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2015年06月08日19:09
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021 さすらいの姫君 2/
「紅葉野異聞」「窯変紅葉野」「しじみＳＦ」「現代・紅葉野 〜諱〜」よりのコラージュ。まず、バラバラに語りだす。
３人 ヒロ――ハビロ、どこへ行ったのです…？（溜息）はぐれてしまった…。（長い嘆息）はああ、困ったなァ…。こんな異土の、名も知れぬ土地で、ひとり…。もう、夜も更けた…東の白む前に、どこか森の窪地でも探して身を隠さないと…。ね、ヒロヒコ――？（耳を澄ますが）駄目かァ…。
Ａ あら、紅堂さん。
Ｈ 本宮先生。
Ａ どうしたの？ 班のみんなとはぐれちゃったの？
Ｈ ううん、そうじゃないの。
Ａ なら、どうしたの？
Ｙ ７世紀末、鈴鹿。坂東の老学者・滋野国幹は、桓武天皇の孫娘・宮目姫を貰い受けるべく、鈴鹿の地で姫の到着を待ち続けていた。長きに及んだ交渉の末、ようやく実を結ぼうとしている都との和議。多くの者達が反対を唱える中、都の勢力の大なるを説き、闘って敗れるより、交わって生き延びることが得策と、どれほどの時間を掛けて説き伏せてきたことか。だが、姫は現れない。１週間…10日…。もしや、賊に襲われたのでは…あるいは物の怪どもに連れ去られたか…？ よもや、此度の和議に異をとなえる奴輩が、先回りして姫を亡き者にせん事を謀り、このわしを出し抜いたのではあるまいな…。約束の期日を２週間過ぎた時、ついに国幹は矢も盾も堪らず、鈴鹿を下り近江国へと脚を踏み入れた――
Ｈ 綺麗な紅葉だなって。
Ａ 紅葉？（笑って）何云ってるのよ、こんな夏に紅葉がある訳ないじゃない。
Ｈ あら、先生見えませんか？ ここにたくさんの紅葉があるわ。まぁ、紅葉野ですからねぇ。
Ａ ほお、紅葉野と申し候おか。紅堂さんたら、先生をからかうなんて、（ちょっと怒った素振りで）全く…でも、そうやって見ている姿は、まるで宮目姫の様ね。
Ｈ 宮目姫？ 私が、あの、伝説の？
Ａ えぇ。
Ｈ あら、それはおかしいわ。
Ａ どうして？
Ｈ （笑って）ワタシが宮目姫なんて。
Ａ えっ？
Ｈ （額に指をさす）先生、全く見えないの？ この綺麗な一面の紅葉が…、
Ａ （止まる）…
Ｈ 忘れちゃったの？ 先生。華歩先生。思い出して、センセイ、アナタは「何」だったのか、「誰」だったのか…
Ａ …私は…
Ｈ アナタは？
Ａ 私は…
Ｈ 『綺麗なモノしか見なくて済む、綺麗な夢の中へ、一緒に行きましょうよ』先生。
Ａ はぁ、じゃ待ってようかなぁ。（座る）んで訊きたいことって、なんすかぁ？
Ｙ 尋ね申すは余の儀にあらず。これは見るほどに見事な紅葉にて候。
Ａ ウン、今は姫宮ってんだけど、昔は紅葉野って。
Ｙ 今日(こんに)った紅葉野とは申さぬと。
Ａ えぇ。
Ｙ 道理なれ、先ほどより只事ならぬ気配を感じおり候。姫宮と呼ばうちょお、その謂われ、御存知においては語って御聞かせ候え。
Ａ はぁ、よくは知らないんだけど――あたし、そこの宮原中の歴史部なんですけど、ちょうど調べてたとこなんで。むかぁし昔の平安時代、桓武天皇の孫で宮目姫っていう人が、京都からお嫁にもらわれて千葉へ行く途中で道に迷って、この辺に出ちゃったんだって。ちょうど秋で、楓が真っ赤に色づいてて、それがあんまり綺麗だもんで、迷ってんのも忘れてずっと見てたら、何だか急に具合が悪くなって、癪が起こって、歩けなくなっちゃった。旦那は慌てて看病したけど、こんな田舎でお医者もいないし、とうとう夜になって死んじゃったんだって。旦那は大泣きに泣いたけど後の祭りで、しょうがないから亡骸を埋めて、ひとりで千葉へ帰ったんだって。あとにはお墓だけぽつんと残って、ただ近所の人が時々花とかあげるだけだったんだって。そしたら何年かして、何とかってえらい坊さんが来て、話を聞いてそりゃ可哀相だってんで、お経あげて小っちゃいほこらとか建てたげて、姫宮明神って呼んだんだって。それっきり。でも、こんな話、おもしろい？
Ｙ これはねんごろに御物語り候おものかなさりながら、見事な紅葉とはいいながら、癪を起こし滅却するまで美しう候えしものか、まず不審に存じおり候。
Ａ まぁ、そうだけどさぁ、いいじゃん、なんかロマンチックで。伝説によれば…姫は此処で果てた。綺麗な紅葉に魅とれて…こんな素敵な話はないわ。でもね、ほんとはそんな綺麗にいきっこないのよ。悲劇の方がみんな好んでくの。そして私の夢は、朱い資格を持たない者には与えられない。これであのこも綺麗な夢于華の華を咲かせて素敵な夢の中で一生、寝れるわ。ね、おじさんって、お坊さんでしょ。
Ｙ さん候、恥ずかしながら漂白の旅僧にてござ候およ。
Ａ じゃ、ちょっとお経でも上げてあげなよ。これも縁じゃん。
Ｙ ちかごろ不思議なることにて候おほどに、しばらく逗留いたし、ありがたき鼓打ち、かの御跡をねんごろに弔い申そおずるにて候。
ああ、ありがたや
わがみをふりかえりみれば、
ぬまはたにおゆひともとの、
ほのさきにいぬるびっきのごと、
よはよとしもやにいね、
ひはひとしさざみにいね、
ぬまにおいぬまにはて、
とろにとけはつありがたさ、
わがみしじみのいくせいそ、
わがみしじみのいくせいそ。
Ａ かしましや。ああ、黒けぶり…。私の死が焼けていく…死が焼けて…コノシロどもの生が焼けて…私の生は焼けてまたのちに甦り…戻ることなき黄泉への旅路…東北(うしとら)にまみゆユマシの国…死につつ生きて…身ひとつ生きて…そうして北の方…芸を運び心を運ぶ都の女、追われ追われて…生き残り…。
Ｙ あれはいずちの草陰よりあらわれし女性(にょしょお)なるぞ。もし、御身はもの狂いおわしますか。
Ａ 苦しやな、紅葉むなしきを知り流水こころ無(の)おして、おのずから生ける昔に帰る野良の、紅葉が原にたなびくけぶり。
Ｙ これは言語道断、不思議なることを聞き候おものかな。さては桓武天皇が孫女宮目姫と御見受け申し候。
Ａ さてめずらしきことを聞き候。いかにも桓武帝はわが祖父にておわし候。
Ｙ してここにて滅したまえりと聞きおよび候おが、この原の紅葉とて昔日(せきじ)ったかほどに美しきものにてあり候わば、何とぞ子細御聞かせ候え。
Ａ うまし紅葉をくぐりて、うまし紅葉をくぐりても、人は死ぬこと能わじ。わが胸のさわぎと脳の痛みは、けしてあくがれにあらざりしものを。
Ｙ すりゃなによおにして滅したまい候おぞ。
Ａ くにづくりのむごさに、わが胸は裂けたり。おお神仏った照覧あれ、祖父の所行を赦されよ。都は荒れてうち捨てられ、こおろぎの棲み家となりはて、悪疫は猖獗をきわめ、日なかに大路を山賤(がつ)のゆく。人の罪を赦されよ。わけても大叔父早良(さわら)ノ宮、淡路に流さる身となりしが、由良の関にて討たれしを聞き、かにかくに都を逃れたる罪のわが身ぞ。罪のわが身を代償に、ただわれを思おて手引せし夫(つま)、国幹(くにまさ)殿をば赦されよ。われは卑劣の女房なりき。婚礼のめでたさすら、この紅葉をくぐるにおよび、はた虚しく思いき。われはわれを祈りはせで、皆を祈り申す。
Ｙ うたてやな、むごき御物語聞き候さりながら、早良ノ宮におかれては、はや成仏され候いしこと御伝え申し候。
Ａ 何と成仏されたと申すか。
Ｙ なかなか(えきざくとりい)、げに桓武帝の御計らいにて宮が怨霊をなだむるびょお慰霊法会を催せし始めは大同元年、以後崇道(すどう)天皇と追号され法会は彼岸会と呼ばれ六十余州あげて千年これまで続きおり候。
＊
唐突なダンスナンバー【朴ミギョン「仮面」】
＊
いつか廊下に人影。拍手。
Ｈ （地声で）先生…。
Ｓ （異常にニコニコして）いやいやいや、身についてきたねえ！ すごかったよ東さん、取り憑かれたみたい。「おぬし、この俺をおびきだしたな？」…、何かこう、電気走ったよお背中に。
Ｈ はー、どうも。
Ｓ 学校祭、間に合いそう？
Ｈ いやぁ、やばいっすねー。
Ｙ まだこの一場しか、ちゃんとできてないんですよー。全部で三場なんで、今かなりピンチかなー。
Ｓ 頑張ってね。部って本当は五人からだから、公演でアピールしとかんとね。
ふたり オッケーっす！
Ｓ 職員室の方の客あつめは任せといて。ロビー活動、展開中だから。あと、本番は軽音部のすぐあとに組んだんでフリのお客も多いと思うから。
Ｙ えー、そーなんですかぁ、すんません。でも、それってもしかしてライヴ終わったら帰るんちゃうんかなー…。打ち上げいったりとかー。
Ｓ あ、そうか。じゃ軽音の直前にしよっか。
Ｙ できますー、そんなコロコロ？
Ｓ できるできる、ちょちょいのちょいよ。
Ｙ すんませんねー。
Ｈ でもそれ、えこひいきでは…。
Ａ 東さん、いい子ね。でも、（ドシっと肩たたいて）やる気のある人はどんどんヒイキするもんね！
Ｈ あ、はあ！ 痛つつ…。
Ｙ センセー！ 肩、痛めてんねん！
Ｓ あーごめんごめん。（気にせず）だいたい、オリジナルも打ち出せない軽音部なんて意味あんの？ 歌謡曲のコピーならカラオケにおいきってことよ。あんたたちみたいなチャレンジ精神てものがねーんだよ、あの連中には！
Ｈ （笑って）やっぱ、ひいきだ…。
Ｙ 吠える吠える。
Ｓ 部、承認されたら、顧問やったるかんね。ふぬけたガッコに喝いれちゃる。
ふたり おおー！
Ｙ （教頭の声で）しかし校長、本校にはすでに演劇部はあります。予算もそう余分にあるわけではありません。そもそもあまり生徒の思いつきに乗せられては教育者としての格好が…、
Ｓ にゃにお？ お言葉ですが教頭先生。彼女らが申請しているのは演劇部じゃありません、腹話術部です！
ふたり そーだ！
Ｓ 高校生が腹話術。前代未聞の着想です。あたらしい領域を切り拓こうって意欲を買いましょう。
ふたり そーだそーだ！
Ｙ しかしですねえ、よりによってなんで腹話術なんです。婦人警官だか温泉ショーじゃあるまいし、怪しいじゃないですか。健全な高校生ならもっとスポーツとか、せめて普通の演劇とかで満足する「べき」ではありませんか。
Ｈ せーなー、別に健全じゃねんだよー。
Ｙ てゆーか健全な高校生ってもう、ないで？
Ｓ 教頭。ではお訊きしますが、いまテレビの学園ドラマとか、面白いですか？
ふたり （がぜん）おお、そーだそーだ！
Ｓ 最近、映画も文学も音楽も、勢いがなくなってきていると思いませんか？
ふたり そのとーり！
Ｓ （だんだん自分の演説になって）その原因は、日本の学校が、資本主義に忠順な会社人間の量産工場になり下がってしまったからなんです！
ふたり （やや不安になって）…そー…か？
Ｓ だいたいね、健全健全て、健全がそんなに大事でしょうか。やる気があるなら悪党だって私は支持します！
ふたり そー…え？
Ｓ 不健全で、卑猥で無計画で短気で偏差値が低くてファザコンでもいい。足が臭くて自転車も乗れなくて逆上がりもできなくて、雰囲気をふいんきといったり、ＡＢＣを最後までいえなくてもいい！
ふたり えー、それはちょっと…、
Ｓ 自分のえとや今年が西暦何年だかも知らなくていい、ラブレターに「変してます」と書いたっていい…腹話術さえやる気があれば！
ふたり つーか…おー。（仕方なく賛成する）
Ｓ いまあこそおおお！ プラハ東西高校に腹話術部をおおお！ ちゃんこてちゃんこてぱっくんこおおお！ 花吹雪！ 意味不明でいい！ 少女たちよ大志を抱け！ われに九月を！ どんぴんからりん息(エキ)がぽーんとさけたあああ！
勢いあまって、中央の席に倒れこむ。ひとり、さっとフラスコ掠めとるが、水ははげしくこぼれて花も床に落ちる。
Ｓ ──何だ？
黙って花ひろい、フラスコもって出ていく。
Ｓ 阿妻さん、どうしたの？
Ｈ （静かに）──ミナミの席。
Ｓ （ハッとし）あ、そう…。あのヒナギクは？
Ｈ （静かに）摘んできたんでしょ。
Ｓ あぁ、そう…。（急にそそくさと）そうだ忘れてた、差し入れあるんよ。
Ｈ えー、いいんですかー、じゃ遠慮なく。（さっさと奪う）
Ｓ じゃ、しっかりね。
Ｈ （淡々と）どーもー。
そそくさと去る。間。夕日、差す。
Ｙ ──夕日やねえ。
Ｈ ──夕日だわあ。
＊
いい雰囲気ぶちこわしてひとり、俎板と包丁とタイを運びつつ、歌いながら登場。【GILES/MUIR/CUNNINGHAM"Screenwash"】
押しつぶされて貼りついて
死んだその日が誕生日
うごくホテルに住みついて
ふとんと ごはんと 子分ができたーあ い！
きええーーっ！と気合一声、まっぷたつにタイを切断！
Ａ 血鯛をご存じですか？ 花鯛、手のひら鯛などとも呼ばれる15〜20�僂両�ぶりの鯛です。お店では真鯛として売られることも多いので、紛らわしいのですが、真鯛とは別種。エラぶたをみると、血がにじんだような線が入っているので区別できます。真鯛より肉質が柔らかで、塩焼きや鯛めしにするとなかなかのおいしさ。天然なのに値段も手頃です。家庭の祝いごとの折にチャレンジしてください。
むりやり雰囲気変わる。【RICK BIDDULPH"Trade Winds"】
Ｈ 初めて地球を踏んだわ。
Ｙ そうか。
Ｈ この一歩は小さいけれど、兎にとっては偉大な躍進だ。
Ｙ 地球じゃなくて虫を踏んだぞ。
Ｈ あんた、なんでそんな格好をしてるの？
Ｙ 俺は…。（まわりをキョロキョロ）
Ｈ なによ。
Ｙ 誰にも言うな。
Ｈ うん。
Ｙ 宇宙土方だ。
Ｈ （大声で）宇宙土方が、ここにいますよ！
Ｙ よせ！
Ｈ ロビンソン一家の方？
Ｙ 俺は、アポロという長男だ。
Ｈ 何人土方なの？
Ｙ 今のところひとりだ。
Ｈ ひとりで土方。
Ｙ これから繁殖する。
Ｈ バイキンみたいね。
Ｙ 四十も五十も職を変えながら、いろいろなとこに住みついた。俺の親父はさピート、マルセイユの土方だったんだ。なんの教養もないけど土のこと、それも畑の柔こい生きた土じゃなくて、何十年も石畳に押しつぶされて蝉一ぴき潜っちゃいない堅い土のことなら大概なんでも知ってたもんだ。どうやったら掘った土くれを小さな場所に高く積みあげて、ご婦人方やプジョー・タクシーの邪魔にならないようにできるか、おまえ分かるかい？ 土はあんまり触っちゃだめなんだ。空気が入って脹れると、あいつらは生き返っちまう。鶴嘴でブロックみたいに欠いて、丸ごと円匙でガパッと外して、真四角なまんま置いとくんだよ。あの仕事には大した技術は要らねえ、でも図面を描くみたいに確実にこなしていくことは必要で、素人にはやっぱり難しいのさ。資本主義だからなあ、冒険なんかじゃないんだよ、ただ黙々と働くんだよ。神さんがいらしってもいなくても、ただ黙々と進むんだよ。鍛冶屋はハンマーと金床について知ってるし、パン屋はパン種について知ってる、そういうことさ。――血鯛をご存じですか？
Ｈ えっ？
Ａ （料理しながら）血鯛はウロコ引きで尾から頭に向かってウロコを払う。割り箸を口から入れて、エラと内臓を壺抜きし、流水を口から入れてよく洗い、水気をふきとる。焼いた皮がはじけないよう、金串をプツプツと刺して小さな穴をあける。米は炊く30分から１時間前にとぎ、ザルに上げて水を切る。土鍋に米を入れ、調味料、分量の水、しょうがを入れ、塩焼きした血鯛をのせて炊く。中火にかけ、沸騰してから５分、さらに弱火で５分炊く。仕上がりに10分蒸す。三つ葉は塩湯でゆでて水にとり、水気を絞って２〜３�冂垢気棒擇襦�炊き上がったら血鯛の骨をはずして身をほぐし、小骨もていねいにとり除き、三つ葉とともに御飯に混ぜる。【RICK BIDDULPH"Wizzard on a Rock"】
Ｈ 美しいかい？ 人が見つけた宇宙は。
Ｙ ああ、美しいさ。
Ｈ 月へはもう行ったのかい、ヒトは？
Ｙ え？
Ｈ ヒトは、月へ行ったのか？
Ｙ 何を言っているんだ。ヒューストン、ヒューストン、こちらアポロ11号、電気回路が混線しています。
Ｈ 俺はヒューストンじゃないさ。
Ｙ 誰だ、お前…。
Ｈ こちら、アルテミス３号、感度いかが？
Ｙ アルテミス３号？
Ａ （料理しながら）回路が混線している。
Ｙ なんだ、アルテミス３号とは。
Ａ アポロ11号の通信衛星です。
Ｙ なに？
Ａ 地球へ戻れなくなった宇宙船です。
Ｈ お前にオレの景色が見えるか。宇宙の果てと、なにひとつ変らないこの景色が。宇宙と違うところといえば、星が見えないということくらいだ。それを除けば宇宙と同じだ。風が吹かない。蝿のように風は止っている。音もきこえない。ロバのようだ。けれどもそいつを除けば、宇宙と少しも変りはしない。何も見えないことを除けば、青い地球が見えないということを除けば、紫の色をしたイベリアの夕べが見えないことを除けば、くがねの如く輝いたオリュンポスの見えないことを除けば、けしの花に染まったパレスチナの死海のあけぼのの、赤銅色のイタリアの、たおやかなボルドーの乳房のそのなにもかもが見えないことを除けば、…これでも宇宙と似ているのか、このひるこの里が。しかし俺は覚えているぞ。この瞳から無理矢理地球を、ポロッポロッと剥ぎ取られた日の、あの青い地球を。百億年も前の日の光を。頭の上を、ようやくすぎていった百億年の光を越えて、ようやく還ってきたつもりの俺と兎が、また続いていく。百億年の黒い光の中へ放り出された、その俺の景色がお前に見えるか。
Ｙ・Ａ こちら、アポロ11…了解。お前はダレだ。お前はダレに語っているんだ。
Ｈ サラリと衣脱ぎ捨てて、畸形の運河をさかのぼり、名にしおうコジキは葦の舟をのりついで、ひるこの里から、たれに語らん、十二単衣の衣をば、まずは一枚脱ぎ捨てて…。ハラリと九単衣も脱ぎ捨ててやがて七つが、六つ、五つ、身の切れるとも三単衣。やがて二単衣の下から現れしはヒトエ。ひるこから人へ。
＊
Ｈ あしたそこへ花を挿そうよ
Ｙ あなた自身のためのレッスン
Ｈ 鴉よ、俺たちは弾丸を込める
Ｙ 僕らが非情の大河を下るとき
Ｈ 思い出の日本一萬年
Ｙ 雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた
Ｈ 夢去りて、オルフェ
Ｙ 狂人なおもて往生をとぐ
Ｈ 真情あふるる軽薄さ
Ｙ 青春の砂のなんと早く
Ｈ わが魂は輝く水なり
Ｙ 泣かないのか？ 泣かないのか一九七三年のために？
Ｈ あの、愛の一群たち
Ｙ 火のようにさびしい姉がいて
Ｈ あらかじめ失われた恋人たちよ
Ｙ 夜よ おれを叫びと逆毛で充す 青春の夜よ
Ｈ 海賊、森を走ればそれは焔
Ｙ 花飾りも帯もない氷山よ
ふたり 僕らは生まれ変わった木の葉のように
Ｈ （同時に）私、玄子、ほんとうは○○○○（本名）、○○歳、空中一メートル。あこがれていたい。いつまでもあこがれていたい。あこがれの風切り羽に乗ってどこまでもいきたい。それだけでいい。待たずに歌う、訴える。それがことばのよみがえる秘密。アジアが滅びて日本が消えて、汚れたツナギを子どもでも着て、もう文字もなく、でもナベは叩き、とうに電気もなく、でも木陰に泊まって、カツブシみたいに堅いかかと、川で浴びる風呂、チャリンコとリヤカーで海岸線をマラッカまでも下っていく。そんな十歳のキャラバン隊が三百年経ったらいるかな？ いるつもりで駆ける。金いろの風切り羽。
Ｙ （同時に）私、素子、××××（本名）、××歳、空中一メートル。あこがれていたい。いつまでもあこがれていたい。私は世界に向かう窓。みんなの視線を通す窓枠。ここにいて世界を劈く、モンドリアンのステンドグラス。窓枠造りは旅なんかしない、誰にも覚えられなくて、それがいいところ。歌わずに待つ、待ちこがれる。これがことばのよみがえる秘密。つめくさは光って枯れてその火ははかなく消えるけど、時間のことは問題じゃない、大切なのはそれを見たこと。星座も流星もおなじにはかない小さな熱なら、そんなら宵に咲く花だって…。そしてまた咲く。まるで私だ。
Ｈ 波の上、一メートルのそらに舟を押しだそう。とも綱はもう解いた。悩みとあこがれの遙かな島は魚さえおとなわぬひむかしの方位。もとより帰れることを望みはしないさ。僕に後悔はないもの。
Ｙ 日かげをあびてもいつかむねは乱れて、よぎりに汐のどよもし堪えがたくきいている。でも兄さん、ここで私は立っている、月あかり満身に浴びて、決して迷わず立っている。あらしは花にあるんだよ。
Ｈ さあ、進もう。
Ｙ ここにいよう。
ふたり ことばのよみがえるその日まで。（手をつないで退場）
＊
Ｒ まことに衆生の死者を思うこと、あらたかになりおおせ候。さらば御身のわが身を責め、もの狂いたるさまも、はや要らずなり果てたりと存じ候。ここにて成仏召されたく御願い候。
Ａ （考える）御坊の心、かたじけなく思い候えど、なお務めの残りたる心地のござあり候。
Ｒ 何とまだ務めのあり候おか。
Ａ この原に紅葉のある限り。
Ｒ ここに紅葉のある限り。
Ａ ひとりの御霊が安ろおとて、皆の御霊をいかにせん、無常の紅葉の葉隠れに、無常の紅葉の葉隠れに、祈るわが身を残さばや、霧わき時雨とおり夜鷹啼く紅葉野を、祈るわが身を残さばや。風どおと吹き、葉のざざと鳴り、ただ祈りの静かに流れ、おいおい、おいおい。
幕
フィナーレ
女の意地を 見せるでヤンス
カラスが鳴いて 夕焼け小やけ
女の道は ど根性でヤンス
キビシイでヤンス
ざまあかんかんカッパの屁
「あっしゃあ、古風なんでヤンスねえ」
一同、礼。
上演記録
自分の鼻／二〇〇七年八月十九日／宮代町郷土資料館旧加藤家住宅／演出・高野竜／出演・ひなこ、ユーナ、根本彩夏、高野竜
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３人 ヒロ――ハビロ、どこへ行ったのです…？（溜息）はぐれてしまった…。（長い嘆息）はああ、困ったなァ…。こんな異土の、名も知れぬ土地で、ひとり…。もう、夜も更けた…東の白む前に、どこか森の窪地でも探して身を隠さないと…。ね、ヒロヒコ――？（耳を澄ますが）駄目かァ…。
Ａ あら、紅堂さん。
Ｈ 本宮先生。
Ａ どうしたの？ 班のみんなとはぐれちゃったの？
Ｈ ううん、そうじゃないの。
Ａ なら、どうしたの？
Ｙ ７世紀末、鈴鹿。坂東の老学者・滋野国幹は、桓武天皇の孫娘・宮目姫を貰い受けるべく、鈴鹿の地で姫の到着を待ち続けていた。長きに及んだ交渉の末、ようやく実を結ぼうとしている都との和議。多くの者達が反対を唱える中、都の勢力の大なるを説き、闘って敗れるより、交わって生き延びることが得策と、どれほどの時間を掛けて説き伏せてきたことか。だが、姫は現れない。１週間…10日…。もしや、賊に襲われたのでは…あるいは物の怪どもに連れ去られたか…？ よもや、此度の和議に異をとなえる奴輩が、先回りして姫を亡き者にせん事を謀り、このわしを出し抜いたのではあるまいな…。約束の期日を２週間過ぎた時、ついに国幹は矢も盾も堪らず、鈴鹿を下り近江国へと脚を踏み入れた――
Ｈ 綺麗な紅葉だなって。
Ａ 紅葉？（笑って）何云ってるのよ、こんな夏に紅葉がある訳ないじゃない。
Ｈ あら、先生見えませんか？ ここにたくさんの紅葉があるわ。まぁ、紅葉野ですからねぇ。
Ａ ほお、紅葉野と申し候おか。紅堂さんたら、先生をからかうなんて、（ちょっと怒った素振りで）全く…でも、そうやって見ている姿は、まるで宮目姫の様ね。
Ｈ 宮目姫？ 私が、あの、伝説の？
Ａ えぇ。
Ｈ あら、それはおかしいわ。
Ａ どうして？
Ｈ （笑って）ワタシが宮目姫なんて。
Ａ えっ？
Ｈ （額に指をさす）先生、全く見えないの？ この綺麗な一面の紅葉が…、
Ａ （止まる）…
Ｈ 忘れちゃったの？ 先生。華歩先生。思い出して、センセイ、アナタは「何」だったのか、「誰」だったのか…
Ａ …私は…
Ｈ アナタは？
Ａ 私は…
Ｈ 『綺麗なモノしか見なくて済む、綺麗な夢の中へ、一緒に行きましょうよ』先生。
Ａ はぁ、じゃ待ってようかなぁ。（座る）んで訊きたいことって、なんすかぁ？
Ｙ 尋ね申すは余の儀にあらず。これは見るほどに見事な紅葉にて候。
Ａ ウン、今は姫宮ってんだけど、昔は紅葉野って。
Ｙ 今日(こんに)った紅葉野とは申さぬと。
Ａ えぇ。
Ｙ 道理なれ、先ほどより只事ならぬ気配を感じおり候。姫宮と呼ばうちょお、その謂われ、御存知においては語って御聞かせ候え。
Ａ はぁ、よくは知らないんだけど――あたし、そこの宮原中の歴史部なんですけど、ちょうど調べてたとこなんで。むかぁし昔の平安時代、桓武天皇の孫で宮目姫っていう人が、京都からお嫁にもらわれて千葉へ行く途中で道に迷って、この辺に出ちゃったんだって。ちょうど秋で、楓が真っ赤に色づいてて、それがあんまり綺麗だもんで、迷ってんのも忘れてずっと見てたら、何だか急に具合が悪くなって、癪が起こって、歩けなくなっちゃった。旦那は慌てて看病したけど、こんな田舎でお医者もいないし、とうとう夜になって死んじゃったんだって。旦那は大泣きに泣いたけど後の祭りで、しょうがないから亡骸を埋めて、ひとりで千葉へ帰ったんだって。あとにはお墓だけぽつんと残って、ただ近所の人が時々花とかあげるだけだったんだって。そしたら何年かして、何とかってえらい坊さんが来て、話を聞いてそりゃ可哀相だってんで、お経あげて小っちゃいほこらとか建てたげて、姫宮明神って呼んだんだって。それっきり。でも、こんな話、おもしろい？
Ｙ これはねんごろに御物語り候おものかなさりながら、見事な紅葉とはいいながら、癪を起こし滅却するまで美しう候えしものか、まず不審に存じおり候。
Ａ まぁ、そうだけどさぁ、いいじゃん、なんかロマンチックで。伝説によれば…姫は此処で果てた。綺麗な紅葉に魅とれて…こんな素敵な話はないわ。でもね、ほんとはそんな綺麗にいきっこないのよ。悲劇の方がみんな好んでくの。そして私の夢は、朱い資格を持たない者には与えられない。これであのこも綺麗な夢于華の華を咲かせて素敵な夢の中で一生、寝れるわ。ね、おじさんって、お坊さんでしょ。
Ｙ さん候、恥ずかしながら漂白の旅僧にてござ候およ。
Ａ じゃ、ちょっとお経でも上げてあげなよ。これも縁じゃん。
Ｙ ちかごろ不思議なることにて候おほどに、しばらく逗留いたし、ありがたき鼓打ち、かの御跡をねんごろに弔い申そおずるにて候。
ああ、ありがたや
わがみをふりかえりみれば、
ぬまはたにおゆひともとの、
ほのさきにいぬるびっきのごと、
よはよとしもやにいね、
ひはひとしさざみにいね、
ぬまにおいぬまにはて、
とろにとけはつありがたさ、
わがみしじみのいくせいそ、
わがみしじみのいくせいそ。
Ａ かしましや。ああ、黒けぶり…。私の死が焼けていく…死が焼けて…コノシロどもの生が焼けて…私の生は焼けてまたのちに甦り…戻ることなき黄泉への旅路…東北(うしとら)にまみゆユマシの国…死につつ生きて…身ひとつ生きて…そうして北の方…芸を運び心を運ぶ都の女、追われ追われて…生き残り…。
Ｙ あれはいずちの草陰よりあらわれし女性(にょしょお)なるぞ。もし、御身はもの狂いおわしますか。
Ａ 苦しやな、紅葉むなしきを知り流水こころ無(の)おして、おのずから生ける昔に帰る野良の、紅葉が原にたなびくけぶり。
Ｙ これは言語道断、不思議なることを聞き候おものかな。さては桓武天皇が孫女宮目姫と御見受け申し候。
Ａ さてめずらしきことを聞き候。いかにも桓武帝はわが祖父にておわし候。
Ｙ してここにて滅したまえりと聞きおよび候おが、この原の紅葉とて昔日(せきじ)ったかほどに美しきものにてあり候わば、何とぞ子細御聞かせ候え。
Ａ うまし紅葉をくぐりて、うまし紅葉をくぐりても、人は死ぬこと能わじ。わが胸のさわぎと脳の痛みは、けしてあくがれにあらざりしものを。
Ｙ すりゃなによおにして滅したまい候おぞ。
Ａ くにづくりのむごさに、わが胸は裂けたり。おお神仏った照覧あれ、祖父の所行を赦されよ。都は荒れてうち捨てられ、こおろぎの棲み家となりはて、悪疫は猖獗をきわめ、日なかに大路を山賤(がつ)のゆく。人の罪を赦されよ。わけても大叔父早良(さわら)ノ宮、淡路に流さる身となりしが、由良の関にて討たれしを聞き、かにかくに都を逃れたる罪のわが身ぞ。罪のわが身を代償に、ただわれを思おて手引せし夫(つま)、国幹(くにまさ)殿をば赦されよ。われは卑劣の女房なりき。婚礼のめでたさすら、この紅葉をくぐるにおよび、はた虚しく思いき。われはわれを祈りはせで、皆を祈り申す。
Ｙ うたてやな、むごき御物語聞き候さりながら、早良ノ宮におかれては、はや成仏され候いしこと御伝え申し候。
Ａ 何と成仏されたと申すか。
Ｙ なかなか(えきざくとりい)、げに桓武帝の御計らいにて宮が怨霊をなだむるびょお慰霊法会を催せし始めは大同元年、以後崇道(すどう)天皇と追号され法会は彼岸会と呼ばれ六十余州あげて千年これまで続きおり候。
＊
唐突なダンスナンバー【朴ミギョン「仮面」】
＊
いつか廊下に人影。拍手。
Ｈ （地声で）先生…。
Ｓ （異常にニコニコして）いやいやいや、身についてきたねえ！ すごかったよ東さん、取り憑かれたみたい。「おぬし、この俺をおびきだしたな？」…、何かこう、電気走ったよお背中に。
Ｈ はー、どうも。
Ｓ 学校祭、間に合いそう？
Ｈ いやぁ、やばいっすねー。
Ｙ まだこの一場しか、ちゃんとできてないんですよー。全部で三場なんで、今かなりピンチかなー。
Ｓ 頑張ってね。部って本当は五人からだから、公演でアピールしとかんとね。
ふたり オッケーっす！
Ｓ 職員室の方の客あつめは任せといて。ロビー活動、展開中だから。あと、本番は軽音部のすぐあとに組んだんでフリのお客も多いと思うから。
Ｙ えー、そーなんですかぁ、すんません。でも、それってもしかしてライヴ終わったら帰るんちゃうんかなー…。打ち上げいったりとかー。
Ｓ あ、そうか。じゃ軽音の直前にしよっか。
Ｙ できますー、そんなコロコロ？
Ｓ できるできる、ちょちょいのちょいよ。
Ｙ すんませんねー。
Ｈ でもそれ、えこひいきでは…。
Ａ 東さん、いい子ね。でも、（ドシっと肩たたいて）やる気のある人はどんどんヒイキするもんね！
Ｈ あ、はあ！ 痛つつ…。
Ｙ センセー！ 肩、痛めてんねん！
Ｓ あーごめんごめん。（気にせず）だいたい、オリジナルも打ち出せない軽音部なんて意味あんの？ 歌謡曲のコピーならカラオケにおいきってことよ。あんたたちみたいなチャレンジ精神てものがねーんだよ、あの連中には！
Ｈ （笑って）やっぱ、ひいきだ…。
Ｙ 吠える吠える。
Ｓ 部、承認されたら、顧問やったるかんね。ふぬけたガッコに喝いれちゃる。
ふたり おおー！
Ｙ （教頭の声で）しかし校長、本校にはすでに演劇部はあります。予算もそう余分にあるわけではありません。そもそもあまり生徒の思いつきに乗せられては教育者としての格好が…、
Ｓ にゃにお？ お言葉ですが教頭先生。彼女らが申請しているのは演劇部じゃありません、腹話術部です！
ふたり そーだ！
Ｓ 高校生が腹話術。前代未聞の着想です。あたらしい領域を切り拓こうって意欲を買いましょう。
ふたり そーだそーだ！
Ｙ しかしですねえ、よりによってなんで腹話術なんです。婦人警官だか温泉ショーじゃあるまいし、怪しいじゃないですか。健全な高校生ならもっとスポーツとか、せめて普通の演劇とかで満足する「べき」ではありませんか。
Ｈ せーなー、別に健全じゃねんだよー。
Ｙ てゆーか健全な高校生ってもう、ないで？
Ｓ 教頭。ではお訊きしますが、いまテレビの学園ドラマとか、面白いですか？
ふたり （がぜん）おお、そーだそーだ！
Ｓ 最近、映画も文学も音楽も、勢いがなくなってきていると思いませんか？
ふたり そのとーり！
Ｓ （だんだん自分の演説になって）その原因は、日本の学校が、資本主義に忠順な会社人間の量産工場になり下がってしまったからなんです！
ふたり （やや不安になって）…そー…か？
Ｓ だいたいね、健全健全て、健全がそんなに大事でしょうか。やる気があるなら悪党だって私は支持します！
ふたり そー…え？
Ｓ 不健全で、卑猥で無計画で短気で偏差値が低くてファザコンでもいい。足が臭くて自転車も乗れなくて逆上がりもできなくて、雰囲気をふいんきといったり、ＡＢＣを最後までいえなくてもいい！
ふたり えー、それはちょっと…、
Ｓ 自分のえとや今年が西暦何年だかも知らなくていい、ラブレターに「変してます」と書いたっていい…腹話術さえやる気があれば！
ふたり つーか…おー。（仕方なく賛成する）
Ｓ いまあこそおおお！ プラハ東西高校に腹話術部をおおお！ ちゃんこてちゃんこてぱっくんこおおお！ 花吹雪！ 意味不明でいい！ 少女たちよ大志を抱け！ われに九月を！ どんぴんからりん息(エキ)がぽーんとさけたあああ！
勢いあまって、中央の席に倒れこむ。ひとり、さっとフラスコ掠めとるが、水ははげしくこぼれて花も床に落ちる。
Ｓ ──何だ？
黙って花ひろい、フラスコもって出ていく。
Ｓ 阿妻さん、どうしたの？
Ｈ （静かに）──ミナミの席。
Ｓ （ハッとし）あ、そう…。あのヒナギクは？
Ｈ （静かに）摘んできたんでしょ。
Ｓ あぁ、そう…。（急にそそくさと）そうだ忘れてた、差し入れあるんよ。
Ｈ えー、いいんですかー、じゃ遠慮なく。（さっさと奪う）
Ｓ じゃ、しっかりね。
Ｈ （淡々と）どーもー。
そそくさと去る。間。夕日、差す。
Ｙ ──夕日やねえ。
Ｈ ──夕日だわあ。
＊
いい雰囲気ぶちこわしてひとり、俎板と包丁とタイを運びつつ、歌いながら登場。【GILES/MUIR/CUNNINGHAM"Screenwash"】
押しつぶされて貼りついて
死んだその日が誕生日
うごくホテルに住みついて
ふとんと ごはんと 子分ができたーあ い！
きええーーっ！と気合一声、まっぷたつにタイを切断！
Ａ 血鯛をご存じですか？ 花鯛、手のひら鯛などとも呼ばれる15〜20�僂両�ぶりの鯛です。お店では真鯛として売られることも多いので、紛らわしいのですが、真鯛とは別種。エラぶたをみると、血がにじんだような線が入っているので区別できます。真鯛より肉質が柔らかで、塩焼きや鯛めしにするとなかなかのおいしさ。天然なのに値段も手頃です。家庭の祝いごとの折にチャレンジしてください。
むりやり雰囲気変わる。【RICK BIDDULPH"Trade Winds"】
Ｈ 初めて地球を踏んだわ。
Ｙ そうか。
Ｈ この一歩は小さいけれど、兎にとっては偉大な躍進だ。
Ｙ 地球じゃなくて虫を踏んだぞ。
Ｈ あんた、なんでそんな格好をしてるの？
Ｙ 俺は…。（まわりをキョロキョロ）
Ｈ なによ。
Ｙ 誰にも言うな。
Ｈ うん。
Ｙ 宇宙土方だ。
Ｈ （大声で）宇宙土方が、ここにいますよ！
Ｙ よせ！
Ｈ ロビンソン一家の方？
Ｙ 俺は、アポロという長男だ。
Ｈ 何人土方なの？
Ｙ 今のところひとりだ。
Ｈ ひとりで土方。
Ｙ これから繁殖する。
Ｈ バイキンみたいね。
Ｙ 四十も五十も職を変えながら、いろいろなとこに住みついた。俺の親父はさピート、マルセイユの土方だったんだ。なんの教養もないけど土のこと、それも畑の柔こい生きた土じゃなくて、何十年も石畳に押しつぶされて蝉一ぴき潜っちゃいない堅い土のことなら大概なんでも知ってたもんだ。どうやったら掘った土くれを小さな場所に高く積みあげて、ご婦人方やプジョー・タクシーの邪魔にならないようにできるか、おまえ分かるかい？ 土はあんまり触っちゃだめなんだ。空気が入って脹れると、あいつらは生き返っちまう。鶴嘴でブロックみたいに欠いて、丸ごと円匙でガパッと外して、真四角なまんま置いとくんだよ。あの仕事には大した技術は要らねえ、でも図面を描くみたいに確実にこなしていくことは必要で、素人にはやっぱり難しいのさ。資本主義だからなあ、冒険なんかじゃないんだよ、ただ黙々と働くんだよ。神さんがいらしってもいなくても、ただ黙々と進むんだよ。鍛冶屋はハンマーと金床について知ってるし、パン屋はパン種について知ってる、そういうことさ。――血鯛をご存じですか？
Ｈ えっ？
Ａ （料理しながら）血鯛はウロコ引きで尾から頭に向かってウロコを払う。割り箸を口から入れて、エラと内臓を壺抜きし、流水を口から入れてよく洗い、水気をふきとる。焼いた皮がはじけないよう、金串をプツプツと刺して小さな穴をあける。米は炊く30分から１時間前にとぎ、ザルに上げて水を切る。土鍋に米を入れ、調味料、分量の水、しょうがを入れ、塩焼きした血鯛をのせて炊く。中火にかけ、沸騰してから５分、さらに弱火で５分炊く。仕上がりに10分蒸す。三つ葉は塩湯でゆでて水にとり、水気を絞って２〜３�冂垢気棒擇襦�炊き上がったら血鯛の骨をはずして身をほぐし、小骨もていねいにとり除き、三つ葉とともに御飯に混ぜる。【RICK BIDDULPH"Wizzard on a Rock"】
Ｈ 美しいかい？ 人が見つけた宇宙は。
Ｙ ああ、美しいさ。
Ｈ 月へはもう行ったのかい、ヒトは？
Ｙ え？
Ｈ ヒトは、月へ行ったのか？
Ｙ 何を言っているんだ。ヒューストン、ヒューストン、こちらアポロ11号、電気回路が混線しています。
Ｈ 俺はヒューストンじゃないさ。
Ｙ 誰だ、お前…。
Ｈ こちら、アルテミス３号、感度いかが？
Ｙ アルテミス３号？
Ａ （料理しながら）回路が混線している。
Ｙ なんだ、アルテミス３号とは。
Ａ アポロ11号の通信衛星です。
Ｙ なに？
Ａ 地球へ戻れなくなった宇宙船です。
Ｈ お前にオレの景色が見えるか。宇宙の果てと、なにひとつ変らないこの景色が。宇宙と違うところといえば、星が見えないということくらいだ。それを除けば宇宙と同じだ。風が吹かない。蝿のように風は止っている。音もきこえない。ロバのようだ。けれどもそいつを除けば、宇宙と少しも変りはしない。何も見えないことを除けば、青い地球が見えないということを除けば、紫の色をしたイベリアの夕べが見えないことを除けば、くがねの如く輝いたオリュンポスの見えないことを除けば、けしの花に染まったパレスチナの死海のあけぼのの、赤銅色のイタリアの、たおやかなボルドーの乳房のそのなにもかもが見えないことを除けば、…これでも宇宙と似ているのか、このひるこの里が。しかし俺は覚えているぞ。この瞳から無理矢理地球を、ポロッポロッと剥ぎ取られた日の、あの青い地球を。百億年も前の日の光を。頭の上を、ようやくすぎていった百億年の光を越えて、ようやく還ってきたつもりの俺と兎が、また続いていく。百億年の黒い光の中へ放り出された、その俺の景色がお前に見えるか。
Ｙ・Ａ こちら、アポロ11…了解。お前はダレだ。お前はダレに語っているんだ。
Ｈ サラリと衣脱ぎ捨てて、畸形の運河をさかのぼり、名にしおうコジキは葦の舟をのりついで、ひるこの里から、たれに語らん、十二単衣の衣をば、まずは一枚脱ぎ捨てて…。ハラリと九単衣も脱ぎ捨ててやがて七つが、六つ、五つ、身の切れるとも三単衣。やがて二単衣の下から現れしはヒトエ。ひるこから人へ。
＊
Ｈ あしたそこへ花を挿そうよ
Ｙ あなた自身のためのレッスン
Ｈ 鴉よ、俺たちは弾丸を込める
Ｙ 僕らが非情の大河を下るとき
Ｈ 思い出の日本一萬年
Ｙ 雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた
Ｈ 夢去りて、オルフェ
Ｙ 狂人なおもて往生をとぐ
Ｈ 真情あふるる軽薄さ
Ｙ 青春の砂のなんと早く
Ｈ わが魂は輝く水なり
Ｙ 泣かないのか？ 泣かないのか一九七三年のために？
Ｈ あの、愛の一群たち
Ｙ 火のようにさびしい姉がいて
Ｈ あらかじめ失われた恋人たちよ
Ｙ 夜よ おれを叫びと逆毛で充す 青春の夜よ
Ｈ 海賊、森を走ればそれは焔
Ｙ 花飾りも帯もない氷山よ
ふたり 僕らは生まれ変わった木の葉のように
Ｈ （同時に）私、玄子、ほんとうは○○○○（本名）、○○歳、空中一メートル。あこがれていたい。いつまでもあこがれていたい。あこがれの風切り羽に乗ってどこまでもいきたい。それだけでいい。待たずに歌う、訴える。それがことばのよみがえる秘密。アジアが滅びて日本が消えて、汚れたツナギを子どもでも着て、もう文字もなく、でもナベは叩き、とうに電気もなく、でも木陰に泊まって、カツブシみたいに堅いかかと、川で浴びる風呂、チャリンコとリヤカーで海岸線をマラッカまでも下っていく。そんな十歳のキャラバン隊が三百年経ったらいるかな？ いるつもりで駆ける。金いろの風切り羽。
Ｙ （同時に）私、素子、××××（本名）、××歳、空中一メートル。あこがれていたい。いつまでもあこがれていたい。私は世界に向かう窓。みんなの視線を通す窓枠。ここにいて世界を劈く、モンドリアンのステンドグラス。窓枠造りは旅なんかしない、誰にも覚えられなくて、それがいいところ。歌わずに待つ、待ちこがれる。これがことばのよみがえる秘密。つめくさは光って枯れてその火ははかなく消えるけど、時間のことは問題じゃない、大切なのはそれを見たこと。星座も流星もおなじにはかない小さな熱なら、そんなら宵に咲く花だって…。そしてまた咲く。まるで私だ。
Ｈ 波の上、一メートルのそらに舟を押しだそう。とも綱はもう解いた。悩みとあこがれの遙かな島は魚さえおとなわぬひむかしの方位。もとより帰れることを望みはしないさ。僕に後悔はないもの。
Ｙ 日かげをあびてもいつかむねは乱れて、よぎりに汐のどよもし堪えがたくきいている。でも兄さん、ここで私は立っている、月あかり満身に浴びて、決して迷わず立っている。あらしは花にあるんだよ。
Ｈ さあ、進もう。
Ｙ ここにいよう。
ふたり ことばのよみがえるその日まで。（手をつないで退場）
＊
Ｒ まことに衆生の死者を思うこと、あらたかになりおおせ候。さらば御身のわが身を責め、もの狂いたるさまも、はや要らずなり果てたりと存じ候。ここにて成仏召されたく御願い候。
Ａ （考える）御坊の心、かたじけなく思い候えど、なお務めの残りたる心地のござあり候。
Ｒ 何とまだ務めのあり候おか。
Ａ この原に紅葉のある限り。
Ｒ ここに紅葉のある限り。
Ａ ひとりの御霊が安ろおとて、皆の御霊をいかにせん、無常の紅葉の葉隠れに、無常の紅葉の葉隠れに、祈るわが身を残さばや、霧わき時雨とおり夜鷹啼く紅葉野を、祈るわが身を残さばや。風どおと吹き、葉のざざと鳴り、ただ祈りの静かに流れ、おいおい、おいおい。
幕
フィナーレ
女の意地を 見せるでヤンス
カラスが鳴いて 夕焼け小やけ
女の道は ど根性でヤンス
キビシイでヤンス
ざまあかんかんカッパの屁
「あっしゃあ、古風なんでヤンスねえ」
一同、礼。
上演記録
自分の鼻／二〇〇七年八月十九日／宮代町郷土資料館旧加藤家住宅／演出・高野竜／出演・ひなこ、ユーナ、根本彩夏、高野竜
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