mixiユーザー(id:124952)

2025年12月31日19:17

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「敵」感想

 これは、筒井康隆による同題小説を「騙し絵の牙」の吉田大八監督が映画化したもの。 
 フォト
 渡辺儀助は、77歳の元仏演劇史教授。子供はおらず、妻には先立たれ、祖父の代から続く日本家屋でひとり余生を過ごしている。
 大学退官後は、小遣い稼ぎ程度に文章を書き、貯金が尽きたら、誰にも頼らず命を絶つ、と決めた。銀行残高が、自身が後何年生きられるかのバロメーターだ。
 そんなある日、パソコンの画面に、敵がやって来るという不穏なメッセージが流れてきて……
 
 これは、奇妙な映画で分類が難しい……強いて言えば、サイコ・スリラーと言う事になるだろうか。類似の映画を挙げれば、アンソニー・ホプキンスの「ファーザー」があるが、「ファーザー」が娘の視線から見た父の精神の崩壊を描いているのに対し、本作は、主人公・儀助の主観に寄り添うので、どこからおかしくなっているのか判らない。判らないままで、観客は、儀助の認知世界に引き込まれる事になる。

 映画の序盤で描かれるのは、儀助の“丁寧な暮らし”――毎朝決まった時間に起き、飯を炊き、魚を焼き、味噌汁を作って、ひとりでも体裁を整えて食事をする。コーヒーを淹れ、原稿を書き、時には来客を迎える。
 だが、その暮らしは、少しずつきしみながら変容して行く――そのきっかけが女性だ、と言う辺りは男性の性であろうか……いずれにしても、日常が少しずつ崩壊し、穏やかで秩序ある暮らしが、混沌と狂乱へ落ち込んで行くのだ。この展開は、正にスリラー、あるいはホラーと言っても差し支えないものだと思う。

 主人公・渡辺儀助を演じるのは、長塚京三。元仏演劇史教授、と言う役は、役者で、若い頃にはパリの大学で6年学んだと言う長塚京三にはぴったりだろう。
 共演の瀧内公美は、正にファム・ファタールとして文句なし。河合優実も短い出演時間ながら確かな存在感を見せた。

 映画はベタっとした黒味が印象的なハイコントラストのモノクローム映像。ちょっとスカしてる、と言う意見もあるようだが、「生命」の活力を否定し、期限付きの「死」に向かって生きる、何か大事なものを失った儀助の“暮らし”を描くには、色彩を失ったモノクロームの映像こそが相応しいのでは、と思った。
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