常識ってのは人それぞれ。
以前、映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」観ていた時に、映画上映中の館内で携帯着信して、そのまま電話で話し始めた人がいまして。
周りの人から「出てけ!」と言われて、渋々席を立ち、電話相手に曰く、
「今、映画観てるんだけど、電話に出たら『出てけ』とか言うんだよ。非常識なヤツがいるよなぁ」
って、映画館内に響くような大声で答えていました。
(非常識な注意をされた事に憤慨し、館内の他の人に同意を求めていたのでしょうね)
その人にしてみたら、電話着信したら、どこでも出るのが常識。それを咎める方が非常識なんですね。
以前、ネット上ではらと意見対立した人がいまして。
その人の主張は、
「自動車会社のエンジニアは素人だ。日本の自動車メーカーの自動車など、オレら“クルマ好き”が仕立て直さねば乗れたものではない。ディーラーの整備も、アッセン交換しか出来ないド素人共ばかりで、整備料金ははぼったくりだ」
でした。
そこで、
「自動車メーカーには十分な知見があり、自動車は高度なバランスを取って出荷されている。ディーラーの整備士は知識と技術のある有資格者であり、整備料金は妥当なものである」
と主張した所、
「お前の主張は常識と反する、危険な反社会的内容だ。お前の発言はハードコピーした。お前の会社にこれを送りつける。お前のような反社会的思想の持ち主はクビになるだろう。覚悟しておけ」
と、憤慨した回答が返って来ました。
(後日、「送付した。クビだぞ、いい気味だ」とメールが来たので、本気だったようです・・・)
この人にとっては、それが“常識”なんですね。
それ以外の意見があることなど、想像だにしない――なにしろ“常識”なのです。世の中の人、全てはそう思っていなきゃいけない――ので、それと異なる意見が出て来ると「反社会的だ、危険思想だ」になっちゃう。
はらがクビにならなかったのは、はらの勤務先が、この人の常識外――正に、諸悪の根源、悪の秘密結社ってトコ?――の理屈で動いている場所だったからに過ぎません。
つまり、人の数だけ常識はあるのです。
自分の常識を押し付けてはいけない・・・それは判っているのですが・・・ですが、ついついやってしまう。
まだまだ未熟だなぁ、と思います。
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