電子書籍よりも紙の書籍の方がいいのは、当然ですが、
今は、
1 住宅事情
2 お金
などからして、紙の書籍が買いにくい…という事情があります。
かつては、学問は、金持ちのものでした。
だからこそ、昭和の学者や詩人などは、仲好しグループのような一種独特の風通しの悪さがありました。
だから、その価値観が牛耳ったとも言えます。
稲垣足穂が「的屋」と罵っている小林秀雄や、唐木順三が典型です。
ある蔵書家の方の説によると、蔵書家と人から認知されるボーダは、二千冊とか。
一冊、2500円として、五百万円。それは何とかなるでしょうが、問題は書庫です。
いうまでもなく、一生、親の資産で暮らせるような金持ちで優秀な人は、人生の問題を割合回避できます。だから、趣味人の学問であり、どうも根本的なところでズレているというか、悪い意味でのディレッタントであると感じることがあります。
勉強は、ノーエイジ、ノージェンダー。別の価値観が入る方が学問が進みますから、スペースがなくても読書できてさまざまな人を学問に参画することを可能にする電子書籍は、大きな可能性を持つものです。
ネットの恩恵を私も受けています。
近世の文献で、神保町では100万のものが、国会図書館のネット公開のものがタダでみれます。
ネットを利用しないと研究など、無理です。
私は、国会図書館のサイトを閲覧するだけですが、非常に残念なことですね。
「規約をみろ」という意見があります。
確かにそうですが、
「購入」という触れ込みであり、値段も高い以上、規約に書かれていても大きな違和感があります。
規約をよく検討しない人も多いです。そこにつけ込んで、ユーザーの泣き寝入りを狙った話ではないでしょうか。
各社が合同で、組合のようなものを作り、そこに登録をする。
パスワードの管理が大変ですが、ディバイスが変わった場合、そこにアクセスして変更願を出せば、引き続きみられるなどの方法はないでしょうか。
大きな可能性を持つものですから、市場の信頼を回復してほしいと思います。
「所有できない電子書籍」問題 サービス閉鎖後、購入者はどうなる?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=5099110
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