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2015年05月27日19:32

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008 とんくらみ 3/

土龍 唄?(ホッとして)なんだ、何かと思えば。お安い御用さ。無職(ぶしょく)に見えるかもしれねえが、恥ずかしながらおいら、こいつで日銭を稼いでんのさ。何がいいかね、とらじかね、鳳仙花(ぽんそんふぁ)かえ。そうだトレモロで、恨五百年(はんおべんにょん)なんざぁお気に召すかもな。
おった 待って。(ト、店を見にいき)…おもに、おらん。
土龍 それは分かったよ。待つかね?
おった 待たん!!(激しい剣幕)
土龍 (わけが分からず)待つも待たぬも俺らあ構やしねえんだが、もしかして、えらいおまい、期待してるかね?――自分でいうのも何だがさ、たかが流しのギター弾き、食うにも困るろくでなしよ。おまいの気持ちはもらっておくが、返せるものとてありゃしない、そこ、分かっていてくださいよ。
おった ごめん。
土龍 イヤ、何も謝らんでも…、
おった おもに、唄きいたら、怒るから。
土龍 怒るかね。
おった ――この崖に、縛られてるから、おもにもおれも。
土龍 ハハア…。(ト、解せぬながら、気迫に納得)
おった 市場にもおもにがいって、おれ、ここに居っきり。
土龍 テレビばっかり見て、ってわけかえ。
おった てれび…?
土龍 しかし、学校もあろうになぁ。
おった (それには応えず)――だから、おもにがいないうちに。唄。
土龍 おっと承知だ。だが、よ。ただじゃねえでっさ。プロといっちゃ耳あたりはいいが、素寒貧なんでね。ちょいとお銭(あし)を払いませんか。
おった あい、それは。あの…(いかほど…?)
土龍 まずは酒のこと。すまねえが、ジャカジャカやる前にもう一本、急ぎでつけてください。
おった 待って。(立つ)
土龍 (その背に)すぐお後をもう一本!
おった (…肯いて、消える)
土龍 妙な日だぁ――。いけねえや、変な調子に、気が乗ってきちまいやがった。(ひとり…)ありゃ、さっきのあの人たちぁ、遠くから見たばかりで何ともいえないが…、それにこんな田舎で何をしてるとも思えないが…、とにかく不思議な影を見たよ。…すっかり日は落ちたぁ。いちばん危ない頃合いは過ぎたか…。いやいや、ここは南道、まだ何がしゃしゃりでて化かすか、分かりぁしねえ。――
おった (いて)酒。
土龍 有難うよ。(ト、もう栓を捻りながら)なあ、おまい、この下の少し行ったとこに、でかい旅籠があるだろう。
おった 碧波亭…。
土龍 名までは知らねえ。あすこは、何だね。
おった 何て…一番の、宿。
土龍 ハハア。
おった あすこへ…(泊まる気か…)?
土龍 よせやい。分ってものがあら。いや、ちっと見たような顔があってさ。いっちゃんのところなら――いや、まさかね。(やや呆然とし、きゅっと一杯あおり)さてと、何をやらかしましょうか、お嬢ちゃん。
おった (まじまじと見る)
土龍 な、何だい。
おった 逃げてるのか。
土龍 大きなお世話さ。人間ときには逃げることもあり――いや違う、逃げてなんかいるもんかえ、失敬な。
おった 影がある。
土龍 吸血鬼じゃあるめえし、あるさ、影くらい。気味の悪いことをいいねえ。地べたから生えた、地霊じゃねえや。
おった 地霊。
土龍 口から出任せよ、気にしないでいいさ。おまいはいいなあ、住むところがあるこたぁ。根のない草にはなりたかないね。浮き世にはぐれて、さ。(次々あおる)
おった 地霊…。
土龍 (もう聞かず)どうせこの世を生きていくのね(ちゃらり いせさぬる さるごいんね)、か。だけどさ、いせさんっていうが、この世の「世」ってな、何のこったい。町場のことかね、村のこと? それとも虎か狼ばかりの人っ子ひとりねえ山の中も世、かね。都も(そうる )行ったが、どうも馴染めねえ、通りがキラキラしていすぎら。逃げ出したさ、かといってあまりいなかじゃ稼げねえしね、群山(くんさん)あたりに戻ってみようかと気にはなってるんだが、足が何故だかこっちへ向いた。今晩この村にお泊まりは、ちょいと手違いで。しかし――どっちかてえと、近いな俺は、このくらいの田舎にさ。ここはいったい世なのか…。おった。
おった (見る。こちらはこちらで考え事の体…)
土龍 次を。(もう空いた)
おった あ。(渡す)
土龍 (すぐと捻って)こんな話がある。哲学を知ってるかね。
おった ?
土龍 誰もいない山ででかい木が倒れた。音はしたか、しなかったか。と、こうだ。どう思うね、え。

間。おった、漫然と聞き流したかに見える。

土龍 (ちょっと気抜けし)どうしたい。
おった ん…。(実は考えているようだ…)

土龍、手持ちぶさたに、もうだいぶ酔いの進んだ手つきで、たらりと注ぐ。残照が横顔に怪しい。

土龍 (勝手な脈絡で…)――龍神か…。

間。――やがて、ハッと気づき、

土龍 ――なんで泣く…!

おったの頬に、いつか涙。

土龍 どうした、いってえ何だってのさ。
おった 聞こえるよ。それ、聞こえる。
土龍 え?(あたりを窺い)何が。
おった それ、聞こえるよ。聞こえる。(ト、ただ繰りかえす)
土龍 (気づいて)ああ、大木のこと…。しかし、泣くことはないじゃねえか。
おった あんたも聞くなぁ。
土龍 落ちつけよ。
おった あんたも聞くなぁ。だからおれに訊いたな。
土龍 いや、その、まあね。
おった どう聴くの。誰が聴くの。
土龍 ん、仕方ねえ。(呷り、目が座って)――なにしろ、するように思うんだよ、音がさ。俺が聞かないだって誰かが聞くだろう。兎か狐が聞くじゃねえか、なら音がしたってこったろう? もっとも、人っ子ひとりに兎も数えるんなら話は違うかね。いや、でも、そいでも違わねえよ。山に木がありゃ木が聞くじゃねえのか。木が倒れるてんなら、他の木はあるんだろ、そいつらがさ。
おった 地霊か。
土龍 地霊。いいことば、使うなあ?(自分がいったのを、もう忘れている)そうだ。俺(おい)らがいなくても誰かが聞くし、大体俺らって誰のことでえ。
おった (鋭く反応し)――そう!
土龍 (ぎょっ)
おった そう! そう! そう!――その木が、おれ! その山が、おれ! 兎も何も、みんな、おれ!
土龍 (朦朧と困惑し)おい、大丈夫けえ…?
おった そいで、そんなの、いやだ!
土龍 いやだ? いいじゃねえか、いくつもの耳を持ってさ。
おった いやだっ。おもにがそうだもん。
土龍 え…?
おった おもにと同じはいやだ! おもに、おかしくなった…。昔は普通だった。でも、声がするって、いいだした。夢、見るっても。時々、変な相手と、ぶつぶつしゃべった。
土龍 あちゃあ…。
おった 一度、どこかへいなくなった。おれ、待ってた。報せがあった。馬山(まさん)の、巫堂のうちに行ってたって。知りもしないうち。夢のとおりに歩いたらそこだったって。おもに、巫堂になった。ちげ、肉も骨も使わなくなって、下手くそになって、お客、来ない。
土龍 ああ、そうだったのかい…。
おった でも、そんな巫堂、おらない!
土龍 そんなって?
おった ここらの巫堂、そんな、夢みないし、声も聞かない。ただ、知ってること、教えてくれるだけ。お婆ちゃんみたい、変じゃない、頼りになる。みんな巫堂のこと、好きだ。でも、おもに、そうじゃない。変。おかしいよ。
土龍 その母ちゃんは…?
おった 知らん。そのうち帰る…。――おれも、聞こえそう。(身震いして)いやだそれ! その木が、おれ。その山がおれ。その兎も虎も、おれ…。あんたは、なんで唄う。
土龍 え?!(ぎくり)
おった あんたが唄うか。
土龍 放っといてくれ。
おった あんたじゃないものが唄うか。
土龍 俺じゃない…?
おった (一気呵成に)――吹きちぎれるのは誰っ。

間。

土龍 (やがて、凄く)じゃあ、確かめなよ、誰が唄ってるんだか。
おった …うん。
土龍 (最後をくっとあおり、カンと床几に置いて)後悔するぜえ。いいかね。
おった (ぶるっと震えて)…うん。
土龍 本気を出すなら、悪いがこいつ(ギター)は要らねえや。旅の糊とて、世話になったが、ここらで終いだ。(ト、置き、静かに)――おった。
おった ウン。
土龍 この崖に、はやぶさはいるかい。
おった さあ…。
土龍 いいさ。唄うぜ。
おった (ごくり)

土龍、その「はやぶさ」を歌う。

♪荒くれたこころには 西風が吹くという
 ものがたりの扉は  あおい鍵であく

 山をはせたおとこは 旅人とらえあやめ
 金と食いぶちおもう とぅとせにわたり

 ふと 背すじを はやぶさ 切りとり 飛び過ぐ
 (崖ぎわには おまえの 死に場所 ある)と

 足ごしらえもどかし 山をすておとこは
 真一文字 はやる息 ひた 西へゆく

 あすに夢もたずば  石すら苔むさぬと
 町場のざれ唄はいう 酒におぼれつつ

 わらじ破りおとこは 潮のかおりかいで
 ついに海をみおろす 崖のはたにでた

 ふと みおろす 藍色 裂き飛ぶ はやぶさ
 沖をすべる いかだは 夢か 笑いか

 時すぎひとはかたる 荒くれたこころは
 崖うえの木のまたに 西をみつめたと

急速に暮れてゆく。土龍は陰の人となり、ひとりおったの顔に、最後の光が残る…その頬に涙、また溢れ、ついにむせぶ…。そのまま――
暗転


大詰め 松風

暗いまま。
杖鼓(ちゃんご)が叩かれる。そう巧い手ではないが、乾いてひなびて、雰囲気がある。巫堂の喉、「葦舟の海」が重なる。うたをしばらく聴いて、溶明――。

♪朝は 西海 島の影
 にしん いしもち なぶら征き
 船は焼き玉 板子 哭き
 おどや 帰れと 待つせがれ

 (ちゃらり いせさぬる さるごいんね)
 海は くろぐろ 口あけた
 雪も みぞれも 呑みこんだ
 揺れる 海ねこ 半万年

 うさぎ きさらぎ 月満ちて
 星の 水ごり はま凍れ
 栗と なつめを 炊き合わせ
 棚に 捧ぐが 習いじゃね

 朝は 裏手の 山迎え
 五色 はたあげ 列をなし
 のぼる いただき 幟さし
 空に 鳴る鳴る てびら鉦

 砂利の 打ち寄す 黒浜で
 葦の 小舟を 編みあげて
 わらの 船のり 顔描いて
 汐を 待つ待つ 祭りじゃね

 (ちゃらり いせさぬる さるごいんね)
 つづみ チャルメラ 舞ううちに
 舟は 漁船に 曳かれたり
 西に ひろごる うろこ雲 

前場のちげ屋。暗い。子守唄の体で巫堂が唄う傍ら、土龍は酔いつぶれて不覚に眠っている。苦しげな寝言。

土龍 うう…赦してくれろ…。

ハッと気づいた。

土龍 (が、しばし呆然として)…ああ、眠っちまったのか。おった。いるかい。もう看板かえ。悪かったな。
巫堂2 おらんですな。
土龍 (ぎくり)…誰です。
巫堂2 お前さんこそ、どなたですえ。
土龍 (心づき)ああ…母さん(おもに)、か…。(が、まだかなり酔っている)
巫堂2 (微笑し)そげに大きな息子は持ちませぬ。
土龍 はは、あっしもあんたから生まれた覚えはねえです。面目ない、勝手に上がり込みました。(だらしなく、辞儀)
巫堂2 店ですから、構いませんがの。――兄さん、だいぶお顔の色が悪いなあ。
土龍 そうですかい? へへ、へへ、すっかり中毒でしてな。紅くなったり青くなったり。その…どうも、お嬢さんには世話になりました。
巫堂2 何かご無礼を。
土龍 そんな、却って。つい、いまわの海ッ端(ぱた)で…(慌てて)い、いや、何でもねえ。――で、あの子は?
巫堂2 おったは…あの子は…そう、遊び歩いてばかりでしてねえ。
土龍 ほんに、おったという名ですかぁ…?
巫堂2 まさか。ただ…(寂しく)お家系(いえ)が、嫌いとな、申しましての。
土龍 ははあ。
巫堂2 逃げてもどこへも逃げられぬものを。あの渦へ、身でも投げぬかとそれは心配でござりますよ。
土龍 (ドキリとし、が、隠し)いやあ、そいつぁないでしょう。
巫堂2 だと、いいですが…近ごろ、変に敏感でのう――。
土龍 確かに脆くは見えますがね。堅い小枝ほど、いつポキリと行くんじゃねえかって心配もまあ穏当…。けどそりゃ、年齢(よわい)のせいってもんでしょう。
巫堂2 ええ。
土龍 中学生ともなれぁ、ま、色々ありましょうさ。
巫堂2 ええ…。(とはいうが、沈黙の間…)
土龍 (おったを思ううち、ふと…)――そういや、夢をみた。
巫堂2 (見る)?
土龍 (遠く)乾いたいい声だったぁ――。干し藁の匂いがしたね。牛小屋の屋根の日だまりさ。あかね飛ぶ、秋の昼間ももう近い。空に向けて、あの子が唄うんだ。――おもに。(酔いの合間から真面目になって)初対面で何ですが、また俺ァ無礼を承知でいうんだが、どうですか、あの子に唄を…!
巫堂2 ――唄?
土龍 …と…(迷うが、いいかけた勢で)…ええ…てやんでい。その、教えませんか、唄を。
巫堂2 巫唄で(のろいうた )すか。
土龍 …なんとおっかねえ! 家業に限らずで、さ。いやむしろ、関係ない方がよかろうってもの。たとえゃその…フォークなんてな、いかがです。
巫堂2 フォーク…。(食器のことを考える)
土龍 そのフォークじゃねえ。つまりこの、自作即興の弾き語りでさ。
巫堂2 どうも分かりませんな…。
土龍 (また、だらしなく)どうです、なあ、ねえ。唄はいいですぜ、なあえ。
巫堂2 (ようやく迷惑がって)お客さん、そうとう上がりましたな。
土龍 まあね、だが芯は真面目だ…。あの子にぁどうも、才がありますよ。俺には響くんです。あの渦の端(はた)、日は暮れかけた、橋桁の影から歩みだしてひとり輝き、きりりと立ちんぼのその容姿(すがた)、見目、いかさま旅の唄うたいでッさ。
巫堂2 止してください。
土龍 あんた、おもに(ト、うっかりぞんざいに)いけねえよ。
巫堂2 (わずかに険の立つ眉で)何が…。
土龍 縛ッちゃぁさ――。(ト、ため息のごとく吐きだした)
巫堂2 縛る?
土龍 実は、その、あの子から聞きやした。おもに、神懸かりだそうじゃねえですか。いや、決してその、差別するんじゃありません、でもさ、ここ南道で神懸かっても、喰ってはいけねえんじゃねえかと、こう、悪いがお節介を焼いてるわけでね。
巫堂2 あの子は、余所様に、そんな…。
土龍 俺の見たところじゃ娘さん、ろくに学校もいっちゃあいねえ。どうです。
巫堂2 …。
土龍 どうですね。
巫堂2 (やがて)――学校だっても縛ります、兵役までありますわえ。
土龍 そりゃ…そうですがね。この崖に、縛られてるって、そういいましたぜ。
巫堂2 いいんです。
土龍 よかないでしょう。
巫堂2 (何やら凄く)いいんです。
土龍 ――?!
巫堂2 何にも縛られず、生けるものならばまったく良いに…。
土龍 (混乱し)そりゃ――もっともでさ。が、娘さんが可愛ければ、なおのこと旅を…(思い直し)ああ、いけねえや。三文にもならねえ説教だ、このちんぴらが。(ト、額を打つ)…酔った。悪かったね、おもに。





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