mixiユーザー(id:63544184)

2015年06月03日09:48

516 view

翻案 月はのぼるよ 全

月はのぼるよ

原作・レディ・グレゴリー





人 巡査部長
巡査X
巡査B
ポンコツ





港の荷揚場。もやい杭に鎖。どでかい樽。三人の警官来る。月あかり。
警部はやや年かさ。舞台横切り下手の船着き場まで行き見おろす。ふたりは手配書をほどき、のりのバケツを下ろす。

B (樽を指し)ここさ貼ったっけちょうどいんだべ。
X ちっと待った。(警部に)手配書はここでいっかね?(返辞がない)
B …この樽に貼るんで構んねえかな?(同じく)
部長 …こんなとこに段があんじゃねえか、見落とすとこだ。こっから降りられた日にゃあ仲間のはしけで一目散だ、奴ら島の外から来っかんな。
B 部長。手配書、この樽に貼るんが一等だと思んだけど。
部長 構ねえよそこで。

二人、貼る。

部長 (読んで)髪黒く、目も黒く、やせ顔で身長160そこそこ――大した手掛かりじゃねえな――脱獄の前に見とかなかったなぁうまくねかったな。結社の方針さひとりでやるって奴だから抜けっぷりもてえげえいかれてら。なんせアイルランド中が目え剥くような牢抜けだ。まんず看守抱き込んでなきゃこうはやれねえってこんだ。
B 賞金100ポンドっちゃえれえしみったれてますね。とっつかめえたら昇給くらいはすんのかね。
部長 ここは俺が見てっからいいよ。なんでもきっとここさ通る。逃走経路ぁあっちからこーう来るしかねえし(ト指し)、仲間がこっちでお出迎えってあんべえだ(ト指す)、いっぺんはしけさ乗られたら見っけんな容易じゃねえど。コンブ取りの船なんて山のようにあんだから、堅気の漁師にまぎれてずらかんだっぺ。
X よっし捕めえたって世間からも親類一党からもボロカス言われるだけでさ。
部長 はは! 因果な商売ってことだあ。だが法規と執行は世間の希望だかんな。そうそう簡単に決めごとの上下が覆っちゃいけねえってことよ。まあそうぼやくな、まだ貼ん手配書ようけあんだへ? ここは俺がいるから行ってきい。カンテラ持ってけ。でもすぐ戻れよ、こんな頼りない月明かりだから…。
B ご苦労様です! 上ぁなんでもっと人員を寄越さねえんですかね。ま、巡回裁判で手一杯か。…じゃ、行ってきます。

二人、退場。

部長 (ぶらぶらして、手配書見て)100ポンドと昇格。そりゃ、俺はあいつを捕まえられら。俺にしかできねえ。でも、それで…俺は何をしたいんだ?

ボロを着た男が上手から舞台を横切る。

部長 こらこれおめえ。どこさ行く。
ポンコツ 門付けで小唄さぁ歌うもんです。(紙の束を出し)唄本さあつっと、水夫さんらにはかしにね(行こうとする)。
部長 待て。おい待て。行ってはならん。
ポンコツ へい。いつだって貧乏人は風待ちでさ、あんたらの囲いの中でね。
部長 誰だおめえは。
ポンコツ あんたさんよりは賢い、流しのジミー・ウォルシュってもんで。
部長 ジミー・ウォルシュ? 知らんな。
ポンコツ へえ、エニスの山出しで。旦那ぁエニスには?
部長 …なんでうろついとる。
ポンコツ 巡回裁判のおこぼれ目当てで。なんだかだ日銭になりますけえ。判事さんらと汽車で同席でした。
部長 遠くから来たんならそのまま行っちまうんだな。足を棒にすんのが商売だへ。
ポンコツ 言われねえ先からずらかるつもりよう(段の方へ行く)。
部長 おい、戻れ。今夜は、なんぴともその段を下りちゃいけねえ。
ポンコツ ちくとてっぺんに腰かけるだけでさ。水夫目当てにひとくさり、こいで晩飯にありつけるって算段で。船乗り連中の戻りは遅えんです。コルクあたりじゃ奴らがゴロ車で荷揚げするのによく会ったっけなあ。
部長 行けってんだ。今夜はごろつきどもは禁足だ。
ポンコツ は、行くよ! おたがい貧乏は辛いもんだね。そうだ部長さん、あんたに一曲進ぜよう、ぴったりのがあるよ。(トめくり)「たらふく食って笛吹いた」――こりゃダメだ。「ヤギとポリ公」――ますますいけねえ。「ジョニイ・ハアト」――あ、こいつがいいかな。
部長 失せろ。
ポンコツ まあそう言わんで。すぐですから。(歌う)

ロッスの庄屋の娘御が
ジョニイ・ハアトに惚れたとさ
ジョニイは山岳警備隊
すると母ちゃんの言うことにゃ
「しましま野郎に嫁ぐだと
あたしゃあ山で気が触れら」

部長 うるせえ。

ポンコツ、本をしまって段を下りていく。

部長 どこさ行くって。
ポンコツ 行けって言うから。
部長 なめてんのか? そこは降りるなってんだ、町へ戻れ町へ。
ポンコツ 町へ…ですか?
部長 (引き戻し町の方を向かせ)ここは行き止まりで、おめえはあっちだ。ぼやぼやすんな。
ポンコツ (はじめて手配書に気づき、指して)ははあ、事情が分かってきやがったぞ。
部長 おめえにゃ関係ねえこんだ。
ポンコツ こいつを待ってるってわけだ。あっしゃあ知ってますがね。じゃ、さいなら(行こうとする)。
部長 知ってる? ちょっと待てや、どんな奴だ。
ポンコツ おいよ戻れてか。部長さん、あっしを殺す気ですかい?
部長 何言う。
ポンコツ 真っ平御免だあね。懸賞金が十倍になったっつて、命あっての何とやらだあ。(上手に去りつつ)十倍じゃとても合わねえよ…。
部長 (追いかけて)戻ってこいて。戻れ。(引き戻し)どんな奴だ。どこで会った。
ポンコツ あっしの里で会いました。クレアです。正直でくわさねえ方がいいです。おぞ気が立ちますあ。得物をとっちゃあ八面六臂、剛力で胸板なんかこうバネみたいで(樽をパーンと叩く)。
部長 凶悪か。
ポンコツ まあね。
部長 まっと話せ。
ポンコツ 里じゃ有名なこってすよ、バリーヴァンの巡査長さんでしたが――ごろた石でやられましたな。
部長 そりゃ初耳だ…。
ポンコツ そりゃ部長さん、何でも新聞に載るわけじゃねえや。そいと私服も一人消えたねえ――抜けた野郎でねえ、キルマロックの警邏屯所が襲撃されたでしょう、あのすぐあとに、リメリックをうろついてたんでさ――今夜みたいな月夜で――川っぺたでね――確かなことは誰も分かりません。
部長 ほんとに…。恐ろしいとこだな。
ポンコツ まったくで! あんた、野郎があっちから来るって踏んで見張ってんでしょう、でもどっこい、とんでもねえ方から不意に襲いかかってくっかも知んねえよ。
部長 やれやれ、一箇小隊で出迎えてえよ。
ポンコツ ふんなら折角ですからあっしがこっちを見張りましょ。この樽に掛けてんのがいいかな。
部長 見分けられんのか?
ポンコツ 1マイル先でもね。
部長 つまり分け前が欲しいんだへ。
ポンコツ …俺ゃあね、辻や市場で身ひとつで稼ぐ河原もんだあ。賞金首を密告しただの、良くねえ評判立って、今生食っていけますけえ。見くびらんでもらいましょ。ケチぁついた、退散しまさあ。
部長 悪かったよ。
ポンコツ (樽にのぼり)こちらこそ。…ねえ部長さん、そうやってワッタガッタ(行ったり来たり)やってばかりじゃ疲れちゃんだんべ。
部長 このワッタガッタが勤めなんだよ。
ポンコツ 今夜はこれから大捕物があんでしょう? どうです楽になさっちゃ。樽にゃ空きがありますぜ、眺めもいいしね。
部長 そりゃまあそうだ。(樽にのぼり、上手を向いて腰かける。背中合わせ)それにしても気味の悪りい話さあしたな。
ポンコツ 火、あります?(マッチ受け取ってパイプに火を着ける)一服おやんなせえ、落ちつきますよ。いいすいいす、あっしが着けたげましょ、そっち向いて見張ってりゃいいよ。お勤めでしょ。
部長 いや大丈夫、目は皿だよ(火を着ける。ふたりふかす)。まぁ警察なんてのはな、実際因果なしょうべえだや。夜の夜中巡邏して誰の得になるでもねえし、危ねえ目に遭うぱっかしで、わずかな日銭に山ほどの誹り。勤めに逆らう手だてもねえときたもんだ。女房子どもがいようとハイ了解! 駆けつけんだけだあ。
ポンコツ (歌う)

丘を越えていこうぜ かたばみの原っぱへ
ふと立ち止まれやよう 岩と沢が笑うさ
谷底で目を留めた おいらの目は釘づけ
娘さんが歌うよ あの恐ろしいグランニュエル

部長 やめれって。今の気分じゃねえ。
ポンコツ そりゃどうも。ただあっしの気を引き立てようと思ってね。やっこさんのことがあんでどうも。あっしらがこうして掛けてっと奴あ、見っつけて襲えかかってくんでしょ。
部長 だから見張ってんだ。
ポンコツ もちのろんて。しかもタダでね。ばっかでさねえ、なんの得にもならねえ人助けて。おんや?…なんか当たったぞ(心臓のあたりをさする)。
部長 おめえは天国に行けるよ。褒美はそこでな。
ポンコツ は、ちげえねえ。ちげえねえが命は惜しいや。
部長 だな。元気が出るてんなら歌ったって構わね。
ポンコツ (歌う)

黒髪の女はよう 手枷足枷引いて
喉はまるで裂けそう 夕闇にむせんだよ
よくお聞きその嘆き 王様とくちづけを
交わしたこのくちびる あたしはあのグランニュエル

部長 そこぁ違うな。最初んとこは「血の沁みた毛布しょい」と、こうだんべ。
ポンコツ そうだ。旦那、そっちがほんとだよ。(歌い直す)しかしよくこんな歌をご存知ですね。
部長 人間てなあ、知らんうちに色んなことを知ってるもんだな。
ポンコツ つまりあんただってガキの時分にゃこうして樽や塀にずらっと並んで腰かけて、「グランニュエル」を歌ったてこったあね。
部長 そりゃそうだ。
ポンコツ 「シャン・ヴァン・ヴォート」は?
部長 歌った。
ポンコツ 「岬の原っぱ」。
部長 んなのもあったなあ。(歌う)

苔もつかない切りたった岩かべに
おいらをさしおろす一本の綱
羊たちに遠巻きに見まもられ
おれたちゃ草はら横ぎっていったもんさ
 ゆらゆらり 海せまる
 たまご狩りすりゃ 夏はなやぐ
夏至のひろばに王様はいらないさ
おいらをぶらさげる一本の綱
鯨たちの吼えたてる海原を
おれたちゃ木船でのり越えてきたもんさ
 ひゅるひゅるり 風かける
 たまご狩りすりゃ 夏はなやぐ

ポンコツ 今夜とっつかめえる男だって、ガキん時にゃあ塀の上でおんなし歌をうたったんでしょうな。妙なこんでさ。。
部長 シッ! 何か来る…んだ、犬か。
ポンコツ おかしな話で。今日にも明日にもあんたが法廷にほっぽり込もうって野郎が、一緒に歌ってた仲間の一人かも知れねえなんてえね。
部長 んなもんさ。
ポンコツ たといや、そのガキのひとりがさ、ひとくさりやったあとになんかの計画を話したとすんべ。祖国独立のうんぬんかんぬん。したらあんたが「そりゃいいや」って言い…、その挙げ句、いま逃げあぐねてるのは、もしかしてあんたの方だったかも知れねえや。
部長 その頃だったらまさにみんな、そうなると思ったろうさ、今の俺なんかたあ…心根がダンチだったからな。
ポンコツ 世の中ってな奇ッ々怪でね。若え女房の誰がって話よ、はいはいしてる…赤ん坊がどんな人物になるかなんて誰にも分かれあしねえんだ。どう転んでどんな末路を行くかなんてね。
部長 改めて考えりゃ妙なことだ。ちょいと待てよ――俺が、今みたいな常識をもたねえで家族もなしに、警備隊にも入らなかったとすんだんべ。したら檻抜けして闇に乗じようとしてるのがもしかして俺で、こうして樽に腰かけてんのが脱獄したきゃつの方だったかも知れねえやんな――はいずってでも逃げおおせようとしてるのが俺かも知んねえし、無暗と法を遵守してんのが野郎で、抜け道探してんのがこの、俺かもな。俺がよ、鉛玉ぶち込もうとしてるのかもよ、でごろた石振り上げてケリさあつけようとしてんのが――バカ言え! 俺がんなことすっか!(あえぐ。…間…)ありゃ何だ?(ポンコツの腕をつかむ)
ポンコツ (樽から飛び降りて聞き耳を立てる。水面を見わたし)いや、なんにもいねえようで、旦那。
部長 はしけじゃねえのか…。やつの仲間がボートで乗りつけたかと思ったよ。
ポンコツ 部長さん、おいらあ思うに、あんたぁ若い自分は法律とかすっ飛ばしていきなり民衆の味方だったんでがしょ?
部長 そうさ! バッカな…、もう過ぎた、時代よ。
ポンコツ 顔に書いてありますあ。こうやってピリッと制服で固めてベルトを締めてもさ、あんた本当はグランニュエルの頃が良かったんでしょ?
部長 おめえの指図は受けつけねえよ。
ポンコツ (激しく)あんたさあ、まだアイルランドの、味方なんだへ?
部長 なんて言いぐさだえ。俺の職務はハッキリしてんだ。(見渡し)…やっぱりはしけだ。櫂のきしりだろ。

段から海を見おろす。

ポンコツ (歌う)

おお、今こそショオン・オ・ファレル
集合かけてくれよ
あの川っぺたの秘密のねぐら
ツーカーで分かるあの基地へ

部長 止めろ、ばか、止めねえか!
ポンコツ (一層高く)

おお、ことばののろしを揚げ
口笛と行軍だ
おまえの肩が槍をささえらあ
いま、そら、月がのぼるぜ

部長 止めねえとふん縛んど!

口笛が下から同じ曲を吹く!

部長 合図だ。(ポンコツに立ち塞がり)行っちゃいけねえ――下がれって――誰だおめえ、門付けのはずはねえ。
ポンコツ もう分かってんだへ。手配書の通りだよ。
部長 きさまか!
ポンコツ (帽子と髭を取る。部長それを奪う)ご名答。たかが100ポンドの賞金首さ。ボートで仲間が待ってんだ。ずらからせてもらうよ。
部長 (帽子と髭を見つめて)くそう、馬ッ鹿。欺しやがった。まんまと欺しやがった。
ポンコツ おれは「結社グランニュエル」のもんさあ! 100ポンドぽっちのなあ!
部長 ちきしょう。
ポンコツ どうすんだ。通すんか? 無理に通ってみせっか?
部長 俺は警邏だ。通すわけにいかねえ。
ポンコツ 舌先三寸で通れりゃよかったんだよ。(また、何か当たって胸をさすり)…ありゃ何だろ?
X (声のみ)やれやれ、やっと振り出しだ。
部長 部下が来たんだよ。
ポンコツ 俺を売りゃあしねえぜ。な、同志よ。グランニュエルの同志!(樽の陰に隠れた)。
B (声のみ)あれで貼り紙は終えだ。
X (現れつつ)まぁとっつかまえられねえまでも見逃しはしめえ。

部長、帽子と髭を隠す。

B こちらへは、どいつも?
部長 (…間…)うん。
B 猫の子一匹。
部長 蟻の子もな。
B 帰隊せよとの命令はねえんです。お伴します。
部長 いや…、特に君らは要らねえよ。
B 戻って一緒に見張れとおっしゃいましたが。
部長 独りで充分だ。第一そうしゃべくってちゃ誰も通んめえ。ここあしんとして待つとこだ。
B すんません。じゃ…カンテラさ置いてきます。

渡そうとする。

部長 いいよカンテラは要らねえよ。
B 要るでしょう。雲が出てきますよ。迷いますよ。樽の上に置いてきましょう。

樽にのぼろうとする。

部長 持ってけってんだ。何度も言わすない。
B そりゃそのう…気休めになるかってね…。俺ぁこうして隅々を照らしてるとどうにも安心すんで。(灯を振って)自分ちにいて、暖炉で、薪がはぜんのを見てるみてえで…。

その灯が樽や部長を照らしだす。

部長 (怒って)とっとと帰えれ! カンテラ置いてくな!

ふたり、逃げ去る。ポンコツ、樽の陰から出てくる。二人、顔を見合わせる。

部長 もう行けよ。
ポンコツ あ? 帽子と髭。…どうも寒くてさ。

部長、渡す。

ポンコツ (段を下りながら)じゃあ、おやすみ…同志。ありがとな。よくやってくれた…恩に着るよ。なあ、小っせえもんがのぼってうすらでけえもんが墜落する時さ…俺ぁさ、あんたに礼さするつもりだ――切り替わりの時(手を振って消え)月がのぼる時によ!
部長 (観客に背を向けて手配書を見)見返りの100ポンド。100ポンドな。(振り返り)なあ、どうなんだ? 俺は大馬鹿か? それとも、さほどでもねえのかな…。












上演記録

二〇一二年六月二四日/演劇前夜/大宮第二公園どくんご犬小屋テント/演出・高野竜/出演・名倉歩美、高野竜、高野歴、泉田奈津美/スチール・山本麦子







top→ http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1940803010&owner_id=63544184
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する