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2015年05月27日19:29

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008 とんくらみ 2/

永南 (やがて、低く…)
 秋 風 蕭 瑟 天 気 涼(しゅうふう しょうしつとして てんき すずしく)
 草 木 揺 落 露 為 霜(そうもく ようらくして つゆ しもとなる)
 群 燕 辞 帰 雁 南 翔(ぐんえん  じしかえり がん みなみへとび)
 念 君 客 遊 思 断 腸(きみがきゃくゆうをおもえば おもいはらわたをたつ)
 ……………(中断。黙然とす)
東柱 ――どうしたね?
永南 いや。酒が来んな…。(寂しく、海を見ている)
東柱 ふむ…。(やや高く、後をつける)
 慊 慊 思 帰 恋 故 郷(けんけんとしてかえらんとおもい こきょうをこわん)
 君 何 淹 留 寄 他 方(きみ なんぞえんりゅうしてたほうによるや)
 賤 妾 煢 煢 守 空 房(せんしょう けいけいとしてくうぼうをまもり)
 憂 來 思 君 不 敢 忘(うれいきたりてきみをおもい あえてわすれず)
 不 覚 涙 下 霑 衣 裳(おぼえず なみだくだりていしょうをうるおすを)
永南 もういいわえ…。
東柱  援 琴 鳴 絃 發 清 商(きんをひき げんをならしてせいしょうをはっし)
 短 歌 微 吟 不 能 長(たんか びぎんすれどもながくすることあたわず)
 明 月 皎 皎 照 我 牀(めいげつ きょうきょうとして わがしょうをてらし)
 星 漢 西 流 夜 未 央(せいかんにしにながれて よる いまだきわまらず)
 ……………
永南 (やや強く)――やめえというに。
東柱 またあの、勝手をいうわ。そのもとが始めたのじゃろう。
永南 ならば頼む。止めてくれえ。
東柱 (少しくしんみりして)景色がどうも物凄いの。障子を閉てるかね。
永南 いや、いい、いいが…拙(まず)い唄は酔うてからじゃ。
東柱 (呆れて)か、この爺様は! 逆ねじ取っては当世の名人じゃの。そうまで甥御が心配か。
永南 む…。
東柱 血こそつながらぬとはいえ、あれほど手塩にかけてのう、評判もいかさま、怖いばかりじゃったものを。この若旦那(そばん)が跡をとったら、どんな境地が開けるか、とのう…
永南 (遮って)カカカ…!(ト、乾いた高笑い)――夢よ。
東柱 夢かね。だがその夢の甥御も、いまどこやらを彷徨ってござるぞ。
永南 甥が夢ではない、この世が夢じゃ。
東柱 ほい、仏僧はだしの問答が。よろしい夢としよう、が、その夢も、たしかにあった夢、と、コウな、考えさっしゃい。うつつの世の底に夢の世が――油に沈む水のごとくじゃ――たゆとうておっての、そこに儂らも甥御も迷うておることじゃぞよ。
永南 修羅か。
東柱 修羅じゃ。
永南 呪いか。
東柱 呪い? 呪いかもしれん。そうでないかも、な。だがともかく、醒めぬ夢ならば逃げてはならんわえ。な、爺様や。
永南 東柱。
東柱 おい。
永南 ならば訊ねる。迷うは構わん、いわばこれは家業じゃからな。だが迷いの果てに、どこへ行く。
東柱 (おどけ)それが分かれば迷わんじゃろう?
永南 (執拗に)修羅界を出るか。
東柱 (詰まり)…それは――。
永南 六道を彷徨うというわの。餓鬼道に落ちるか、人に昇るか。
東柱 分からん。
永南 これ、抛げるな。
東柱 本当に分からんのだ。のう、儂だってもただの人じゃよ、喰って寝て出す、坊主もかわりはせんものな。迷いと悪心と不摂生でできておるさ。
永南 それは知っとる。
東柱 (ガクッとし)ほんに、身も蓋もないのう、そのもとは。
永南 だがおぬしは笑いもする。
東柱 それぁそうだ。
永南 飯も盛んに喰らう。
東柱 餓鬼よりは少しましさね。
永南 酒もしこたまな。
東柱 おうさ。
永南 くだも巻く。
東柱 ひとこと余計じゃ。
永南 そしてどこへ行くのだ。
東柱 そして――?(ため息し)さてね。煙と消えるさ。鳥竿(そって)に乗ってのう。
永南 東柱。
東柱 何じゃ、陰気な顔で。
永南 この世は善か?
東柱 (問答を避けたく)知らん知らん。多分そうだな。
永南 ならば…修羅に残るは儂ひとりじゃ、そして――あの大たわけをその…修羅の巷に放り出したのも、この儂だ。おぬし、儂なぞと同じ空を眺めていると思うたら大きな間違いじゃぞえ。
東柱 そう、みずから責めなさるな。
永南 責めたとてどうにもならんものを。
東柱 そうじゃ、そうじゃ。
永南 が、どうにもならんことで嘖ま(さいな )れるのが修羅たる所以。
東柱 ううむ、堂々巡りな…。(やや強く)で、どうにかしたいのかね。呼び戻すかな彼奴(あいつ)を。うん?
永南 いや…。
東柱 では、一体。
永南 どうもせん、ただここにおるだけよ。地の底ならばなおさら、おるだけのこと。果たして、ここにおることが罰となるのか、さてはただ逃げ口上となるか。
東柱 (用心して)――逃げ、ならば?
永南 ならば、儂の後悔がごとき、嗤うがいいわ!…ただ、確かに分かっておるのはな…この顛末で、儂の――
東柱 (待つ)
永南 芸は磨かれる。――
東柱 ハハハ…!(思わず大笑して)――なるほど修羅じゃ! 師匠も棄てたわ。甥御も棄てて、そうして今日も精進なさる。老骨を鞭で打っての。仙人業よのう。ははは! 儂のように娯楽でよ、手すさびで嗜むたぁわけが違いますな、令監(せんせい)!(ト、皮肉を帯びた)

やや遠く、船の汽笛。少しく緊張して…。

東柱 (やがて)――あの早瀬を、渡る船があるわえ。(やがて)――やめ申そう。な、先生。
永南 …うむ。済まなんだの。
東柱 何の何の。
声 (外より)もうし。よろしいか。
東柱 お、やっと来た来た、山うおが。待ちかねたぞえ。お入り。
声 はあ、では。

ト、入ってきたのは蘭雪ではなく、ひとりの女――巫堂である。ふたり、ギョッとして身構える。

巫堂1 ご用命で。(ト、平伏)
東柱 はあ?!
巫堂1 祖霊祭儀、家内安全、運水(うんす)卜占、迷い人捜し、そのほか何でも承りまする。(顔を上げ、独特の抑揚で)これは…お珍しい、このような辺土に観光でござりますか、ハハア、お見受けしたところあの早瀬戸にかかわる人捜し、なれば私どもの得意でございまする。なに難しいことではござりませぬ、方術は土地と時との関わりなれば、生まれ日と本貫(おさと)さえいただければたちどころに、ハイ、お捜しいたすでございましょう。して、どなたの?
東柱 ちょ、ちょいとあんた…
巫堂1 (構わず)ハハア、お見受けしたところお亡くなりになった奥様の霊ででもござりましょうか、それならば私どもの大得意、いええ詳細は伺いませぬ、この地との因縁、それは他界の霊にはもはや関わらぬことでございますゆえ。
東柱 婆様は生きとるわえ。いや、巫堂(むぅだん)殿。
巫堂1 はえ。
東柱 要らん、要らんよ。
巫堂1 イラン。中東に出稼ぎでござりましたか、ハハア、それはそれはご足労でござりましたな。あの方々の艱難あってこその昨今の私どもが繁栄でござります、感謝して足りることではござりませぬ。承知いたしました、見事その甥御様ですか…の霊、お呼びいだし申し奉りましょう。
東柱 いだすな、困る、余計なことじゃ。
永南 (呟くよう…)――甥御というたな?
東柱 (ひそひそと)関わると面倒ですぞ、なに、出任せの偶然でっさ。
巫堂1 (聞き漏らさず)偶然が必然、必然が偶然、星宿と人界の関わりなぞ読みきれるものではござりませぬがそこを読みとるのが卜占のわざでござりますゆえ何卒ご心配召されぬよう、危ないことはござりませぬゆえ何卒こころ安らかに甥御様のおおん霊(たま)をば只今この場に…
東柱 (強く)やめいというに――!!
巫堂1 (初めて気圧され、口を噤む)

間。

東柱 (静かに怒り)――何じゃ、何です、あんたは。
巫堂1 ですから、運水に降霊をば…
東柱 (さえぎり)誰が喚んだえ。え? 誰がよ。
巫堂1 さあ、それは…。
東柱 農家の縁側ではありませんぞ、どうやって入ってきた。宣伝するわけじゃあないが、ここは少しは名の知れた、珍島大橋の碧波亭、(ぴょくぱじょん )それも二階の奥座敷じゃ。老いぼれと見くびって世迷い言の押し売り、飛んでもないわえ。要らんよ、要りませぬ。また、よし要るときにもあんたは頼まぬ。到底ごめんじゃ。出ていってください。すぐと。さあ。

巫堂、ふたりを凝っと見てやがて、す――、と引っこむ。

東柱 無礼千万、驚くべし。(ト、ふと見ると永南、わなわなと震えている)――どうしましたえ。のう、気になさるでない。あんな、一目でインチキと分かる…。
永南 分かりはせん!
東柱 ?!

ざっと立ち、窓辺へ。欄干から乗りだして、カッと空を睨め、

永南 見さっしゃい、空を! やはり呪いじゃ。
東柱 何じゃな、さっきもよく晴れて…(ト、背中越しに覗いて)…おう、これは…。何たる雲じゃ。
永南 光りおる。光りおる…。
東柱 魚じゃ。まるで、石持(ちょぐ)の大群じゃ…。
永南 (歌うように呟くように)
あああ ここは空の 輝く地の底
あああ ここは空を 隠す地の底
あああ ここは空に 届かぬ地の底
……………

ふたりを残して暗くなっていき、やがて暗転。
ギターがかき鳴らされる。見えてくるのは、渦の海面ぎりぎりの防波堤。波しぶく岩に腰掛けた青年朴土龍(ぱくとよん)が弾き語る、「野の風」。

土龍 ♪吹きちぎれる
 吹きちぎれる
 あのポプラが 五月の果てが

 吹きやぶれる
 吹きやぶれる
 あの幟が(のぼり ) ヒマラヤの祈りが

 雨たけり立つ
 雨たけり立つ
 珊瑚の入江 ヤドカリのひとみ

 川どよめく
 川どよめく
 流れる屋敷 牝牛のひとみ

 原にのがれて
 野にこもりたい
 私の恋 散り散りに飛べ

背後に娘。

娘 あんた!
土龍 びっくりした。何? なんです。
娘 死ぬ気。
土龍 (唖然とするが)――なぜ、そう思うかね?
娘 (聞いているやら判然とせず…)海峡に身を投げてよぅ…。
土龍 占いで、出たかい。
娘 占い? 占い、せん!(きっぱり)
土龍 (ややギョッとして)どうして。
娘 当たらんもん。
土龍 まあ、それぁそうだが。
娘 …死ぬ気じゃろ。
土龍 (薄く笑って)違うよ。
娘 おれには、分かる。
土龍 「おれ」って――ああ、訛り(さっとり)か…。
娘 泊まりは。
土龍 え? うん、その、木賃があればね。
娘 寒空――。(見上げる)
土龍 ああ。――(見上げる)
娘 もうバス、下りしかない。あっち、珍島(ちんど)往きの。
土龍 そうかねぇ。
娘 珍島、行くか?
土龍 いや別に。
娘 寒いぞ。
土龍 珍島が?
娘 野宿じゃ!
土龍 野宿は、はは、ゴメンだな。おっかないよ、そら、渦鳴りが。気が小さいのさ。満月はまだ一昨日(おとつい)、潮はなお高い。雪嶽(そらく)山の滝より駿いぜ、あの、流れがさ。
娘 なら、どうする。
土龍 (やや陰に籠もって)――なりゆきまかせ、だな…。
娘 歌の文句。
土龍 そうでもねえが、ま、どうせ(ちゃらり)流しの大道芸人、いうことも所詮、演歌のたぐいてぇことさね。
娘 うちに来るか。

間。

土龍 (まじまじと見る)――冗談いっちゃいけない。
娘 すぐ上だ。
土龍 (ひとり)人倫も、地に落ちたかね…イヤ、俺がいえることでもない。(娘に)君、名は?
娘 名前? 名前なんか、ない(おった)!
土龍 (自嘲的に)おった、おったぁ…。名無しのおったぁ。無名が人生、風と埃と。で、行くのか俺は? サア、行くとも!(娘に)上って、ええ、この細道かね。崖だな、まるで。
娘 大丈夫、鹿も山猫も通る。
土龍 (苦笑し)違いねえ。さ、先に行ってくんな。俺は破れギターが邪魔だ、が、いいさ、四つ足の昔に戻って這い登ら。

鳴り物。けっこう急な岩肌を登る所作。足もと崩れ、手を取りあったりなど。やがて、崖の上らしき風あたり。

土龍 おお、こんな高台があったか…。
娘 (見はるかし)…龍が奔(はし)るわ――。
土龍 え?(眺め)――そうだ、あの早瀬、まるで龍だ。この龍に呑まれ、両国の兵は、きりきり舞いに戦ったのだ。…あっちが珍島の大橋かい。
娘 (無関心。海峡を見ている)
土龍 (当然の質問だった、と気まずい。が、不意に、衝動がこみ上げ…)――おまい、唄をうたわないかえ。
娘 え?
土龍 唄をうたう気はないかえ。
娘 ?(本心より怪訝…)
土龍 (娘の疑念の素朴さに、また反省して)いや、いや、聞かなかったことにしてくれ。(ひとり)莫迦だな俺ゃ、なにトチ狂ったことを…。――また、あの娘(こ)の二の舞じゃねえか…。
娘 うちはあすこだ。(やや高みを指さした)

ト、夕陽が差す。燃え立つような一軒家。――だがそれは何のことはない、崖を見おろす食堂だ。

土龍 ほ! 狐かかわうそが化けて出したか、なあんだい、めしを食いに来いってことか、ははは。
娘 母さん(おもに)! お客さん! おもにぃ!(と、消える)

土龍、ひとり残って、また海を見やる。そろそろ暮色も濃くなり、海峡を見やるその面、紅く映える。やがて、ふと――、

土龍 (呟くよう)♪あわれもよおす舟人はぁ、誰か涙を落とさざるぅ、帆ぶねの足は速くして、見る山あれよとすぐ過ぎてぇ、おちこち万処めぐりてのちに、ついに至れる、これは名高き、アノ、印塘水(いんだんす)ゥゥ…。(つい口をついた唄にハッとして)――おっと、いけねえ、滅相もねえ。おおい、おった! 名なしのおった!(娘を追って登り、店の前へ)おおーい…? どこ、行ったえー…?
おった (いて)なんじゃ。
土龍 わっ。いつからそこに。
おった おったわ。
土龍 この店の娘かね。
おった (肯く)
土龍 なに、食わせる。
おった てんじゃんちげ、せんむるちげ、めうんたん、かんじゃたん。
土龍 肉は。
おった ない。
土龍 焼酎は。
おった ござある。
土龍 (床几に腰掛け)焼酎だ焼酎だ。駆けつけ一杯、龍神に捧ぐわ。
おった ハイ!(引っ込む)
土龍 (やがて、ふと――)おお、月が――。昼に、食いこんできやがった…。(風、吹く…)それにしても人気のない。あの子がひとりで店番か。
おった (いて)そう。
土龍 わわっ。(ひっくりかえる)
おった 酒。(差しだす)
土龍 あ、おお、有難う(こまわ)。(自分で注ぎ、一気に干す)むむ…? これ、は…。(ト、もう一杯注いで一気に干す)あ、あ、きついわコレゃ、疲れた五臓にぁちと毒だて。がもう一杯。…くうっ! は、引きちぎれるわ、痛い痛い。お? おりもせんカササギが、脳の野原でキイキイ啼きおる。瘧も(おこり )起こる。ひょ、悪霊、退散。どれもう一杯、と。いや、いけねえ、もう一杯。――お? 止まった、震えが。止まるから不思議だぁな。ふん。…もう霧が出てきたかね。演歌だ演歌だ、龍神よ、ホレ、海峡の。どれ次を――と?(もう、ない)やあ面妖な、もう空だぜぇ。…

間。たちまち一本空ける間、失念していた娘に気づき…、

土龍 いや…その、
おった …。
土龍 何だね、旨いねこの焼酎は、サッカリンが程よく効いて。
おった お客さん。
土龍 お客? ええと、(見まわし)あ、俺か。んん?
おった お金、あるじゃろな。
土龍 金か、金はあるさ。無尽蔵てわけにはいかんがね。それに俺の呑み方なんざぁ卑劣なものでね、空きっ腹に一息どしこと詰め込んで、少しの酒でぐらりと酔おうてえ、な。悲しいものよ、それで体を毀すかてぇと一向にそんな兆しもなく、二合もいけば震えも止まる。
おった アル中。
土龍 ははは、しかり! はぐれにはぐれてここまで来たさ。ここは地の果て、モーセの橋さえあと一歩、そうじゃぁないかね?
おった 兄さん。
土龍 兄さんは困ったな。もう中年に向かうです。
おった おもに、おらない。
土龍 いいさいいさ、ちげは帰ってきてからで。
おった 頼みがある。
土龍 (つい漫然と聞き)たのみ…(ギョッとし)頼み?!
おった 兄さん。(ト、並んで腰おろす)
土龍 なんだえ。
おった 兄さん。(寄る)
土龍 おうさ。(が、内心はかなり困惑して…)
おった アノ。
土龍 うむ。
おった 頼みがある。
土龍 だから何だえ!
おった さっきの唄。――もう一度、ここで。







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