mixiユーザー(id:63544184)

2015年06月03日07:58

315 view

026 3分間世界一周 全

3分間世界一周



起点は森の中にある塔のてっぺんの部屋だった、螺旋階段すらない天空の開かれた密室から彼女は、森と空との移り替わりを食い入るように眺めて暮らしていたんだ、僕はアムステルダムの港の玩具屋で買ったブリキの望遠鏡であの子を、遠い恒星をめぐる清い惑星を眺めるように遠くから見た、七つき見続けると、あの子はようやっと僕に手を振って会釈したんだ、初めで終わりのただ一度の恋…! 僕は森のミズナラの木蔭に昏倒していた。そして夢を見た、それはアブハジアの沙漠で三百年も後に巡り会う彼女と僕との物語だった、僕は罪をかぶって両目を失い、彼女は自家不和合性の縛りを解かれたかのように淋しく幸せに二人の子どもを産み育てていた。胸に抱いた炸裂弾でモスクワの地下鉄に爆死したあたしが最後に見た夢がラプンツェルと王子との恋と別れと邂逅の物語だったことをあたしはただいまこの一瞬に託して語ろうと思うよ! もうロシアやグルジアに遠慮も恩もあるもんか、あたしのムスタファはもういないしあたし自身ももういない、こうやって木の体に入って心根からぎくしゃくと人形のようになりながらそれでもあたしは語ろうと思う、たった一枚のチシャの葉から生まれた双つの鬼子、「王国」と「ゲリラ」とが間にはさまる「共和国」をどう悩み恐れ愛し愛され憎まれて三つ巴の転落を病んだか! あたしはゲリラとして共和国を撃った! 僕は市民に逐われて王宮を後にした! 僕は民草が好きだった、あたしは冷たいマドセン突撃銃の感触にいいようのないカタルシスを覚えた、覚えるように、育てられた、ムスタファとの婚礼は仲間たちの空に向けた銃撃で祝われたのよ。わずかひと月…愛の床は、僕らの愛の床は七週間に渡って敷かれていたね、ラプンツェル! そうして魔女の呪いが来た、そうして密かに汽車に乗る閑(しず)かな出撃の旅立ちが来たのよ。ああ、世界が平和でありますように、あたしは誰も憎んじゃいない、もちろんモスクワ地下鉄の乗客の誰ひとりあたしの敵なんかじゃないっ、それなのに君は一緒に逃げようという僕を押し戻して罪はひとりで被るといったんだ、そんなことができるものか! 案の定、魔女と市民は僕をコーカサスの沙漠に放逐したのさ、それからどれだけの時が流れたか、そんなことを気にしてる暇はないわ、時限爆弾のタイマーはあたしが怖じ気づいた時のためにセットされていたんだから! ニコライ・ゴーゴリ駅のトイレであたしは嘔吐(はい)た、ごらん、あたしは人形だ!(瞬間、踊る)♪三日月笑う卑猥さ透明の嘘がうたうぼろぉん木のからだ木の手木の瞳愛と死一度に抱くしゃべれぬ者の言霊よ、ダゲスタンよ、南北オセチアよ、イングーシよカラチャイ・チェルケスよアブハジアの沙漠よ! 僕は旅した! 共和国とは、僕らの踏まえている大地とは、その砂を吹き飛ばす乾ききった風とは何なのかを思い、こんな沙漠でぽつねんと立ち竦むあたしを沙漠ごと包み込む星空に絶句しながら、息絶えた自分を、絶え果てた息を、感じていたのさ、この世界の底で、ハハハハハハハ――!













上演記録

二〇一〇年十一月二二日/瀬戸市ギャラリーくれい/出演・阿部未来、由良しのぶ







top→ http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1940803010&owner_id=63544184
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する