これは、2022年に亡くなった大森一樹監督の生前最後の企画を、「独立少年合唱団」の緒方明がその遺志を継いで完成させた医療時代劇。
原案は1960年公開の映画「ふんどし医者」。
主演は、地元京都出身の佐々木蔵之介、共演に内藤剛志、藤原季節、真木よう子、柄本明など。
幕末、京都の外れの村に蘭方医の大倉太吉が開業した。村の「どんな病も葛根湯」と言う“竹の子医者”(藪以前)の漢方医・荒川玄斎とは毎日罵り合う犬猿の仲となる。
そんな日々の中、太吉は、荒んだ暮らしを送る大商人の息子の相良新左を救い、それが2人の人生を変える事になる。
やがて村は流行り病(腸チフス)に襲われ、危機を迎えるが……
本作は、大森監督の母校である京都府立医科大学150周年記念映画であり、大森監督の出世作「ヒポクラテスたち」との所縁も深いものとなっている――内藤剛志は、「ヒポクラテスたち」でデビューした俳優だし、その他の出演者も所縁のある者が多い。
だが、そんな立派な背景と、映画の出来は、まったくの別物なのだ。
本作が語る「医術の道の長さ」は真っ当なものだ。積み重ねた医学の知識の上に最新の医学は成り立ち、しかもそれは決して真理ではなく、重ねた一歩でしかないのだ、と……映画内でも、漢方は蘭方に道を譲り、その蘭方も、新たな西洋医学の前に輝きを失う……その先に現代の医学がある、と言う物語は心を打つものにも出来た筈だ。
だが、この映画、あちこちチグハグなのだ。盛り込まれた内容は多い――舞台を京都郊外とし、京の動乱を避けた筈なのに新選組を出したりする――のに加え、ブツ切りのエピソードが繋がらず、どうにも話が繋がらず、入り込めない。
そして、映画は、クライマックスで当時最新の西洋医学でさえ、感染症の前に「負ける」描写をする――これは悪くはないのだが、負けた主人公を置き去りに、現在の京都府立医科大学に繋げて映画をまとめてしまう。唐突な上に物語の繋がり自体、疑問を感じずにはいられない幕切れには違和感しか感じなかった。
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