけど。伝わりづらいんですけど!」
「ご、ごめん」彼女は手を合わせて謝罪する。まだ顔はほんのり赤い。「ではサトル殿の告白、正式にお受けいたします。在り難く頂戴します」
「硬いわっ! 武士かよ」
「武士だよ。ついでにいえば三段だよ」
「……そうだった。ってそういうのはいらんわ!」
俺が突っ込むと、彼女はへへ、と歯を見せて笑った。
「ピカチュウもゲットしたし、次はライチュウにしないとね。そのためにはたくさん捕まえないとね、彼氏さん」
「何で進化させる方法まで知ってんだよ」彼氏といわれ戸惑いながら追求する。
「だって私、ライチュウ持ってるから」
「は?」
「これ、妹の携帯。ついでにいえば、最初にピカチュウをゲットする方法も知ってます」
「お前……まさか……俺をはめるために」
「そういうことっ。サトシとまたポケモンを探したかったからなんですけど」
「サトルなんですけどっ! ポケモンマスターじゃないんですけど!」
再び突っ込むと、彼女は腹を抱えて笑い出した。
……はぁ、やっぱり彼女には勝てない。
溜息をつきながら子供のように笑う彼女を見て微笑む。
どうやらコイキング似の俺は彼女の手のひらの上で、やっぱり『跳ねる』ことしかできないようだ。
……できることなら、永久に進化することなく、彼女と一緒にいたいな。
そう思いながら俺は彼女の空いている手をゲットすることにした。
(画像元→
http://womankind.hatenablog.jp/entry/2016/07/28/200318)
タイトルへ→
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