ネオナチ団体がナチスの制服を着てデモ行進をしようと計画しました。全米中がデモをすべきではないと非難するなか、ACLUのリーダーは「言論・表現の自由を守るべき」という態度を崩さず、ネオナチ団体を擁護しました(そのリーダー自身がナチスから逃れたユダヤ人であったにもかかわらず、です)。https://www.excite.co.jp/news/article/Shueishapn_20191209_110291/?p=2
「マイノリティの権利」としてネオナチ団体が行政の支援を求めたらどう思うのだろう。国際ジャーナリストであるモーリー・ロバートソンは。
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硬直する男性器を相手男性のお尻に押しつけて快楽に耽るのは彼らの自由。日本では禁止されていない。その権利は認められている。しかしながら何ゆえそれを行政が支援しなければならないのだろう。全く理解できない。
牛や豚の性器に性的な興奮を覚えて 交わって快楽に耽るのも別の彼らの自由。日本では禁止されていない。その自由は認められている。「動物婚がはっきりと法的に認められるまでにはまだ時間がかかるかもしれません。」と彼は言うのだろうか。
大手メディアはなぜ「マイノリティの権利」を正面から議論しない?
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=141&from=diary&id=6472463
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが「マイノリティの権利」とメディアの役割について語る。
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札幌地方裁判所は3月17日、国が同性婚を認めないのは憲法14条(法の下の平等)に違反するという「違憲判決」を日本で初めて下しました。これは大きな一歩になるでしょうが、同性婚がはっきりと法的に認められるまでにはまだ時間がかかるかもしれません。
LGBTの法的・社会的権利を認める動きは世界中で活発化しており、すでに29の国と地域が同性婚(もしくは同性パートナーシップ制度)を認めるなか、G7で「まだ」なのは日本だけです。
この問題に限らず、日本ではマイノリティの権利に関心が集まりません。理由のひとつは、大手メディアが本質的な議論を喚起する報道をしてこなかったからでしょう。
重箱の隅をつつくようなテクニカルな法律論・制度論や、当事者に思い切り寄り添った"感動ポルノ"はあれど、マジョリティを巻き込むための冷静かつ踏み込んだ切り口(例えば、そもそもフェアとは何か、男性はどう独占的に得をしてきたのか、など)が選ばれることは僕が知る限りほとんどない。
今までマジョリティや社会的強者が拒絶してきた、あるいは存在自体を認識してこなかった新しい価値観を認めるためには、踏み込んだ社会的議論が絶対に必要なのですが......。
僕自身のアメリカでの経験をいえば、ハーバード大学1年生だった1981〜82年頃は、ゲイ活動家のサンフランシスコ市議ハーヴェイ・ミルクが射殺された事件(78年)でますます勢いづいたゲイライツの運動が極めて活発でした。キャンパス内の空気を見ていると、このままアメリカはすぐにでも"同性婚の国"になるだろうと思ったほどです。
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