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2015年05月24日13:14

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025 光る土/空の影 2/

ワキ 全羅光州無等山(むどんさん)から済州(ちぇじゅ)漢拏山(はるらさん)、海を越えては対馬の峰から筑波の果てまで松明伝えで百八ヶ所を繋ぐにかかるはわずかひと晩。オデュッセウスはトロイアから還るのに十年をかけたが、悪女クリュテムネストラは松明を用い、アテナイの王宮に居ながらにしてその日のうちに勝利を知ったのよ。くくく。
ツレ お師匠…、なんだか、性格バラバラですね。
ワキ バラバラでいいの! より高みでの統一を目指すの! ともかくじゃ、ここはの、あるはぐれもんどものための、魔界への入口だったのじゃよこの門は。
ツレ チャンスンがねぇ…。なぜ焼けたの?
ワキ 落雷での。そうさなあ、まぁ、神の怒りに触れたんじゃろうな。
ツレ いかり。んん? その天狗党を助けたことが? それともそんなお屋敷を守らなかったことが?
ワキ それは分からん。どっちだか分からん。それこそ思し召しじゃて。神は――、
ツレ ――なにさ。
ワキ どういうときに怒りなさるのかのう…?
ツレ うん…。
ワキ ほうして、神が怒られたときにはじめてわしらは罪を知るのよのう。罪があったことをのう。
ツレ そうね。滅ぼされてはじめてね…。
ワキ 神さん、ほんにおらっしゃるのじゃろうか…?
ツレ そんなことは分かんないさ。いい、お師匠? 俺たち以外にもうどこにも人がいないんだとしたら、俺たちが神を望めばそれはいるし、望まなかったり、俺たちが死んじゃったりしたら、それはいないんだよ。ね?
ワキ ククク…。
ツレ え、違うかな。
ワキ 捨。そんならな、なぜ人は、いちどに滅びたのだえ。人ばかりじゃにぇい。犬猫タヌキにメジロに烏、蝶や蜂からムカデの果てにいたるまで、いちどきにいなくなったのはいったいなぜじゃろうな。伝染病? ちっちっち。
ツレ ここにさ、(雑誌の切れっぱしを出す)これ読むとさ、動物には、そのどんな種にも共通するあるタンパク質があって、それが動物を、菌や植物と区別してきたわけなんだけど、じつはそいつには寿命があってね、いつか壊れて個体は死ぬ。ただそれが――サーチュイン、えー、なんだこれ、SIRT1、NAD依存性脱アセチル化酵素群…えー、
ワキ 無理せんでええぞ。
ツレ そか。とにかくそいつの寿命がやたらと長くて何億年…何億年!もあったもんだから、だれも、寿命があるということ自体、思いつかなかった。
ワキ その寿命が不意に来たと。
ツレ うん。
ワキ (同時に)SFじゃのう。
ツレ (同時に)SFだねえ。
ワキ ありえんよ。
ツレ でもありえたんだね。
ワキ どこへ歩いていこうと、わしらは決めたのじゃったか。
ツレ 生きてしまってるから、どこかへ行かないと。苦しみ。海へと、足向ける苦しみ。
ワキ そんなことが苦しいかえ?
ツレ うん。なぜだか苦しいよ。なんか、とっても苦しいよ。運命かな。
ワキ 運命。
ツレ だってさぁ、世の中が人だらけだったら、俺お師匠と旅家業してるかどうか分かんないぜ?
ワキ ハハハ…違いにゃい。…憎んでおろうのう。
ツレ まあね。給料払わねーし。
ワキ 駆け出しがなにをいっとる。
ツレ 払えよっ。
ワキ わしは受け容れるよ。生きてしまってきたのよ。仕方ないことよのう。
ツレ おいらは不満だな。あーあ、見えるはずのない、飛行機雲…。

半年は瞬く間に過ぎ みどり濃い夏 この農家にいて ひとり
暮らし マメ ナス 眺めても でもセミや蚊ばしら
二度と戻らないと 知っている私の 罪を量ってほしい
雲 あかるく 黄金(こがね)の縁どり 耳鳴りして つぐないの真似
問い質され責められたくとも風そよいで死の星を吹きわたる――

ツレ あーあっ!
ワキ ?
ツレ お客がほしいっ。
ワキ (吹きだす)
ツレ なんだよう。
ワキ 聴いてやるさ。透明な見物の代表一名、これにあり。
ツレ なんかむかつくな…。ではやるよ。

車の窓すこしあき
朝からとおい焚き火かおる
小銭こぼれてるな破れシートを
きしませて地面の草におりた
川べりに立つねむの小枝
もも色の花ゆれるのか
たばこは湿り火もつきゃしない
遠い国道ひくく鳴る

彼女はレジを打ちそこなって
叱られたこと話したのさ
ポンコツの軽でも俺たちには
恋と涙のせる大事なそり
またあしたねと彼女かえり
俺は川原でひとり寝
うつらうつら白む夜ながめて
ほんのかすかな煙かいだ

ぼくらのむかう
ひとすじのみちをことほぐ

ワキ 捨。
ツレ ん。
ワキ いくつになる。
ツレ 十六かな。
ワキ 十六といえば、わしが…、
ツレ なに。
ワキ 手籠めにされた歳じゃあ。
ツレ やな現実に引き戻すなよっ。もう、いい気分で歌ってたのに。なんだよ不満そうじゃん。
ワキ いや、上手いと思うよ。上手い。泣けるにぇい。
ツレ そりゃどうも…。
ワキ よくできとるよ。そつなくさらっと歌えとる。最高。感動的。聴きやすい。
ツレ なんか、やっぱり不満だろ。
ワキ たとえばじゃよ。その歌を、所沢の駅前でギターで弾き語るとする。
ツレ 所沢。なんで所沢。
ワキ ギターケースに投げ銭が入る。
ツレ ウン。
ワキ 最初にカノジョがさくらで千円札を入れてる。
ツレ う、うん…。
ワキ 道ゆく人はたまに、あれ、いい歌だなあと思って立ち止まるかも知れんし、たまには小銭を入れてくれよう。
ツレ うん。
ワキ それで?
ツレ はい?
ワキ まぁそれで千円かそこらのあがりがあった。そいつでパンかじって野宿かの。
ツレ うーん、まぁそれでもいいや。
ワキ カノジョもそれでいいかの?
ツレ え…。
ワキ 青カンの好きなカノジョだとええのう。いっひっひ。
ツレ あー、いや、そうだね…。
ワキ 照れなくてええ。
ツレ うっさいな。
ワキ 半世紀が過ぎる。還暦になってもまだギターの弾き語り。所沢の路上で。
ツレ 所沢はいいから。
ワキ それでいいのかのう。
ツレ (ふと考え)いや…。
ワキ いまの歌、十六のお前には歌えても、還暦のお前には歌えまいのう。
ツレ でもまあ、今がよければ御の字だろ。
ワキ 趣味ならの。
ツレ ものが良ければいいじゃん。
ワキ お客がいなくてもかえ。
ツレ え…?
ワキ その歌で、お客はどれだけ立ち止まるかのう。ライヴハウスで歌うならいい歌かもしれん。しかしわしらは路上の芸。切り込んで行かなくてはならぬのよ。分かるかの?
ツレ お客がいない…? おいらの歌にお客がいない…? お師匠。あんまりです。お客を呼びもしないで、露天をウロウロほっつき歩いてきたのは誰ですか、お師匠でしょう? 俺たちの技をもってすれば、ちゃんと興業主に手配してもらって、ちゃんとした小屋かけてやったら、人なんて集まりますって。木戸銭も取れるし、お題は見てのお帰りだなんて言ってたら、みんなずるいんだから誰だって只見ですよ。
ワキ 誰も彼もが逃げていった。お前と同じことを言っての。折り合いのつかん相手とは、どうやったってつかんわえ。捨よ、なぜにお前は残るんじゃな。
ツレ 親だし。
ワキ バカたれ! 親子で手加減しあって芸が伸びるか! ふう、まだまだじゃの。十六歳、しょせん鏡に向こうて歌うかよ。
ツレ …アタマきた。なんだそれ。(本気で怒っている)
ワキ あん?
ツレ あんたの自分勝手で、おいら、人生棒に振るんか! 母ちゃん、いや、婆ちゃん、あんたの妄想につきあって、おいらずっと生きて行かなきゃならないのか。逃げんだぁよ。そう言った? ああ分かったよ、おいら、逃げるぜ。もうさ、なんつーか、真っ平だよ。給料払え。
ワキ ほら、白目ぇー(白目剥いてみせる)
ツレ ばか! ほんと、バカ! ばあちゃん…! なんでさぁ、なんでおいらを、男として育てた…?! ええっ?!(あの、ナイフを逆手に持つ)
ワキ (誰にともなく)――業なるものが、地面にあるのさね。わしらは生えてきたキノコか草か。心は地上を漂うもの。ほうして、漂う心の総合を社会という。いま人は失われ、わしらふたりはたまたま生き残って、ババ引いた残りカスとしてさまようておる。ここは秩父の山中の、かつていちどはこの国の鋭い先っぽだった土地。夢は、どんな土に宿るのか、勘で追い続けてここに来たことよ。捨よ!
ツレ 何だよ!
ワキ わしが唄おう。非業の賛歌をの。
ツレ いいから給料出せよう!(刺す)
ワキ (口上)彗星のめぐり来たるこの宵にたまたまお集まりいただきました紳士淑女の皆様方。これより演じいたしまするはふたはしら構えたチャンスンの彼方、愛とロマンと世界史のデカダン曼荼羅のひとくさり。鴨は呼ぶ呼ぶ村の幸せ。つたない芸ではございますが、お気に召しますれば盲亀の幸い。巷談「煉獄やかた」、とくとご覧くだされませ。

丘の上には 焼けただれた館が建っていて
見下ろしてる あの日の悪漢と
逃げおおせた息子の ゆくえ
どこで 生きのびてるか

呑んだくれは 身代呑みつぶし
トネリコやらリンゴも 倒して
薔薇の庭は 荒れ地に変わり果て
伯爵も将軍も寄らぬ ともに愛した家に

 お嬢さんは馬丁と恋に落ち
 館の荒れるのも上の空
 今では屋根のあったあたりからは
 ほうき星のぞく 楕円くり返す日々

逃げおおせた息子 どこ行った
旅から旅への大道芸の 親方におさまって髭の奥
あやまち悔い つぶやき暮らす
わしのナイフは 胸さ

やがての日 わしも妻をもち
せがれさえ育てるたぁ突飛だが!
くり返すさ 悪魔もみそなわせ
てて親殺しの行く末を 所詮さだめの道

 旅路がそのまま煉獄なのさ


後段

ツレ お師匠! お師匠、これ、読んでくださいよ。――あれ。お師匠? あ、これです。ほら、人類がね、まだいた頃の、最後の新聞です。
▼昨年十二月二十五日、秩父山中で墜落したアイルランド航空機の事故については、以後世界を覆いつくしたオメガ熱によるパニック状況に隠されて、これまでほとんど語られてこなかった。しかし状況を総合するに、わが国にオメガ熱が持ちこまれた最初の感染経路であると推測される母不見(ははみず)山事故は、この人類の黄昏に当たって、ひとこと触れられておいていい出来事だろうと考える。▼「末法」ということは、この二千年来、世界の主要宗教のどれもが述べてきた思想だ。釈迦やキリストによるプロテストも、イスラームや鎌倉仏教の台頭も、あるいはマルキシズムも、行き詰まった世界に対してのやむにやまれぬ「世直し」の衝動が根拠になっていた。▼ところがマルキシズムを最後に、世の中を全体として救おうとする思想と行動は、人類にはついに生まれなかった。振り返ればこの半世紀は「理想の放棄」の半世紀といってよいのではなかったろうか。▼なぜ人類はこうなってしまったのだろう。欲と悪徳と相互不信によって世界経済と国際政治が先導され、インターネットのフィルター効果によって若者たちから世界への興味をいだく契機が奪われるようになって以後は、新しく世の中に登場する事物のほとんどすべてが、厭世観と逃避願望に満ちたものになりさがってしまった。▼墜落した航空機に乗っていて死亡したアイルランドの非政府団体「イエーツ会」代表カスリン・ニ・フーリガン女史の著書によると、民族ナショナリズムなるものは帝国主義に対抗するために後打ちで生まれてきた概念であり、民族自決的なナショナリズムのありようでは結局のところ、争いと憎しみを連鎖させるばかりであり、▼いまほんとうに必要なのは、古くさいようだが(と彼女は苦笑する)、中世のような、瞑想と感謝をともなった、そして経済至上主義と短絡的な物欲礼賛主義とを抑えたしずかな生活を心がける、という一点に尽きるのではないか。彼女はいら立ちとともに、そう書いている。▼北欧神話では、ラグナロク(神々の黄昏)と呼ばれる、神と巨人族との大戦争が起き世界は壊滅する。しかし瓦礫の間から、それまでは非力なために歴史に登場しなかった「にんげん」の男女が這いだしてきて、このふたりからやがて人類は殖え、現代世界が作りだされたことになっている。▼いまオメガ熱は世界に蔓延し、「家畜人ヤプー」では辛くも難を逃れたはずのこの列島にまで、天による滅亡の宣告はくだされた。人類だけではなく虫も鳥も獣も、というのだからやむを得ない。▼死にあたって願うのは、できることなら寿命タンパク質に突然変異を起こしたいくつかの個体がこの困難を生き抜き、青い地球に再び生き物の騒がしさと喜怒哀楽が満ちるための「始祖」になってくれる、というSFである。
お師匠。あの子ね、ですからこれ、これなんですよきっと! 尾根道は墜落機に削られてなくなっちまった。過去を見てたってしょうがないでしょ。生き残りなんですよ!
ワキ (いて)白目ぇー。
ツレ わー。…あれ、師匠、キズは?
ワキ ないにぇ!
ツレ ないにぇって、あんた人間?
ワキ さあてにぇ。こう較べる相手がいないと、人間だかどうだかももうよく分からんにぇ。しかし、たぶん、人間じゃないにぇ。
ツレ なんだよそんな断定。
ワキ だってわし、覚えてないのさ。
ツレ なにを。
ワキ どうやって生き残ったのか。
ツレ …そういえば。
ワキ わしら、おるのかねぇ。おらんのじゃないのかねぇ?
ツレ 俺たちが、いない…?

障子の奥に、あの、少女がいる。影がいきいきと投影される。

ツレ ――君!
シテ おそうじがおわりました。
ツレ え?
シテ 井戸は涸れて、ながいこと水はわかなかった。かたばみの葉っぱを散らしますね。
ツレ なにを言って…、
ワキ (おさえて)しっ。
シテ いいから。光る地面に、幸いのありますように。

カタバミの葉を、ぱらぱら散らす――。











上演記録

イエーツの会/二〇〇九年九月二〇日/さいたま市浦和美園東口駅前劇団どくんご特設テント/演出・高野竜/出演・冬月ちき、角田秋子、関根李沙







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