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2015年06月24日11:20
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未稿 このしろ伝説 5/
イナゴさんの日記
2006年11月27日 15:32
【山行記録：可也山】コノシロ池にせまる
糸島の可也山にコノシロ池という名の池があるそうで、「山歩き＠福岡」コミュで竜さんが情報を求めておられた。地図を見ると可也山のまわりには無数の溜池がある。登ったことないし、宝探しみたいで面白そうだと行ってみた。
ホントは早起きして久住に行くつもりだったがまったく起きれず行き先を変更したことは秘密である。
まずはやや大きめの池のすぐそばまで車道がつながっている南側斜面にまわる。車道といっても最後は未舗装の農道のような道だ。
さっそく池発見。名前わからず…。そりゃそうだ。名札つけてるわけじゃない。池を覗くと大きな錦鯉が泳いでいる。養殖しているようだ。立ち入り禁止・釣り禁止の看板も出ていた。
近くでは農作業中の人の姿も見える。鯉どろぼうと思われるんじゃ。相変わらずチキンなワシ。早々に退散。
近くに似たような池もあったがこちらも名前わからず。今度は甘夏柑がたくさんなっていた。これも泥棒と間違われてはこまる。早々に退散。
弱ぇ…。せめて地の人に「コノシロ池を探しているんですが」と聞けばよいものを…。
そのうち手がかりもあるだろうと、可也山に登ることにした。４つほど登山ルートがあるようだが、東側の可也病院の近くから登ることにした。
ちいさな商店の向かいに登山者用の駐車場があるのはうれしい。実はそこの看板に地図が出ていて周囲の溜池でも大きいものにはだいたい名前がついていた。コノシロ池はなし。ナゾは深まる。
山道は竹林にやや押され気味な広葉樹林。遊歩道として整備されていて迷うことはない。石切り場跡を過ぎ、第一展望所もスルー。目指すはコノシロ池のみ。
可也山の山頂付近は東西に長くのびていて地図でみるとピークが二つあるように見える。らくだのこぶのイメージ。歩いた実感としてはミツコブラクダだった。
一つ目のピークを過ぎ、左手に小富士梅林への分岐を見ながら直進。更に小さなピークを超えて山頂との鞍部の右手に小さな祠が現れ、左手にはなんとこのしろ池を示す看板があった！
普通に山頂を目指して歩けばほとんど見落とすことはあるまい。あぁ、宝探しのロマンが…。
気を取り直して標識に従い、南側斜面をくだる。分岐のすぐ下、１０ｍもないところにこのしろ池はあった。
うーん。池っていうより涸れ井戸ですねぇ。深さは２ｍないでしょう。ブロック積んであるんで周囲の造作はそんなに古くもないと思われ。
バチあたりかなとおびえつつ中の写真も撮っときました。
貞子は出てこんかった。
個人的にはその更に下、１〜２分のところにあるワシ穴のほうが見ごたえありました。あと、山頂西側の展望所からの景色は最高。これはオススメです。
所要時間はこのしろ池経由で上り１時間、下りはかなり急いで２５分弱でした。
こんなもんでどうでしょ。竜さん。
このしろ池の名前の由来はわかりませんが、魚のコノシロとはおよそ無縁な場所です。そもそもこんな山頂近くで過去に水が出ていたのかも疑問。
ちなみに、このしろ池への分岐のやや山頂よりに可也神社があります。神社と池はすぐ近くなので何か所縁があるのかもしれません。境内にあった看板はまったく読めない状態でした。可也神社がらみで史料を探せば何か出てくるかもしれませんね。
写真はだいぶサイズ落としてますので、もしご希望でしたら元データを送ります。他にも若干あります。遠慮なくどうぞ。
2006年11月28日 14:52 竜
ありがとうございますー！全国に数あるコノシロ池の中でもこれは、かなーり怪しい事例ですねぇ…。
ただ、はっきり確認できたことがあります。ここもまた、魚のコノシロとはまったく無縁に見える！ということです。実は、他のところもそうなんです。全部です。それがなぜなのかを求めて、もっかあらゆる資料を探索しているところなので、ひじょう〜に助かりました！
ちなみに、他のはどこにあるかというと、富士山頂（！）、愛知県豊橋市の石巻山、埼玉県宮代町身代（このしろ）神社、栃木市大神（おおみわ）神社、そして池なしで魚だけが出現するという、秋田県角館町太平山麓の５箇所です。そして私はそのうちのひとつである宮代町に住んでおり、数年前からこの謎にとり憑かれて夜も眠れません。
またご連絡させていただきます。どうもありがとうございました！
2006年11月28日
17:39 イナゴ
> 竜さん
コメントありがとうございます！あまり芳しくない結果で残念ですが…。
でもコノシロ池が富士山頂にまであるとはびっくりです。
こちらでも他に情報がないか気に留めておきますね。
「可也神社」の由来などについては未調査である。カヤの名そのものは伽耶・伽羅を指すのだろうが、そのこととこのしろ池とは関係なさそうだ。糸島富士と呼ばれるくらいだから、やはりここも富士山頂このしろ池と関係があるのかもしれない。だがここで重要なのは、イナゴ氏の指摘にあるとおり「こんな山頂近くで過去に水が出ていたのか」ということだろう。コノシロがいないことがこのしろ池の必要条件だとすれば、強調のために「水のない池」を作る方向に傾く民俗はありえようからだ。現に富士のこのしろ池に水があるのは一年のうちわずか数週間なのであって、可也山の涸れ井戸はこれを真似たものかもしれないのである。
この現象のさらに極端になったかと思われる事例が秋田にある。ここでは、コノシロの魚体だけがあって、池を欠いているのだ。北仙郡中川村の富士権現社では、次のような伝承が採録されている。
・生きた鰶 村のうち小勝田部落に太平山といふ、高い尖んがつた山がある。その腰から北澤部落へ越す「越え口」に塞神の小祠がある。
昔キリシタンパテレンの法を得たいと思ふ者が、其処へ百日も参籠して念が通ずると、季節でない時でも海の魚であるコノシロが生きた儘その壇に載つてゐる。
そしてそれを食べると、完全にキリシタンの魔法を会得するのであつた。或る人が、その法を得て角館の町へ来て、いろくの不思議を行ふて見せた話が伝えられてゐる。
・御富士道にコノシロの絵馬
矢張りその太平山の麓に富士権現の社がある。ところが村の人々は、その権現をかの人の子をあまり攫つて食ふので、お釈迦様が彼女の一番可愛がつてゐる末子を隠くし、悔悟させ、人肉の代はりに柘榴の実を食ふやうに教えた。あの鬼子母神と同じものにして祀り、その話をムカシゴとして子供達へ語り聞かしてゐるのである。
その堂へ人々が、柘榴の絵馬を奉納するは富士権現であり乍ら、鬼子母神の伝説を有する故判かつた話であるが、鰶の絵馬を供へることは面白い。関東地方で、鰶は人間の肉の味がするといふ所もある故、柘榴のやうに人肉代用の意か。
然し又、富士山の山ノ神が非常にこの魚を愛するため、登山者が食ふことを忌むというから、その信仰から出たのかも知れない。
元来この堂の後の断崖には、藤の太蔓が幾本も垂れ下がつてゐて、上の山の峯で山伏の試験を終へた者が、最後にその蔓を伝って下りて来て、堂に籠もるのであった。（試験官は今宮摂津守）それ故、その藤から出た藤権現と考へてゐたことであつた。（『秋田郡邑魚譚』一九四〇）
秋田はコノシロの棲息域の北限でもあり、また富士からあまりにも遠いこともあって、おそらくこれが「富士＋コノシロ」伝承の北限ではないかと思う。「コノシロが生きた儘」ないし「コノシロの絵馬」という現れ方はともにここ一例のみであるほか、だいぶ伝承の内容にも他の説話との相互拡散が見られ、複雑になっている。「子の代」系説話も混じってきているが、気になるのはやはり「富士山の山ノ神が非常にこの魚を愛するため」との一節であろう。遠隔の地にまできっちり伝えられている富士とコノシロとの関係とはいったい、なんなのか…。
ちなみに『秋田郡邑魚譚』の著者武藤鐵城氏は、宮本常一をして「このような事業のあとをつぐものは今日までほとんど現れていない」と絶賛させる地方民俗史家であり、別の著では越え口の祠で得たバテレンの秘法を角館の町中で駆使する艶譚を採っている。
さて角館の場合も、遠方の私に代わって仙台在住の知人角田氏が現地踏査を行ってくださった。以下はレポートの全文である。
…発見できず。
まず「大平山」は地元の年配の人も名前を知らない様子です。「テレビ塔の建っている山」と言えば通りがいいみたい。遠目には確かに立っています。
武家屋敷街の北の外れから橋を渡ります。雪無し。ビショビショの雨。
山の目前に団地が二棟。その奥が馬を調教するための空き地。次の国体の馬術競技のためか。
道を入るとすぐ、昔の鉱山の跡地のような黄色いガレキの体積した場所。…「西ノ沢鉱山」か。裸の山の中腹に穴があいていて、排水のホースが出ている。
道をさらに上ると、一帯、低いが傾斜のキツイ山が幾つか重なっている。倒木がそのままになっている、あまり人の入らない暗い杉林。不法投棄のゴミ若干。
「大平山麓」という表現は実感がないです。うねうね「谷間」の様な場所を歩いている感覚。高く低く道がつづく。小鳥の声だけ。気持ちのいい場所ではないです。大平山の山頂は、手前の山や樹に邪魔され全く見えない。
地図の道は、傾斜を切り開いて作ったものらしく、緑っぽい砂利が敷いてあるという状態。楽に歩けます。排水路や崖崩れ防止の工事がされている。新しい道か。
例のＳ字カーブの周辺には携帯電話の電波中継塔が二つ。
そこがきつい登りで、後はほぼ下り。奥にすすむと、小さい果樹園（というか小屋のそばにトラック。奥に黒いネットのごちゃごちゃという場所）。水流があり、田んぼ。人家。
人影なく犬が吠えている。ここまで来てしまうと、山の西に入り込んでしまうので、脇道を探りながら引き返すことに。
通行禁止の小勝田地区の看板。奥は枝分かれした落ち葉と倒木の道。ふりかえると特徴の無い場所で、迷いそうなので戻る。倒れた杉の木の葉が黒く変色している塊がなにかの建物と紛らわしい。
中継基地の下あたりにも枝道あり。途中で崖崩れで欠けている。濡れ落ち葉の体積で、滑るので踏み込まず。
9:00 角館駅前出発。
9:50 山に入る。
11:00 折り返し。
12:00 街に戻る。
…地図の道をたどっただけです。天候がよければ脇道を調査できると思いますが、道路から見える範囲には社の類はありません。
ネガティブな予想では、恐らく今の道を作るときに壊されたのでは、というもの。
次に行くとしたら、テレビ塔を直接狙う。大平山本体のふもとを見てみる。「西ノ沢鉱山」跡らしき場所はすぐわかる。北側は山の地肌が見えているので近づきませんでしたが、ここに入ってみる。奥の人家の人に聞いてみる。などなどの手があります。駅前の喫茶店とか観光案内施設で話しを聞く。小学生が行く「トンケ山」…子供が行くような山ではない。郷土史のトミチタイチという方が詳しいかも。図書館は結構遠いらしい。作家の西木正明が街に住んでいる？？
角館町。桜の季節以外はシーズンオフ。人影まばら。幹線道路は、観光客の車は結構通っています。
枯草のようないぶい匂いがたちこめた街でした。
このしろ池が文献に初登場するのは十七世紀のことだという。たんに「池」との記述ならば中世からあるそうである。富士山頂の霊水は、実はこのしろ池のほかにもうひとつあり、「金明水」「銀明水」と呼ばれている。このしろ池は火口の中央にあるが金銀両池はお鉢（外輪山）の上にある。孔だらけの溶岩によく水が溜まるものだが、じっさいに溜まるのであり、琵琶湖を掘って富士を築いたとの伝説からこの池の水源は琵琶湖であるとの説や、琵琶湖の水を富士山頂に注ぎ、金明水を琵琶湖に持ち帰る習俗など霊水の民俗はなかなか豊富である。千駄ヶ谷富士の山頂にも金明・銀明水は作ってあった。ところがこの両池の存在がはっきりしてくるのは江戸期も後半まで下る。だので中世資料の「池」とはおそらくはこのしろ池を指すと思われる。このしろ池は、古さと普及度のケタが違うのだ。たとえば富士山麓の湧き水群「忍野八海」のうち鏡池の池端にかつてあった碑に
そこすみてのどけき池はこれぞこのしろたへの雪のしづくなるらん
との歌が刻まれていたともいうが、よく見ると「このしろ」の語が詠みこまれている。古忍野湖（宇津湖）の干上がったあとに残された八つの池という、これまた伝説めいた忍野八海を、山頂の霊水と連関させようとしたのだろう。
さて、富士山頂から始まって、石巻山、関東の富士塚、室の八島、可也山、太平山と各地の「このしろ池」を駆け足で見てきた。事例はさまざまなヒントを与えてくれるが、いったん整理してみよう（コノシロの民俗の残る地、というリストアップだが、富士塚だけは例外であることを確認しておく）。
このしろ池 富士信仰 女神・娘
富士山頂 ○ ○ ○
富士塚 × ○ ○
室の八島 × ○ ○
身代神社 ○ ？ ○
石巻山 ○ ？ ×
可也山 ○ ？ ×
太平山 × ○ ×
どうやら、いくつか見てとれることがある。すなわち、�．灰離轡蹐僚亳修蓮崔咫廚鬚箸發覆錣覆ぞ豺腓�ある。�∪亟�山、可也山の山岳信仰は「富士信仰」なのかどうかはっきりしない。��女神との結びつきは案外に希薄である。
以上から、少なくともこういうことはもはや断定していいであろう。富士山頂の「このしろ池＋女神＋身代わり葬」の例は、決して各伝承を総括したり源泉になっていたりするような性質のものではなく、むしろ後代の派生的な伝承である、と。そしてもっとも派生的な要素はおそらく「女神・娘」なのであって、富士・栃木・宮代の娘たちは似ているようでその実、どれが元になっているともいいにくい、どうにもバラバラな印象である。身代わり葬の要素に後からつけ加えられたようにみえるのだ。
では、富士信仰とはなんなのか。これを追いかけてみる必要がでてきたようである。
こんにち、一口に富士講というが、江戸開幕当初、修験道の流れから出てはじめに富士信仰の道を開いた始祖、長谷川角行(かくぎょう)のころには、この宗派はまだ「富士講」とは呼ばれていなかった。角行は富士山を至高神「仙元大日」と位置づけ行法を整備し、異形の文字を連ねたマンダラ風の「お身抜き」を作りだすなど、独特の呪法で信仰にのぞんだ。それが下って六代、伊藤食行(じきぎょう)身禄による財産をなげうち身を挺しての布教活動と、修験道からはなれ現世利益をうたった分かりやすい教義、そして劇的な富士入寂などにより一気に江戸庶民の間に流行する。プロテストを本意としない通俗性によって広汎な支持を得たのだと思われる。富士講の名はこのころから使われるようになったようだ。だがどうも私個人的としては、四国遍路のミニ版が全国にできたのと同時期のこの俗化、ありていにいって我らが信仰の歴史において見るべき価値に欠けるように思う。「信ずる」ということの根拠が浅いように感じるのだ。
富士信仰という宗教情操そのものは、かなり古くからあったろうと想像できる。あの端正で怜悧な山容に、ある種の生命力を見いだすのは、ごくしぜんな感覚だろうと思うからだ。まして平安期くらいまでは噴煙さえ上がっていたのだ。たとえば『更級日記』は菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)という十三才の少女の見た旅路の景色をつづるところから始まるのだが、富士への素朴な親愛が行間にあふれており好ましい。また現代では田宮虎彦が「富士を見に」という、生涯を富士をただ眺めることに使う、ひと組の男女を描いた好短篇を遺している。信頼と親愛の深さ、との観点に立つかぎり、こういった質朴さに較べて後期富士講の我の立ったありようには、個人的にはどうも共感しえない。
こんにち簡単に富士山というが、富士の名を冠する山は日本中に沢山ある。野田秀樹は大作戯曲「宇宙(ワルハラ)蒸発」のなかで全国に富士は三十一あるとして次のように列記している。
アリマス 北はエゾフジヨーテイ山から南はサツマフジカイモンダケまで三十とひとつの富士の山。（中略）いいか、北はエゾフジ、ヨーテイ山、アカンフジ、キタミフジ、ツガルフジ、チョウカイ山はデワフジ、ナンブフジ、アズマコフジにバンダイサンがアイズフジ、下ってハルナフジ、ノトフジ、ワカサフジがアオバ山、オンタケフジにチヨノフジというジョークでひと休み、近くはオウミフジ、ヤマトフジがミカミヤマ、イマサカフジにアキノコフジ、ホウキの国はダイセンがホウキフジ、南にサヌキフジ、イヨノコフジ、海を渡ってチクシフジ、ヒラドフジ、ゴトウフジ、カイモンダケがサツマフジ、あわせて三十と二つはない
三十一といいながらこの科白では二十四しかいわれていないが、そこは上演時間を考慮した演劇のこと、文献資料ではないのでいいとする。とはいえ駿河富士の姉にして卑屈に縮こまったといわれる下田富士（静岡）やこのしろ池のある糸島富士（福岡）がいきなり欠けており、詳しく追いかければまだまだいくらも発見できそうである。
また榛名富士と駿河富士との競争伝説、下田富士と駿河富士との姉妹伝説、大衆のものとしてあった筑波に対して澄ましかえった富士の姿は人の温もりを禁じられた「美女への罰」であるという伝承など対立型の伝承や、各地の「小富士」に見られるあやかり型の伝承など例は様々である。ただ、それらが「古い」のかどうかは検討しておく必要があるだろう。
『日本宗教辞典』によると、
【終章】「不意に顕れるもの」
・「秋田郡邑魚譚」という本
北仙郡 中川村
・生きた鰶 村のうち小勝田部落に太平山といふ、高い尖んがつた山がある。その腰から北澤部落へ越す「越え口」に塞神の小祠がある。
昔キリシタンパテレンの法を得たいと思ふ者が、其処へ百日も参籠して念が通ずると、季節でない時でも海の魚であるコノシロが生きた儘その壇に載つてゐる。
そしてそれを食べると、完全にキリシタンの魔法を会得するのであつた。或る人が、その法を得て角館の町へ来て、いろくの不思議を行ふて見せた話が伝えられてゐる。
・御富士道にコノシロの絵馬 矢張りその太平山の麓に富士権現の社がある。ところが村の人々は、その権現をかの人の子をあまり攫つて食ふので、お釈迦様が彼女の一番可愛がつてゐる末子を隠くし、悔悟させ、人肉の代はりに柘榴の実を食ふやうに教えた。あの鬼子母神と同じものにして祀り、その話をムカシゴとして子供達へ語り聞かしてゐるのである。
その堂へ人々が、柘榴の絵馬を奉納するは富士権現であり乍ら、鬼子母神の伝説を有する故判かつた話であるが、鰶の絵馬を供へることは面白い。関東地方で、鰶は人間の肉の味がするといふ所もある故、柘榴のやうに人肉代用の意か。
然し又、富士山の山ノ神が非常にこの魚を愛するため、登山者が食ふことを忌むというから、その信仰から出たのかも知れない。
元来この堂の後の断崖には、藤の太蔓が幾本も垂れ下がつてゐて、上の山の峯で山伏の試験を終へた者が、最後にその蔓を伝って下りて来て、堂に籠もるのであった。（試験官は今宮摂津守）それ故、その藤から出た藤権現と考へてゐたことであつた。
私はこれが前述、コノシロが見えたといふ生臭い塞神と同じく、何かキリシタン事情に脈絡を持つてゐるものではないかと思つてゐる。
（武藤鐵城「秋田郡邑魚譚」、『日本常民生活資料叢書』10巻、三一書房1973）
コノシロハ魚庸、鰶等ノ字ヲ用来レリ。俗間ニ鮗ト書ハ鰶ノ誤ニテ、鮗ハ字書ニナシ。是等ノ類ハ、多ク小野ノ篁歌字尽シト云書ノ過失ヨリ出ズ。是ノ書ハ、童子ノ手ヘ授クベキモノニ非ズ。
top→ http://
2006年11月27日 15:32
【山行記録：可也山】コノシロ池にせまる
糸島の可也山にコノシロ池という名の池があるそうで、「山歩き＠福岡」コミュで竜さんが情報を求めておられた。地図を見ると可也山のまわりには無数の溜池がある。登ったことないし、宝探しみたいで面白そうだと行ってみた。
ホントは早起きして久住に行くつもりだったがまったく起きれず行き先を変更したことは秘密である。
まずはやや大きめの池のすぐそばまで車道がつながっている南側斜面にまわる。車道といっても最後は未舗装の農道のような道だ。
さっそく池発見。名前わからず…。そりゃそうだ。名札つけてるわけじゃない。池を覗くと大きな錦鯉が泳いでいる。養殖しているようだ。立ち入り禁止・釣り禁止の看板も出ていた。
近くでは農作業中の人の姿も見える。鯉どろぼうと思われるんじゃ。相変わらずチキンなワシ。早々に退散。
近くに似たような池もあったがこちらも名前わからず。今度は甘夏柑がたくさんなっていた。これも泥棒と間違われてはこまる。早々に退散。
弱ぇ…。せめて地の人に「コノシロ池を探しているんですが」と聞けばよいものを…。
そのうち手がかりもあるだろうと、可也山に登ることにした。４つほど登山ルートがあるようだが、東側の可也病院の近くから登ることにした。
ちいさな商店の向かいに登山者用の駐車場があるのはうれしい。実はそこの看板に地図が出ていて周囲の溜池でも大きいものにはだいたい名前がついていた。コノシロ池はなし。ナゾは深まる。
山道は竹林にやや押され気味な広葉樹林。遊歩道として整備されていて迷うことはない。石切り場跡を過ぎ、第一展望所もスルー。目指すはコノシロ池のみ。
可也山の山頂付近は東西に長くのびていて地図でみるとピークが二つあるように見える。らくだのこぶのイメージ。歩いた実感としてはミツコブラクダだった。
一つ目のピークを過ぎ、左手に小富士梅林への分岐を見ながら直進。更に小さなピークを超えて山頂との鞍部の右手に小さな祠が現れ、左手にはなんとこのしろ池を示す看板があった！
普通に山頂を目指して歩けばほとんど見落とすことはあるまい。あぁ、宝探しのロマンが…。
気を取り直して標識に従い、南側斜面をくだる。分岐のすぐ下、１０ｍもないところにこのしろ池はあった。
うーん。池っていうより涸れ井戸ですねぇ。深さは２ｍないでしょう。ブロック積んであるんで周囲の造作はそんなに古くもないと思われ。
バチあたりかなとおびえつつ中の写真も撮っときました。
貞子は出てこんかった。
個人的にはその更に下、１〜２分のところにあるワシ穴のほうが見ごたえありました。あと、山頂西側の展望所からの景色は最高。これはオススメです。
所要時間はこのしろ池経由で上り１時間、下りはかなり急いで２５分弱でした。
こんなもんでどうでしょ。竜さん。
このしろ池の名前の由来はわかりませんが、魚のコノシロとはおよそ無縁な場所です。そもそもこんな山頂近くで過去に水が出ていたのかも疑問。
ちなみに、このしろ池への分岐のやや山頂よりに可也神社があります。神社と池はすぐ近くなので何か所縁があるのかもしれません。境内にあった看板はまったく読めない状態でした。可也神社がらみで史料を探せば何か出てくるかもしれませんね。
写真はだいぶサイズ落としてますので、もしご希望でしたら元データを送ります。他にも若干あります。遠慮なくどうぞ。
2006年11月28日 14:52 竜
ありがとうございますー！全国に数あるコノシロ池の中でもこれは、かなーり怪しい事例ですねぇ…。
ただ、はっきり確認できたことがあります。ここもまた、魚のコノシロとはまったく無縁に見える！ということです。実は、他のところもそうなんです。全部です。それがなぜなのかを求めて、もっかあらゆる資料を探索しているところなので、ひじょう〜に助かりました！
ちなみに、他のはどこにあるかというと、富士山頂（！）、愛知県豊橋市の石巻山、埼玉県宮代町身代（このしろ）神社、栃木市大神（おおみわ）神社、そして池なしで魚だけが出現するという、秋田県角館町太平山麓の５箇所です。そして私はそのうちのひとつである宮代町に住んでおり、数年前からこの謎にとり憑かれて夜も眠れません。
またご連絡させていただきます。どうもありがとうございました！
2006年11月28日
17:39 イナゴ
> 竜さん
コメントありがとうございます！あまり芳しくない結果で残念ですが…。
でもコノシロ池が富士山頂にまであるとはびっくりです。
こちらでも他に情報がないか気に留めておきますね。
「可也神社」の由来などについては未調査である。カヤの名そのものは伽耶・伽羅を指すのだろうが、そのこととこのしろ池とは関係なさそうだ。糸島富士と呼ばれるくらいだから、やはりここも富士山頂このしろ池と関係があるのかもしれない。だがここで重要なのは、イナゴ氏の指摘にあるとおり「こんな山頂近くで過去に水が出ていたのか」ということだろう。コノシロがいないことがこのしろ池の必要条件だとすれば、強調のために「水のない池」を作る方向に傾く民俗はありえようからだ。現に富士のこのしろ池に水があるのは一年のうちわずか数週間なのであって、可也山の涸れ井戸はこれを真似たものかもしれないのである。
この現象のさらに極端になったかと思われる事例が秋田にある。ここでは、コノシロの魚体だけがあって、池を欠いているのだ。北仙郡中川村の富士権現社では、次のような伝承が採録されている。
・生きた鰶 村のうち小勝田部落に太平山といふ、高い尖んがつた山がある。その腰から北澤部落へ越す「越え口」に塞神の小祠がある。
昔キリシタンパテレンの法を得たいと思ふ者が、其処へ百日も参籠して念が通ずると、季節でない時でも海の魚であるコノシロが生きた儘その壇に載つてゐる。
そしてそれを食べると、完全にキリシタンの魔法を会得するのであつた。或る人が、その法を得て角館の町へ来て、いろくの不思議を行ふて見せた話が伝えられてゐる。
・御富士道にコノシロの絵馬
矢張りその太平山の麓に富士権現の社がある。ところが村の人々は、その権現をかの人の子をあまり攫つて食ふので、お釈迦様が彼女の一番可愛がつてゐる末子を隠くし、悔悟させ、人肉の代はりに柘榴の実を食ふやうに教えた。あの鬼子母神と同じものにして祀り、その話をムカシゴとして子供達へ語り聞かしてゐるのである。
その堂へ人々が、柘榴の絵馬を奉納するは富士権現であり乍ら、鬼子母神の伝説を有する故判かつた話であるが、鰶の絵馬を供へることは面白い。関東地方で、鰶は人間の肉の味がするといふ所もある故、柘榴のやうに人肉代用の意か。
然し又、富士山の山ノ神が非常にこの魚を愛するため、登山者が食ふことを忌むというから、その信仰から出たのかも知れない。
元来この堂の後の断崖には、藤の太蔓が幾本も垂れ下がつてゐて、上の山の峯で山伏の試験を終へた者が、最後にその蔓を伝って下りて来て、堂に籠もるのであった。（試験官は今宮摂津守）それ故、その藤から出た藤権現と考へてゐたことであつた。（『秋田郡邑魚譚』一九四〇）
秋田はコノシロの棲息域の北限でもあり、また富士からあまりにも遠いこともあって、おそらくこれが「富士＋コノシロ」伝承の北限ではないかと思う。「コノシロが生きた儘」ないし「コノシロの絵馬」という現れ方はともにここ一例のみであるほか、だいぶ伝承の内容にも他の説話との相互拡散が見られ、複雑になっている。「子の代」系説話も混じってきているが、気になるのはやはり「富士山の山ノ神が非常にこの魚を愛するため」との一節であろう。遠隔の地にまできっちり伝えられている富士とコノシロとの関係とはいったい、なんなのか…。
ちなみに『秋田郡邑魚譚』の著者武藤鐵城氏は、宮本常一をして「このような事業のあとをつぐものは今日までほとんど現れていない」と絶賛させる地方民俗史家であり、別の著では越え口の祠で得たバテレンの秘法を角館の町中で駆使する艶譚を採っている。
さて角館の場合も、遠方の私に代わって仙台在住の知人角田氏が現地踏査を行ってくださった。以下はレポートの全文である。
…発見できず。
まず「大平山」は地元の年配の人も名前を知らない様子です。「テレビ塔の建っている山」と言えば通りがいいみたい。遠目には確かに立っています。
武家屋敷街の北の外れから橋を渡ります。雪無し。ビショビショの雨。
山の目前に団地が二棟。その奥が馬を調教するための空き地。次の国体の馬術競技のためか。
道を入るとすぐ、昔の鉱山の跡地のような黄色いガレキの体積した場所。…「西ノ沢鉱山」か。裸の山の中腹に穴があいていて、排水のホースが出ている。
道をさらに上ると、一帯、低いが傾斜のキツイ山が幾つか重なっている。倒木がそのままになっている、あまり人の入らない暗い杉林。不法投棄のゴミ若干。
「大平山麓」という表現は実感がないです。うねうね「谷間」の様な場所を歩いている感覚。高く低く道がつづく。小鳥の声だけ。気持ちのいい場所ではないです。大平山の山頂は、手前の山や樹に邪魔され全く見えない。
地図の道は、傾斜を切り開いて作ったものらしく、緑っぽい砂利が敷いてあるという状態。楽に歩けます。排水路や崖崩れ防止の工事がされている。新しい道か。
例のＳ字カーブの周辺には携帯電話の電波中継塔が二つ。
そこがきつい登りで、後はほぼ下り。奥にすすむと、小さい果樹園（というか小屋のそばにトラック。奥に黒いネットのごちゃごちゃという場所）。水流があり、田んぼ。人家。
人影なく犬が吠えている。ここまで来てしまうと、山の西に入り込んでしまうので、脇道を探りながら引き返すことに。
通行禁止の小勝田地区の看板。奥は枝分かれした落ち葉と倒木の道。ふりかえると特徴の無い場所で、迷いそうなので戻る。倒れた杉の木の葉が黒く変色している塊がなにかの建物と紛らわしい。
中継基地の下あたりにも枝道あり。途中で崖崩れで欠けている。濡れ落ち葉の体積で、滑るので踏み込まず。
9:00 角館駅前出発。
9:50 山に入る。
11:00 折り返し。
12:00 街に戻る。
…地図の道をたどっただけです。天候がよければ脇道を調査できると思いますが、道路から見える範囲には社の類はありません。
ネガティブな予想では、恐らく今の道を作るときに壊されたのでは、というもの。
次に行くとしたら、テレビ塔を直接狙う。大平山本体のふもとを見てみる。「西ノ沢鉱山」跡らしき場所はすぐわかる。北側は山の地肌が見えているので近づきませんでしたが、ここに入ってみる。奥の人家の人に聞いてみる。などなどの手があります。駅前の喫茶店とか観光案内施設で話しを聞く。小学生が行く「トンケ山」…子供が行くような山ではない。郷土史のトミチタイチという方が詳しいかも。図書館は結構遠いらしい。作家の西木正明が街に住んでいる？？
角館町。桜の季節以外はシーズンオフ。人影まばら。幹線道路は、観光客の車は結構通っています。
枯草のようないぶい匂いがたちこめた街でした。
このしろ池が文献に初登場するのは十七世紀のことだという。たんに「池」との記述ならば中世からあるそうである。富士山頂の霊水は、実はこのしろ池のほかにもうひとつあり、「金明水」「銀明水」と呼ばれている。このしろ池は火口の中央にあるが金銀両池はお鉢（外輪山）の上にある。孔だらけの溶岩によく水が溜まるものだが、じっさいに溜まるのであり、琵琶湖を掘って富士を築いたとの伝説からこの池の水源は琵琶湖であるとの説や、琵琶湖の水を富士山頂に注ぎ、金明水を琵琶湖に持ち帰る習俗など霊水の民俗はなかなか豊富である。千駄ヶ谷富士の山頂にも金明・銀明水は作ってあった。ところがこの両池の存在がはっきりしてくるのは江戸期も後半まで下る。だので中世資料の「池」とはおそらくはこのしろ池を指すと思われる。このしろ池は、古さと普及度のケタが違うのだ。たとえば富士山麓の湧き水群「忍野八海」のうち鏡池の池端にかつてあった碑に
そこすみてのどけき池はこれぞこのしろたへの雪のしづくなるらん
との歌が刻まれていたともいうが、よく見ると「このしろ」の語が詠みこまれている。古忍野湖（宇津湖）の干上がったあとに残された八つの池という、これまた伝説めいた忍野八海を、山頂の霊水と連関させようとしたのだろう。
さて、富士山頂から始まって、石巻山、関東の富士塚、室の八島、可也山、太平山と各地の「このしろ池」を駆け足で見てきた。事例はさまざまなヒントを与えてくれるが、いったん整理してみよう（コノシロの民俗の残る地、というリストアップだが、富士塚だけは例外であることを確認しておく）。
このしろ池 富士信仰 女神・娘
富士山頂 ○ ○ ○
富士塚 × ○ ○
室の八島 × ○ ○
身代神社 ○ ？ ○
石巻山 ○ ？ ×
可也山 ○ ？ ×
太平山 × ○ ×
どうやら、いくつか見てとれることがある。すなわち、�．灰離轡蹐僚亳修蓮崔咫廚鬚箸發覆錣覆ぞ豺腓�ある。�∪亟�山、可也山の山岳信仰は「富士信仰」なのかどうかはっきりしない。��女神との結びつきは案外に希薄である。
以上から、少なくともこういうことはもはや断定していいであろう。富士山頂の「このしろ池＋女神＋身代わり葬」の例は、決して各伝承を総括したり源泉になっていたりするような性質のものではなく、むしろ後代の派生的な伝承である、と。そしてもっとも派生的な要素はおそらく「女神・娘」なのであって、富士・栃木・宮代の娘たちは似ているようでその実、どれが元になっているともいいにくい、どうにもバラバラな印象である。身代わり葬の要素に後からつけ加えられたようにみえるのだ。
では、富士信仰とはなんなのか。これを追いかけてみる必要がでてきたようである。
こんにち、一口に富士講というが、江戸開幕当初、修験道の流れから出てはじめに富士信仰の道を開いた始祖、長谷川角行(かくぎょう)のころには、この宗派はまだ「富士講」とは呼ばれていなかった。角行は富士山を至高神「仙元大日」と位置づけ行法を整備し、異形の文字を連ねたマンダラ風の「お身抜き」を作りだすなど、独特の呪法で信仰にのぞんだ。それが下って六代、伊藤食行(じきぎょう)身禄による財産をなげうち身を挺しての布教活動と、修験道からはなれ現世利益をうたった分かりやすい教義、そして劇的な富士入寂などにより一気に江戸庶民の間に流行する。プロテストを本意としない通俗性によって広汎な支持を得たのだと思われる。富士講の名はこのころから使われるようになったようだ。だがどうも私個人的としては、四国遍路のミニ版が全国にできたのと同時期のこの俗化、ありていにいって我らが信仰の歴史において見るべき価値に欠けるように思う。「信ずる」ということの根拠が浅いように感じるのだ。
富士信仰という宗教情操そのものは、かなり古くからあったろうと想像できる。あの端正で怜悧な山容に、ある種の生命力を見いだすのは、ごくしぜんな感覚だろうと思うからだ。まして平安期くらいまでは噴煙さえ上がっていたのだ。たとえば『更級日記』は菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)という十三才の少女の見た旅路の景色をつづるところから始まるのだが、富士への素朴な親愛が行間にあふれており好ましい。また現代では田宮虎彦が「富士を見に」という、生涯を富士をただ眺めることに使う、ひと組の男女を描いた好短篇を遺している。信頼と親愛の深さ、との観点に立つかぎり、こういった質朴さに較べて後期富士講の我の立ったありようには、個人的にはどうも共感しえない。
こんにち簡単に富士山というが、富士の名を冠する山は日本中に沢山ある。野田秀樹は大作戯曲「宇宙(ワルハラ)蒸発」のなかで全国に富士は三十一あるとして次のように列記している。
アリマス 北はエゾフジヨーテイ山から南はサツマフジカイモンダケまで三十とひとつの富士の山。（中略）いいか、北はエゾフジ、ヨーテイ山、アカンフジ、キタミフジ、ツガルフジ、チョウカイ山はデワフジ、ナンブフジ、アズマコフジにバンダイサンがアイズフジ、下ってハルナフジ、ノトフジ、ワカサフジがアオバ山、オンタケフジにチヨノフジというジョークでひと休み、近くはオウミフジ、ヤマトフジがミカミヤマ、イマサカフジにアキノコフジ、ホウキの国はダイセンがホウキフジ、南にサヌキフジ、イヨノコフジ、海を渡ってチクシフジ、ヒラドフジ、ゴトウフジ、カイモンダケがサツマフジ、あわせて三十と二つはない
三十一といいながらこの科白では二十四しかいわれていないが、そこは上演時間を考慮した演劇のこと、文献資料ではないのでいいとする。とはいえ駿河富士の姉にして卑屈に縮こまったといわれる下田富士（静岡）やこのしろ池のある糸島富士（福岡）がいきなり欠けており、詳しく追いかければまだまだいくらも発見できそうである。
また榛名富士と駿河富士との競争伝説、下田富士と駿河富士との姉妹伝説、大衆のものとしてあった筑波に対して澄ましかえった富士の姿は人の温もりを禁じられた「美女への罰」であるという伝承など対立型の伝承や、各地の「小富士」に見られるあやかり型の伝承など例は様々である。ただ、それらが「古い」のかどうかは検討しておく必要があるだろう。
『日本宗教辞典』によると、
【終章】「不意に顕れるもの」
・「秋田郡邑魚譚」という本
北仙郡 中川村
・生きた鰶 村のうち小勝田部落に太平山といふ、高い尖んがつた山がある。その腰から北澤部落へ越す「越え口」に塞神の小祠がある。
昔キリシタンパテレンの法を得たいと思ふ者が、其処へ百日も参籠して念が通ずると、季節でない時でも海の魚であるコノシロが生きた儘その壇に載つてゐる。
そしてそれを食べると、完全にキリシタンの魔法を会得するのであつた。或る人が、その法を得て角館の町へ来て、いろくの不思議を行ふて見せた話が伝えられてゐる。
・御富士道にコノシロの絵馬 矢張りその太平山の麓に富士権現の社がある。ところが村の人々は、その権現をかの人の子をあまり攫つて食ふので、お釈迦様が彼女の一番可愛がつてゐる末子を隠くし、悔悟させ、人肉の代はりに柘榴の実を食ふやうに教えた。あの鬼子母神と同じものにして祀り、その話をムカシゴとして子供達へ語り聞かしてゐるのである。
その堂へ人々が、柘榴の絵馬を奉納するは富士権現であり乍ら、鬼子母神の伝説を有する故判かつた話であるが、鰶の絵馬を供へることは面白い。関東地方で、鰶は人間の肉の味がするといふ所もある故、柘榴のやうに人肉代用の意か。
然し又、富士山の山ノ神が非常にこの魚を愛するため、登山者が食ふことを忌むというから、その信仰から出たのかも知れない。
元来この堂の後の断崖には、藤の太蔓が幾本も垂れ下がつてゐて、上の山の峯で山伏の試験を終へた者が、最後にその蔓を伝って下りて来て、堂に籠もるのであった。（試験官は今宮摂津守）それ故、その藤から出た藤権現と考へてゐたことであつた。
私はこれが前述、コノシロが見えたといふ生臭い塞神と同じく、何かキリシタン事情に脈絡を持つてゐるものではないかと思つてゐる。
（武藤鐵城「秋田郡邑魚譚」、『日本常民生活資料叢書』10巻、三一書房1973）
コノシロハ魚庸、鰶等ノ字ヲ用来レリ。俗間ニ鮗ト書ハ鰶ノ誤ニテ、鮗ハ字書ニナシ。是等ノ類ハ、多ク小野ノ篁歌字尽シト云書ノ過失ヨリ出ズ。是ノ書ハ、童子ノ手ヘ授クベキモノニ非ズ。
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