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2015年05月27日04:49

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012 川 2/

第二場 子コ子(ねここ)のいくさ

(鳴り物あって)千年前か二千年前かもう忘れたが、私の住んでいた川で大きな喧嘩があった。私はほぼ一万年ほど生きているが、その喧嘩より前のことは、もうよく覚えていない。この体が初めどんな体だったのかも覚えていない。その喧嘩の少し前から、私の体は木でできていた。日本の山には朴(ホオ)という名前の木がある。軽い木だ。朴の木を削りだして作った小さな人形が私の体だった。私はそのとき、ひとりではなかった。九十八の仲間がいた。九十九の朴の木の人形がいたのだ。人形を作ったのは遠い西から来た男で、東の土地の者ではなかった。東の土地を人間たちはイミシクニと呼んでいた。イミシクニとは美しい土地という意味だ。西にはたくさんの山のあるヤマツクニという土地があり、ヤマツクニのもっと西には熊のたくさんいるクマツクニという土地があった。人形作りの男はそのクマツクニから来たらしい。人形に命を入れることができるので呼ばれたのだ。それまで何千年か、はっきりした体を持たなかった私たちは人形の体に入れられた。

(鳴り物)木の体はどうも不自由だった。水に溶けていた私たちが固い木に入ったのだ。水の中で遊んでいた私たちは、木に入って何をしたか? 働いたのだ。これには驚いた。木の私たちには、仕事があったのだ。それまで私は働いたことがなかった。ほんらい、私は働かない。働くのは人間のすることだ。動物も働かないし、私も働かない。人間だけが働くのだ。だが木の体は人間に似ていた。人間に似ているものは人間のように働かねばならない。このことが初めのうち、なかなか分からなかった。食べることは働くことではない。食べるために魚に手を伸ばすことも、働くことではない。魚が逃げれば追いかける。魚の逃げ足が速ければ、大急ぎで追いかける。そのことはしかし、やはり、働くことではなく、食べることだ。だがそのとき私たちがした仕事は、食べることとは全然ちがった。東の土地の人間たちが大事にしていたほこらがあった。そのほこらを解体するのが仕事だったのだ。

(鳴り物)ほこらの高さはほぼ一丈、かなり大きかった。イミシクニの人間がだいぶ前に建てたものだ。荒く溶かした鉄のかたまりがほこらのまん中に置いてあった。鉄はいやな臭いがするので嫌いだ。刀などは、使わなくとも危険な臭いがするものだ。そのころになると技術はずいぶん新しくなって、もう鯨の脂を犬の毛皮のふいごで吹いてごうごう燃やし、専門の鍛冶屋がトンカン叩き、剣でも矛でも作っていた。その鋭い臭いは堪えがたく臭く、鍛冶屋の家には近寄らなかったものだ。しかしこのほこらの鉄には、それほど気になる臭いはなかった。昔ながらにただ荒く溶かしただけだから臭いも弱いのだろう。砂浜の砂を真水で洗い、鉄砂を集めて、上に薪を積みあげ、三日焚く。荒鉄ができる。それを叩いて引っぱって、簡単な鍬や鎌を作っていたが、それはずいぶん昔の技術。ほこらに置かれた荒鉄は、昔を忘れないための東の者らの祭りだったのだ。彼らは祈る。が、ほこらには誰もいない。ただ鉄が匂うばかり。私は笑って見ていたものだ。その臭いに向かって彼らは祈る。まるで鉄が食べられるかのように。

(鳴り物)鉄は食べられない。鉄は食べることとは関係がない。食べることと関係のないことをあまりするものではない、と私は思う。食べ、眠り、遊ぶだけで、一万年などすぐ過ぎる。人間の命は少し軽い。それは食べることからすぐに離れようとするからだ。鉄の鍬、ましてや鉄の剣、それらがなくても食べられる。しかし彼らは信じている、鉄があるから食べられるのだと。これはどう考えても間違っている。ところが彼らには、間違っていることが分からないのだ。人間の命は軽い。私はどちらかといえば、そんなほこらなどない方が、土地のためにはいいのだと思っていた。だから、ほこらを解体することは、どちらかといえば楽しいはずだった。面白い遊びのはずだった。ほこらを崩してばらばらにすれば、人間はただ食べることに戻るだろう。そうすればまた沼で一緒に泳いだり、足を引っぱったり、喧嘩をしたりできるだろう。ほこらを壊すことはそのための楽しい遊びになるだろう。それが、なぜそうならなかったか? 解体が仕事だったからだ。

(鳴り物)クマツクニから来た男はいった。おまえらはこれからあのほこらを壊すんだ。なぜだって? 決まっているさ、奴らの誇りを壊すためにだ。いいか、奴らの鉄作りは大したものだ。俺たちも頑張ってはみたがまるで敵わない。だから俺たちは、もう自分では作らずに、奴らに作らせることにしたんだ。奴らの剣はよく切れる、よく切れる剣を持っている者は強い。だが、俺たちは大勢いる。大勢いる俺たちは兵隊だ。いくら奴らが良い剣を持っても俺たちには敵わない。俺たちは本当ははじめから奴らを追いだすために、わざわざ東の果てまで来た兵隊なのだからな。だが来てみれば追いだすまでもない、うまく使って、住まわせてやろうと思う。ただし、奴らが俺たちのいうことをきいてくれなければこまる。奴らの大事なもの、それがあるから自分が自分であれるのだという、大事なものを壊して、運び去ってやろうと思う。そうすれば奴らの誇りは壊れるだろう。そうして俺たちのいうことをきくだろう。いいか、ほこらを壊すことは簡単だ、だがただほこらだけ壊すのではない、誇りを壊し、運び去るのだ。それがお前らの仕事だ。

(鳴り物)私たちには男のいっていることがほとんど分からなかった。いっていることが複雑すぎると思った。喧嘩をしようとしていることは分かった。しかしほこらを壊すことがどうして喧嘩なのか? 運び去ることがどうして喧嘩なのか。クマツクニの男にとっては鉄が邪魔だということでもないようだ。それなのに壊し、運び去る。鉄が欲しいのだろうか? 鉄が欲しいのなら鉄を運べばいいので、ほこらを運ぶこととは関係なかろうと思った。仕事とはそういうものなのか。人間はいつもこういったややこしい考え方をするのだろうか。人間の命は軽い。食べて寝て遊ぶ、そうして年を取って、死ぬものは死ぬ、そういうことからすぐに離れようとする。人間は軽い。分からない、と思った。男はまたいった。お前らに俺は体と命をやったのだ、だから俺のために働けと。しかし、体はべつだん欲しくなかったし、命はもとからあった。べつだん働いてもいいのだが、だから、ということが分からなかった。だから、とはどういうことだ? 何が、だから、なのだ? 私たちは顔を見あわせたが、どうしても分からない理屈だった。私たちは単純だ。分からないことはたぶん沢山ある。あってもいい。分からないときには遊んでみるのが一番だ。そう思って、解体の仕事ははじまった。男は満足そうだった。(歌う)

嬢買(おほ) 鉢雌戚(ふぁさんい) 箭聖(ちょるる) 走嬢(ちお) 箭聖(ちょるる) 走嬢虞(ちおら) 箭聖(ちょるる) 走嬢(ちお)
戚(い) 箭拭陥(ちょれだ) 獣爽研(しじゅる) 馬檎(らみょん) 焼級聖(あどぅるる) 該壱(なっこ) 京聖(たるる) 該革(なんね)
戚(い) 箭拭陥(ちょれだ) 獣爽研(しじゅる) 馬檎(らみょん) 採瑛因誤(ぷぎこんみょん) 馬獣恵幻精(はしりょんまぬん)
嬢買(おほ) 鉢雌戚(ふぁさんい) 箭聖(ちょるる) 陥(たー) 憎澗陥(ちんぬんだ)
嬢買(おほ) 伐雌戚(ふぁさんい) 箭聖(ちょるる) 陥(たー) 憎澗陥(ちんぬんだ)
嬢買(おほ) 鉢雌戚(ふぁさんい) 箭聖(ちょるる) 陥(たー) 賠陥(ほんだ) 嬢買(おほ) 鉢雌戚(ふぁさんい) 箭聖(ちょるる) 陥(たー) 賠陥(ほんだ)
箭聖(ちょるる) 陪嬢(ほろ) 箭聖(ちょるる) 陪嬢(ほろ) 嬢買(おほ) 鉢雌戚(ふぁさんい) 箭聖(ちょるる) 陥(たー) 陪嬢(ほろ)
箭聖(ちょるる) 陪嬢(ほろ) 箭聖(ちょるる) 陪嬢(ほろ) 嬢買(おほ) 鉢雌戚(ふぁさんい) 箭聖(ちょるる) 陥(たー) 陪嬢(ほろ)
嬢買(おほ) 鉢雌戚(ふぁさんい) 箭聖(ちょるる) 陥(たー) 賠陥(ほんだ)
嬢買(おほ) 鉢雌戚(ふぁさんい) 箭聖(ちょるる) 陥(たー) 賠陥(ほんだ)

おほ 坊主が上手に 寺建てる 寺建てる 寺建てる
お布施入れれば 手子もせがれも 授かろう
お布施入れれば ざくざく宝も 授かろう
おほ 坊主が上手に 寺建てた
あら すっかり寺建てた
おほ 坊主が上手に 寺こわす
坊主が上手に 寺こわす
お寺をこわす お寺をこわす あら すっかり寺こわす
お寺をこわす お寺をこわす あら すっかり寺こわす
おほ 坊主が見事に 寺こわす
坊主が見事に 寺こわす

(鳴り物)楽しかった。仕事ということはよく分からなかったが楽しかった。私たちはほこらで充分に遊んだのだ。私たちの命に、細く冷たい秋風のようなものが一すじ流れこんでいることに、私たちは気づいていなかった。ばらばらになった材木は舟に積まれた。舟はゆっくりと引かれて川を上っていった。私たちも材木と一緒に舟に乗った。これから旅をして、旅した先でまたほこらを建てるのだ。旅で見る景色は美しかった。いくつもの川を上ったり下ったりし、川が途切れれば牛車を使い、また時々は海をも渡って、私たちは西に向かって進んでいった。しまいに深い深い森を十日もかかって抜けたところが、あの笠のような形の山の麓だった。そこはヤマツクニ。ヤマツクニの都を見おろす東の山に、ほこらを建てようというのだった。

(鳴り物)それは無理な工事だった。笠の形の山には、何かが住んでいた。姿は見えない、つまり体はないのだが、何か音のような匂いのような、体温のようなものを私たちは感じた。その何かが、ほこらを建てさせることを嫌がっていると、私たちは感じた。だから男にそのことを伝えると、知っている、と男はいった。その何かが、都を作ることにも反対している、そのためにこれまで都では悪いことがずいぶん起こった。大風が吹いて町並を倒したり、蛇の群れが貴族の家に這いこんで、夜、枕元で青臭い息を吐きつけたりした。息を吐きつけられた者は大熱を出し狂って死んだという。また、昼間に町の辻を、火のついた車がごうごう駆けぬけることもあった。何かが怒っているのだ。だから、このほこらを運んできた。このほこらをあの山の上に立派に建てれば、都のどこからでも見える。人々は安心するだろう、そして怒っている何者かをも、どこかに追い払ってしまえるだろうと。私たちは気が進まなかった、誰が、何について怒っているのか、少しも分からなかったからだ。しかしまだ私たちは呑気だった。楽しかった旅の続きで、ほこらもどうにか建ててやろうと考えた。おとこは本当にうれしそうだった。おまえたちのような親切なものには会ったことがない、ともいった。

(鳴り物)だが、それは無理な工事だった。そもそも私たちは山を知らなかった。土がどうなっていて、水がどう流れて、どんな木がどんな風に生えているのか。どの木を伐るとどの崖が崩れるのか。夜明けがいつで、日暮れがいつで、明日の天気や来月の天気はどうなのか。仕事はとても難しかった。朴の木の体はだんだん傷つき、私たちはどんどん減っていった。ほこらに続く石道を敷くとき、初めの三十三人は石の粉を吸ってぶちぶちの斑点が体に浮きだし、石も運べずに腐って死んだ。次の三十三人はいただきの広場を伐り拓くとき、野宿が明けるといなくなっていた。山男たちにさらわれたという。そうして残りの三十二人は、やっとのことでほこらを建て終わったあと、すぐ来た嵐に逃げ遅れ、土砂崩れに埋まって死んだのだ。ひとり私だけが残った。私は錦で織った着物を与えられ、また良い酒を与えられ、何日か都の隅で休むことになった。そうしてやがて、あの男がまたやってきた。

(鳴り物)それは晩秋の日も傾いた、しずかな時刻だった。芋を煮る湯気の匂いが流れていた。その空気をわけて、ツンとしびれるような鉄の匂いが近づいてきたと思うと、植え込みの縄をくぐって男が入ってきた。何だか様子がおかしかった。刀をはずして土間に置き、しばらくじっと黙っていたが、やがて話しだした。
「いわなければならないことがある」
「何です」
「いいにくいことだ。とてもいいにくいことなんだが」
「何です」
「子コ子よ。死んでくれないか」
「なぜです」
「いいにくいことだ。とてもいいにくいことなんだが」
「聞きましょう」
「ここは都だ。できたばかりの都だ。沢山の争いがあった。滅びた家、追放された家は沢山ある。私の家はようやく生きのびた。明日のことは分からないが、今日のところは生きのびている。分かるか」
「はい」
「争いの時代ならばそういうことも当たり前だ。しかし、いまやっと都ができた。この都の名前は平寧(なら)という。ナラとは平らにならす意味だ。平和が欲しい。都に争いはいらないのだ。分かるか」
「はい」
「そこで子コ子よ、死んでくれないか」
「は?」
「死んでもらわないと困るのだ」
「まだよく分かりません」
「分からないはずはない。おまえは争いの元なのだ」
「私が争いの元? そうでしょうか」
「そうだ」
「そうでしょうか」
「そうなのだ。ハシマの宮を運ぶことなど、誰にもできないと思われていた。あの土地は遠く、荷は重く、途中の道は険しいからだ。だがおまえたちはそれをやった。見事だった。クマツクニはずいぶん前から我々のものだったが、いまやっと、ハシマもまた、我々のものになった。感謝している」
「礼はいりません。私たちは楽しいからやったのです。あなたたちのためにやったのではありません」
「それがいけないのだ」
「は?」
「同じように楽しいことを、また誰かがおまえに頼んだらどうする」
「それは、やるでしょう」
「やるだろう?」
「やりますね」
「その誰かが、我々の敵だったらどうする」
「あ…」
「その楽しいことが、このナラの都にまた争いを起こす企みだったらどうする。いくさだったらどうするのだ。また、何年も続く日照りだったら。疫病を振りまくことだったら。あらぬ噂をたてて人の心を騒がせることだったら。闇に隠れて、盗賊や人買いの横行を許すことだったら。どうするのだ。おまえは強い。おまえにはそれをする力がある。だからおまえに、いてもらっては困るのだ」
「でも、その説明はおかしいですよ――」
「おかしいとも。だが、我々は勝たねばならない。我々が勝たねば、都はめちゃくちゃになる。ヤマツクニがなくなってしまう」
「クニ?」
「そうだクニだ。クニだけは捨てられない。私はクニを作るために働いてきた。そのためになら今すぐにでも、私は死んでもいい、私の家が滅んでもいい。だが、クニがなくなることは堪えられない。クニは皆が幸せになるためにあるのだ。クニはどうしても必要なものなのだ」
「そうでしょうか」
「そうだ」
「そうでしょうか」
「そうだ」
「皆が幸せになるためにある…」
「そうだ」
「皆とは誰です」
「この土地の者すべてだ」
「ハシマの人も?」
「――そうだ」
「私は?」
「おまえは人間じゃない」
「――では、皆とは誰です」
「おまえのような木屑以外の皆だ。頼む、死んでくれ」
「ずいぶん勝手ですね」
「うるさい。死んでくれ」
「死ぬのがいやだと誰がいった。そもそも私は死にはしない。体などは少しも欲しくはなかったんだ。でも、こうなったら、あなたに削り落とされるのはいやだ。あなたの命は軽い。分かるか。あなたに殺されたくはない。助けてくれ、逃がしてくれ、誰か、ヤマツクニの誰か」
「逃げるな、逃がさんぞ、化けものめ、こうだ、こうだ、もう死んだか、まだ死なないか、こうだ、こうだ、もう死んだろう、まだ生きてるか、こうだ、こうだ、こうだ」

(鳴り物なく)気がつくと、男の姿はもうなく、私の命は森のはずれの沢のほとりに、ぼんやり寝そべっていた。朴の木でできた私の体は、沢に削り落とされて、バラバラに散らばっていた。それは本当にもうただの木屑だった。その時から私は帰るところをなくしたのだ。もう、名もなく体もなかった昔の私ではなく、名前と体を失った、そして元いた土地も失った、ぼんやりした「もの」として、あちこちをさまよっている。あなた、もしひとりで川のほとりを歩くことがあったら、少しだけ立ち止まって、静かに息をしてみてください。その空気の中に、私はいる。いつまでも。












上演記録

劇説 川 劇団タモア/〔初演 東アジア郡部ツアー〕二〇〇三年十二月五日/宮代町進修館和室//十二月十四日/近江八幡市ティースペース茶楽(さらく)//十二月某日/済州島某所//二〇〇四年二月六日/彦根市滋賀県立大学仮設ポータブル劇場//四月十六日/鹿嶋市なまず元気村//五月二日/多摩市関戸公民館//三日/つくば市田井ミュージアム//四日/久喜市清久コミュニティセンター//六月二〇日/京都市伏見区蔵こう/出演・きむきがん、高晴美(彦根以降鹿嶋除く)、各務友紀(彦根)、尾関佑乃(鹿嶋、久喜)、菅原初美(多摩)、石崎智香子(つくば)、高野竜(彦根〜久喜)/仮面・鈴木大介/テント・三木雄野/受入代表・鳥居晋平(近江八幡)、三木雄野(彦根)、関沢紀(鹿嶋)、大西邑子(多摩)、柳瀬敬(つくば)、進藤敬子(久喜)//〔再演〕トンネル・シエスタ/二〇一〇年七月三日/宮代町新しい村どくんごテント//生ける詩人の会/七月二五日/千石空房//もとより帰れることを望みはしない/十月十一日/宮代町進修館食堂/出演・高野竜、加藤友香 ほか多数







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