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2020年01月10日19:38

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ブラックパワー・サリュート

1968年メキシコシティオリンピックにおいてアフリカン・アメリカンアスリートトミー・スミスとジョン・カーロスが行ったブラックパワー・サリュートは、近代オリンピック110年の歴史において、おそらく最も名高く、そして公然と行われた政治的パフォーマンスのひとつであろう。

男子200メートル競走が終了した1968年10月17日夕刻、アメリカ人アスリートで19秒83の世界記録で優勝したトミー・スミス、オーストラリア人で20秒06の記録で2位のピーター・ノーマン、20秒10で3位につけたアメリカ人ジョン・カーロスのメダリスト3人はメダル授与のため表彰台に向かった。

2人のアフリカン・アメリカンアスリートは黒人の貧困を象徴するため、シューズを履かず黒いソックスを履いてメダルを受け取った。さらにスミスは黒人のプライドを象徴する黒いスカーフを首に纏い、カーロスはクー・クラックス・クランなどの白人至上主義団体によるリンチを受けた人々を祈念するためロザリオを身につけていた。またノーマンは彼らの考えに共感を表明して、3人で「人権を求めるオリンピック・プロジェクト(Olympic Project for Human Rights 略称:OPHR)」のバッチを着けていた。 カーロスは当初身につける計画だった自分の黒グローブを忘れたが、ノーマンがスミスのグローブを2人で分かち合うように勧め、スミスが右の手袋を、カーロスが左の手袋をつけることになった。そしてアメリカ国歌が演奏され、星条旗掲揚されている間中、スミスとカーロスは、目線を下に外し、頭を垂れ、世界中のニュースの第一面を飾ることになる黒い握り拳を掲げたあの振る舞いで敬礼していたのである。

彼らは観客のブーイングの中で表彰台を去った。スミスは後に次のように語った。「もし私が勝利しただけなら、私はアメリカ黒人ではなく、ひとりのアメリカ人であるのです。しかし、もし仮に私が何か悪いことをすれば、たちまち皆は私をニグロであると言い放つでしょう。私たちは黒人であり、黒人であることに誇りを持っている。アメリカ黒人は(将来)私たちが今夜したことが何だったのかを理解することになるでしょう。」http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%91%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88&oldid=40719276



いま振り返れば美しい光景だった。


■五輪で選手の抗議ポーズだめ IOC、具体的な指針発表
(朝日新聞デジタル - 01月10日 15:42)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5931401
国際オリンピック委員会(IOC)のアスリート委員会は9日、政治的、宗教的、人種的な宣伝活動を禁じた五輪憲章第50条について、禁止行動を具体的に挙げた指針を発表した。東京五輪から適用する。

 五輪期間中、会場や選手村、表彰式などでの政治的なメッセージやジェスチャーは一切認められない。国歌斉唱の際にひざをついたり、表彰式で表彰台に上がらなかったり、記念撮影を拒否したりしてはいけない。事案があった場合、当該国・地域のオリンピック委員会や国際競技連盟、IOCが、違反かどうか、どのような処分するかを個別に判断するという。

 表現の自由に配慮し、記者会見や報道機関を通じての発言、SNSなどでの発信は処分の対象外とした。IOCのコベントリー・アスリート委員長は、「たくさんの選手と話し合って決めた。ルールを明確にする必要があった」と説明した。

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