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2015年05月31日07:48

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006 めだかクラブ 4/

劈子 この時間、何やんのー、委員長。
藍子 よしてよ委員長は、二年でやめたよーあんなん。
劈子 又、やればいいのに。
藍子 だって仕事なんて禄にないんだもん。こっ恥ずかしいだけでさっ。
劈子 ふーん、ンなもんかあ。
掌子 今日も自習っしょ。
藍子 そーだねー。
掌子 せっかくの選択科目なのにねー、先公からして休んでどうすんだ、まだ一学期アタマだぞー?
三四郎 よくよ、あいつ昼間、沼ッ端で見んぜ?
掌子 山田を?
三四郎 おう。
掌子 何やってんの。
三四郎 さあね。水、見たり、雲、見たり。わけ分からん。
掌子 てゆうか、おめーは何やってんだ?
三四郎 ほっとけ。
掌子 俳句でもひねってンのかなっ。
劈子 ハハハー、ありそう、ソレ。雲の詩人だぁ山ちゃん。
藍子 詩人でもいいけど、授業やってほしいよねー。
掌子 んだんだ。
藍子 しゃーないなー、じゃ、やっか。あの、読みにくい資料集、出してみっか。
三人 うーす。
掌子 えーコホン、『小動物から考える日本神話』――。 うう、頭、イタ。
藍子 おい、早いよ掌ちゃん、くじけんの。
掌子 だーって、いきなり古文だぜ。ちょー不向きなんだけどあたし。
三四郎 このクラス、自分で選んだんじゃねえか。
掌子 古文二〇点以上取れるようにねっ。ゴメン藍ちゃん、いきなりパスすんわ。
藍子 うーむ。じゃ劈子、読める?
劈子 読めるよー。カナ振ってきたから。
掌子 …その手があったか!
劈子 えー、「神のことなど語るまい。古事記・日本書紀の最大の欠点は、のべつ神の名の由来譚になっていることだ。旧約聖書などにも見られるこの物量主義的傾向は日本神話でははなはだ顕著で、物語としての勢いを大きく損なっているといわざるを得ない」。
三四郎 古文じゃないじゃん。
掌子 えっ?
三四郎 おまえ、それすら分からんの?
掌子 ハア、すんまへん…。
劈子 「これは恐らく記紀、とりわけ古事記という書物の政治的な性格に原因があると思われる。古事記はすなわち民譚の形を取った皇室典範なのであり、ほんらい民話が具えていたはずの闊達奔放さは大幅に失われていると見るべきであろう。二〇一〇年度「歴史教室」における私の企図は、民俗の形をとった我らがデマゴギーの深層を、現代の庶民の視点で遊びなおし、あれこれ再検討してみることにある。そのためにまず仮に、八百万(ヤオヨロズ)の神からもれた落第生とでも謂うべき小動物たちに注目してみようではないか。無名性にとどまっているときはじめて、神々は本来の機能を発揮するのだ」――
藍子 ――むっつかしいー!
掌子 ホラ、藍ちゃんがゆうんだもんなー。
三四郎 でもよく読めんなァ、ヒロ。
劈子 フ。ナニを隠そうあたい、意味は分からんのにもっともらしく読むのはいちばんの得意なのだ。考えない割にカッコイイぞ。んだけど先週、なんか考えとけっていってたねー山ちゃん。
掌子 あ、そーだ。えーと、あれよ、あの…ウシ!
三四郎 牛?
掌子 あんた休んだンだ。ウシとウマはどう違うかッてさ。
三四郎 全然違あべよ。
掌子 ほお? こりゃ面白い。ほんじゃ問題です! あたしたちはモウ終わったんだけどさ。
三四郎 んー違い? 角があるかないか。タテガミがあるかないか?
掌子 えとね、そうじゃなくてー。それはホントに違うわけじゃん。
三四郎 だって違うとこだろ?
掌子 そでなくて、あんたから見て違うのはどこかってこと。
三四郎 はん? 分かんねえなあ、いってることが。
掌子 だーからー、あんたにはどう違うように見えるかっての。
三四郎 あん? 何のことさ、ほんとに違うとか違わんとか??
藍子 掌ちゃんそれじゃ分かんないよ。冷泉。ウシとウマって名前、あんじゃん。そん、名前がどう違うかってとっから入ってみてよ。
三四郎 えー、うし…、うま…、うし…。うーん??…ウマは、あれだ、漢字だろ? 字の形も、これウマの絵だよな。タテガミあって、足も四本あって。で、何か知んないけど中国でンマーとかなんとか、読んだンでそのまんまウマになったんじゃねえの。
掌子 そうそう。すごい!
三四郎 ウシは…? ギュウ。ギュウがなまっても、ウシにはならない、か。――分からん!
劈子 うっしっし。
三四郎 それかな。
劈子 ンなはずあんめっ。
三四郎 答えは?
藍子 さあ。
三四郎 さあって…、
藍子 なーんか、山田って、答えいわないんだよねー。正解なんてどうでもいいとかいっちゃって。
三四郎 ふーん。何のことだろう。
藍子 で、今日の課題は、イヌとネコ。
三人 は?
藍子 イヌとは何か、ネコとは何か、だって。
劈子 何だ、課題あったの。
藍子 あったのよーん。
掌子 いつの間にぃ。今日あいつ、休みなのに。
藍子 ちょっとね。
掌子劈子 あっ、
藍子 ――ナニよ。
掌子劈子 あーやしー!
藍子 な、ナニが?
劈子 分かりやすいよねー、藍ちゃん。
掌子 首まで赤くなってるしー。
藍子 ちょっとっ。
掌子劈子 はいはい〜、ムフフフ〜。ひらひら〜、くらげ〜。
藍子 もうっ課題課題っ。冷泉、どう?
三四郎 僕は、イヌだな。ネコ、嫌いだから。
掌子 おめー、そんなこと訊いてないってば。
三四郎 え、そうか?
藍子 いいのよ。どこが好きでどこが嫌いなの。
三四郎 僕さ、ちっちゃいころ東浦の藪ンなかで野犬に追っかけられたことあんだ。四匹くらいいてさあ。ンげえ、おっかねえよ! 狂犬病って死ぬらしいじゃん。口の脇から泡吹いて吠えつくんだもん、殺されッかと思ったよお。結局、棒ッ切れで追っ払いながら木に登って、そんでも飛び上がって食いつこうとすんだよなッ。ンで、そうさなたぶん一時間以上やつら粘ってたけど、よーやっと離れた隙みて、ほうほう逃げて帰ってきたんだ。
劈子 そんなのに、イヌの方がいいの?
三四郎 …あれ? いや、そう、そうなんだよ。イヌってさ、どこまでも追っかけて来んじゃん。ネコってな、一瞬バーッて掛かって、あとすぐやめちゃうじゃん。それが厭だ。イヌってさ、何日も走れんだろ。それすげえよ。あれはたしかオオカミだったかな、テレビで見たんだけど、トナカイが逃げてんだ、シベリアでさ、それ追いかけて、トナカイも走って疲れて倒れるのに半日やそこらじゃないってんだよな、それずーっと駆けて着いていくんだってゆんだ。――それだろう、やっぱ。
掌子 それかあ? やっぱか?
三四郎 僕、野犬とかにはあこがれるけど、ライオンだのチーター、真っ平だなあ、寝てぱっかしで。
藍子 はっきりしたね。
掌子劈子 …そう?!
藍子 まとめるとこういうことじゃない? ネコって自分勝手でしなやかで、なんか人気あんじゃん。国道ンとこの本屋、見たことある? すげえよ、ペットコーナーのネコ本の割合ったら八割くらい占めてンよ。でも冷泉がいってんのは、ネコなんて所詮、町内から出ないようなグータラだ、てんでしょ。
掌子 なーんか、あたしがいわれてるみたい。一年以上、電車乗ってないわそーいえば。
藍子 好きなことは?
掌子 食うことと寝ること。
三人 ネコだ!
掌子 遊びにも行くぞ。
三四郎 町内だけど?
掌子 いや、河原まではなんとか。…やっぱ、ネコかひら。
藍子 私は、イヌだなー。おん出たら、二度と帰ってこなくてもいーなー。劈子は?
劈子 くらげ〜。いやホント。くにつちのうかれただよえること、あそぶいおの、みずのうえにうけるがごとし。ってか。
三四郎 なんだ、それ。
劈子 どっちだっけ、たしか「書紀」の方の、アタマ!

歌、「なみまにて」。一番は劈子のソロ、二番から三人娘のコーラスになる。

♪あめ ぱしゃ ぱしゃ ふりだす
 ふゆの はじめの うみの そこ
 なまこが くらげを あいてに
 ぼやいてる ね
 おまえは いいよな だって
 くわれないから ねぇ

 それ きいた くらげが はなならし
 わらって こたえた よ
 うきね ぐらしの つらさは 
 きみにゃ わからない
 しゃぼりら しゃぼり しゃらどぅ
 なんなら かわって やろう

  (…口笛…)

 なまこの こは こなまこ
 まなまこの 「ま」は なんだぁ?

教室は暗転。三四郎、いつか高みで、左肩を押さえて語る。

三四郎 「かたなしの傷」――
見渡す限りの泥の平原の只中で
狼の「かたなし」は
今しがた咬み倒した灰色の羊のことを思っていた
この者は俺に意見をした
この者は盲(メシイ)で
俺を見分けられなかったろうか 恐懼すべき対手(アイテ)だと
俺は無慈悲だったし
此奴からみれば非論理的でさえあったろう
が それが狼の本分ではないか
俺は俺の成すべきことを成したので
不足も悔いもない が割り切れぬはなぜ此奴までが
己の生の破局を従容と迎えねばならぬかだ
これは理屈に合わぬ
生への執着が本能から欠落している者だとすれば
俺はむしろ此奴を憎む
それこそ不合理と言わねばならぬ
俺は 水を呑むのだから川を汚すなと此奴に言った
此奴は自分の方が下流(シモ)にいると応えた
俺は 貴様が君子だろうと貴様の父親の代からの罪だと断じ
この者を仆したのだ
いつものことだ
今後もこの論法で構わぬ筈だ
では何故 古傷が痛むのか
かつて老いぼれ猟師のモーゼル・ベルグエイロにやられた肩が
何故この薄汚れた偶蹄野郎を気にかけるのか …

三四郎、消え、同じ高みに山田、立っている。

山田 「ベンガル」――
熱帯のようではない
雲はあまりに重く低い
田には様々に発育した稲 その穂も剣の葉も
銀に輝きを失って頭を垂れる
激しい雨は数日来ないが気温は上がらぬ
四月というのにジャケットが要る
やはりぽつぽつとは降っている
黄色く埃にまみれた車窓に斜めの筋が幾つも走る
バスはごうごう走ってゆく
一面は洪水のような畦のない茫々たる田だ
広大な沼だ
鈍く光って空を見上げる沼の面
奇跡のように 一筋のバス道路は水に浮いて細く鋭く続く
これは神話の景色 地獄に関係ある神話の
(茫、茫)
取りつく島もない光る水面(ミノモ)だ
時に畦があれば 踏み分け道のごとく
くねくね数百メートルも彼方まで続き
中途にぽつねんと牛が草を食む
一体何の隠喩だ
(茫)
バスが征く
何故この景色には人がいないのか
田の果てから何か巨大な影が近付いてくる
船だった …

ふたたび教室に戻るが、今度は回想シーンではなく、夏服に戻っている。

劈子 四ヶ月経ったねー、この授業も。あたい、このごろちょーっとだけ分かってきたカンジ、すんだ。
掌子 何のこと?
劈子 山ちゃんセンセのやりたいこと。
山田 そうか?
劈子 うちんちさぁ、目のまえ土手で、用水路なのお。んで、納屋とかに古いヒョウタンあってさ、おもちゃにして遊んだの。弟なんか今でも遊んでるしー。潜水艦、とかいって。
掌子 沈むかあ?
劈子 沈まないんだけど、そのへんはテキトーってことで。で、いつン年だったか、五月くらいだったかな、浅くなってんとこに、ナマズ! こーんなでっかいの、入り込んでてさー。弟と二人して、捕まえようとしたんよー。あーのー自分でも不思議でしょうがないんだけど、そん時あたいら、ヒョウタンでね、押さえようとしてたんだなー。
三人 ほお!
藍子 無理じゃん?
劈子 そーなんよ。つーか手の方がマシ?
掌子 網、なかったの?
劈子 なかったのかも知んないし…でも違んだ、網とか考えないで、チョクでよっしゃヒョウタンって、思ったんだと思おの。
掌子 変なのー。
劈子 ウン、変なん。でもセンセ、そーゆーことでしょ? この授業。
掌子藍子 え。??
山田 そうだよ。
掌子藍子 …ええっ?
山田 君らも分かったかね。
掌子 分かるか! クイズ出してみよっか、「貴方にとってヒョウタンナマズと歴史教室の関係は?」――誰も答えられませンって。
藍子 いや。待って。
掌子 ん?
藍子 ――ふーむ。
掌子 どしたん。
藍子 掌ちゃん、覚えてる? まだ四月くらいだったかな、イヌとネコの話、したじゃんか。
掌子 あー、そんなこともあったような…。
藍子 あの後、私、ふと分かったの。百人一首で「あはれことしのあきもいぬめり」ってのあんじゃん? 上の句は、えっと――
劈子  小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
山田 おっすごい。
藍子 そのイヌよ。
掌子 ? どのイヌ?
藍子 秋も行っちゃったのよ。イヌは、行っちゃうものなんだって、私、思った。私も行っちゃいたいから、イヌの方が好きだって感じたんだきっと。
掌子 行っちゃうからイヌ。ネコは?
山田 寝てるからネコ。
掌子 ウシは?
劈子 悲しそうだから…ウシ…かな?
掌子 そうなの?
劈子 「ウシとみしよぞいまはこひしき」。
掌子 ははあ…。なあるほどねえ! みんなセンス、あんね。クラゲは?
山田 クラゲはおめえ、くらくらしてるからクラゲだろ。劈子、古事記冒頭。
劈子 えー…とと、これか。「あめつちはじめてひらけしとき、くにわかくうきしあぶらのごとくして、くらげなすただよえるとき、あしかびのごとくもえあがるものによりてなれるかみのなは」――。
山田 そうだ。この国ができる前、油のごとく海に漂うクラゲのような陸地があった。そこに葭の芽が生えてきて初めて地面らしいものができてきた、こう、神話はいってるんだ。
掌子 ふーん、そこらの葭のやぶみたい。あれ、浮いてるんでしょ。
山田 そうだ、この地方は一帯、最近まで海だ。今でも土はしょっ辛くて、足もとドンと踏みゃあぐらぐら揺れる。そこへだんだん土砂が積もって、草も生え、グズグズにしろなんとか地面みたいな体裁になってきた時代があったと思いねえ。
掌子 いつ?
山田 いつとはいえない、ただ昔っていうほかはないけどさ。時代が特定できなくたって、歴史はやれるんだぜ? で、平らに淀んでマコモは繁り、溜まって積もって半分腐って、この辺り一面、まあ堆肥でできたでっけえ島みたいになったのよ。見たところぁ地面だが、うっかり変なとこ踏むとズボッと裏さ抜け落ちて一巻の終わり。土地に見えるが土地じゃねえ、何にも使えねえ大湿原があったってわけさ。
藍子 もったいない!
山田 その通り。だけど昔の人はえらい。そのごみ溜を、とうとう田んぼにしたよ。
劈子 どーやって?
山田 杭を打って、丸太をうずめて、梁(ハリ)づたいに歩く天井のネズミみたいにさ、曲芸じみた田んぼ芸。
劈子 うっそだあ!
山田 嘘じゃねえよ。ときどき事情を知らない嫁が、梁ふみ外して落っこって、家のもんが探しに行ってみると泥に笠だけ、のったり浮いてるって話がここらにゃいくらでもあるってよ。河童にとられた話、聞くだろ?
藍子劈子 聞く、聞く! あれか!
山田 浮田の上に、俺たちゃいるのさ。
掌子 ――せんせ!
山田 何だよ急に。
掌子 あたし、見た!
山田 え?
掌子 いないはずのトコに、女の子、見た。マコモの泥に、立ってた!
山田 ほんとかよ、おい。
藍子 怪談…ホントになってきた…。

突然、廊下の遠くから「先生ーっ! 山田先生ーっ!!」と叫び声。用務員さんだ。

山田 どうしたんです、そんなにアワ食って。
用務員 お、おたくの生徒が、バ、バ、
山田 ええ?
用務員 バットで…!
山田 何です?!

高みに、返り血を浴びたユニフォームの三四郎。手に、金属バット! ぎらぎらと夕日が差し、急速に――
暗転







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