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2015年05月31日06:52

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002 〈土神と狐〉考 2/

常木 でも気持はネ、獲得形質ネ。DNAに書いてないから転生しない。
桜井 でもこれ文学だし。
常木 そう。だけどかなり科学的ネ。
吹田 (助け船で)うーんそれって水掛け論じゃないの、アジアの循環史観とヨーロッパの線型史観とのさ。とにかく、土神がキリスト教的発想するのは無理でしょ。やっぱここは、転生しない存在は不幸だっていってんだよ。
遠野 そうかね? 確かにそうだろうか。どうだい桜井君、何か不満そうだが。
桜井 あ、はあ。せい子のは、独断的な解釈ですね。
吹田 …あんたさっきからねぇ!
遠野 まあまあ! 発言をゆるします。
桜井 だってさ、土神にしろ樺の木にしろ、狐だって洋服着てたりして、まずは出自のはっきりしない登場人物だと思うんだ。それなら、ひとつこれこれのアイデンティティが「あるはずだ」って前提は、いちおう避けておこうよ。たとえば土神にしてもさ、地元から受けている信仰のなかでならこれこれの性質を持ってるのだとも信じられてるんだろうけど、人から思われてるってことと土神自身のメンタリティとは、また別だろう? ここには二重の土神っていうか、二重の風景がある気がして仕方ないんだよな。分かるよね、このこと…?
常木 (やがて、困って)教授。
遠野 うん?
常木 正直にいえば、何いってんだかちっとも分からないネ。でも何か、雰囲気みたいなものは伝わってきます。
桜井 あれ、分かんないか…。
常木 その二重の何とかについての感覚を、どうしたらホカの人が共有できるんでしょうカ?
遠野 教えない。
常木 ハ?
遠野 教えたげない。
常木 ど、どうしたですカ?
遠野 教えたらへん。いやや。自分で考え。うち好かん。
常木 センセイ!
遠野 (はっとして)あいや失敬。いやツネッキ君。自分で考えてくださいよ、そういうことは。さっきのハイネのこともそうだったが、ルールを与えられるのを待たずに、まずルールから楽しんで作っていくべきだろう。それが芸術というゲームだよ。君みたいに消費者的態度を見せられると、思わず関西の駄々っ子になってしまうくらいもどかチイ。さ、どんなルールがいいね?
常木 うーん…?
遠野 なら、桜井君。
桜井 (ぼんやり)いや私はもう、ひとりで考えてますから…。
遠野 (吹田に)君は?
吹田 …私、バカかなあ。
遠野 うん?
吹田 ルールっつうか、とにかくやってみるっていうのはどうでしょう。
常木桜井 何を?!
吹田 劇みたいに。要は実感があれゃいいんでしょ? 気分だけでも土神とかになってみたらいいんじゃないの。

間。やがて遠野、大笑い。

遠野 やぁ、痛快々々。そんなら早速やってみよう。じゃ桜井君、土神を。
桜井 え、はあ…。(咄嗟なので、へどもどと)「わしは土神だ。いゝ天気だ。な」。
遠野 うんまあ似合うが…それじゃあ樺の木を君。
吹田 はい。(手で恰好よく枝つくる)
遠野 「枝は美しく伸びて」、
吹田 「五月には白き雲をつけ、秋は黄金や紅やいろいろの葉を降らせました」。
遠野 (困って)むむむ…。
吹田 変ですか?
遠野 顔が邪魔だね。
吹田 ――がーん…。
遠野 いやそうじゃなくて、チャーミングすぎるんですよ。樺の木ではなく吹田(すいた)せい子が見えてしまう。(桜井に)君もね。
二人 はぁ。
常木 僕は?
遠野 (相手にせず)君は狐そっくりだ。だがまあ、ともかく続けようか。
桜井 「樺の木さん。お早う」。
吹田 オッハヨーございます!
遠野 元気すぎだな。
吹田 (なるべくしっとり)…「お早うございます」。
桜井 (もたつきつつ)「わしはね、どうも考へてみるとわからんことが沢山ある、なかなかわからんことが多いもんだね」。
吹田 (セリフ食って)「まあ、どんなことでございますの」。
桜井 (もたもたと)「たとへばだね、草といふものは黒い土から出るのだがなぜかう青いもんだらう。黄(きぃ)や白の花さへ咲くんだ。どうもわからんねえ」。
吹田 (食って)それは草のたにぇがっあぼらしぼぼっ…つぅ…。
遠野 どうした。
吹田 いえちょっと口の…(中を噛んだ)。
桜井 せっかちだからだよ。
吹田 だってキミ遅いんだもの!
遠野 もっとおおらかに、土佐の血でね。火山性の低い山並みと、底に火をためたゆるやかな川のうつろい。いいね?
吹田 ハア。
桜井 「黄や白の花さへ咲くんだ。どうもわからんねえ」。
吹田 (もう食って)それは草のたったった…(また噛んだ)。
常木 (つい)向いてないのでは…
吹田 (つい)狐はおだまんなさい!
三人 ――おお!
吹田 ハイ?
常木 (笑って)コワイ…。
吹田 (つい笑って)悪かったわね。
遠野 もう土神は君がやるんだなぁ。
吹田 えぇ? でも女では…。
遠野 いやいやそんなことは構わない。文学における性転換は現実と違って不気味じゃない。それにリアリスムに密着する必要もないよ、レポートじゃあないのだからね。むしろエロティシズムに踏みこまずに何の文学だろう。ましてこのものがたりは、異種交配譚じゃないか。
常木 イシュコウハイ。バイオテクノロジーですね。
遠野 精神のね。鉱物と植物のあいだに愛はありうるか。親和力ははたらくか。
吹田 しかも、私の動物なからだのなかで。
遠野 そのとおり。時折、青年のネガに幼児や老人がかくれているように。
吹田 やってみます。ナレーションください。
遠野 土神は「神といふ名こそついてはゐましたがごく乱暴で髪もぼろぼろの木綿糸の束のやう眼も赤くきものだってまるでわかめに似、いつもはだしで爪も黒く長いのでした」。
吹田 (やってみる)こんなかな…。
遠野 そこで唸る。
吹田 ウオーッ。
遠野 「その声は時でもない雷のやうに空へ行って野原中へ聞へたのです」。
吹田 うおおおん、うおおおん、うおおおん、うおおおん…。
常木 (笑って)似合ってんなァ!
吹田 (まじめに)茶々いれんな…。
遠野 「空へ行った声はまもなくそっちからはねかへってガサリと樺の木の処にも落ちて行きました」。ほら、木。
桜井 え、ぼ、僕ですか?
遠野 ほかに誰がいる。
常木 じゃ僕が…
遠野 (相手にせず)君は狐だ。さあ。
桜井 ゴツすぎますよぉ…。(トいいつつしっとりと)「樺の木ははっと顔色を変へて日光に青くすきとほりせはしくせはしくふるへました」。
遠野 (驚いて)…うん、いいね。
桜井 マッチョですってば。
遠野 そうでもない。意外に丸みと湿度がある。きみ、男に惚れたことは?
桜井 ないっすよ、何いってるんですか。
常木 (感心して)ドシテそんなに色っぽい?
桜井 色…。せい子なんとかいってやって。
吹田 〔セクシーじゃん。〕
桜井 なにその目。…分かりましたよやればいいんでしょ。
遠野 面白くなってきたね。じゃあ土神の登場の少し前から。

プロコフィエフ。

桜井 (非常にやさしく)「そして樺の木はその時吹いてきた南風にざわざわ葉を鳴らしながら狐の置いて行った詩集をとりあげて天の川やそらいちめんの星から来るかすかなあかりにすかして頁(ページ)を繰りました。そのハイネの詩集にはロウレライやさまざま美しい歌がいっぱいにあったのです。そして樺の木は一晩中よみ続けました。たゞその野原の三時すぎ東から金牛宮ののぼるころ少しとろとろしただけでした」。
遠野 …いいねぇ。「夜があけました。太陽がのぼりました。草には露がきらめき花はみな力いっぱい咲きました」。
吹田 (不幸に)「その東北の方から熔けた銅の汁をからだ中に被(かぶ)ったやうに朝日をいっぱいに浴びて土神がゆっくりゆっくりやって来ました。いかにも分別くささうに腕を拱(こまぬ)きながらゆっくりゆっくりやって来たのでした」。
桜井 「樺の木は何だか少し困ったやうに思ひながらそれでも青い葉をきらきらと動かして土神の来る方を向きました。その影は草に落ちてちらちらちらちらゆれました」。(音楽止む)
吹田 「土神はしづかにやって来て樺の木の前に立ちました。樺の木さん。お早う」。
桜井 (しっとりと)「お早うございます」。
常木 …Bene, molto bene !(いいぞいいぞ!)
吹田 「わしはね、どうも考へてみるとわからんことが沢山ある、なかなかわからんことが多いもんだね」。
桜井 「まあ、どんなことでございますの」。
吹田 「たとへばだね、草といふものは黒い土から出るのだがなぜかう青いもんだらう。黄(きぃ)や白の花さへ咲くんだ。どうもわからんねえ」。
桜井 「それは草の種子(たね)が青や白をもってゐるためではないでございませうか」。
吹田 (驚いて)「さうだ。まあさう云えばさうだがそれでもやっぱりわからんな。たとへば秋のきのこのやうなものは種子(たね)もなし全く土の中からばかり出て行くもんだ。それにもやっぱり赤や黄(き)やいろいろある、わからんねえ」。
桜井 「狐さんにでも聞いて見ましたらいかゞでございませう」。
吹田 「この語(ことば)を聞いて土神は俄かに顔色を変へました。何だ。狐? 狐が何を云ひ居った。狐なんぞに神がものを教はるとは一体何たることだ。えい。(次第にオーバーに…)狐の如きは実に世の害悪だ。たゞ一言もまことはなく卑怯で臆病でそれに非常(〔ヒッジョーオ〕)に妬み深いのだ。うぬ、畜生の分際として」。
常木 せい子セリフ飛んでるってば…。
吹田 じゃかましわあ!「おれのこんなに面白くないといふのは第一は狐のためだ。狐のためよりは樺の木のためだ。狐と樺の木とのためだ。けれども樺の木の方はおれは怒ってはゐないのだ。樺の木を怒らないためにおれはこんなにつらいのだ。樺の木さへどうでもよければ狐などはなほさらどうでもいゝのだ。おれはいやしいけれどもとにかく神の分際だ。それに狐のことなどを気にかけなければならないといふのは情ない。それでも気にかゝるから仕方ない。樺の木のことなどは忘れてしまへ。ところがどうしても忘れられない。今朝は青ざめて顫へたぞ。あの立派だったこと、どうしても忘られない。おれはむしゃくしゃまぎれにあんなあはれな人間などをいぢめたのだ。けれども仕方ない。誰(たれ)だってむしゃくしゃしたときは何をするかわからないのだ」、うおおおう、うおおおう、うおおおう…!

間。吹田、ゼーゼーしている。

遠野 ――終ったかね。
吹田 あ、終りました。(ゼーゼー)
遠野 その髪は最近切ったの?
吹田 ハ?(ゼーゼー)
遠野 あいや何でもない。なかなかよかったですよがさつで。
吹田 (がっかりして)やっぱりがさつか…。
遠野 いいんだ。製鉄の神なんてものはどうしたって、柔らかい肉をぐしゃっと踏みつぶして通っていくような存在なんだね。
吹田 じゃ、人間の敵ですねぇ。
遠野 人間のかどうかはともかく、生態系はいちじるしく変えるね。
吹田 孤独だなあ。さっきの煙草と一緒じゃありません? 雨に当てられて人工性を廃されて、けっきょくは風化ですか。でも…。
遠野 でも?
吹田 (あっさり)別にいいか。
遠野 (ややあわてて)む、達観するかね、そりゃ土神らしくもない。悟りというやつにそうそうだまされちゃいかんよ。清盛や将門みたいに迷って迷いぬいて死ぬほうがなんぼうかいいと、北村透谷もいったろう。
桜井 (急に)そうですよね! いってもいいかなおせいちゃん?
吹田 は、どうぞ? 何よ改まって。
桜井 いや怒りっぽいから。
吹田 怒りっぽくなんかないもん!
三人 もう怒ってる。
吹田 ぬぬぬぬ…。(ト我慢)
桜井 せい子のは、いいようなんだけど、どっか違う。どうも意思が強すぎるよ。なぁんか結論がもう見えてるような喋りなんだよなぁ。
吹田 だって土神、強烈に主張してんじゃん。
桜井 そう、そうだけど、同時に迷ってもいるじゃないか、ドロドロにさ。そりゃ樺の木からみたら迷ってようがなかろうが、こいつは圧倒的なリビドーで押してくるわけだから怖いよ。でもさ。その土神を樺の木は決して嫌っているわけじゃなくて、とにかく友達だとみてるわけだろう? それってつまり、土神の迷いを何とはなしに好きだからじゃないのかな。
常木 ああそうネ。狐の弱さと同じ。土神はおがんでもらえなくて困ってるネ。サビしくて樺の木とつきあうね。神なのに、自分じゃどうにもならないネ。
吹田 (やがて)私そういう弱さだすの、苦手なんだよなぁ…。なんたって神の分際じゃんさ。嘘ついてでも強がってでも、さびしくなんかないっていっときたいんだけど? 演歌はいやよ、湿っぽくはないんよこの神は。
桜井 うんそれは分かる。鉱物神だから堅くやるってんだろ。それはいい。
吹田 いまはこれ、実感もつためにやってんだから、うらさびれたオヤジになっちゃったらなんか違ってくるでしょ。あ、そうだ。つまりさ、うらぶれる前よ。落ちぶれる前はどうだったのかな。
常木 どうって釜石製鉄の全盛期とかにってこと…?
吹田 そうじゃなくてもっと前。ほら人が祀(まつ)ってはじめて神になるわけだけど、神になるもっともっと前は、土神はどうだったのか。
常木 神の前? 無かな。
吹田 無じゃないよ! 無から有が始まっていいってんなら、エントロピーも振りだしに戻って宇宙も再生して、鉱物も元素も輪廻転生してちゃんちゃんちゃんの万々歳じゃん。そうじゃなくて、このお話は一直線に滅ぶんだよ? あ、そうだ!
遠野 (つぶやく)騒がしいがセンスでてきた。
吹田 鉄よ鉄。鉄の神の前は鉄よ!
常木 はあ? 鉄の神だって鉄だろう?
吹田 違ーう! 神じゃないただの鉄だってば! 鉄鉱石! Fe! あっそうだ!!
遠野 (つぶやく)まだあるのか…。
吹田 分かった。「わしはいまなら誰(たれ)のためにでも命をやる。みみずが死ななけぁならんならそれにもわしはかはってやっていゝのだ」、これはどう?
桜井 樺の木としては…ミミズなら嬉しいけど、土神にかわりがつとまるたあ思えないね。
吹田 でしょ? つまり嘘の旗よ。神の分際を貫徹できないってなったら、迷うどころかさっさとはかなく死んで、ちゅるちゅる腐って樺の木の根っこに吸いとられようっての。うわぁ、とんでもねえ体液フェチだ。エロだ。グロだ。かぁ変態オヤジ!
桜井 おいおいそこまでいうか…、
吹田 拒否します! 拒否するよね樺の木は。
桜井 むろんね。
吹田 (常木に)そこであんたに八つ当たりよ。「うぬ、畜生の分際として」ってわけ。「いきなり狐を地べたに投げつけてぐちゃぐちゃ四五へん踏みつけました」ってわけ。
常木 損だなぁボク。
吹田 (夢中で、よろよろして)そうしてとうとうみるのぉ…。「土神はまるでそこら中の草がまっ白な火になって燃えてゐるやうに思ひました。青く光ってゐたそらさへ俄かにガランとまっ暗な穴になってその底では赤い焔(ほのお)がどうどう音を立てて燃えると思ったのです」。その火はなんでそらの方に見えたか? つまり鉄の神としてじゃなくただの鉄としてこの世にあったとき、土神はもちろんそらにいたんだわ、宇宙に。燃えさかる極彩色の宇宙に、浮かんでいたんだわ。
常木 星の誕生か!「星に橙(だいだい)や青やいろいろある訳ですか。それは斯(こ)うです。全体星といふものははじめはぼんやりした雲のやうなもんだったんです」。そうだ、地球だって恒星だって、その中心には鉄がある。核にある鉄か。
吹田 そう。彼にも若かったころがあんのよ。神になるなんて、もしかしたら、それだけで老いた証拠だな。熱と電気と色彩をバッチバッチ飛ばしてた火の精が、いつのまにか冷えて堅まって、人間に奉仕する産業の神なんかに成り果てて。ほこら建ててもらったってそれが何だろ。鉄の精錬は、技術としてはそりゃ大したもんだけど、その刃物で人間は結局、何するの。森なぎたおして熊や鹿おいたてて、やることっていったら相も変わらぬ国家の樹立。それさえいずれ日高見(ひたかみ)は大和に敗けて、ニッポンに吸収合併されたわけでしょう、先生?
遠野 左様。
吹田 恥ずかしいねえ! ここは岩手よ? あの活火山の麓でさ、火の精がさ、そんなこすっからい何百年を生きてきちゃったのよ。狐がいうじゃない、「土星の環(わ)なんかそれぁ美しいんですからね」。そうすると私って「俄(にわか)に両手で耳を押へて一目散に北の方へ走りました。黙ってゐたら自分が何をするかわからないのが恐ろしくなったのです。まるで一目散に走って行きました。息がつゞかなくなってばったり倒れたところは三つ森山の麓でした」。さあこれよ!
桜井 ――三つ森山か!
吹田 そう、三つ森山なんだよね行く先が、岩手山じゃなくて。よじれてんのよ。岩手山にいけないの。すぐそこなのに彼は、助け求めることすらできないの。ああ! 私ったら自衛隊とおんなじで、必要悪でしかなかったんじゃないの。ね、いやしい神なんだよ製鉄神なんて。うおおおんうおおおんうおおおん…。(ト果てしなく)

常木桜井、取りおさえる。吹田うおお、とふりほどく。ふたたび取りおさえる。

桜井 分かった、せいちゃんよく分かった、すごい土神っぽい、分かったってば。

吹田、なんとなく常木に身を寄せた形。

吹田 (うるんで)ね…宇宙は終いにどうなるの? あのきれいな元素の雲のころにはもう戻れないの?
桜井 うーん毎年花が咲くみたいにはねぇ…。
常木 いや。戻れないとはいいきれないネ。この宇宙が膨張から収縮にむかうときには時間も戻る。そういう説がありますネ。相対性理論の孫かひ孫かでしょうが、宇宙は時間の中にはなくて、時間の方が宇宙の中にあるって説ネ。
吹田 (身を引いて)時間が戻る…それ何? 信仰?
常木 いや計算だってば。
吹田 (むっとして)だってさ、いろはにほへともカメノコタワシも逆から読むし、最初に答え出してからつぎに式を解いて、最後に問題が浮かぶわけ? はじめ老衰で生まれてだんだんシワがへって、先に失恋して後から恋愛して、子供んなって胎児んなってサカナんなってホヤんなって背骨、消えんの。ありえなさそうだなぁ。
常木 うーんそうカ…。
吹田 そういうちゃちな仮説じゃなくてさぁ。
桜井 (ぼんやり)原初の超高圧と際限のない核融合の火から、もういちどやり直せるのかっていうんだろう?
吹田 (驚いて)そう。
桜井 どうだろう分からんねえ。だいいち仮にやり直せたとしても、またぞろ草木や人間と泥仕合くり返すんじゃないのかな。
吹田 うんそうかも。自信はないや。地球特有の悩みよねぇ。生物いなければ何の問題もないもの。
桜井 ああ、そうだ。(うたうように)
僕ら生き物を条件づけているのは水だけれど
水が地球につけ加えたのは微妙な陰影のうつろうすがた
この微妙さは火の世界にはない
そうしてたとえば一本木といった具合に
まるで世界の中心には一本の木があるという風な
ナイーヴな世界観が生まれもした
神話だってたいがいは
生き物の再生譚に充ちている《水の書》だ
鮮やかなコントラストよりゆるやかなグラデーションで
僕らは世界を認知したがる すっきりしないがやめられない
芸術も政治も恋もつまりは水の妄執(もうしゅう)なんだ
妄執と生きることとはイコールだ だから僕らはきっと
狐も死んでたぶん土神もかたちをなくしたあとまで
ぽつんと残された樺の木が不幸と一緒に生きのびていくのを
みつづけ考えていかなけりゃならないんだ
遠野 …そうだ。
桜井 樺の木はこれからも五月には白き雲をつけつづけるだろう。そしてこれからも愛されつづけるだろう。そのすがたその意味その価値を、僕は知りたい。…







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