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2015年05月24日14:27
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023 残像航路2 1/
残像航路(デクトラ)��
時 数百年の昔
場 北海、船上
人 デクトラ
フォーゲル
エヴリック
ウィスプ
リュート
船員たち
鳥たち
第一場 魔法なんて存在しない
リュート 真っ平だよ、もう真っ平だ！
ウィスプ なんだ落ちつけよ、何が真っ平だってんだ？
リュート あの魔法野郎と航海するのが、真っ平だっていってんだよ。
ウィスプ てめーで選んだ船じゃねえか。おめーみてえなのは、海を航海するのか、過去を後悔するのか、どっちかにした方がいいやなあ。
リュート へっ。しゃれてる場合か。とにかく――
ウィスプ とにかく、航海をやめたきゃ、航海を続けるしかねえ。島影も見えねえ海のど真ん中だからな。道理だろ。
リュート 続けられるもんならさ！ だけど見ろ、船が暗礁に乗りあげてもう十日だ。海賊が助けを求めるってのもさえねえ話だが、それより何より通りかかる船さえねえ。幾週経ってもガスってガブって、横波を食らうたんびにぎちぎちきいきい、気が気じゃねえや。
ウィスプ じゃ、どーすんだよ。丸太でも突っ込んで梃でも動かすか？ 船底に穴が開くぜ。汐を待つしかねえよ。
リュート 大潮まで何日だっけ。
ウィスプ 三日。
リュート （やがて）やっぱだめだ、そんなに待ったらおかしくなっちまう！
ウィスプ おい大丈夫か、とっくにおかしいみたいだぜ？
リュート 大きなお世話だよ。
ウィスプ わめくなよ。どうしたいってんだ？
リュート 待ってどうするんだ！
ウィスプ あ？
リュート 汐が来て、ぷっかり浮かんだこの船で、一路故郷に戻れるってのか？
ウィスプ いや、それはおめえ…。
リュート …女がいるんだよ、港に。もう、四月(よつき)も帰ってねえ。
ウィスプ 里心か。よせよ、みっともねえ。海の上で女を思ったって、いいこたあなーんもねえぜ？ 無いものねだりが一等つけ込まれるんだ。いいか、あの鳥どもがもし本当に人の夢を食って飛ぶんなら、おめーみてえなのは一番…。おいリュート、奴らの貌が、そのいい娘の貌に見えるこたあねえのか？
リュート ばっ――、何をいいやがる！（間）
ウィスプ 黙りやがったな…。
リュート …静かだな。
ウィスプ おめー以外はな。
リュート 寝てるのかな、お頭は。
ウィスプ もう、夜更けだしな。
声 （突然、どこかで）「そうだ、その銀の髪と眼だ。冷たく燃えあがる銀髪と、氷の瞳で、ここへ来いっ――！」
ウィスプ 寝言だな。今夜は舳先(へさき)の方でおねんねだ。
リュート ちぇ、夢の方がよほど生き生きしてやがる。見かけはグッタリ死んだみてえなのによう！ おいウィスプ、ちょっくら相談があるんだ。
ウィスプ まーた、おめーの浅知恵か？
リュート 聞けよ。
ウィスプ ごめんだね。ひとりで妄想こいてな。
リュート 聞くくらいいいじゃねえか。
ウィスプ おめーのいい考えが、いい考えだった例しがねえや。知恵のねえ奴は汗を出せ、汗も出せねえぼんくらは、せめて辛抱ってことを覚えるん…、
リュート 聞けよ、老いぼれ！（胸ぐら取る）
ウィスプ （怒って）ちんけな跳ねっかえりが…。野郎、年功序列ってことを知らねえな？（突き放し）来いよ、その黄色いくちばしをへし折ってやらあ！
リュート （と、ウィスプの胸からロケットをむしっていて）こいつに――！
ウィスプ …あ。
リュート 入ってる絵は、誰だよ、ええ、この可愛いのはよ？ 孫娘か？ あんただって、陸(おか)に色目遣ってるんじゃねえか、へへへ。
ウィスプ …寄越しな。
リュート （返して）相談てのはよう…耳を貸してくれ。
ウィスプ 誰もいねえよ。
リュート 念には念だ。――話ってのは…（ひそひそと）簀巻きのことさ。
ウィスプ （ドキッとし）なに?!
リュート だからよ、くくり上げてドボンてことさ。…へへへ。
ウィスプ （チラと舳先を見て、それから相手をまじまじと見て）身の程を知らねえってのは、おめーのことだ…。本気でやれると思うのかよ？
リュート ひとりじゃ無理さ。だから話してるんじゃねえか。チャンスは例えば今だ。いったん夢に入っちまったら、やっこさん、鼻をつまんだって目を醒ますもんじゃねえ。寝込みを押し込んでカタつけるんだ。
ウィスプ 俺ぁ、ごめんだな…。
リュート なあ、聞けよウィスプ。温和しく着いていきゃあ、無事お宝を手に入れて凱旋できるって、これはそんな普通の航海なのかい？ フォーゲルはさ、もう、戻る気はねえんじゃねえのかな。これが最後の航海のつもりじゃねえのかな。どう思うよ、正直なところ？
ウィスプ 奴には勝てねえよ…。
リュート だからその話じゃねえってばよ！ なあ、もう港を出て四月だ。水も塩漬け肉も底をついてる。壊血病もよっぽど出はじめてる。だけんど、季節はこれから夏だろう。氷山も溶けて北の果てまで――これが航路っていえるのかどうかはちょっとアレだが――何しろ前には進めるんだ。そんな時に、戻ると思うか、あのお頭が？ 俺はよ、白状するが、フェローの生まれなんだけど、ウミツバメの卵を獲りにいってまだ２年しか経たねえんだ。夏のはじめ、崖の突端から綱一本でぶら下げられてよ。びゅうびゅう風に煽られてよ。そいでも、一年のうち十ヶ月は雨か雪っていうあの島で、俺の時だけは、どういうわけかわざとみたいに若草色に晴れやがってよう、卵をポケットに青い顔して崖上に這いあがってみたら、みんな髭面を崩して、キラキラの眼ぇして笑ってるんだ。「こんな見事な元服式は滅多にねえぜ、ビッケ」って、ばんばんでかい手で叩かれた…。
♪苔もつかない切りたった岩かべに
おいらをさしおろす一本の綱
羊たちに遠巻きに見まもられ
おれたちゃ草はら横ぎっていったもんさ
ゆらゆらり 海せまる
たまご狩りすりゃ 夏はなやぐ
夏至のひろばに王様はいらないさ
おいらをぶらさげる一本の綱
鯨たちの吼えたてる海原を
おれたちゃ木船でのり越えてきたもんさ
ひゅるひゅるり 風かける
たまご狩りすりゃ 夏はなやぐ
あほうどりよ みごとだな
たからものには 青いかおり
おやじたち 見てくれよ
明日の広場に おれもいくぜ！
…へっ。黄色いくちばし、その通りだよ。せっかくそうやって迎えてくれた夏の議会を、たったひと夏でおん出て、船に乗っちまったんだから。なぜって…、あん時、ぶら下げられた綱から真っ逆さまに見えた海がよう、どうしたって、呼ぶんだもの。軽蔑するかい？ そりゃ俺(おい)らぁ最低さ。だけどあんただって覚えがあるんじゃねえのか、え？ 船長はまだ若い。あんたよりかは俺の方が歳は近いくらいだ。だから分かるんだ。よっぽどってことでもねえ限り、お頭は引っ返さねえ。今は進むことしか頭にねえんだ。青い航路が引っ張るんだよ。理屈とか意志とかじゃねえんだ、海が肝っ玉をぐうっとつかんで、どうしようもなくあっち側へ持っていくんだ。分かるだろ、それが船乗りってもんじゃねえか。（長い間）
ウィスプ （やがて）俺は――。俺は、今度の航海を限りで、足を洗うつもりなんだ。ベルゲンの山奥に、ひっそりと海賊村ってのがある。
リュート 聞いたことある！ 言い伝えじゃねえのか、本当にあるのか?!
ウィスプ あるとも。海賊が全員、のたれ死にするわけじゃねえんだぜ。村からちょっと尾根まで岩をよじ登ると、はるかはるか麓のフィヨルドの向こうに遠く、海が見えるんだ。俺の息子は、ベルゲンの港湾局に勤めてる。何だよその顔は？ そう、ニシンの木箱をこじあけちゃ羽毛(はね)ペンでサインするのがせがれの仕事だ。どんな因果か、鳥の子にトカゲの子が混じったって体(てい)で、俺とは似ても似つかねえ。だが、女に酷(むご)いことだけは似ててなぁ、俺にも昔、覚えがあるが、ある時ささいなことでせがれの野郎、自分の腹のでけえ嫁を手ひどく引っぱたいて、泥道に放りだしたもんだ。ひでえことしやがるって、自分は棚に上げて腹が立ってな、奴のやり方は前からいいかげん腹にもすえかねてたんで、それを期に息子とは縁を切って、俺は却って嫁の方を引き取って、海賊村に住まわせたんだ。この嫁ってのがまたねんねえでよ、リンゴの世話で食っていけると思ってる。世間に揉まれたことがねえんだな。甘ちゃんではあるんだが、でも放ってはおけねえじゃねえか。だから俺はこんだ、手ぶらじゃ帰れねえんだ。
リュート だからって信用できる航海なのかい、こいつが？ 命あってのものだねだろうよ。
ウィスプ …そうだな。死ぬのはちっとも惜しくはねえが。
リュート 待ってるいい子のための命さ。
ウィスプ …おもしれえ。バカにしては上出来だ。
リュート （立ちあがり）じゃ、早速やろうぜ。
ウィスプ おい！ やっぱりバカはバカだな。
リュート うるせえな。
ウィスプ ちっとは計画ってことをしろよ。船長をやっつけた。そこまではいいが、どうやって帰るんだ？
リュート …あ。
ウィスプ 星が読めるのか、おめえは。
リュート いや、自分の名前すら読めねえ…。
ウィスプ 羅針盤は。コンパスは。
リュート あんたに任せたよ。
ウィスプ 俺に？ それはだめだ。
リュート なんで。
ウィスプ 俺も読めねえ。
リュート あんた、何十年も海で何やってたんだ?!
ウィスプ 知恵が出ねえから汗、出してたんだ！ だが待てよ、いい思いつきがある。エヴリックを引っぱり込むんだ。
リュート 甲板長(ボースン)を？ 乗るかな。あいつ頑固だぜ。
ウィスプ 誰にだって弱点はある。あいつは酒に汚ねえからな、ひとつ、酒瓶で張り倒してやろう。酔わしちまえばカンも鈍ろうぜ、宣誓でも何でも取りつけられらあ。それにどの道、奴に抵抗されたらこの計画はおじゃんだろう。
リュート そりゃそうだな。
ウィスプ お、噂をすれば来やがった。
エヴリック （歌いながら来る。酔っている）よう、何やってるんだ、いま時分。叛乱の相談か？
ふたり …ドッキーン！
リュート （ひそひそと）ものすごくカンがいいじゃねえかっ。心臓に悪いぜ。
ウィスプ （ひそひそと）いや…いやいやいや、却って話が早いかも知れねえ。（エヴリックに）よ、よう！ いい天気だな。
エヴリック 今にも泣きだしそうな夜空だ。で、今夜はどんな悪だくみだ？
ウィスプ 滅相もねえ、誰の得にもなる話さ。ちょっと、その酒瓶を貸してみな。
エヴリック やなこった。てめえの酒はてめえの分け前で買って呑め。
ウィスプ 俺が下戸なのは知ってるだろう？ 魔法ごっこさ。そら、何でも吸いこむあやしの酒瓶にござい。いいから、ちょっと貸しなよ。
エヴリック フン、どいつもこいつも魔法かぶれだ。そらよ。（渡す）
ウィスプ 東洋に伝わる不思議なお話。返辞をすると吸いこまれる妖精の酒瓶にござります。御用とお急ぎのない方は…、ところで、おい、リュート。
リュート 何だよ。うわーーーっ。（吸いこまれる）
ウィスプ しゅうううーーーーーっ。ポン。
リュート 何するんだ、おいふざけんな。おい！（閉じこめられてる）
ウィスプ 一丁あがり。ところで…エヴリック？
エヴリック 何だ。（間）
ウィスプ …あれ？ エヴリック！
エヴリック だから何だ。
ウィスプ おかしいな。エーヴリック！
エヴリック （溜息して、リュートの耳元で）アホっ。
リュート わああ…。（ひっくり返る）
ふたり おかしい。魔法が効かない。
エヴリック どこが魔法だ。かぶれるのもたいがいにしろよ。見張りで起きてるんだろう。船は見えたのか？
ウィスプ いや、からっきしだ。
エヴリック 松明(たいまつ)の用意は。
リュート できてるよ。でも、船の気配もねえ。もう十日もだ、これじゃいくら待ったって…、
エヴリック ともかく、やることをちゃんとやれ。乗組員には分担ってもんがあるんだ、分をわきまえねえと、帰れるもんも帰れなくなるぞ。
リュート こうして待ってりゃ、帰れるのかよ？
エヴリック なに？――おとついの昼間、ボートを出して、ここら一帯の暗礁を検分してきた。三日後の大潮はこの一年で一番の満ち潮になるが、それだけじゃねえ。向こうのラグーンがどれも水没すれば、潮目が変わってこの船を、来た方に押し戻してくれるって寸法だ。幸いにして俺たちゃ乗りあげただけで、船に穴が開いたわけじゃねえ。もし今、無理矢理岩からはがしてみろ、板子一枚、地獄の底だぜ。
リュート …それで、帰れるのかよ。
エヴリック なにを？ おい小僧、ホームシックか。…ははあ、おめえらの悪だくみもてえげえ底が見えた。ちょっと来い。ここに座れ。座れ！ つまり、フォーゲルをふん縛って、この船を乗っ取ろうってのか。そうなんだな！
リュート （うなづく）
エヴリック ウィスプ？
ウィスプ （立ちんぼで）その通りだ…。
エヴリック いいだろう。仲間もいて、計画も一応あるんだろうって思っておく。それに、おめえらの気持ちが無理もねえのも分かる。失敗したらてめえら自身が後ろ手に板渡りだが、それでもやろうってえ気持ちだって分かる。分かるんだぞ？ だがな、いっておくぜ。おめえらには、無理だ。
リュート 無理？ なにが。
エヴリック うつわじゃねえ。
リュート なんだ、それ！
エヴリック ガキには分からねえ。
リュート もう十八だ！
ウィスプ ボースン、どういうことだい？ 俺たちが海賊団を率いるだのって話じゃないんだぜ？ ただ帰ろうってんだ。
エヴリック おめえら、なんで船に乗ってる。
ウィスプ 船乗りだからさ。
リュート 海賊の血が流れてるからだ。
エヴリック そうじゃねえ、なぜ、この船に乗ってるんだ？…フォーゲルに惹かれたからだ、違うか。やつの魔法に引っ張られたんだ、そうだろう？
ふたり そりゃまあ、そうだ…。
エヴリック でも、魔法なんてあるのか？ そう考えたことはねえか。
ウィスプ いや、ねえと思うよ。
エヴリック ねえと思う？ じゃ、さっきの酒瓶は。
ウィスプ ありゃ、ええと、まあ余興さ。
エヴリック ところがだ。（酒瓶を向けて）リュート。
リュート 何だい。うわわーーーっ。（また、吸いこまれる）
エヴリック どう思う？
ウィスプ （リュートに）おい、もういいんだよ。
リュート （狭苦しく）いいって、どうすりゃいいんだよ！
ウィスプ （異常さに気づき）どういうことだ…？
エヴリック 簡単な理屈さ。魔法は、ねえ。そんなものは、ねえんだ。だが人の心って奴ぁ、ねえものを信じることができる。いいか、ここがカナメだぜ。じっさいにゃ神も魔物もありゃしねえが、なくったってお構いなしに信じてのけるのが人間ってもんだ。フォーゲルが手玉に取ってるのは魔法じゃなくて、てめえらの、まあ、信心なのさ。出てこいよリュート。
リュート ふう…。（出てくる）
ウィスプ 信心だ？ 海賊に教会はねえ。国王くたばれだ。
エヴリック だが、そんなおめえも、嵐がなくても海は怖え。だろ？ だから何かに頼って航海するんだ。そうせずにはいられねえ、そうだろ？ そいつがおめえの信心さ。
ウィスプ 絡み上戸が難しいこといいやがる。
エヴリック とにかく、おめえらは心の底じゃあ、フォーゲルを頼ってるんだ。だから奴には勝てねえよ。面と向かって立てすらしめえ。
リュート （頭にきて）聞いてりゃあとことんバカにしやがって。まずてめえから括ってやらあっ。
エヴリック （厳かに）俺が手をぐるっと回すとおめえもぐるっと回る。（回す）
リュート （回る）
エヴリック 俺が手のひらを振ると、おめえは自分でビンタする。（手を振る）
リュート （ビンタする）
エヴリック そうしてビンタが止まらねえ。
リュート いて、いて、いて、（止まらない）
エヴリック （ウィスプに）下を指差すと腰が抜けてへたりこむぜ。そら。（指差す）
ウィスプ あ…。（へたる）
エヴリック この通りだ。…いいか、よく聞け！ 俺は魔法遣いでも何でもねえ。フォーゲルだってそうだ。だが、魔法であろうとなかろうと、今のおめえらにゃ勝てっこねえのが分かるだろ？ 悪いようにはしねえから、黙ってすっこんでろい！
リュート （ビンタしながら）悔しいよ、ウィスプ。
ウィスプ （立てずに）ああ。だがどうにも仕方がねえ。
エヴリック （気配を感じて）船長が起きたらしい。お出ましだ。おめえら、ここはいったん引っ込んどけよ。引っ込めねえ？ 呆れた奴らだ。ひ・っ・こ・め！
ふたり （飛び起きる）
リュート （引っ込みながら）悔しいよ、ウィスプ。
ウィスプ ああ、だがここは退散だな…。（退場）
エヴリック ――お目覚めですかい…。
フォーゲル （登場して）夢を見た…。人の顔の鳥たちだ…。大挙して飛んできて、マストや船べりに留まって、啼くんだ。ああ、ああ、ああ、と啼くんだ…。
エヴリック そいつは夢じゃありませんや。わっしら全員、見てまさあ。
フォーゲル そうか？ 俺も以前はよく見たものだ。近頃はすっかり、海はただの海だなあ。見張りは？
エヴリック いま交替したところでさ。
フォーゲル 汐は上がってきてるか？
エヴリック いい感じでね。今日明日にゃあ、まだ無理ですが。
フォーゲル おそらく、そんなには待つまい。救いの船が来る。
エヴリック 予知夢ですか。
フォーゲル 勘だよ。経験則さ。
エヴリック わっしも、何となくそんな気がしまさ。
フォーゲル ふふ…。甲板長(ボースン)、おまえとも長いな。
エヴリック ほんにね。わっしの何がお気に召したのか知りやせんが、遣ってもらって助かりました。
フォーゲル 気の置けない乗組員も、ひとり減りふたり減り…。そろそろうちも、たたみ時だな。
エヴリック お頭。お察ししまさあ。でもそいつは、帰ってからいいましょう。いま聞かれたら、奴ら増長しますぜ。
フォーゲル うん。だが、弱気でいうんじゃないのだ。大事な話があるんだ。
エヴリック （ひとり）今夜はやたらと大事な話ばっかりだ…。なんです、改まって。
フォーゲル ボースン。もうすぐここを、船が通る。乗ってるのはおそらく、金の腕のイオランだ。
エヴリック 何ですって？
フォーゲル 奴の略奪は海賊の比ではない。だが、よりによってデンマルクを攻めたかどで、二ヶ月前のことだ、教皇庁が奴を破門したのだ。奴はもう国王ではない。どんな国ももう、奴の入港は許さないだろう。財宝の代償に奴は権力を失ったのだ。そしてこの異常な北向きの潮だ。雲が渦を巻いている。この胸騒ぎに意味があるとすれば、たぶんそれは、今まさに奴らがこの惑わしの海域に差しかかっているからだと、俺は思う。
エヴリック （痛快に哄笑し）ははははは…！ 勘ですかい？ やっぱり、あんたは船長でさあ、お頭！ そうこなくっちゃいけねえ。俺たちゃ岩に乗りあげて動けねえ？ いやいや、ボートで充分でさ！ ぎったぎたにやっつけてやりまさあ！
フォーゲル そうして…聞け、（懸命に）エヴリック、聞いてくれ！ おまえらには船ごと分捕り品は全部やる。そうしたらエヴリック、おまえは風も星も読めるだろう。うちの連中を率いて、どこかの港まで帰ってくれ。
エヴリック （ろくに聞かず）何をいってるんです？ 弱気になる歳でもありますめえ。まあいいでさ、すべては、コトを終えてからにしましょうや。みんなもその方が話を聞きますぜ。わっしもね。（叫ぶ）ほおおい、ウィーーースプ！ マストに登れ！ 南を見張りな！ きざしがあるんだ。フナムシ一匹、見逃すんじゃねえぞ！ リュート、ボヤボヤしてねえで、タラみたいに寝こけてる穀潰しどもを全員、叩き起こしてこい！ わっしは鉤や得物を確かめてきまさ、船長！ 海賊はね、くすぶってちゃいけませんや。へへへへ、船は「二隻」あったッ！（退場）
フォーゲル （ひとり残り）
♪波もあらしも俺はうけとめてきたが
板子一枚ゆらぐこの身が危うい
人の顔をしながら貝のよう
あの鳥どもの思いは分かるものなのか
また、声が聞こえる…。俺を誘う声。百羽の鳥どもが口々にわめく。
鳥の声 （時には姿も見えつつ）
白きそらは一すぢごとにわが髪を
引くこゝちにてせまり来りぬ
わがあたま
ときどきわれに
ことなれる
つめたき天を見しむることあり
ものはみな
さかだちをせよ
そらはかく
曇りてわれの脳はいためる
あゝつひに
ふたゝびわれにおとづれし
かの水いろの
そらのはためき
2/→ http://
時 数百年の昔
場 北海、船上
人 デクトラ
フォーゲル
エヴリック
ウィスプ
リュート
船員たち
鳥たち
第一場 魔法なんて存在しない
リュート 真っ平だよ、もう真っ平だ！
ウィスプ なんだ落ちつけよ、何が真っ平だってんだ？
リュート あの魔法野郎と航海するのが、真っ平だっていってんだよ。
ウィスプ てめーで選んだ船じゃねえか。おめーみてえなのは、海を航海するのか、過去を後悔するのか、どっちかにした方がいいやなあ。
リュート へっ。しゃれてる場合か。とにかく――
ウィスプ とにかく、航海をやめたきゃ、航海を続けるしかねえ。島影も見えねえ海のど真ん中だからな。道理だろ。
リュート 続けられるもんならさ！ だけど見ろ、船が暗礁に乗りあげてもう十日だ。海賊が助けを求めるってのもさえねえ話だが、それより何より通りかかる船さえねえ。幾週経ってもガスってガブって、横波を食らうたんびにぎちぎちきいきい、気が気じゃねえや。
ウィスプ じゃ、どーすんだよ。丸太でも突っ込んで梃でも動かすか？ 船底に穴が開くぜ。汐を待つしかねえよ。
リュート 大潮まで何日だっけ。
ウィスプ 三日。
リュート （やがて）やっぱだめだ、そんなに待ったらおかしくなっちまう！
ウィスプ おい大丈夫か、とっくにおかしいみたいだぜ？
リュート 大きなお世話だよ。
ウィスプ わめくなよ。どうしたいってんだ？
リュート 待ってどうするんだ！
ウィスプ あ？
リュート 汐が来て、ぷっかり浮かんだこの船で、一路故郷に戻れるってのか？
ウィスプ いや、それはおめえ…。
リュート …女がいるんだよ、港に。もう、四月(よつき)も帰ってねえ。
ウィスプ 里心か。よせよ、みっともねえ。海の上で女を思ったって、いいこたあなーんもねえぜ？ 無いものねだりが一等つけ込まれるんだ。いいか、あの鳥どもがもし本当に人の夢を食って飛ぶんなら、おめーみてえなのは一番…。おいリュート、奴らの貌が、そのいい娘の貌に見えるこたあねえのか？
リュート ばっ――、何をいいやがる！（間）
ウィスプ 黙りやがったな…。
リュート …静かだな。
ウィスプ おめー以外はな。
リュート 寝てるのかな、お頭は。
ウィスプ もう、夜更けだしな。
声 （突然、どこかで）「そうだ、その銀の髪と眼だ。冷たく燃えあがる銀髪と、氷の瞳で、ここへ来いっ――！」
ウィスプ 寝言だな。今夜は舳先(へさき)の方でおねんねだ。
リュート ちぇ、夢の方がよほど生き生きしてやがる。見かけはグッタリ死んだみてえなのによう！ おいウィスプ、ちょっくら相談があるんだ。
ウィスプ まーた、おめーの浅知恵か？
リュート 聞けよ。
ウィスプ ごめんだね。ひとりで妄想こいてな。
リュート 聞くくらいいいじゃねえか。
ウィスプ おめーのいい考えが、いい考えだった例しがねえや。知恵のねえ奴は汗を出せ、汗も出せねえぼんくらは、せめて辛抱ってことを覚えるん…、
リュート 聞けよ、老いぼれ！（胸ぐら取る）
ウィスプ （怒って）ちんけな跳ねっかえりが…。野郎、年功序列ってことを知らねえな？（突き放し）来いよ、その黄色いくちばしをへし折ってやらあ！
リュート （と、ウィスプの胸からロケットをむしっていて）こいつに――！
ウィスプ …あ。
リュート 入ってる絵は、誰だよ、ええ、この可愛いのはよ？ 孫娘か？ あんただって、陸(おか)に色目遣ってるんじゃねえか、へへへ。
ウィスプ …寄越しな。
リュート （返して）相談てのはよう…耳を貸してくれ。
ウィスプ 誰もいねえよ。
リュート 念には念だ。――話ってのは…（ひそひそと）簀巻きのことさ。
ウィスプ （ドキッとし）なに?!
リュート だからよ、くくり上げてドボンてことさ。…へへへ。
ウィスプ （チラと舳先を見て、それから相手をまじまじと見て）身の程を知らねえってのは、おめーのことだ…。本気でやれると思うのかよ？
リュート ひとりじゃ無理さ。だから話してるんじゃねえか。チャンスは例えば今だ。いったん夢に入っちまったら、やっこさん、鼻をつまんだって目を醒ますもんじゃねえ。寝込みを押し込んでカタつけるんだ。
ウィスプ 俺ぁ、ごめんだな…。
リュート なあ、聞けよウィスプ。温和しく着いていきゃあ、無事お宝を手に入れて凱旋できるって、これはそんな普通の航海なのかい？ フォーゲルはさ、もう、戻る気はねえんじゃねえのかな。これが最後の航海のつもりじゃねえのかな。どう思うよ、正直なところ？
ウィスプ 奴には勝てねえよ…。
リュート だからその話じゃねえってばよ！ なあ、もう港を出て四月だ。水も塩漬け肉も底をついてる。壊血病もよっぽど出はじめてる。だけんど、季節はこれから夏だろう。氷山も溶けて北の果てまで――これが航路っていえるのかどうかはちょっとアレだが――何しろ前には進めるんだ。そんな時に、戻ると思うか、あのお頭が？ 俺はよ、白状するが、フェローの生まれなんだけど、ウミツバメの卵を獲りにいってまだ２年しか経たねえんだ。夏のはじめ、崖の突端から綱一本でぶら下げられてよ。びゅうびゅう風に煽られてよ。そいでも、一年のうち十ヶ月は雨か雪っていうあの島で、俺の時だけは、どういうわけかわざとみたいに若草色に晴れやがってよう、卵をポケットに青い顔して崖上に這いあがってみたら、みんな髭面を崩して、キラキラの眼ぇして笑ってるんだ。「こんな見事な元服式は滅多にねえぜ、ビッケ」って、ばんばんでかい手で叩かれた…。
♪苔もつかない切りたった岩かべに
おいらをさしおろす一本の綱
羊たちに遠巻きに見まもられ
おれたちゃ草はら横ぎっていったもんさ
ゆらゆらり 海せまる
たまご狩りすりゃ 夏はなやぐ
夏至のひろばに王様はいらないさ
おいらをぶらさげる一本の綱
鯨たちの吼えたてる海原を
おれたちゃ木船でのり越えてきたもんさ
ひゅるひゅるり 風かける
たまご狩りすりゃ 夏はなやぐ
あほうどりよ みごとだな
たからものには 青いかおり
おやじたち 見てくれよ
明日の広場に おれもいくぜ！
…へっ。黄色いくちばし、その通りだよ。せっかくそうやって迎えてくれた夏の議会を、たったひと夏でおん出て、船に乗っちまったんだから。なぜって…、あん時、ぶら下げられた綱から真っ逆さまに見えた海がよう、どうしたって、呼ぶんだもの。軽蔑するかい？ そりゃ俺(おい)らぁ最低さ。だけどあんただって覚えがあるんじゃねえのか、え？ 船長はまだ若い。あんたよりかは俺の方が歳は近いくらいだ。だから分かるんだ。よっぽどってことでもねえ限り、お頭は引っ返さねえ。今は進むことしか頭にねえんだ。青い航路が引っ張るんだよ。理屈とか意志とかじゃねえんだ、海が肝っ玉をぐうっとつかんで、どうしようもなくあっち側へ持っていくんだ。分かるだろ、それが船乗りってもんじゃねえか。（長い間）
ウィスプ （やがて）俺は――。俺は、今度の航海を限りで、足を洗うつもりなんだ。ベルゲンの山奥に、ひっそりと海賊村ってのがある。
リュート 聞いたことある！ 言い伝えじゃねえのか、本当にあるのか?!
ウィスプ あるとも。海賊が全員、のたれ死にするわけじゃねえんだぜ。村からちょっと尾根まで岩をよじ登ると、はるかはるか麓のフィヨルドの向こうに遠く、海が見えるんだ。俺の息子は、ベルゲンの港湾局に勤めてる。何だよその顔は？ そう、ニシンの木箱をこじあけちゃ羽毛(はね)ペンでサインするのがせがれの仕事だ。どんな因果か、鳥の子にトカゲの子が混じったって体(てい)で、俺とは似ても似つかねえ。だが、女に酷(むご)いことだけは似ててなぁ、俺にも昔、覚えがあるが、ある時ささいなことでせがれの野郎、自分の腹のでけえ嫁を手ひどく引っぱたいて、泥道に放りだしたもんだ。ひでえことしやがるって、自分は棚に上げて腹が立ってな、奴のやり方は前からいいかげん腹にもすえかねてたんで、それを期に息子とは縁を切って、俺は却って嫁の方を引き取って、海賊村に住まわせたんだ。この嫁ってのがまたねんねえでよ、リンゴの世話で食っていけると思ってる。世間に揉まれたことがねえんだな。甘ちゃんではあるんだが、でも放ってはおけねえじゃねえか。だから俺はこんだ、手ぶらじゃ帰れねえんだ。
リュート だからって信用できる航海なのかい、こいつが？ 命あってのものだねだろうよ。
ウィスプ …そうだな。死ぬのはちっとも惜しくはねえが。
リュート 待ってるいい子のための命さ。
ウィスプ …おもしれえ。バカにしては上出来だ。
リュート （立ちあがり）じゃ、早速やろうぜ。
ウィスプ おい！ やっぱりバカはバカだな。
リュート うるせえな。
ウィスプ ちっとは計画ってことをしろよ。船長をやっつけた。そこまではいいが、どうやって帰るんだ？
リュート …あ。
ウィスプ 星が読めるのか、おめえは。
リュート いや、自分の名前すら読めねえ…。
ウィスプ 羅針盤は。コンパスは。
リュート あんたに任せたよ。
ウィスプ 俺に？ それはだめだ。
リュート なんで。
ウィスプ 俺も読めねえ。
リュート あんた、何十年も海で何やってたんだ?!
ウィスプ 知恵が出ねえから汗、出してたんだ！ だが待てよ、いい思いつきがある。エヴリックを引っぱり込むんだ。
リュート 甲板長(ボースン)を？ 乗るかな。あいつ頑固だぜ。
ウィスプ 誰にだって弱点はある。あいつは酒に汚ねえからな、ひとつ、酒瓶で張り倒してやろう。酔わしちまえばカンも鈍ろうぜ、宣誓でも何でも取りつけられらあ。それにどの道、奴に抵抗されたらこの計画はおじゃんだろう。
リュート そりゃそうだな。
ウィスプ お、噂をすれば来やがった。
エヴリック （歌いながら来る。酔っている）よう、何やってるんだ、いま時分。叛乱の相談か？
ふたり …ドッキーン！
リュート （ひそひそと）ものすごくカンがいいじゃねえかっ。心臓に悪いぜ。
ウィスプ （ひそひそと）いや…いやいやいや、却って話が早いかも知れねえ。（エヴリックに）よ、よう！ いい天気だな。
エヴリック 今にも泣きだしそうな夜空だ。で、今夜はどんな悪だくみだ？
ウィスプ 滅相もねえ、誰の得にもなる話さ。ちょっと、その酒瓶を貸してみな。
エヴリック やなこった。てめえの酒はてめえの分け前で買って呑め。
ウィスプ 俺が下戸なのは知ってるだろう？ 魔法ごっこさ。そら、何でも吸いこむあやしの酒瓶にござい。いいから、ちょっと貸しなよ。
エヴリック フン、どいつもこいつも魔法かぶれだ。そらよ。（渡す）
ウィスプ 東洋に伝わる不思議なお話。返辞をすると吸いこまれる妖精の酒瓶にござります。御用とお急ぎのない方は…、ところで、おい、リュート。
リュート 何だよ。うわーーーっ。（吸いこまれる）
ウィスプ しゅうううーーーーーっ。ポン。
リュート 何するんだ、おいふざけんな。おい！（閉じこめられてる）
ウィスプ 一丁あがり。ところで…エヴリック？
エヴリック 何だ。（間）
ウィスプ …あれ？ エヴリック！
エヴリック だから何だ。
ウィスプ おかしいな。エーヴリック！
エヴリック （溜息して、リュートの耳元で）アホっ。
リュート わああ…。（ひっくり返る）
ふたり おかしい。魔法が効かない。
エヴリック どこが魔法だ。かぶれるのもたいがいにしろよ。見張りで起きてるんだろう。船は見えたのか？
ウィスプ いや、からっきしだ。
エヴリック 松明(たいまつ)の用意は。
リュート できてるよ。でも、船の気配もねえ。もう十日もだ、これじゃいくら待ったって…、
エヴリック ともかく、やることをちゃんとやれ。乗組員には分担ってもんがあるんだ、分をわきまえねえと、帰れるもんも帰れなくなるぞ。
リュート こうして待ってりゃ、帰れるのかよ？
エヴリック なに？――おとついの昼間、ボートを出して、ここら一帯の暗礁を検分してきた。三日後の大潮はこの一年で一番の満ち潮になるが、それだけじゃねえ。向こうのラグーンがどれも水没すれば、潮目が変わってこの船を、来た方に押し戻してくれるって寸法だ。幸いにして俺たちゃ乗りあげただけで、船に穴が開いたわけじゃねえ。もし今、無理矢理岩からはがしてみろ、板子一枚、地獄の底だぜ。
リュート …それで、帰れるのかよ。
エヴリック なにを？ おい小僧、ホームシックか。…ははあ、おめえらの悪だくみもてえげえ底が見えた。ちょっと来い。ここに座れ。座れ！ つまり、フォーゲルをふん縛って、この船を乗っ取ろうってのか。そうなんだな！
リュート （うなづく）
エヴリック ウィスプ？
ウィスプ （立ちんぼで）その通りだ…。
エヴリック いいだろう。仲間もいて、計画も一応あるんだろうって思っておく。それに、おめえらの気持ちが無理もねえのも分かる。失敗したらてめえら自身が後ろ手に板渡りだが、それでもやろうってえ気持ちだって分かる。分かるんだぞ？ だがな、いっておくぜ。おめえらには、無理だ。
リュート 無理？ なにが。
エヴリック うつわじゃねえ。
リュート なんだ、それ！
エヴリック ガキには分からねえ。
リュート もう十八だ！
ウィスプ ボースン、どういうことだい？ 俺たちが海賊団を率いるだのって話じゃないんだぜ？ ただ帰ろうってんだ。
エヴリック おめえら、なんで船に乗ってる。
ウィスプ 船乗りだからさ。
リュート 海賊の血が流れてるからだ。
エヴリック そうじゃねえ、なぜ、この船に乗ってるんだ？…フォーゲルに惹かれたからだ、違うか。やつの魔法に引っ張られたんだ、そうだろう？
ふたり そりゃまあ、そうだ…。
エヴリック でも、魔法なんてあるのか？ そう考えたことはねえか。
ウィスプ いや、ねえと思うよ。
エヴリック ねえと思う？ じゃ、さっきの酒瓶は。
ウィスプ ありゃ、ええと、まあ余興さ。
エヴリック ところがだ。（酒瓶を向けて）リュート。
リュート 何だい。うわわーーーっ。（また、吸いこまれる）
エヴリック どう思う？
ウィスプ （リュートに）おい、もういいんだよ。
リュート （狭苦しく）いいって、どうすりゃいいんだよ！
ウィスプ （異常さに気づき）どういうことだ…？
エヴリック 簡単な理屈さ。魔法は、ねえ。そんなものは、ねえんだ。だが人の心って奴ぁ、ねえものを信じることができる。いいか、ここがカナメだぜ。じっさいにゃ神も魔物もありゃしねえが、なくったってお構いなしに信じてのけるのが人間ってもんだ。フォーゲルが手玉に取ってるのは魔法じゃなくて、てめえらの、まあ、信心なのさ。出てこいよリュート。
リュート ふう…。（出てくる）
ウィスプ 信心だ？ 海賊に教会はねえ。国王くたばれだ。
エヴリック だが、そんなおめえも、嵐がなくても海は怖え。だろ？ だから何かに頼って航海するんだ。そうせずにはいられねえ、そうだろ？ そいつがおめえの信心さ。
ウィスプ 絡み上戸が難しいこといいやがる。
エヴリック とにかく、おめえらは心の底じゃあ、フォーゲルを頼ってるんだ。だから奴には勝てねえよ。面と向かって立てすらしめえ。
リュート （頭にきて）聞いてりゃあとことんバカにしやがって。まずてめえから括ってやらあっ。
エヴリック （厳かに）俺が手をぐるっと回すとおめえもぐるっと回る。（回す）
リュート （回る）
エヴリック 俺が手のひらを振ると、おめえは自分でビンタする。（手を振る）
リュート （ビンタする）
エヴリック そうしてビンタが止まらねえ。
リュート いて、いて、いて、（止まらない）
エヴリック （ウィスプに）下を指差すと腰が抜けてへたりこむぜ。そら。（指差す）
ウィスプ あ…。（へたる）
エヴリック この通りだ。…いいか、よく聞け！ 俺は魔法遣いでも何でもねえ。フォーゲルだってそうだ。だが、魔法であろうとなかろうと、今のおめえらにゃ勝てっこねえのが分かるだろ？ 悪いようにはしねえから、黙ってすっこんでろい！
リュート （ビンタしながら）悔しいよ、ウィスプ。
ウィスプ （立てずに）ああ。だがどうにも仕方がねえ。
エヴリック （気配を感じて）船長が起きたらしい。お出ましだ。おめえら、ここはいったん引っ込んどけよ。引っ込めねえ？ 呆れた奴らだ。ひ・っ・こ・め！
ふたり （飛び起きる）
リュート （引っ込みながら）悔しいよ、ウィスプ。
ウィスプ ああ、だがここは退散だな…。（退場）
エヴリック ――お目覚めですかい…。
フォーゲル （登場して）夢を見た…。人の顔の鳥たちだ…。大挙して飛んできて、マストや船べりに留まって、啼くんだ。ああ、ああ、ああ、と啼くんだ…。
エヴリック そいつは夢じゃありませんや。わっしら全員、見てまさあ。
フォーゲル そうか？ 俺も以前はよく見たものだ。近頃はすっかり、海はただの海だなあ。見張りは？
エヴリック いま交替したところでさ。
フォーゲル 汐は上がってきてるか？
エヴリック いい感じでね。今日明日にゃあ、まだ無理ですが。
フォーゲル おそらく、そんなには待つまい。救いの船が来る。
エヴリック 予知夢ですか。
フォーゲル 勘だよ。経験則さ。
エヴリック わっしも、何となくそんな気がしまさ。
フォーゲル ふふ…。甲板長(ボースン)、おまえとも長いな。
エヴリック ほんにね。わっしの何がお気に召したのか知りやせんが、遣ってもらって助かりました。
フォーゲル 気の置けない乗組員も、ひとり減りふたり減り…。そろそろうちも、たたみ時だな。
エヴリック お頭。お察ししまさあ。でもそいつは、帰ってからいいましょう。いま聞かれたら、奴ら増長しますぜ。
フォーゲル うん。だが、弱気でいうんじゃないのだ。大事な話があるんだ。
エヴリック （ひとり）今夜はやたらと大事な話ばっかりだ…。なんです、改まって。
フォーゲル ボースン。もうすぐここを、船が通る。乗ってるのはおそらく、金の腕のイオランだ。
エヴリック 何ですって？
フォーゲル 奴の略奪は海賊の比ではない。だが、よりによってデンマルクを攻めたかどで、二ヶ月前のことだ、教皇庁が奴を破門したのだ。奴はもう国王ではない。どんな国ももう、奴の入港は許さないだろう。財宝の代償に奴は権力を失ったのだ。そしてこの異常な北向きの潮だ。雲が渦を巻いている。この胸騒ぎに意味があるとすれば、たぶんそれは、今まさに奴らがこの惑わしの海域に差しかかっているからだと、俺は思う。
エヴリック （痛快に哄笑し）ははははは…！ 勘ですかい？ やっぱり、あんたは船長でさあ、お頭！ そうこなくっちゃいけねえ。俺たちゃ岩に乗りあげて動けねえ？ いやいや、ボートで充分でさ！ ぎったぎたにやっつけてやりまさあ！
フォーゲル そうして…聞け、（懸命に）エヴリック、聞いてくれ！ おまえらには船ごと分捕り品は全部やる。そうしたらエヴリック、おまえは風も星も読めるだろう。うちの連中を率いて、どこかの港まで帰ってくれ。
エヴリック （ろくに聞かず）何をいってるんです？ 弱気になる歳でもありますめえ。まあいいでさ、すべては、コトを終えてからにしましょうや。みんなもその方が話を聞きますぜ。わっしもね。（叫ぶ）ほおおい、ウィーーースプ！ マストに登れ！ 南を見張りな！ きざしがあるんだ。フナムシ一匹、見逃すんじゃねえぞ！ リュート、ボヤボヤしてねえで、タラみたいに寝こけてる穀潰しどもを全員、叩き起こしてこい！ わっしは鉤や得物を確かめてきまさ、船長！ 海賊はね、くすぶってちゃいけませんや。へへへへ、船は「二隻」あったッ！（退場）
フォーゲル （ひとり残り）
♪波もあらしも俺はうけとめてきたが
板子一枚ゆらぐこの身が危うい
人の顔をしながら貝のよう
あの鳥どもの思いは分かるものなのか
また、声が聞こえる…。俺を誘う声。百羽の鳥どもが口々にわめく。
鳥の声 （時には姿も見えつつ）
白きそらは一すぢごとにわが髪を
引くこゝちにてせまり来りぬ
わがあたま
ときどきわれに
ことなれる
つめたき天を見しむることあり
ものはみな
さかだちをせよ
そらはかく
曇りてわれの脳はいためる
あゝつひに
ふたゝびわれにおとづれし
かの水いろの
そらのはためき
2/→ http://
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