これは、ゼンデイヤとロバート・パティンソンのW主演で描く異色のマリッジ・ストーリー。共演は、「リコリス・ピザ」が印象的だった、アラナ・ハイム。
監督・脚本は「シック・オブ・マイセルフ」のクリストファー・ボルグリ。プロデューサーには、あのアリ・アスターが名を連ねている。
イギリス生まれの美術キュレーターのチャーリーは、ボストンのカフェでエマにひと目惚れして告白。それからふたりは“完璧なカップル”として幸せな日々を過ごす。
結婚式まであと7日の夜、付添人のマイクとレイチェル夫婦と式の打合せを兼ねた食事の最中、これまでに行った“最悪の行為”を告白するというゲームを始めるが、エマの“最悪の秘密”が大きな衝撃を与える。
チャーリーは動揺し、レイチェルは怒って付添人を降りるとまで言い出して……
この映画、理想的なカップルのマリッジブルーを描いたドラマ、と単純に言えないのがクリストファー・ボルグリ監督らしさ、だろう。
ネタバレにはなってしまうが、エマが語った“最悪の行為”は、学生時代に孤立し、銃乱射事件を思いつき、準備した、と言う事――子供の頃のエマは、黒人でメガネをかけた小太りの文学オタク……これだけの属性が揃ってしまうと、学校と言う閉鎖社会ではイジメのターゲットにもなるだろう。そんな絶望がエマを攻撃的にし、それが自身に向けば自殺となるのだろうけれど、家に銃があったエマは、それを他者に向ける事を選択しようとしたのだ。
この、エマの“銃乱射未遂”――正直、自分には、そこまで大騒ぎするような事?と思ったりもしたのだが、実際、本国公開時には議論を呼んだ、と言う。銃社会のアメリカならばこそ、銃を“人に向ける”事に対して、よりシリアスに受け止められている、と言う事か――映画は、そうして過剰な反応を見せるレイチェルと、イギリス人だけに、逆に“理解出来ない”事で不気味さを感じてしまったチャーリーの引き起こす騒動を描いて行く。
アラナ・ハイム演じるレイチェルの“ポリコレ”的な責め立ても見ものだが、そして、やる事成す事尽く裏目に出てしまうチャーリーの苦悩と困惑っぷりを、最近、こうした役が増えて来たロバート・パティンソンが困り顔で演じるのもいい。
“完璧なカップル”が、ひとつの問題により連鎖反応的に崩れて行く、と言うのは正に“ドラマ”であり、幾度も「最初からやり直そう」と言うエマの気持ちが通じるのが、カタストロフの後、と言うのも正にそれだ。
人間関係が失われるのは容易なのに、信頼を取り戻すのは容易な事ではなく、デジタル化する社会の中では、エマのように過去の行いを何時引っ張り出されるか判ったものではない……そんな空恐ろしさをも感じさせる時代性をも併せ持つ映画で、さすがはクリストファー・ボルグリ監督、曲者である。
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