mixiユーザー(id:64521149)

2016年07月14日10:32

332 view

お題48『SF小説』 タイトル『LIVE l LOVE(ライブ アイ ラブ)』

「その程度の強さで覚悟など持たない方がいい」彼はオレを見て呟く。「このまま、何もできずに朽ちていけばいい」
「そんなこと、できるわけがない」オレは彼の電子ブレードを掴みながらいう。「ここまで来たのはアイを助けるためだ。お前がオレなら、できることがあるはずだ」
 オレは右肩に突き刺さった剣を抜く。そこには『LIVE』と書かれており、オレがオレだということを証明している。
「できることなど、何もない」
 彼はテレパシーを使い再びオレの息の根を止めようとする。
 彼のテレパシー能力に気づいたのは37回目だったが、それがわかった所でオレには何もできず、ただ嬲り殺されるだけだった。
 ……また、繰り返すのか。
 これまで辿った長い道のりを回想する。全てのループを覚えているわけではないが、途中出会った人達が俺を成長させてくれ、励まし、怒り、悲しみ、喜ばせてくれ、最後に楽しかった、という言葉を教えてくれた。
「……諦めない。何度だってオレは俺を倒しに来る」
 自分の体の感覚を改めて確認する。ようやく自分の超能力を取り戻すことに成功し、手を触れずとも自由自在に物を操る力と相手に口を使わずとも自分の思念を伝える方法を覚え直したのだ。
 ……この感覚はオレ本来のものだ。
 首に掛かった水晶を掴む。始まりの縄文時代から、身につけていたこの水晶だけはずっとオレの傍にいた。いくら投げ捨てても、粉砕しても、次の時代に変わる時には必ず体のどこかにあった。色を変えながらだ。
「どうせ、ここが最後なんだろう?」
 色の薄い水晶を眺めながら観察する。最初の濃い深藍色から白藍色まで青色が抜け落ちていっている。限りなく透明に近いが、未だ残るブルーが朝日を浴びて輝いている。
 最後の七番目の俺を倒せばようやく終わるのだ。
 縄文時代を抜け本来の『嗅覚』を取り戻したオレは、平安時代に『聴覚』を、江戸時代に『視覚』を、昭和時代に『触覚』を、平成時代に『味覚』を、安久(あんきゅう)時代に『醒覚(テレパシー)』を取り戻した。

 彼に宿る感覚は『自覚』
 
 オレが俺であることを理解するための感覚。この感覚を得るために、オレは彼を倒さなければならない。
「……リブ、もう止めて」後ろにいる彼女が俺の姿を見ていう。だがその表情に色はない。
「止められるわけがない。オレはまだ何者にもなれていない。この感覚だけじゃ、オレが俺だと証明できない」
 ……何度でもやり直してやるよ、お前のために。
 彼女を見て気を取り直す。自分自身の記憶を忘れているが、立ち向かう心だけは忘れない。
 感覚に身を任せ目を閉じる。すでに呼吸はできていない、再びループが再開するだろう。
 ……お前を取り戻すまでは、何度でも。
 オレは意識を捨て、眠るように頭の中で祈った。

 辿り着いた先はどうやら宇宙船のようだった。広大な暗闇に点在する小さい星がガラス越しに見える。
 体は拘束具に絡まっていた。コールドスリープを受けているような密閉状態にあり、体の向きは横たえたままになっていた。
 ……誰か来るのだろうか。
 聴覚とテレパシーを合わせ地面の音に集中する。足音と靴幅、速度からいって小柄な体重だと感じられる。匂いは未だ感じられないが、心音の大きさから女性ではないかと無意識に予測される。
「起きたのね?」
 女性が声を上げて俺を見た。未だ目を閉じた俺に意識があることがわかるのはこの装置のおかげだろう。
「ああ、ここはどこだ?」
「……よかった」
 そういって彼女がボタンを押すと、俺の寝室は起き上がり目の前のガラスで出来た扉が持ち上がった。
「ここは船の中よ」彼女はカルテのようなものを両手で掴み直していう。「あなたは小型宇宙舟で地球に帰ろうとしていたみたいなの。そこを私の船があなたを見つけて回収したわ」
「ということは君は金持ちの娘か」目を開けて彼女を覗く。彼女の声帯、脈拍、トーン、姿勢、全てが基準値を満たしている。そこには鍛練でしか得られない行儀のよさが見えた。
「いいえ、違うわ」彼女は小さく首を振った。「この船は本当に私のものなの。船長は……すでに亡くなったわ」
 彼女はそういって俺の手に何かを握らせた。
 そこにはほぼ色の残っていない水晶が光を浴びて輝きを見せていた。

 二日後、俺は自分の感覚が正常に働くことを確かめて筋肉の硬直をとることにした。重力の負荷を大きく掛けられる施設で肉体改造を施し、自由自在に動けるようになるまで二週間を費やした。
 もちろんそれだけではなく、この船団の中を隈なくチェックしている。いつ襲われるかわからないからだ。今までの流れを考えれば、自分の心音が停止すると共に、きっとループが開始されるだろう。そうなれば、またコールドスリープで眠った状態から意識が取り戻されるに違いないと踏んでいる。
 ……この世界はSF(サイエンス・フィクション)で間違いない。
 過去に読んだ本を体現していると感じる。俺は平成時代に味覚を取り戻す旅をしながらも、本を読む作業に没頭していた。その時代には膨大な量の本があり、知識だけでなく、人の感覚が記された伝記が山のようにあり、その一つがこの世界と大変似ていた。その本は『時砂の王』というものだった。
 ……まさにこの宇宙船がほぼ同じ構造だ。
 改めて中を見渡す。この船は科学技術の結晶であり、まるで地球にいるかのような感覚がいたるところにあるのだ。酸素濃度はいうまでもなく、太陽光、温度、湿度と生きる上での基準値を満たしており、植物・動物・昆虫・微生物などが小さいながらも生態系を作っている。ここは小さな箱舟(ノア)のようだ。
 ……今日は少し暑いな。
 額から出る汗を拭き天を見上げる。全てが快適に作られているわけではなく、この船の中には四季があるのだ。きっと設計を施した船長が地球での日々を忘れないように、改めて施した技術なのだろう。
「リブ、ここにいたのね」
 彼女が俺の名前を呼び近づく。名前の由来は右肩に書いてある『LIVE』という文字だ。俺自身、本当の名は知らない。
「まだお昼ご飯は食べていないでしょう。今から一緒に食べない?」
 俺は彼女の顔を見て微笑んだ。
「ああ。喜んで」
 
 彼女の部屋に行き、食事を共にする。そこには科学技術ではなく、彼女がフライパンを用いて作ったチャーハンがあった。
「どうして自分で料理を?」
 俺は不思議に思いながら彼女に尋ねる。
「だって……自分で作った方が美味しいじゃない」
 彼女はそういってスプーンを口に運ぶ。その姿を見るだけで俺の心音は15%だけ加速し、心臓の鼓動を増大させる。
「まあ、確かにそうだけど。面倒じゃない?」
 動きを止めないように手を動かしながらいう。だが自分の想像していた以上に米をスプーンに載せることができず、隠すようにそれを飲み込んだ。
 この船には快適な装備がたくさんある。彼女のように技術がなくてもボタンを押せばきちんと火の通ったチャーハンが出てくるのだ。平成時代に命を削りながら修行したものよりも美味しいものがでてきた時には絶句しかなかった。
「面倒だけど、それを作る過程が楽しいのよ」
 その感覚は俺にもわかる。今までの時代を生きてきて、結果はただの結果でしかない、と思っていたからだ。結果は一つしかないが、そこに至る過程は無限にある。その方法は自分自身が選びとった道で、そこに人生の通り道があると俺は解釈していた。
「なるほど、さすがお嬢様だ」
 俺は皮肉を込めていったが、敬意も込めていた。この時代だけに生まれている彼女はきっと物心つくころから、満たされていたのだろう。なのに少しもプライドを振り翳すことなく謙虚でいられるのは彼女自身の性格だと分析できる。
「そんなことないわ。私は……何も決めることができないだけ」
 そういって彼女は少しだけ顔を屈ませる。
 その表情を見て、俺は今まで出会ってきた人物を思い出す。縄文、平安、江戸、昭和、平成、安久、全ての時代に共通するのは救いたい人物がいたからだ。六つの時代に自分の心を諦めさせない女性がいたから、俺は今ここに存在している。
「俺の命を助けてくれた。それだけで十分だよ」
 心の底から彼女に礼をいう。もちろんテレパシーは使わずにだ。彼女にその存在がばれると、きっと彼女自身にも迷惑が掛かる。情報は少ない方がいいと今までの経験がいう。
 ……それに彼女は未だ判断を迷っているようだ。
 彼女の心の声を聞きながら思う。この船は目的もなくただ宙を浮いているようだ、きっと流民のような俺を受け入れるのは本来ご法度だろう。そこには何かの侵略から怯えているような感じさえ受ける。
「リブ……やっぱりまだ思い出せない?」
「ああ、全てはまだわからない」
 この水晶を眺めている時に、俺は色々なことを思い出す。6つの時代を生きて旅をしてきたが、何のために時代を移っているのかは未だわからない。
 ただどうやったら次の時代に移れるのかはわかっているのだ。それは俺が好きになった相手に認めて貰い、彼女を殺そうとする者から守ること。
 ……きっと次に好きになる人物は彼女で間違いないだろう。
 心の中で確信する。幾度となく心を揺り動かされた相手に同じ気持ちを吹き込まれ、近づかずにはいられない。
「実はあなたに話しておかなければならないことがあるの」アイは俺を見て深刻そうにいう。「あなたに……会って欲しい人がいるの」

 俺は彼女の案内で別室にいった。俺がチェックできなかった関係者しか入れない部屋だった。
 そこには俺のベッドとは違い、厳重に拘束されている人物がマスクで何かを吸引していた。
「あなたにはご兄弟はいないといっていたわよね?」
「ああ、俺の記憶が正しければ……」
 俺はその顔を見て声を失った。
 どう見ても、顔は俺と同じ作りをしており、彼に会ったことがあるような気がするのだ。
「今は意識がないわ。植物状態にあるみたい……脈拍だけ定期的に動いているの。これは正常の状態にあるのなら、おかしいみたい」アイは悩むように告げた。「温度管理をしているのだから、脈拍が正常に動くのはいいんだけど、植物状態にある人でもリズムは同じではないみたい。だからこうやって一定にあるということは……」
「意識があるということか?」
 俺が尋ねると、彼女は小さく頷いた。
「どこで彼を?」
「お父様が連れてきたの」アイは彼の姿を見ていった。「お父さんが物資を補給する月に到着した時に偶然見つけたみたい。それで彼を助けたいといって、船に入れることにしたの」
「なるほど……」
 口で頷きながら彼女の表情を盗み取る。明らかに彼女は彼を恐れている。生き返らせる相手を鎖で厳重に拘束するだろうか、まるで猛獣を管理しているようだ。
 それに父親が失踪したことも関係しているのかもしれない。
「最初に見つけた時は起きていたの?」
「いえ、一度も目を開いていないわ」
 近づいて彼を見る。自分と違う所を確認するが、特に変わりはない。右肩を見ると、そこには同じ筆記体でLIVEではなく『LOVE』と書かれてあった。
「少しだけ一人にしてくれないか……監視カメラは動かしたままでいい」
「ええ、わかったわ」
 彼女はそういって後ずさりながら部屋を出た。きっとここにいるのも怖かったに違いない。
 ……誰なんだ、お前は。
 俺はテレパシーを送りながら彼を観察する。全ての感覚を取り戻したはずなのに、彼を見ると俺にはまだ足りてないものがあるような気がする。もちろん彼からの返事はこない。
 胸元に小さい傷が見える。よく見ると、水晶のカケラのような薄いガラスが嵌っていた。俺の水晶よりも色が薄く、それは白銀に輝いていた。

 彼と対面するのは意外にも早かった。この船が別の旅団に襲われたからだ。
 俺達は拘束され、彼の部屋に案内された。そこには変わりない彼がいて、なぜか彼らはそれを恐れるように俺とアイをその部屋に閉じ込めた。
「どうしてここなんでしょうね?」アイは神経を高ぶらせながら俺を見た。その気持ちに少しだけ安堵感があったのを俺は見逃さなかった。
「わからない。ただきっとこいつには何かある」
 俺は水晶を取り出して彼を見た。なぜか彼にこれを捧げなければいけない気がするのだ。そうすれば彼がこの水晶の本当の意味を教えてくれるような感じを受ける。
「アイ、彼の拘束具の鍵は持っているんだよな?」
「ええ」彼女は胸を押し出して鍵をアピールした。手を拘束されているため、そのまま取れない。
 ……仕方ない。
 俺はサイコキネシスを使い、二人の拘束具を外し、彼女の胸に掛かってある鍵を手に取った。彼女は驚愕しながらも俺の行方を静かに見守っていた。
 彼の扉が開かれると、そこから冷気が漏れ始めた。俺は触覚レベルを最低限に下げて彼の体に水晶を近づけた。
 水晶が淡く光りだす。その光を浴びて眠っていた彼はうっすらと目を開けて俺の方を見た。
「ようやくここまできたか」そういって彼は俺を舐めるように観察した。「待っていたよ、さあ準備はいいか」
「な、何をいってるんだ……こいつは」俺は彼の声を聴いて驚きながら告げた。あまりにも声が似ており、自分が発したのではないかと疑うほどだった。
「君はオレだ。君はオレを倒さなければならないし、オレは君を倒さなければならない」
「い、今はそれどころじゃないんだよ」俺は状況を説明するために先ほどまでつけた拘束具を指差した。「お前が戦いたいのはわかった。だがここは他の旅団に襲われている。俺はこの船を守りたいし、お前と戦う理由がない」
「そうか」そういって彼はアイに電子線でできたサーベルを突き刺した。彼女はそのまま血を流しながら倒れた。「どうだ、これでオレと戦う理由ができただろう」
「き、貴様……」
 俺は怒りのあまり、彼をめがけて突進した。だがそのまま俺の意識は途絶えた。
 
「起きたのね?」
 再び、アイが水晶を携えて俺を起こしにきた。俺の右手を見るとそこには数字が正の字を足すと十三と書かれていた。その数字だけは毎回消えず継続することができている。
 今度で十四回目だ。俺は彼女の目が届かない所で数字を足して、再び稽古することにした。
 筋肉量を調整しながら彼のことを考える。
 未だ、彼が何者なのかわからないし、電子サーベルをどこから取り出しているのかもわからない。今の所、最短ルートはアイと食事をしている時に、鍵を見せて貰いながらそれをくすねることだ。
 だが彼は俺を見て勝負を仕掛けてくるが、俺はなす術もなく殺される。理由はわかっている。やつは俺自身の感覚を封じることができるのだ。やつと目があうと、俺はテレパシーを含む全ての感覚を止められる。そのため動くことはできるが、彼がどこにいるのか認識できないし、触覚と三半規管がきかないため、正常に立つこともできていない。仮に武器を持っていても握れているのかもわからないのだ。
 ……だが必ず方法がある、彼を倒す方法が必ず……。
 条件は満たされている。彼を倒せばこのループが終わることを感覚でわかっている。だが彼に対して憎しみを持つことができないのはなぜだろう。
 俺はループを繰り返していき、彼と会う回数を増やしていったが、なす術もなく36回目まで、何もできずに殺されるだけだった。

 転機が訪れたのは37回目だった。彼の持つ電子サーベルを所有している人物にあったのだ。
 敵に拘束され、そのまま彼の扉を開けずにいると、敵が電子サーベルを持ってきて俺を殺そうとした。俺は自分が殺されながらも口元は緩んでいた。
 それから次の38回目で、敵のサーベルを奪い、彼と勝負を挑んだが、結局、再び殺されるだけだった。
 
 ……何が足りないのだろう?
 俺の思考回路は63回目を通り越して停止していた。このまま彼女と少ない時間を楽しめばいいのではないかとさえ思っていた。穏やかな生活が二週間は確約されている。それならそれまで彼女を愛せばいいのではないだろうか。
 アイは始めから俺に好意を持っているようで、俺が誘うと色々な所に連れていってくれた。平成時代のように、この世界には遊園地、植物園、動物園など様々なアトラクションで満たされていた。ここに兵器らしいものは存在せず、皆、穏やかに暮らしていた。もちろん彼女の笑顔を楽しめるのなら、それでいい。
 だが結局、最後には旅団に拘束され彼女を悲しませることになり、俺は彼女がレイプされている姿を見て自害した。
 ……どうすればやつに勝てる?
 見た目は同じだが、彼の腕には俺とは違う字が書かれていた。『LOVE』とは何を指すのか、英語では愛を指すが、そういう意味ではない気がする。
 俺は頭を悩ませ自分の字を合わせて推理した。昭和時代にスパイとして敵のスパイと暗号合戦をしたこともある。その時にものをいったのは相手の『触覚』を奪うということにあった。
 人はわからないものに恐怖を覚え、わかるものに安心を覚える。スパイとしての仕事はなるべく相手のいいように情報を整理して流すことだった。俺が一番この文字を見て恐怖を覚えるのは、アイがスパイだったらということだった。
 俺を殺すためにあえてあの場所に連れ込んでいるのだろうか。しかし彼女は毎回、彼に殺されてしまう。何かがずれている。
 ……困った時は全てを逆に見るということ。
 今までの体験を思い出し、俺は彼の特徴を整理した。LOVE(愛)、反対から見ればEVOL(革命)……自分の字はLIVE(生命)、反対から見ればEVIL(邪悪)、文字的に見れば俺の方が悪役だ。
 ……もしかするとあいつは俺の感覚だけ縛れるのかもしれない。
 アイが殺される場面を思い出す。彼は彼女を殺す時、、自ら近づいていったのだ。それは彼女には自分の力は効かないことを知っているからだ。
 ……勘違いしていたのは、もしかすると俺の方かもしれない。
 
 次の回、66回目で俺は旅団に左目を潰されたまま彼と対峙した。すると左目だけ生きており、彼に殺される場面を全て自分の眼球に閉じ込めることに成功した。 

 その日から俺は肉体改造をせず、重力の施設を有効に使う方法を考えた。自分の感覚をともかく縛るためにはどうしたらいいのか。得たものを失うための方法を一生懸命に考え、気が狂いそうだった。今までやってきた旅路を全てなかったことにするのだ。
 それは今まで出会ってきた人を全て否定することに繋がった。確かにこの方法は邪悪(EVIL)で、生きるため(LIVE)の方法としては情けない。だがそれでも、ここを乗り越えて、次の世界に行かなければならない。アイを救うためにはそれしかないからだ。

 俺は重力加速装置を使いながら、大切にしてきた感覚を一つ一つ、潰していった。それは生爪を剥がされる感覚に近いもので、恐怖を怯え痛みを伴った。だが彼と戦うためにこれしかない。

「アイ、お願いがある」
 俺は83回目にして、彼女を頼ることにした。
「どうしたの?」
「俺の全ての感覚を一度縛ってくれないか」
 最初に彼女と出会った時から違和感を覚えていた。それは俺の扉を開ける前に俺に語りかけてきていたのだ。彼女は元々テレパシーを使え、その力を俺に隠していたのだった。
「どうして?」アイは冷たくいう。彼女のテレパシーでは、<できるけど、どうしてそんなことをする必要があるの?> と怯えていた。
「君を助けたいから」俺は正直に告げた。「この世界は何度も繰り返されている。君が自分でチャーハンを作ることも知っているし、遊園地で食べるオレンジのソフトクリームが好きなことも……」
「……そう」
 俺は全てを彼女に打ち明けた。
 毎回ループする度の決まりなのだが、彼女の助けなしにこのループを抜けることはできない。
 だからこそ俺は毎回躊躇う。彼女に話をせずに攻略できれば、この世界を抜けられるのではないかとも考えているからだ。
「俺の五感は全て、君が鍛えてくれた」素直に全てを話していく。「縄文時代では、俺に美味しい米を炊いてくれて甘い匂いを嗅がせてくれて、平安時代では俺に心に沁みる歌を聴かせてくれた……」
 言葉の通じない世界で俺を安らがせてくれ、貴族が絶対的な権力を握る世界で俺にできることを教えてくれた。全てはこのアイがいたからだ。
「俺は君を守りたい。だから俺の感覚を縛ってくれ」
 全てを伝えなくても彼女は理解したように、テレパシーで俺の感覚を縛っていった。それは重力によって壊される感覚ではなく、眠る感覚に近かった。
 俺は子守唄を聞くように眠りにつきながら自分の感覚を失っていった。
 全てを終えて彼の前に姿を現すと、彼は俺をきちんと見て呟いた。
「ようやく戦えるようになったのだな。だが終わりはもうそこまで来ている」
「ああ、わかってる」
 俺は彼に水晶をかざしながら臨戦態勢に入り、彼女から貰った電子サーベルを携えた。
 
「お前は俺のオリジナルなのだろう?」俺は彼の急所を狙いながら戦う。「俺はお前が生み出した悪だということもわかってる。だが、それでも負けられない。俺を知っている大切な人を否定したくないからだ」
「ふん、流民がほざくなよ」彼はサイコキネシスで俺にこの部屋にあるものをぶつけようとする。だが後ろにいるアイがそれを全て食い止める。
 改めて両者に入った文字を見直す。字で違うのはIとOのみ。俺にあるのが『I』で彼にあるのが『O』。
 俺が生きるためには彼女(I)が必要なのだ。例え彼がオリジナルだとしても負けるわけにはいかない。
<お前はこの世界に必要ないものだ。先を望むのならこのクリスタルごと壊して先に行け。お前には無限の絶望しかない。後ろにいる彼女を救う方法はない>
<ああ、そうかもしれない。彼女がお前の思うとおり、AI(知生体)かもしれない。だが俺は変えられない>
 俺達はテレパシーで会話をする。彼は彼女に俺達の会話を聴かれないようにするために俺に物をぶつけようとしているのもわかっている。
 これは対決でありながら対話がメインだ。
 俺達は次の世界で、どちらかがオリジナルとならなければならない。第七の感覚は自分が自分であるという『自覚』を掛けて戦っているのだ。
 俺達はこの世界をお互いにループしている。それは全て彼女を救うためにだ。彼は彼女を救いたいがため、この世界と共に彼女を殺そうとする。だが俺はそれが納得できず、自分自身を止めるために今、戦っている。
「お前も覚えているだろう、彼女の匂いを」俺はテレパシーではなく声に出していった。「彼女の声を、ぬくもりを、料理を、何ともいいようのない感覚を、お前は忘れるはずがない。俺は絶対に彼女を守り抜いてみせる」
 彼が隙を見せた所を俺は躊躇なくサーベルで刺した。そこから問答無用で切り込み彼の体を切り刻んだ。
 後ろにいる彼女を見ると、彼女は泣いていた。その表情を見て俺はまた悲しませてしまったと思った。
「ごめんね」彼女は涙を零しながら俺を見た。「もう終わりにしていいから、……私を殺して楽になって」
「それはできない」俺は転移の始まった体のまま答えた。「俺はお前を救う、絶対にどんな世界線でも生かす方法を考えるよ」

 ……次はどの世界に飛ぶのだろうか。

 再び全ての感覚を失い、俺がオリジナルという感覚だけを手にいれたまま始まるのだろうか。

 ……それでも構わない。

 感覚のなくなっていく手で彼女の手を精一杯握る。たとえ俺がオレに変わろうとも、生き抜くことを決めている。たとえ俺自身がオリジナルでなくても、この思いは変わらない。

 ……アイ、必ず迎えに行く。

 俺達は何度でも、Iの間でLIVEとLOVEを繰り返すだろう。IとOを繰り返しながら、藍色(INDIGO)の世界で君(original)を待つ。
 


(画像元:https://ja.wikipedia.org/wiki/ライブ・ア・ライブ)

6 6

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する