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2015年06月22日17:27
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017 開放フードはずし2 1/
開放フードはずし��
時 一九八二年
所 北関東
人 孔（コウ）
結（ゆう）
オノレ・ド・ザックバラン
複数の戦闘ヘリの爆音が空を縦横に行き来し、溶暗。
暗黒。劇場のあちこちから声のみ聞こえる。
―― 蛇腹…。
―― ヘリコイド…。
―― 暗箱…。
―― ネガティヴ…。
―― 非点収差…。
―― 凍れ…。
その声ら執拗に繰りかえされ、やがて狂騒的に速度を増し、最後に揃って「凍れ！」と叫びこだますると、急激に夕暮れの陽光射しこみ花道に立つ少年を照らしだす。学ラン学帽サングラスに釣り鐘マントの黒ずくめ。ノスタルジックな詩情と音楽。ハンドマイクにて語りだすだろう。【Ｍ� �Bruce Springsteen "Lucky Town"】
少年 私が自覚的に演劇の道に踏みこんだのは
一九八〇年代の初頭だったが
それは燎原の火のように燃えさかった
日本(にっぽん)アンダーグラウンド演劇の
勢いがみるみる退潮し
スタイルだけを継承して
精神を継承することのなかった
新商業主義演劇の時代へと
取って代わられる時期と一致していた
以後ほぼ二〇年をかけて
手作りゆえに商品化されえまい
との淡い期待を裏切りつつ
われわれの演劇は資本の論理に
自己同一化する道を
突き進んできたように見える
ひとつ又ひとつと心ある劇団が
そして劇場が
潰えていくのを見ることは本当に辛かった
もっとも記録としてのアングラ史に
記された紅テントや発見の会
その他二〇ばかりの劇団は
今も命脈を保ってはおり
このことに異論を唱える気はないけれども
ただ私は
かの勢いを下で支えていた若年者たちの層
――もう終わってしまったかに見えるムーヴメントにいまさらしがみつきみずからの身体性にすら疑いを持ち半ば以上は諦めながらしかもどうしても諦めきれずに芝居を続けていた者ら――
その幾万もの存在とうめきを
彼らより更に一世代遅れてきた
目撃者として
忘れることができずにいる
九〇年代の初めには
（その頃、発見の会と大駱駝鑑とをのぞくすべての前衛舞台集団が七〇年頃の意志を再確認し切れずに組織改編・改称ないしは解散の道をえらんでいたのだが）
麿赤児はある苛立ちをもって
「俺がアングラとは何だかをやってみせる」といい放ち
二月の寒風渦巻く不忍池
水上音楽堂において
ドストエフスキー「罪と罰」を上演した
そこでの主人公は
ラスコリニコフでもソーニャでもなく実に台詞(セリフ)の八割方を独りで背負いこみながら
得体の知れない邪悪の道を
滅亡へとひた走る麿演ずるところの
スビドリガイロフだったのだ！
が、麿のいいたかった
本物のアングラとは何なのか当時の僕には言葉で捉えることはできなかった
それから更に十数年が経ち
やっと少しずつ僕の身体は
「そのヒント」を言葉に
そして舞台に できるようになってきた
いま敢えて記すならアングラの精神とは
「我が身のうちの恥の一点のみを依り処に、世界を背負いこむ」ことなのだ
重要なのは絶叫でも裸体でも
政治的課題でも物語の重層構造でもない
（そんなものは手法にすぎない）
細胞のそこ暗い深みから
引きずりだしては舞台にブチまける
「死」の思想こそがアングラの
通奏低音なのだ
いみじくも三木卓が
「かれらが走りぬけた日」で身をもって
示したように
作品に代理人として死んでもらうこと
を芸術の緊要な側面であるとするならば
日本アンダーグラウンド演劇は実に
そのことのみに特化しようと試み
幾度かはともかくもその領域に
触れた芸術であろうと思う
そう考えると
われらが同じことを試みても
あながち時代遅れともいえまい
いち演劇家としてずっと追走するに足る
センスと濃度を持った表現方法で
あろうと思われる
以上の根拠の上に、
今回の「がむしテラス」は企図された
彼ら若年者層たちの名ひとつ
歴史の一行に記そうともしない
演劇「正史」などに呑まれてはおれぬ
いま、この状況を生き
世界を今一度記述せよ
わが身のよじれをもって！
音楽鮮やかに残り、短い暗転。
●
ふたたび明かり入ると、螺旋階段に縛りつけられている（注・上演会場は阿佐ヶ谷スタジオ・アルスノーヴァを想定している）学ラン学帽の高校生。黒めがねは取っている、つまりここからが本篇(ストーリー)である。彼の名は孔(コウ)、世界に開いた小さな孔(あな)（を自負している）。【Ｍ�◆�
コウ ハレーションの国へ行くんだ。そういい残してアリゾナ、初恋の人よ、群馬に向かう列車に乗って、君はこの世におさらばした。おれはこうして残された。もう着いたかい？ 西日の中を上越線はテラテラ光りながらゴトゴト過ぎった。窓越しに、中学のうすい制服からのぞいた君のかぐろく細い二の腕がだらんと下がり、その手にもうどんなカメラも握られていないことを確かめながら、おれはなすすべもなく立ちんぼで見送ったっけ。いや違う、見送りさえもしなかったんだ。なぜってアリゾナ、君は誰にも告げずに行っちまったんだから。君を見送ったのは夢だ…二重の夢だ。君とふたりでもう一つのハレーションの国を作るんだ、夢でおれはそういった。が、おれは持っていなかったんだ、君の持つ、あの消失点の「ラ」、チベット語の峠(ラ)、長征の彼方のいかづちの峠(ドルジェ・ラ)、はるかな理想の一点を。
思えば小学二年生から、君は少し違ってたんだ。はじめは取るに足りない国語の授業の「チワンのにしき」――あの末息子の冒険のあと、冒険を回避して乞食に堕ちたふたりの兄が、いまは長者となった弟の家の前を通りかかり、恥を背に、無言で立ち去っていくその影法師。あの無念を君は語ったっけ。死を代償の忠孝に踏みこめないから乞食になるってどういうことよ、まるで兄らに老母を思う気持ちがないかのように、そしてまた乞食人生が罰であるかのように書くこの作家っていったい何様よと怒っていた。このものがたりに悪はない、ただ堕落が描かれているばかり、そしてその堕落とは、命を賭けて母を敬わないことであり、その堕落に取りこまれなければ成金になれる、それってなんなの、と君は怒った。おれの初恋は小二で始まっていたのかも知れない。
そんな君が新宿百人町の路頭で右腕を切り裂かれ、喚いているのに出くわしたのはどんな熱帯夜の悪ふざけだったのか。ケバいショールを血に染めて、細長くダラリと削がれてぶら下がる二の腕の肉を押さえることもせず、既に逃げて行方を眩ましたオトコに向けて体いっぱいの呪詛を投げかけていた。アリゾナ、大丈夫か！ そうあだ名で呼ぶおれに気づきもせず君は呪いの言葉をはき続けた。それがまるでカッサンドラ、新宿の裏町に拉致されてきたトロイアの姫に見えたのはおれだけだったろう。君の正義のセンスが、どんな裏道を折れ曲がっていまのこの叫びに通じているのか、ちっとも分からないながらどうやらおれだけには分かるように思えたのも確か…。救急車の寝台で、おれは君の振り捨てたらしい理知に呼びかけようと努力した。君とゆきたい。アリゾナ、君と翔ってゆきたいと。いま君の瞳孔は開き、そこに映る雲や山なみをひとり追い、シエラネヴァダへの一本道におれを乗せる気などかけらもないのはよく分かった。がだ、その意志に憧れるおれのこの弱気な意志は、これで十年、健在なのだぜ。アリゾナ、これからはおれだ、おれが脇で支えてやるから、一緒に翔っていこうぜアリゾナ！
（唐突に劇調変わり）写真の極意。あの隠微な高校時代の暗室。そこでは幻影だけが主張をもち、事実は決してプリントされることがなかった。それが写真の正体だということに、おれは初めから気づき、そして誰にも教えなかった。鉄筋校舎の片隅に階段下の王国を作ろうとしたんだ。二年の後半で部長に就任するとおれの嗜好には歯止めがかからなくなった。たゆたう幻の光に取り憑かれた十代十幾名の男女たちは、臭化銀の溶液に揺れるフィクションの世界と、暗室に立ちこめる写真のいきれ、氷酢酸の刺激臭と定着液の腐臭に慣れきり、世界の寸断化と手前勝手な再構築――免疫性に欠ける、純粋培養のものがたり世界――に没入していったのだ。が、たとえばそこで森山大道は語られなかった。細江英公もベルナール・フォーコンも語られることはなかった。近親者からの秋波は、嗅覚で生きるおれたちにとって容易に判別できる危険信号だった。語られたのはたとえば人畜無害な篠山紀信、誠実なレニー・リーフェンシュタール、そして正義のロバート・キャパであった。「チャンスがすべてだ」、そう、偽りのおれは語ったものだ。写真には化学反応もあれば、静止と被写界深度の兼ねあいもある、アングルのこと、照明のこと、色彩のこと、暗室作業のテクニックからカメラの整備のことすらありはする、が、永遠にただひとつ大切な要素を選ぶとすればそれはシャッターチャンスなのだと。そうしてキャパはチャンスだけに特化した写真家だ。彼の写真はブレブレだし、露出もいいかげん、アングルもひどいもんだしネガの保存なんかは最低で、いいところなんかないようだが、ただ一点、ことチャンスにおいては誰一人成し遂げなかった地平まで進んでおり、我々に勇気を与えてくれるのだと。一九三六年「ストライキに共感した地元の肉屋さんがプレゼントしたソーセージの籠」のスナップ【図１】に感動したおれはみんなにそう力説したものだ。その時のおれが既に…君を失ってヤケになり、ヤケならではの美学に突きすすんでいることなど、誰にも気づかれはしなかったのだ。
群馬行きの列車は残照に消えて、おれの世界は終わった。アリゾナ、その夕まぐれの向こうにどんな宵闇があって、どんな暮らしを暮らしているのか、ヒントでいい、たとえば一匹のハチに乗せて、おれに届けてくれないか！ おれはカメラを群馬に向けて待っている。それは君のいう、ハレーションの国を写すために用意した特別の装置さ。世界を逆光で写しとるのだ、すると乱反射の海のなかから洗いだされるように君の姿が浮かぶだろう。何故ならフィクションに次ぐフィクション、その大嘘を洗いざらい流し去ってのち初めて、君の突きすすんだ情熱の道が開けるだろうからだ。
カメラオブスクラ。材料はまず、一九二六年イーストマンコダック社製ベスト・ポケット・コダックの単玉レンズ仕様機と、一眼レフカメラを発明したメーカーでもあるアサヒペンタックス社製バヨネットＫマウント標準仕様機が必要だ。それからいちばん薄い接写リング、次にはヘリコイド接写リング、そうしてボディ・キャップで暗箱を閉じるわけだがここからが難しい。錆びた彫刻刀でボディ・キャップに穴を穿つ。写真の国への入口さ。門扉はベス単のシャッター部分を蛇腹(ベローズ)から切りはずして移植するのだ。むろんレリーズは「Ｔ(タイム)」に固定。なに？ 壊すなんて勿体ない？ いいんだよ、ベスト版フィルムなんざとうに製造中止なんだ、コレクションじゃないんだから、撮ってなんぼの写真機だろう。そうやっておれは再現した、君が試みた、あの開放フードはずしの極意をね。ベス単のレンズは異常なまでの非点収差を抱え、逆光ともなれば光がにじんでほとんど何ひとつ写らなくなる。が、その時、敢えてフードを外すんだ！ 絞りは開放っ、あらゆる光を呼びこんでやる。そうして乱反射ばかりの夕陽の矢を、３６ＤＩＮ(ダイン)増感のトライＸに転写せよ。そこにもうひとつの世界が浮かぶ、その国へ入っていくのよと君はいったんだ。
風、吹く。少年、急に老い、切迫感のみに支えられようやく立っている様子。
コウ ――それなのに写真てものが、こんなにも敢えなく滅びていこうとはあの子もまさか思わなかったろう。やっぱり美は、普及してはいけないんだ、とりわけ資本に呑まれては、美はただの濫用になっちまう。人は広告産業の端末じゃあないっ、アマチュアならば、大切でないものは撮らなくていいんだ。ああ、１群１枚の安物レンズで５号バライタ紙に焼きつけたおれたちの思春期。冬の露天の流しでは幾枚もの印画紙がドジョウやガムシと一緒に凍りついていた。凍てつく裏庭に唐松の葉が散ったあの恋の冬の日、不穏な木漏れ日の午後。背景を漂っていたのは、奈良原一高、細江英公、川田喜久治、森山大道、すさまじく粗い粒子と攻撃的なコントラスト、あれがおれたちの信じたギリギリの写真だった。取りかえ利かない美の切っ先。写真は精神の居合い切りだった。あの暗いカメラオブスクラ、暗箱の中であやうく平衡を保ち、正邪ないまぜの一瞬間を切りとろうとしていたおれたちのアドレッセンス初葉――！
と、突然また劇調変わり、出前が来る。
ゆう まいどー、ホーライ軒です。マーボ丼一丁お持ちしました。
コウ あ、どうも。マーボ丼待ってました。甘めで？
ゆう 甘めで。
コウ あまあまで。
ゆう ハイともさ。が。
コウ が？
ゆう がぁ。
コウ がぁ？？
ゆう そう簡単には渡せねえんだ。
コウ 渡せない？
ゆう 渡せません。
コウ いや渡せ。
ゆう さあそれは。
コウ さあじゃなく。
ゆう さあ。
コウ さあ。
ゆう さあ。
コウゆう さあさあさあ。
コウ 冷めるから早く。おいくら？
ゆう お代は見てのお帰りさね。
コウ 見る？ 食うんだ。
ゆう いいや、あんたにはしっかり見てもらう。劇団ホーライ、出前劇場（柝が入る）開演でえーい！（二の柝、三の柝）
岡持のフタをガラッとのけると、紙芝居であった。グー・チョキ・パーの画が描いてある。以後、ひたすら汗だくで感動的に演じきる、ゆう。【Ｍ��】
ゆう ジャンケン遊び。――子どもたちの遊びの世界では、順位を決めたり、紅白二軍にわかれたり、特定の一人を抽出して鬼か大将としなければならないということがしょっ中でてくる。そんなたびごとに、やれくじをひいたりアミダをつくったりというのでは、それにつづく遊びがいっかなはじまらないということになってしまう。そこでここになんの道具も用意もなくても、年齢の差や体つきの相違ものりこえ、公平で対等で平等な、即戦即決の方法「ジャンケン」をつくりあげていったのである。
子どもたちのジャンケンの元は、大人たちの「拳」である。徳川鎖国時代、海外とのわずかな窓となっていた長崎に、多くの唐人たちが居留していた。長く異郷にある財をもつ大人たちのすることはいつでもどこでもさだまっていて、遊郭での遊蕩となる。そこで唐人たちから遊女に「拳」の遊びが伝えられた。いわゆる「本拳」とか「長崎拳」とよばれるこの遊びは、日本の遊郭遊里にむかえられ伝えられ、今日にいたっている。この本拳の遊びを簡単な三すくみの形にしたのが「藤八拳」である。吉原のたいこもちの名がその名称の由来といわれているこの藤八拳をもとに、「加藤清正」「虎」「母親」の三者による「清正拳」や片手の親指、人差指、小指を「かえる」「へび」「なめくじ」に見たてる「虫拳」などが派生していったが、なかで「石拳」の長所をいちはやく見ぬき、それを生活のなかへ取りいれていったのは子どもたちであった。
なぜそれが他の拳よりすぐれているのか。第一は、片手でできるということである。子どもたちは前述したごとく、これからはじまる遊びの序曲として行うのだ。これによって、これから展開される遊びが有利になるか不利となるか、勝利につながる第一歩となるか敗者の屈従へのはじまりとなるかのわかれめとなるのだから、期待と決意に力が入る。全身による表示は、あまりにも広いためかえって散漫となる。手の、しかもその先端部であれば、勝負をする腕はおもうぞんぶんの力をいれて大きくふりあげふりおろし瞬発することができるし、残る片手はその反動とバランスをたもち、ときによると遊びのための小石や用具を失わずに持つことができる。
第二の理由は、その表現型が集中して作動しやすいうえ、大きく明瞭で彼我いずれにも判別しやすいということである。なるほど虫拳は片手ではあるが、その指型は瞬時には判別しにくく作動しにくい。その位置によっては手のにぎりの部分にかくれて見えなくなったりもする。ところが石拳は、にぎる、ひろげる、二本指を出すという三態で石、紙、ハサミを手全体で表現しその三すくみをきそいあうのだから、ほとんど死角をもつことがない。子どもたちは遊びのつど何遍となく虫拳その他をもいろいろと試みたあげく、どんないわれがあろうが、いかに遊里のナントカ大夫とどこそこの長者が熱中していようが、そんな由来経歴にはかかわらず、遊びの機能として適しているかどうかの冷厳な選別淘汰によって「石拳」を選びだしたのである。この遊びが、遊郭で時間をつぶすごく一部の大人たちの、しかも隠微で退廃的で非建設的な遊蕩のわざでとどまる時それはほそぼそと伝えられるにすぎないが、子どもたちはその生活の不可欠な部分としての遊びの世界にこの「拳遊び」を位置づけたために、真剣な改良と、健康な発展、そして建設的な開花をみごとに全国にくりひろげることとなった。それは大人たちに対するみごとな仕返しであり教範であった。
こうしてせっかく選びだされた石拳が力をこめて真剣に公正に行われるためには、すもうの立会いのようなアウンの呼吸が必要となる。その合図を兼ね、そしてもりあがる感興と勝負の祈りが、次のような呼称、かけ声、はやし言葉となって開始される。「リャンケンホイ」「チッチッチ」「カッチのホイ」「チッチのハ」「シッケンポイ」「ワンケンポッ」「ジャラケンホイ」「チョンチョのパッ」「ジャカジャカハッ」「チッチのシュッ」…こうしたなかで代表詞としての「ジャンケン・ポイ」が定着していった。さて、ジャンケンが子どもたちの遊びの場に正座を占めるようになると、子どもたちはそのジャンケンを愛し、活用し、さらに発展させる方向へそのエネルギーをそそいでゆく。そして次のような唱え方や名称を次々と考案工夫していったのである。――石、紙、ハサミ。イワ、アワビ、カニ。おもり、あみ、もり。タンク、パラシュート、テッポウ。あめだま、ふろしき、ろうそく。ニギリ、ヘラ、ヤリ。だんご、さら、くし。ドン、パン、チン。ぐっと、ぱっと、ちょっと。グーチャン、パーチャン、チーチャン。ぐっすい、ぱっすい、ちょっすい。グー、パー、チー。ぐりん、ぱりん、ちょりん。――あんちゃーん！帰ってこーい！
コウ 盛りあがってるとこ悪いけど、あんた誰。
ゆう あんちゃーん！ 夕焼けぇぇー！ ヒガンバナぁー！ あて。
コウ （どつき）うるせえよ。マーボ丼、よこせ。
ゆう あ。
コウ あ？
ゆう そんなこといって、いいのかなぁ？
コウ だってラーメン屋だろ。
ゆう あ。
コウ あ？
ゆう カテゴライズしたわね。差別だわね。
コウ いや、だってラーメン屋じゃなかったら、何だよ。
ゆう ホーライ軒です。
コウ だからラーメン屋じゃん。
ゆう いえ、唯一無二のホーライ軒です。
コウ 唯一かは知らないけど。
ゆう でもそこ、大事。
コウ おれには冷めないうちに食う方(の)が大事。
ゆう 大丈夫、灼熱のマーボーだから。（色っぽく）それよりぃ…
コウ （つられて）はいぃ…
ゆう 蓬莱曲を、ご存知ですか。
コウ 女子十二楽坊の？
ゆう 北村透谷の！【Ｍ�ぁ�FOMALHAUT「蓬莱曲」】ダンテのたどった苦悩の道を明治の御代に、も一度たどった青年です。
むせかえる緑から うまれたこびと
霧の立つ谷間から 魔物のさえずり
あの門のこちらには 人影もなく
ぬけがらの鳥かげが 木の間をよぎる
泉などあるのかしら 冷たく燃える
谷に恋などあるの 冷たく燃える
ぬけがらの鳥かげが 岩肌を駆けくだり
太陽は白く笑う 揺れる大皿
悩みとあこがれの 遙かな島は
魚さえおとなわぬ ひむかしの方位
いま弓なりの陸地で 葦の野に倒れ
鹿の音にはこばれ 見初めたあの人
コウ おーお、感心々々、わっはわっは。わっはわっは。わっはわっは。
ゆう あんたバカにしてんのか。
コウ いやいや、だからその北村ナニガシのパッションだろ。それにあやかってこの現代で、理想の中華屋を経営しようと。感心々々愉快々々、わっはわっは。
ゆう やっぱりバカにしてるんだ、わーん。
コウ そうじゃないんだ。（急に）愁い顔の騎士を知ってるか。
ゆう ？ リボンの騎士なら。
コウ 円卓の騎士は。
ゆう 十二人いるんだっけ？
コウ しかり。
ゆう 十一人だっけ。
コウ それは萩尾望都。
ゆう 女子十一楽坊。
コウ たわごとはいい。音楽。【Ｍ�ァ�
遍歴の騎士となってコウ、熱烈かつ朗々と語りだす。ゆう、従者となって調子合わせる。
コウ ほら、あそこに黄色のよろい兜に身を固めた騎士、王冠をかぶった獅子が乙女の足もとにひれ伏す図柄の盾を手にした騎士が見えるだろう、あれが《銀の橋》の主君たる勇猛この上ないラウルカルコじゃ。また、黄金の花を飾った甲冑をつけ、空色の地に三つの銀の王冠が光る盾を持っているのが、泣く子も黙るキロシアの大侯爵ミココレンボ、そしてその右手に見える、巨人のように長い手足をした騎士は、三つのアラビアを領有する大胆不敵なブランダバルバラン・デ・ボリーチェなるぞ。彼はいつもあのように大蛇の皮で身を鎧い、盾がわりに大きなトビラをかまえておるが、噂によればあの扉は、サムソンが命を賭して仇敵に復讐した際に、彼がくつがえした寺院の扉のひとつなのだそうじゃ。では、今度は反対側に目を転ずるといたそう。まず、こちらの軍勢の先頭に立って指揮している、青、緑、白、黄の四色からなる甲冑に身を固めた騎士が見えるだろう、あれがいまだかつて負けを知らぬ常勝将軍のティモネル・デ・カルカホーナ、つまりヌエバ・ビスカヤの君主じゃ。彼が持っている盾の表には獅子毛色の地に金色の猫が描かれ、そこに《ミアウ》という銘が打たれているが、《ミアウ》とは騎士の思い姫の名の出だしの部分で、その思い姫というのが、世間の噂によると公爵アルフェニケン・デル・アルガンベの令嬢で比類なき佳人のミアウリーナ姫であったという。さて次なる騎士、あの大きな、がっしりとした駻馬(かんば)の背を抑えつけるようにどっかとうちまたがった、雪のように白い具足と、これまた真っ白な無紋の盾の勇士は、フランス生まれの新参騎士で、その名をピエール・パパンといい、ウトリーケ男爵領の主(あるじ)なるぞ。いま一人、金具をつけた踵で、足の速い目にも鮮やかなシマウマの、シマウマの、シマウマの脇腹を蹴っておる、青地に銀の鈴をあしらった鎧を着こんだ騎士は、強大なネルビアナラビアドビアニラビア王国の、エスパルタフィラルド・デル・ボスケスケであるが、その盾には紋章としてアスパラガスが描かれ、スペイン語で《自給自足》という銘が刻まれておるのじゃあああ。
2/→ http://
時 一九八二年
所 北関東
人 孔（コウ）
結（ゆう）
オノレ・ド・ザックバラン
複数の戦闘ヘリの爆音が空を縦横に行き来し、溶暗。
暗黒。劇場のあちこちから声のみ聞こえる。
―― 蛇腹…。
―― ヘリコイド…。
―― 暗箱…。
―― ネガティヴ…。
―― 非点収差…。
―― 凍れ…。
その声ら執拗に繰りかえされ、やがて狂騒的に速度を増し、最後に揃って「凍れ！」と叫びこだますると、急激に夕暮れの陽光射しこみ花道に立つ少年を照らしだす。学ラン学帽サングラスに釣り鐘マントの黒ずくめ。ノスタルジックな詩情と音楽。ハンドマイクにて語りだすだろう。【Ｍ� �Bruce Springsteen "Lucky Town"】
少年 私が自覚的に演劇の道に踏みこんだのは
一九八〇年代の初頭だったが
それは燎原の火のように燃えさかった
日本(にっぽん)アンダーグラウンド演劇の
勢いがみるみる退潮し
スタイルだけを継承して
精神を継承することのなかった
新商業主義演劇の時代へと
取って代わられる時期と一致していた
以後ほぼ二〇年をかけて
手作りゆえに商品化されえまい
との淡い期待を裏切りつつ
われわれの演劇は資本の論理に
自己同一化する道を
突き進んできたように見える
ひとつ又ひとつと心ある劇団が
そして劇場が
潰えていくのを見ることは本当に辛かった
もっとも記録としてのアングラ史に
記された紅テントや発見の会
その他二〇ばかりの劇団は
今も命脈を保ってはおり
このことに異論を唱える気はないけれども
ただ私は
かの勢いを下で支えていた若年者たちの層
――もう終わってしまったかに見えるムーヴメントにいまさらしがみつきみずからの身体性にすら疑いを持ち半ば以上は諦めながらしかもどうしても諦めきれずに芝居を続けていた者ら――
その幾万もの存在とうめきを
彼らより更に一世代遅れてきた
目撃者として
忘れることができずにいる
九〇年代の初めには
（その頃、発見の会と大駱駝鑑とをのぞくすべての前衛舞台集団が七〇年頃の意志を再確認し切れずに組織改編・改称ないしは解散の道をえらんでいたのだが）
麿赤児はある苛立ちをもって
「俺がアングラとは何だかをやってみせる」といい放ち
二月の寒風渦巻く不忍池
水上音楽堂において
ドストエフスキー「罪と罰」を上演した
そこでの主人公は
ラスコリニコフでもソーニャでもなく実に台詞(セリフ)の八割方を独りで背負いこみながら
得体の知れない邪悪の道を
滅亡へとひた走る麿演ずるところの
スビドリガイロフだったのだ！
が、麿のいいたかった
本物のアングラとは何なのか当時の僕には言葉で捉えることはできなかった
それから更に十数年が経ち
やっと少しずつ僕の身体は
「そのヒント」を言葉に
そして舞台に できるようになってきた
いま敢えて記すならアングラの精神とは
「我が身のうちの恥の一点のみを依り処に、世界を背負いこむ」ことなのだ
重要なのは絶叫でも裸体でも
政治的課題でも物語の重層構造でもない
（そんなものは手法にすぎない）
細胞のそこ暗い深みから
引きずりだしては舞台にブチまける
「死」の思想こそがアングラの
通奏低音なのだ
いみじくも三木卓が
「かれらが走りぬけた日」で身をもって
示したように
作品に代理人として死んでもらうこと
を芸術の緊要な側面であるとするならば
日本アンダーグラウンド演劇は実に
そのことのみに特化しようと試み
幾度かはともかくもその領域に
触れた芸術であろうと思う
そう考えると
われらが同じことを試みても
あながち時代遅れともいえまい
いち演劇家としてずっと追走するに足る
センスと濃度を持った表現方法で
あろうと思われる
以上の根拠の上に、
今回の「がむしテラス」は企図された
彼ら若年者層たちの名ひとつ
歴史の一行に記そうともしない
演劇「正史」などに呑まれてはおれぬ
いま、この状況を生き
世界を今一度記述せよ
わが身のよじれをもって！
音楽鮮やかに残り、短い暗転。
●
ふたたび明かり入ると、螺旋階段に縛りつけられている（注・上演会場は阿佐ヶ谷スタジオ・アルスノーヴァを想定している）学ラン学帽の高校生。黒めがねは取っている、つまりここからが本篇(ストーリー)である。彼の名は孔(コウ)、世界に開いた小さな孔(あな)（を自負している）。【Ｍ�◆�
コウ ハレーションの国へ行くんだ。そういい残してアリゾナ、初恋の人よ、群馬に向かう列車に乗って、君はこの世におさらばした。おれはこうして残された。もう着いたかい？ 西日の中を上越線はテラテラ光りながらゴトゴト過ぎった。窓越しに、中学のうすい制服からのぞいた君のかぐろく細い二の腕がだらんと下がり、その手にもうどんなカメラも握られていないことを確かめながら、おれはなすすべもなく立ちんぼで見送ったっけ。いや違う、見送りさえもしなかったんだ。なぜってアリゾナ、君は誰にも告げずに行っちまったんだから。君を見送ったのは夢だ…二重の夢だ。君とふたりでもう一つのハレーションの国を作るんだ、夢でおれはそういった。が、おれは持っていなかったんだ、君の持つ、あの消失点の「ラ」、チベット語の峠(ラ)、長征の彼方のいかづちの峠(ドルジェ・ラ)、はるかな理想の一点を。
思えば小学二年生から、君は少し違ってたんだ。はじめは取るに足りない国語の授業の「チワンのにしき」――あの末息子の冒険のあと、冒険を回避して乞食に堕ちたふたりの兄が、いまは長者となった弟の家の前を通りかかり、恥を背に、無言で立ち去っていくその影法師。あの無念を君は語ったっけ。死を代償の忠孝に踏みこめないから乞食になるってどういうことよ、まるで兄らに老母を思う気持ちがないかのように、そしてまた乞食人生が罰であるかのように書くこの作家っていったい何様よと怒っていた。このものがたりに悪はない、ただ堕落が描かれているばかり、そしてその堕落とは、命を賭けて母を敬わないことであり、その堕落に取りこまれなければ成金になれる、それってなんなの、と君は怒った。おれの初恋は小二で始まっていたのかも知れない。
そんな君が新宿百人町の路頭で右腕を切り裂かれ、喚いているのに出くわしたのはどんな熱帯夜の悪ふざけだったのか。ケバいショールを血に染めて、細長くダラリと削がれてぶら下がる二の腕の肉を押さえることもせず、既に逃げて行方を眩ましたオトコに向けて体いっぱいの呪詛を投げかけていた。アリゾナ、大丈夫か！ そうあだ名で呼ぶおれに気づきもせず君は呪いの言葉をはき続けた。それがまるでカッサンドラ、新宿の裏町に拉致されてきたトロイアの姫に見えたのはおれだけだったろう。君の正義のセンスが、どんな裏道を折れ曲がっていまのこの叫びに通じているのか、ちっとも分からないながらどうやらおれだけには分かるように思えたのも確か…。救急車の寝台で、おれは君の振り捨てたらしい理知に呼びかけようと努力した。君とゆきたい。アリゾナ、君と翔ってゆきたいと。いま君の瞳孔は開き、そこに映る雲や山なみをひとり追い、シエラネヴァダへの一本道におれを乗せる気などかけらもないのはよく分かった。がだ、その意志に憧れるおれのこの弱気な意志は、これで十年、健在なのだぜ。アリゾナ、これからはおれだ、おれが脇で支えてやるから、一緒に翔っていこうぜアリゾナ！
（唐突に劇調変わり）写真の極意。あの隠微な高校時代の暗室。そこでは幻影だけが主張をもち、事実は決してプリントされることがなかった。それが写真の正体だということに、おれは初めから気づき、そして誰にも教えなかった。鉄筋校舎の片隅に階段下の王国を作ろうとしたんだ。二年の後半で部長に就任するとおれの嗜好には歯止めがかからなくなった。たゆたう幻の光に取り憑かれた十代十幾名の男女たちは、臭化銀の溶液に揺れるフィクションの世界と、暗室に立ちこめる写真のいきれ、氷酢酸の刺激臭と定着液の腐臭に慣れきり、世界の寸断化と手前勝手な再構築――免疫性に欠ける、純粋培養のものがたり世界――に没入していったのだ。が、たとえばそこで森山大道は語られなかった。細江英公もベルナール・フォーコンも語られることはなかった。近親者からの秋波は、嗅覚で生きるおれたちにとって容易に判別できる危険信号だった。語られたのはたとえば人畜無害な篠山紀信、誠実なレニー・リーフェンシュタール、そして正義のロバート・キャパであった。「チャンスがすべてだ」、そう、偽りのおれは語ったものだ。写真には化学反応もあれば、静止と被写界深度の兼ねあいもある、アングルのこと、照明のこと、色彩のこと、暗室作業のテクニックからカメラの整備のことすらありはする、が、永遠にただひとつ大切な要素を選ぶとすればそれはシャッターチャンスなのだと。そうしてキャパはチャンスだけに特化した写真家だ。彼の写真はブレブレだし、露出もいいかげん、アングルもひどいもんだしネガの保存なんかは最低で、いいところなんかないようだが、ただ一点、ことチャンスにおいては誰一人成し遂げなかった地平まで進んでおり、我々に勇気を与えてくれるのだと。一九三六年「ストライキに共感した地元の肉屋さんがプレゼントしたソーセージの籠」のスナップ【図１】に感動したおれはみんなにそう力説したものだ。その時のおれが既に…君を失ってヤケになり、ヤケならではの美学に突きすすんでいることなど、誰にも気づかれはしなかったのだ。
群馬行きの列車は残照に消えて、おれの世界は終わった。アリゾナ、その夕まぐれの向こうにどんな宵闇があって、どんな暮らしを暮らしているのか、ヒントでいい、たとえば一匹のハチに乗せて、おれに届けてくれないか！ おれはカメラを群馬に向けて待っている。それは君のいう、ハレーションの国を写すために用意した特別の装置さ。世界を逆光で写しとるのだ、すると乱反射の海のなかから洗いだされるように君の姿が浮かぶだろう。何故ならフィクションに次ぐフィクション、その大嘘を洗いざらい流し去ってのち初めて、君の突きすすんだ情熱の道が開けるだろうからだ。
カメラオブスクラ。材料はまず、一九二六年イーストマンコダック社製ベスト・ポケット・コダックの単玉レンズ仕様機と、一眼レフカメラを発明したメーカーでもあるアサヒペンタックス社製バヨネットＫマウント標準仕様機が必要だ。それからいちばん薄い接写リング、次にはヘリコイド接写リング、そうしてボディ・キャップで暗箱を閉じるわけだがここからが難しい。錆びた彫刻刀でボディ・キャップに穴を穿つ。写真の国への入口さ。門扉はベス単のシャッター部分を蛇腹(ベローズ)から切りはずして移植するのだ。むろんレリーズは「Ｔ(タイム)」に固定。なに？ 壊すなんて勿体ない？ いいんだよ、ベスト版フィルムなんざとうに製造中止なんだ、コレクションじゃないんだから、撮ってなんぼの写真機だろう。そうやっておれは再現した、君が試みた、あの開放フードはずしの極意をね。ベス単のレンズは異常なまでの非点収差を抱え、逆光ともなれば光がにじんでほとんど何ひとつ写らなくなる。が、その時、敢えてフードを外すんだ！ 絞りは開放っ、あらゆる光を呼びこんでやる。そうして乱反射ばかりの夕陽の矢を、３６ＤＩＮ(ダイン)増感のトライＸに転写せよ。そこにもうひとつの世界が浮かぶ、その国へ入っていくのよと君はいったんだ。
風、吹く。少年、急に老い、切迫感のみに支えられようやく立っている様子。
コウ ――それなのに写真てものが、こんなにも敢えなく滅びていこうとはあの子もまさか思わなかったろう。やっぱり美は、普及してはいけないんだ、とりわけ資本に呑まれては、美はただの濫用になっちまう。人は広告産業の端末じゃあないっ、アマチュアならば、大切でないものは撮らなくていいんだ。ああ、１群１枚の安物レンズで５号バライタ紙に焼きつけたおれたちの思春期。冬の露天の流しでは幾枚もの印画紙がドジョウやガムシと一緒に凍りついていた。凍てつく裏庭に唐松の葉が散ったあの恋の冬の日、不穏な木漏れ日の午後。背景を漂っていたのは、奈良原一高、細江英公、川田喜久治、森山大道、すさまじく粗い粒子と攻撃的なコントラスト、あれがおれたちの信じたギリギリの写真だった。取りかえ利かない美の切っ先。写真は精神の居合い切りだった。あの暗いカメラオブスクラ、暗箱の中であやうく平衡を保ち、正邪ないまぜの一瞬間を切りとろうとしていたおれたちのアドレッセンス初葉――！
と、突然また劇調変わり、出前が来る。
ゆう まいどー、ホーライ軒です。マーボ丼一丁お持ちしました。
コウ あ、どうも。マーボ丼待ってました。甘めで？
ゆう 甘めで。
コウ あまあまで。
ゆう ハイともさ。が。
コウ が？
ゆう がぁ。
コウ がぁ？？
ゆう そう簡単には渡せねえんだ。
コウ 渡せない？
ゆう 渡せません。
コウ いや渡せ。
ゆう さあそれは。
コウ さあじゃなく。
ゆう さあ。
コウ さあ。
ゆう さあ。
コウゆう さあさあさあ。
コウ 冷めるから早く。おいくら？
ゆう お代は見てのお帰りさね。
コウ 見る？ 食うんだ。
ゆう いいや、あんたにはしっかり見てもらう。劇団ホーライ、出前劇場（柝が入る）開演でえーい！（二の柝、三の柝）
岡持のフタをガラッとのけると、紙芝居であった。グー・チョキ・パーの画が描いてある。以後、ひたすら汗だくで感動的に演じきる、ゆう。【Ｍ��】
ゆう ジャンケン遊び。――子どもたちの遊びの世界では、順位を決めたり、紅白二軍にわかれたり、特定の一人を抽出して鬼か大将としなければならないということがしょっ中でてくる。そんなたびごとに、やれくじをひいたりアミダをつくったりというのでは、それにつづく遊びがいっかなはじまらないということになってしまう。そこでここになんの道具も用意もなくても、年齢の差や体つきの相違ものりこえ、公平で対等で平等な、即戦即決の方法「ジャンケン」をつくりあげていったのである。
子どもたちのジャンケンの元は、大人たちの「拳」である。徳川鎖国時代、海外とのわずかな窓となっていた長崎に、多くの唐人たちが居留していた。長く異郷にある財をもつ大人たちのすることはいつでもどこでもさだまっていて、遊郭での遊蕩となる。そこで唐人たちから遊女に「拳」の遊びが伝えられた。いわゆる「本拳」とか「長崎拳」とよばれるこの遊びは、日本の遊郭遊里にむかえられ伝えられ、今日にいたっている。この本拳の遊びを簡単な三すくみの形にしたのが「藤八拳」である。吉原のたいこもちの名がその名称の由来といわれているこの藤八拳をもとに、「加藤清正」「虎」「母親」の三者による「清正拳」や片手の親指、人差指、小指を「かえる」「へび」「なめくじ」に見たてる「虫拳」などが派生していったが、なかで「石拳」の長所をいちはやく見ぬき、それを生活のなかへ取りいれていったのは子どもたちであった。
なぜそれが他の拳よりすぐれているのか。第一は、片手でできるということである。子どもたちは前述したごとく、これからはじまる遊びの序曲として行うのだ。これによって、これから展開される遊びが有利になるか不利となるか、勝利につながる第一歩となるか敗者の屈従へのはじまりとなるかのわかれめとなるのだから、期待と決意に力が入る。全身による表示は、あまりにも広いためかえって散漫となる。手の、しかもその先端部であれば、勝負をする腕はおもうぞんぶんの力をいれて大きくふりあげふりおろし瞬発することができるし、残る片手はその反動とバランスをたもち、ときによると遊びのための小石や用具を失わずに持つことができる。
第二の理由は、その表現型が集中して作動しやすいうえ、大きく明瞭で彼我いずれにも判別しやすいということである。なるほど虫拳は片手ではあるが、その指型は瞬時には判別しにくく作動しにくい。その位置によっては手のにぎりの部分にかくれて見えなくなったりもする。ところが石拳は、にぎる、ひろげる、二本指を出すという三態で石、紙、ハサミを手全体で表現しその三すくみをきそいあうのだから、ほとんど死角をもつことがない。子どもたちは遊びのつど何遍となく虫拳その他をもいろいろと試みたあげく、どんないわれがあろうが、いかに遊里のナントカ大夫とどこそこの長者が熱中していようが、そんな由来経歴にはかかわらず、遊びの機能として適しているかどうかの冷厳な選別淘汰によって「石拳」を選びだしたのである。この遊びが、遊郭で時間をつぶすごく一部の大人たちの、しかも隠微で退廃的で非建設的な遊蕩のわざでとどまる時それはほそぼそと伝えられるにすぎないが、子どもたちはその生活の不可欠な部分としての遊びの世界にこの「拳遊び」を位置づけたために、真剣な改良と、健康な発展、そして建設的な開花をみごとに全国にくりひろげることとなった。それは大人たちに対するみごとな仕返しであり教範であった。
こうしてせっかく選びだされた石拳が力をこめて真剣に公正に行われるためには、すもうの立会いのようなアウンの呼吸が必要となる。その合図を兼ね、そしてもりあがる感興と勝負の祈りが、次のような呼称、かけ声、はやし言葉となって開始される。「リャンケンホイ」「チッチッチ」「カッチのホイ」「チッチのハ」「シッケンポイ」「ワンケンポッ」「ジャラケンホイ」「チョンチョのパッ」「ジャカジャカハッ」「チッチのシュッ」…こうしたなかで代表詞としての「ジャンケン・ポイ」が定着していった。さて、ジャンケンが子どもたちの遊びの場に正座を占めるようになると、子どもたちはそのジャンケンを愛し、活用し、さらに発展させる方向へそのエネルギーをそそいでゆく。そして次のような唱え方や名称を次々と考案工夫していったのである。――石、紙、ハサミ。イワ、アワビ、カニ。おもり、あみ、もり。タンク、パラシュート、テッポウ。あめだま、ふろしき、ろうそく。ニギリ、ヘラ、ヤリ。だんご、さら、くし。ドン、パン、チン。ぐっと、ぱっと、ちょっと。グーチャン、パーチャン、チーチャン。ぐっすい、ぱっすい、ちょっすい。グー、パー、チー。ぐりん、ぱりん、ちょりん。――あんちゃーん！帰ってこーい！
コウ 盛りあがってるとこ悪いけど、あんた誰。
ゆう あんちゃーん！ 夕焼けぇぇー！ ヒガンバナぁー！ あて。
コウ （どつき）うるせえよ。マーボ丼、よこせ。
ゆう あ。
コウ あ？
ゆう そんなこといって、いいのかなぁ？
コウ だってラーメン屋だろ。
ゆう あ。
コウ あ？
ゆう カテゴライズしたわね。差別だわね。
コウ いや、だってラーメン屋じゃなかったら、何だよ。
ゆう ホーライ軒です。
コウ だからラーメン屋じゃん。
ゆう いえ、唯一無二のホーライ軒です。
コウ 唯一かは知らないけど。
ゆう でもそこ、大事。
コウ おれには冷めないうちに食う方(の)が大事。
ゆう 大丈夫、灼熱のマーボーだから。（色っぽく）それよりぃ…
コウ （つられて）はいぃ…
ゆう 蓬莱曲を、ご存知ですか。
コウ 女子十二楽坊の？
ゆう 北村透谷の！【Ｍ�ぁ�FOMALHAUT「蓬莱曲」】ダンテのたどった苦悩の道を明治の御代に、も一度たどった青年です。
むせかえる緑から うまれたこびと
霧の立つ谷間から 魔物のさえずり
あの門のこちらには 人影もなく
ぬけがらの鳥かげが 木の間をよぎる
泉などあるのかしら 冷たく燃える
谷に恋などあるの 冷たく燃える
ぬけがらの鳥かげが 岩肌を駆けくだり
太陽は白く笑う 揺れる大皿
悩みとあこがれの 遙かな島は
魚さえおとなわぬ ひむかしの方位
いま弓なりの陸地で 葦の野に倒れ
鹿の音にはこばれ 見初めたあの人
コウ おーお、感心々々、わっはわっは。わっはわっは。わっはわっは。
ゆう あんたバカにしてんのか。
コウ いやいや、だからその北村ナニガシのパッションだろ。それにあやかってこの現代で、理想の中華屋を経営しようと。感心々々愉快々々、わっはわっは。
ゆう やっぱりバカにしてるんだ、わーん。
コウ そうじゃないんだ。（急に）愁い顔の騎士を知ってるか。
ゆう ？ リボンの騎士なら。
コウ 円卓の騎士は。
ゆう 十二人いるんだっけ？
コウ しかり。
ゆう 十一人だっけ。
コウ それは萩尾望都。
ゆう 女子十一楽坊。
コウ たわごとはいい。音楽。【Ｍ�ァ�
遍歴の騎士となってコウ、熱烈かつ朗々と語りだす。ゆう、従者となって調子合わせる。
コウ ほら、あそこに黄色のよろい兜に身を固めた騎士、王冠をかぶった獅子が乙女の足もとにひれ伏す図柄の盾を手にした騎士が見えるだろう、あれが《銀の橋》の主君たる勇猛この上ないラウルカルコじゃ。また、黄金の花を飾った甲冑をつけ、空色の地に三つの銀の王冠が光る盾を持っているのが、泣く子も黙るキロシアの大侯爵ミココレンボ、そしてその右手に見える、巨人のように長い手足をした騎士は、三つのアラビアを領有する大胆不敵なブランダバルバラン・デ・ボリーチェなるぞ。彼はいつもあのように大蛇の皮で身を鎧い、盾がわりに大きなトビラをかまえておるが、噂によればあの扉は、サムソンが命を賭して仇敵に復讐した際に、彼がくつがえした寺院の扉のひとつなのだそうじゃ。では、今度は反対側に目を転ずるといたそう。まず、こちらの軍勢の先頭に立って指揮している、青、緑、白、黄の四色からなる甲冑に身を固めた騎士が見えるだろう、あれがいまだかつて負けを知らぬ常勝将軍のティモネル・デ・カルカホーナ、つまりヌエバ・ビスカヤの君主じゃ。彼が持っている盾の表には獅子毛色の地に金色の猫が描かれ、そこに《ミアウ》という銘が打たれているが、《ミアウ》とは騎士の思い姫の名の出だしの部分で、その思い姫というのが、世間の噂によると公爵アルフェニケン・デル・アルガンベの令嬢で比類なき佳人のミアウリーナ姫であったという。さて次なる騎士、あの大きな、がっしりとした駻馬(かんば)の背を抑えつけるようにどっかとうちまたがった、雪のように白い具足と、これまた真っ白な無紋の盾の勇士は、フランス生まれの新参騎士で、その名をピエール・パパンといい、ウトリーケ男爵領の主(あるじ)なるぞ。いま一人、金具をつけた踵で、足の速い目にも鮮やかなシマウマの、シマウマの、シマウマの脇腹を蹴っておる、青地に銀の鈴をあしらった鎧を着こんだ騎士は、強大なネルビアナラビアドビアニラビア王国の、エスパルタフィラルド・デル・ボスケスケであるが、その盾には紋章としてアスパラガスが描かれ、スペイン語で《自給自足》という銘が刻まれておるのじゃあああ。
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