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2015年06月03日12:11

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構成 残像航路 全

残像航路

ネズミ花火と濡れネズミ





時 いつでもいい

所 水上

人 ダンサー1
  ダンサー2
  楽士たち
  ネズミたち
  あの、老婆と貝
  踊る観客





第一場 濡れネズミ

湖水を背景にしたがえた舞台。
湖畔に木製のステージがしつらえられている。
すなわちこれは野外劇である。

一本のスタンドマイク。
ドラムスがゆっくりリズムを刻みだす。
花道奥で「ザバーッ!」と不意の水音。
ダンサー1がバケツの水をかぶったのだ。
そのままズブ濡れで登場。
歌『音信不通の姫』。

♪夜明けの私
 豆腐屋の湯気を
 見捨ててゆくの

 萎びた鉢植えや
 路地の闇を
 置き去りにして

 荒川 浮標(ブイ)と鉛
 貨物 千葉へ

 月は落ちて体ふるえ電話とらず体ふるえ
 ドラムス
 胸を裂く

 がりがり
 指

激越に喋りだす。

1 人も、ライオンも、鷲も、雷鳥も、角を生やした鹿も、鵞鳥も、蜘蛛も、水に棲む無言の魚も、海に棲むヒトデも、人の眼に見えなかった微生物も、――つまりは一切の生き物、生きとし生けるものは、悲しい循環(めぐり)をおえて、消え失せた。…もう、何千世紀というもの、地球は一つとして生き物を乗せず、あの哀れな月だけが、むなしく灯火(あかり)をともしている。今は牧場に、寝ざめの鶴の啼く音も絶えた。菩提樹の林に、こがね虫の音(ね)ずれもない。寒い、寒い、寒い。うつろだ、うつろだ、うつろだ。不気味だ、不気味だ、不気味だ。

間。

1 あらゆる生き物のからだは、灰となって消え失せた。永遠の物質が、それを石に、水に、雲に、変えてしまったが、生き物の霊魂だけは、溶け合わさって一つになった。世界に偏在する一つの霊魂――それがわたしだ…このわたしだ。わたしの中には、アレクサンドル大王の魂もある。シーザーのも、シェイクスピアのも、ナポレオンのも、最後に生き残った蛭の魂も、のこらずあるのだ。わたしの中には、人間の意識が、動物の本能と溶け合っている。で、わたしは、何もかも、残らずみんな、覚えている。わたしは一つ一つの生活を、また新しく生き直している。

鬼火があらわれる。

1 わたしは孤独だ。百年に一度、わたしは口を開けて物を言う。そしてわたしの声は、この空虚(うつろ)のなかに、わびしくひびくが、誰ひとり聞く者はない。…お前たち、青い鬼火も、聞いてはくれない。夜あけ前、沼の毒気から生れたお前たちは、朝日のさすまでさまよい歩くが、思想もなければ意志もない、生命のそよぎもありはしない。お前のなかに、命の目ざめるのを恐れて、永遠の物質の父なる悪魔は、分秒の休みもなしに、石や水のなかと同じく、お前のなかにも、原子の入れ換えをしている。だからお前は、絶えず流転をかさねている。宇宙のなかで、常住不変のものがあれば、それはただ霊魂だけだ。

間。

1 うつろな深い井戸へ投げこまれた囚われびとのように、わたしは居場所も知らず、行く末のことも知らない。わたしにわかっているのは、ただ、物質の力の本源たる悪魔を相手の、たゆまぬ激しい戦いで、結局わたしが勝つことになって、やがて物質と霊魂とが美しい調和のなかに溶け合わさって、世界を統(す)べる一つの意志の王国が出現する、ということだけだ。しかもそれは、千年また千年と、永い永い歳つきが次第に流れて、あの月も、きららかなシリウスも、この地球も、すべて塵と化したあとのことだ。…その時がくるまでは、恐ろしいことばかりだ。…

間。湖の奥に、紅い点が二つあらわれる。

1 そら、やって来た、わたしの強敵が、悪魔が。見るも恐ろしい、あの火のような二つの目…

不意の音楽。1、踊りだす。客席にも踊ってる者がいる。


幕アヒ劇

貝 ねえ、おばあさん、春日野さんが「嵐ヶ丘」に行ったとき自分がヒースクリッフの役をやっているのでヨークシャの荒野を横ぎるときになって、あの二人の愛の亡霊と三角関係になるのじゃないかとひやひやしたと言っているのだけどあれはわくわくしたのじゃないかしら?
老婆 それは難解ね。
貝 もし、わくわくしたのなら、おばあさん、それは不謹慎だと思われる?
老婆 貝、本当のこと言うと、永遠の処女の考えることは油断が出来ないよ。
貝 永遠の処女って?
老婆 そりゃ、ヅカ・ガールさ。おまえの春日野さんの話だって、あたくしには嵐ヶ丘が嵐ヶ丘を訪問したように思えるのさ。
貝 何故、春日野さんが嵐ヶ丘なの?
老婆 すてたパンツに聞いてごらん。
貝 どういうこと?
老婆 ごめんよ、貝、おまえにこんなこと言うんじゃなかった。
貝 あたしね、おばあさん、春日野さんがわくわくしたのは、決して、あの人がすきものだったからじゃないと思うの。二〇〇年たった今もヨークシャの荒野をさまようヒースクリッフとキャサリンの二人の愛の乞食が、そう、あの二人は未だに乞食なのよ、愛のね。だって、原作者も本の終りに「死者には安らかな眠りはない」と書いているもん。その二人が相寄りあってもまださがしているものがあるのよ。ヨークシャの荒野をクシャミをしながら、乞いているものが、もしかしたらそのことを、春日野さんはしっていたのじゃないかしら。
老婆 いや、何にも知りゃしない。
貝 どうして?
老婆 春日野さんは、かすぐのでせい一杯さ。
貝 春日野さんは、そんなにかせいでいないわ。
老婆 春日野さんは、今じゃ、重役。
貝 重役にだって、青春はあったのよ。
老婆 その青春が曲者じゃ。
貝 ねえ、おばあさん、冷かすのはやめて、一言だけ言って、春日野さんは何を知っていたの? ヒースクリッフとキャサリンが、嵐ヶ丘をほっつき歩きながら乞いていたものは何なの?
老婆 亡霊が、いつも欲しがるもの、それは――
貝 それは――?
老婆 肉体。

♪時はゆくゆく乙女は婆アに
 それでも時がゆくならば
 婆アは乙女になるかしら
 むかし あたしにガキがいた
 かずある中で只ひとり
 口八丁の知恵主は
 山から帰ったツァラツストラ
 垢で汚れた大足を
 あたしの股にすりつけて
 これが超人 グリグリグリ
 母さん 聞いてよ 肉体は
 大きな理性でございます
 ならば息子よ
 理性とは大きな肉体のことなのけ?
 すると大足 ぴくりととめて
 「論理はそう簡単にUターンすることは
 できません」
 ニャロメ 言ったその口で
 みるみるうちに超人は
 小人のように 頬杖ついた
 錬金術はサン・ジェルマンに
 練眼術はメロ・ポンに
 練肉術は誰にしよう
 時はゆくゆく乙女は婆アに
 それでも時がゆくならば
 婆アは乙女になるような
 Uターン秘術を誰が知ろう

貝・老婆 何よりも、肉体を!

湖水の彼岸で花火が打ち上げられる…。
後半の演奏、始まる…!
対岸で何か大きなものが動きだすのがかすかに見える…。

貝 あれは何年前の火山だと思う?
老婆 ベスビアスだろ?
貝 いや二十万年前のだよ。
老婆 そうかい、じゃ、俺の時代だな。
貝 どうして?
老婆 人間が生きてない時代だからさ。
貝 でも存在のカケラはあったんだよ。
老婆 いや、そんなことは――(もう聞きとれない…)


第二場 ネズミ花火

舞台に駆けだす大勢のネズミ!(たぶんその日の出演者全員)
「エイホー、エイホー、ようそろ!」と水辺のロープを引っぱりだす。
と、ロープはビン!と張って…、
対岸の小舟、竹と廃材でしつらえられた、
あのアジア海域のアウトリガーなる筏を…引きよせるのだった!
そして、一同の遠鳴き
「…ヨゼフィィイイイーーーーヌッ!」

舟にはワンピースの女が乗っている。松明を掲げている。
(あるいは松明を捧げる半裸の従僕が、脇に控えているかも知れない…)
彼女こそが、今夜の女王である。
炎のダンサー。
炎のディーヴァである。

To be continued










上演記録

イエーツの会/二〇〇七年九月一日/宮代町新しい村湖畔ステージ/演出・高野竜/出演・ファレマーナ、酒井康志、松為伸夫、ネモ船長、魚ノ目ケチャ子、風火、塚越隆一、池野考造/特殊効果・速水鷹司







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